摩天楼の+α
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『いつも寂しげに笑っていたのを見るのが心苦しかった。自分を化け物だなんだと言う姿に昔の自分が重なりました。私は認めなかったけれど彼はそう思いこんでいた』
夢を見ている。
薄ぼんやりと膜が掛かったような声。何処なのかも分からない場所。ただ分かるのはこれが夢だという事だけ。
夢というのは記憶を整理する場だという説がある。それなら今見ているこれは自分のいつかの記憶なのだろうかと思った。
でも、どうしてだろうか。
自分は忘れる筈が無いのに、この光景に覚えがなかった。
明晰夢の様で、それでいて何も思い通りにならない夢。
『突き詰めて自分の存在についてそう悩まないで欲しかった。あの人が本当は私を嫌っていたとしてもどうでも良かった。あの人があの人であることを悪いなんて思わないで欲しかった。他に行く場所がないのなら私の元へ来てくれてもよかった』
はらはらと目から涙がこぼれる。
その涙を拭ってあげたかった。でもそんな権利はないと思ってしまって、ただ泣いている姿に申し訳なさを覚えて。
『あの人は自分で吉兆に相応しくないと言っていたけれど、あの人がいるだけで少なくとも私は幸せでした』
彼は知らないだろう。自分も彼が居てくれたから不幸では無かった。
あの世界でたった一つの寄る辺だったのだと教えていたら、彼は呆れただろうか。それとも怒っただろうか。
化物になってしまったアマネを見て、無垢に笑ってくれたあの子が生きる世界が失われるのは嫌だと思った。
ガチャガチャと鎖の揺れる音。
とうとう耐え切れずに手を伸ばしてその頬に、これ以上無いくらいに綺麗な涙に触れる。触れてしまう。
今からすることをきっとこの子は怒るだろうと分かっていた。けれどもそれ以上に怒っていた。
この子のいる世界を壊そうとした。この子を消そうとした。そんなことが許されると思ったのだろうか。
許さない。地獄の果てでも世界の果てでも追いかけて、一矢報いなければ治まらない。
滅びかけて誰かが厭うた世界でも、あの子がいるだけで価値があった。
『今度は忘れねぇように覚えておきなさい。呼ばなくていい。覚えてくれているだけでいいから』
今度出会ったら謝るところからだ。だってアマネが覚えていてくれと頼んだのに、アマネはあの子とあの子の世界の記憶を奪われてしまったから。
それを取り戻さないといけない。
そう考えて思い出す。嗚呼そうだ。自分は奴らを追いかけて、一矢報いる前に先手を取られてしまったのだった。
夢は記憶を“整理”する場所。夢を見ている。夢ではない。過去の光景だ。
過去を見ている。あの子の事をこれ以上少しでも忘れまいと必死に。
目を覚ますと夢は霧散する。けれども記憶は消えない。
そんな夢を今日の朝に見たことを思い出しながら、アマネは皹の入った窓の向こうを横切る巨大な鱗の羅列を眺めた。
まだ深夜とは言えないが子供なら寝入り端の時間帯の都庁ビル。中卒の清掃員として働き始めてまだ数か月と経っていないが、この場合は労災保険が降りるのかどうか。流石に仕事場に竜が現れても仕事を続行しろというのは業務内容に記されていなかったと思う。
数時間前に突如現れた紅色の竜。怪獣映画の主人公の様に暴れる姿は遠目から観る分には胸躍らせる光景かも知れないが、こんな至近距離では違う意味で胸がドキドキする。
すぐ傍には倒壊寸前の廊下。置かれていた観葉植物は無残に火の花を咲かせ、スプリンクラーが意味の無い雨を降らせ続けていた。
アマネは完全に逃げ遅れたのである。
一応言い訳をさせてもらうなら、竜が現れたと騒ぎになった段階ではアマネも一緒に清掃をしていた同僚と共に避難しようとしていたのだ。しかし途中で窓越しに暴れる竜の眼を見た途端、アマネは激しい頭痛を覚えてその場から動けなくなってしまったのである。
同僚は気付かず行ってしまった。今頃は無事に外へ逃げられたか運悪く瓦礫に潰れたか。アマネを中卒だと馬鹿にしない人だったので助かっていて欲しい。
頭痛は大分治まってきている。これならゆっくり動けば支障は無さそうだと判断して避難の為に立ち上がったところで声がした。
「そこに誰か居るのか!?」
レスキュー隊だとしたらまだ新参者だろうなと思わせる若い声。しかし振り返った先に居たのは、レスキューどころか消防隊員でもなさそうなスーツ姿の男性。
どこかで会った事がある様な既視感。
目が合った途端、また激しい頭痛に襲われてアマネはその場にしゃがんで頭を抱え込んでしまった。
『ッ、馬鹿者ッ――!』
涙交じりの怒鳴り声。脳裏に響くそれにアマネの眼からも涙がこぼれる。
「大丈夫か!?」
近付いてきた男性が声を掛けながらアマネの顔を覗き込んできた。顔を上げてその眼を見て、アマネは呟く。
「“青竜王”――?」
「え?」
「あ、……えっと、ここまで避難してきたんですか?」
自分の口から零れた単語の意味が分からなくて、誤魔化す為に何とも間抜けな発言をしてしまった。訊ねられた男性も状況的に間抜けだと思ったのか何とも言えない顔をする。
「オレは上に用事があるんだ。君は……」
「ただの清掃員なんですけど逃げ遅れちゃって、どうしようかと思ってたところです」
「そうか。避難したほうが良いが動けるかい?」
「いえ、今ちょっと頭痛が酷くて動けなさそうです」
「頭痛? 動けなくなるほどの?」
「たまにあるんですよ。学生時代にも一度あってぇ」
そういえばあの時もクラスメイトを見て頭痛が起きたのだったなと思い出した。
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