逆襲の+α
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始視点
従妹の茉理を見るなり昨夜同様頭痛を訴えてうずくまる少年に、始は彼の体調不良を心配しつつタイミングの良さに内心で少し喜んでしまった。
彼は二番目の弟である終と中学時代の同級生だった、斑鳩アマネという少年らしい。終と同じ歳なら今は高校一年生の筈だが、終から聞いた話では高校へ進学はせずに中学卒業と同時に就職の道を選んだという。
選んだではなく選ばされた、のほうが正しいか。彼は両親を亡くして親戚の世話になっていたそうだ。
『クラスに馴染めてないとかは無かったぜ。むしろ仲は良かったよ。部活には入ってなかったかな。一緒に遊びに行った事も無いっていうか、修学旅行とかも不参加だったよ。一度クラスメイトが何で行かないのかって聞いたら『積立金が納入出来なかったから断った』って言ってた』
昨夜都庁から帰る車内で終から聞いたそれはなかなか不幸な境遇だった。学生生活の中でも大きな思い出の一つになるだろう修学旅行に行けず、おそらくは部活をしていなかったのも部活動で掛かる費用の関係だったのだろう。学校の部活動ではあっても必要経費の一部は各自負担だ。
そんな貧乏境遇少年は何故か、始達兄弟を見てそれぞれを『竜王』と呼んだのである。
頭痛で意識が朦朧としていた最中だけのことであるが、実際竜に変身してしまうことが判明したばかりの始達にとってそれは、何故自分達が竜に成れてしまうのかという謎の解明に繋がる手掛かりだと考えられた。
出来る事なら彼からもう少し情報を得たい。そう思って彼が頭痛で動けないのをいいことにそのまま連れ帰ったのである。目を覚ましたら話をさせてもらおうと思って。
しかし実際には彼は昨夜のことなどどうでもいいとばかりに仕事先の心配ばかりをして、昨夜の竜に関する騒動などどうでも良さそうに帰ると言い出した。
彼の境遇を考えれば正しいと言えば正しいのだ。ただ始としては、もう少し思うところがあったりして質問なり話し合いの機会を求めたりするだろうと勝手に考えていたのである。
だってそうだろう。竜が目の前に現れて普通はあんなに平然としていられまい。
だからそのまま帰ろうとしたアマネに驚いたし、来訪した茉理を見て昨夜同様頭痛に体の自由を奪われた彼に『逃すか!』と思ってしまったのも仕方ない、筈だ。
「斑鳩君、また頭痛か?」
「なんで名前……そっか白竜王……」
頭を抱えて蹲る少年に話しかければ、昨夜と同じく始の弟を『竜王』の呼称で呼ぶ。
出会い頭に頭を押さえて蹲った少年に、茉理が靴を脱ぐのも忘れて困惑していた。
「茉理ちゃん。鎮痛薬と水を用意してもらえるかい? 彼はオレが運ぶから」
「わかった」
靴を脱いだ茉理が彼の横を駆け抜けて家の奥へ向かう。それを見送ってから始が彼に手を伸ばすと、彼はその手から逃げる様に更に身を縮めて丸くなった。
「斑鳩君?」
「――帰りたい」
伸ばした手が止まる。
「帰って、桃、桃の収穫……。白竜王は今回も手伝ってくれる……?」
家に帰りたいのかと思ったがそうではないらしい。始は彼の隣でしゃがんで背中をさすった。
「手伝わせるよ」
「……桃が、余ったらお菓子焼いて、持たせるので、皆さんで」
「それは嬉しいな。ありがとう」
頭痛で意識が朦朧としていて、いつの何処のかも分からない記憶の中からの言葉に話を合わせる。
茉理から話を聞いたのか続が顔を見せた。殆ど土下座の状態で蹲っている少年とその背をさする長兄を見て察したか、スリッパの音を響かせて近付いてくる。
「大丈夫ですか?」
「うぅ……紅竜王」
「返事は出来るみたいですね。自分の名前は言えますか」
「……“白澤”」
始と続の目が合った。
『白澤』と聞いて脳裏に浮かぶのは、中国神話に出てくる妖怪だ。妖怪というよりは瑞獣。縁起のいい神獣のほうが正しいか。
かつて中国の黄帝の治世の折、黄帝の前に現れては天下の妖異鬼神について語り世の害を除く為の忠言をしたという逸話が残っている。
始達が竜王と呼ばれるのは記憶にない前世が理由だ。そして彼もまた始達を竜王と称した。
何処かでそうしていた様に。
その何処かが前世だとするのなら、現在この目の前で蹲っている少年にも前世があって、その前世で彼は白澤だったとすれば、一応辻褄は合う気がする。
気がするだけで、分からないことが増えたという事実もあるが。
「布団に戻りましょうか」
「……お手数おかけしますぅ」
更に質問を重ねることも出来そうだったが、頭痛に呻き続ける少年への申し訳なさと手に入れたばかりの情報を整理したいこともあって、始と続は彼を安静にさせることを選んだ。
昨夜も思ったことだが抱え上げた少年の身体は驚くほど軽い。末っ子の余よりも軽く感じるそれは、現在の彼が中卒就職人だからだろうかといらぬ心配を覚えてしまう程だ。要するに普段から金が無くて満足に食べられていない。
客間の、まだ片付けていなかった布団に少年を寝かせる。白澤を名乗った少年は頭痛のせいで朦朧としている意識のまま、困ったように始と続を見上げた。
「青竜王、そんな顔をしねぇでぇ。この頭痛は、貴方達のせいじゃねぇから」
「だが辛いだろう?」
「ふふ、青竜王は、ほんとに、やさしい子……」
限界を超えたのか深く息を吐いた少年は、どうやらそのまま寝入ったらしい。もう話しかけても返事が無いのをそっと確認してから、始は隣にいたすぐ下の弟と視線を合わせて肩をすくめた。
従妹の茉理を見るなり昨夜同様頭痛を訴えてうずくまる少年に、始は彼の体調不良を心配しつつタイミングの良さに内心で少し喜んでしまった。
彼は二番目の弟である終と中学時代の同級生だった、斑鳩アマネという少年らしい。終と同じ歳なら今は高校一年生の筈だが、終から聞いた話では高校へ進学はせずに中学卒業と同時に就職の道を選んだという。
選んだではなく選ばされた、のほうが正しいか。彼は両親を亡くして親戚の世話になっていたそうだ。
『クラスに馴染めてないとかは無かったぜ。むしろ仲は良かったよ。部活には入ってなかったかな。一緒に遊びに行った事も無いっていうか、修学旅行とかも不参加だったよ。一度クラスメイトが何で行かないのかって聞いたら『積立金が納入出来なかったから断った』って言ってた』
昨夜都庁から帰る車内で終から聞いたそれはなかなか不幸な境遇だった。学生生活の中でも大きな思い出の一つになるだろう修学旅行に行けず、おそらくは部活をしていなかったのも部活動で掛かる費用の関係だったのだろう。学校の部活動ではあっても必要経費の一部は各自負担だ。
そんな貧乏境遇少年は何故か、始達兄弟を見てそれぞれを『竜王』と呼んだのである。
頭痛で意識が朦朧としていた最中だけのことであるが、実際竜に変身してしまうことが判明したばかりの始達にとってそれは、何故自分達が竜に成れてしまうのかという謎の解明に繋がる手掛かりだと考えられた。
出来る事なら彼からもう少し情報を得たい。そう思って彼が頭痛で動けないのをいいことにそのまま連れ帰ったのである。目を覚ましたら話をさせてもらおうと思って。
しかし実際には彼は昨夜のことなどどうでもいいとばかりに仕事先の心配ばかりをして、昨夜の竜に関する騒動などどうでも良さそうに帰ると言い出した。
彼の境遇を考えれば正しいと言えば正しいのだ。ただ始としては、もう少し思うところがあったりして質問なり話し合いの機会を求めたりするだろうと勝手に考えていたのである。
だってそうだろう。竜が目の前に現れて普通はあんなに平然としていられまい。
だからそのまま帰ろうとしたアマネに驚いたし、来訪した茉理を見て昨夜同様頭痛に体の自由を奪われた彼に『逃すか!』と思ってしまったのも仕方ない、筈だ。
「斑鳩君、また頭痛か?」
「なんで名前……そっか白竜王……」
頭を抱えて蹲る少年に話しかければ、昨夜と同じく始の弟を『竜王』の呼称で呼ぶ。
出会い頭に頭を押さえて蹲った少年に、茉理が靴を脱ぐのも忘れて困惑していた。
「茉理ちゃん。鎮痛薬と水を用意してもらえるかい? 彼はオレが運ぶから」
「わかった」
靴を脱いだ茉理が彼の横を駆け抜けて家の奥へ向かう。それを見送ってから始が彼に手を伸ばすと、彼はその手から逃げる様に更に身を縮めて丸くなった。
「斑鳩君?」
「――帰りたい」
伸ばした手が止まる。
「帰って、桃、桃の収穫……。白竜王は今回も手伝ってくれる……?」
家に帰りたいのかと思ったがそうではないらしい。始は彼の隣でしゃがんで背中をさすった。
「手伝わせるよ」
「……桃が、余ったらお菓子焼いて、持たせるので、皆さんで」
「それは嬉しいな。ありがとう」
頭痛で意識が朦朧としていて、いつの何処のかも分からない記憶の中からの言葉に話を合わせる。
茉理から話を聞いたのか続が顔を見せた。殆ど土下座の状態で蹲っている少年とその背をさする長兄を見て察したか、スリッパの音を響かせて近付いてくる。
「大丈夫ですか?」
「うぅ……紅竜王」
「返事は出来るみたいですね。自分の名前は言えますか」
「……“白澤”」
始と続の目が合った。
『白澤』と聞いて脳裏に浮かぶのは、中国神話に出てくる妖怪だ。妖怪というよりは瑞獣。縁起のいい神獣のほうが正しいか。
かつて中国の黄帝の治世の折、黄帝の前に現れては天下の妖異鬼神について語り世の害を除く為の忠言をしたという逸話が残っている。
始達が竜王と呼ばれるのは記憶にない前世が理由だ。そして彼もまた始達を竜王と称した。
何処かでそうしていた様に。
その何処かが前世だとするのなら、現在この目の前で蹲っている少年にも前世があって、その前世で彼は白澤だったとすれば、一応辻褄は合う気がする。
気がするだけで、分からないことが増えたという事実もあるが。
「布団に戻りましょうか」
「……お手数おかけしますぅ」
更に質問を重ねることも出来そうだったが、頭痛に呻き続ける少年への申し訳なさと手に入れたばかりの情報を整理したいこともあって、始と続は彼を安静にさせることを選んだ。
昨夜も思ったことだが抱え上げた少年の身体は驚くほど軽い。末っ子の余よりも軽く感じるそれは、現在の彼が中卒就職人だからだろうかといらぬ心配を覚えてしまう程だ。要するに普段から金が無くて満足に食べられていない。
客間の、まだ片付けていなかった布団に少年を寝かせる。白澤を名乗った少年は頭痛のせいで朦朧としている意識のまま、困ったように始と続を見上げた。
「青竜王、そんな顔をしねぇでぇ。この頭痛は、貴方達のせいじゃねぇから」
「だが辛いだろう?」
「ふふ、青竜王は、ほんとに、やさしい子……」
限界を超えたのか深く息を吐いた少年は、どうやらそのまま寝入ったらしい。もう話しかけても返事が無いのをそっと確認してから、始は隣にいたすぐ下の弟と視線を合わせて肩をすくめた。