【瑞獣】
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鬼灯視点
漢方薬の事で現世の医学会で新しく発表があり、その内容で気になることがあり詳しい筈の白澤へ聞こうと鬼灯が桃源郷の極楽満月へ赴くと、店の中で桃太郎がモップで床を拭いていた。
その桃太郎の近くにある、壁際の棚が壊れて置かれていたであろう薬品が散乱している。更には何かが焼けた様な匂いもした。桃太郎の足元にはここの従業員であるウサギ達が、遠巻きに桃太郎と散乱した現場を囲んでいて、何となく新しい刑罰の案が浮かびそうになる。
客用の椅子の上には包帯の巻かれた兎が一匹。鬼灯に気付いて振り返った桃太郎は、この状況に関しては然程気にせず挨拶してきた。
「こんにちは鬼灯さま。何が依頼されてましたっけ?」
「ああいえ、白澤さんに聞きたいことがあったのですが、白澤さんは?」
そう尋ねた事でやっと落ち込んだような顔をする桃太郎に、あの白豚が何かしでかしたのだと察する。
この場合白澤が棚を壊し、兎を巻き込んだとかそういうことだろうと考えたのは、普段から白澤ならやりかねないと思っているのかも知れない。あの情緒不安定男の行動は、それなりに長い付き合いだといえる鬼灯でも分からないのだ。
椅子の上の兎がひくつかせていた口元を止める。
「それが、そこの兎が棚にぶつかったのを庇って薬品を被っちゃって、今風呂に入ってるんです」
「逆でしたか」
「何がですか?」
「ああいえ、コチラの話です。それで、兎は大丈夫なんですか?」
「兎はちょっと物がぶつかっただけで大丈夫だったんですけど、白澤様がちょっと」
医薬品という言葉には『薬品』とある通り、薬というだけの括りで劇物を扱う場合が多い。おそらくその棚にもそういった類の薬品が置いてあったのだろう。中には素手で触れるのも危険な薬品だってあるので、それを洗い流す為に風呂へと入っているのか。
椅子の上の兎の、包帯の巻かれ方を見る限り白澤が巻いたものだろう。となれば彼に非は無いように思える。
棚は鬼灯の身長よりも高く、その高さから落ちたのであれば頭から被ったに違いない。一応見舞いの言葉でもかけるかと、鬼灯が店の裏手にある風呂へ行く為に店を出ようとすれば、桃太郎が呼び止めてきた。
「あ、今は行かない方が。瑞獣の姿になるから見られたくないって」
「それは私の場合心配いりません。……瑞獣の姿?」
滅多になりたがらない瑞獣の姿へ戻る程の怪我をしたというのか。桃太郎は言い難そうに顔をゆがめる。
「その方が回復が早いからって、その、……顔が」
店の裏手を回った先にある露天風呂の、衝立の奥へと踏み入れば、それなりに広い湯船の縁へ獣の頭が乗せられていた。
そこから湯の中へと沈んでいる身体もどちらもじっと動かず、白い毛並みとその姿から鬼灯は、ジブリ映画のもののけ姫に出てくるモ□を思い出す。
違うのはこちらのほうがあんな野犬に堕ちてしまった者より神格が高いのと、背中にある角と脇腹や額にある目だろう。
鬼灯がその湯船の縁を枕に寝そべっている瑞獣へ近付いてしゃがむと、白澤がうっすらと目を開けた。
「濡れるから戻りなさい」
「もう濡れてます」
「そっか」
「ええ……大丈夫ですか」
「大丈夫。死ねない」
白澤が喋る度に僅かに水面も揺れる。僅かに開けられた瞼の下で、紫色をした瞳が動いて鬼灯を見上げてきた。
「何か用だったかぁ?」
「ええ。ですが今日はもう聞くのを止めました」
「そっか。――哀れむなよぉ」
「どうして私が哀れまなければならないんですか」
「それもそうかぁ」
再び閉じられた目に鬼灯はそっと“開かなかった”ほうの目元へと手を伸ばす。白澤はその手から逃げるような仕草をしかけたものの、完全には逃げずに大人しく鬼灯の手を受け入れた。
兎を庇って薬品を頭から被ったらしい。そのせいで顔の半分が焼け爛れ、今はおよそ瑞獣と呼ばれるに相応しくない肌の色を晒している。
「鬼灯の手は冷てぇなぁ」
「それは貴方が風呂に入っているからでは?」
「『手が冷たい人は心が暖かい』んだぜぇ鬼灯」
「……戯言ですね」
顔を焼いた薬品は既に洗い流されているのだろう。鬼灯が触れても鬼灯の手が爛れることは無く、ただ白澤の酷い肌の手触りが掌へ残った。
白澤はこの四足の、瑞獣の姿になることを嫌っている。必要が無ければ極力なりたくないらしいその姿はしかし、人の姿をしているときよりも回復が早いらしい。
ではこの姿になって顔の傷が癒えるのを待っている白澤は、常々厭世的でありながら本当は死にたく無いのではと、鬼灯は思ってしまう。
『死ねない』のではなく『死なない』
爛れた肌に触れていた鬼灯の手へ、白澤が静かに顔を摺り寄せる。ポチャンと揺れるお湯の音と蒸気に着ている服が、完全に湿っていた。
でもまぁそれは、白澤に着替えでも借りればいいだろう。彼が風呂を出てから入らせてもらっても構わない。
「……白澤さん。お風呂出たらその毛並み乾かせてもらってもいいですか」
「人に戻らせてくんねぇの……まぁ鬼灯ならいいかぁ。でも」
「のぼせないでくださいね。運ぶの面倒ですから」
「のぼせたら放っておいていいんだけどなぁ」
漢方薬の事で現世の医学会で新しく発表があり、その内容で気になることがあり詳しい筈の白澤へ聞こうと鬼灯が桃源郷の極楽満月へ赴くと、店の中で桃太郎がモップで床を拭いていた。
その桃太郎の近くにある、壁際の棚が壊れて置かれていたであろう薬品が散乱している。更には何かが焼けた様な匂いもした。桃太郎の足元にはここの従業員であるウサギ達が、遠巻きに桃太郎と散乱した現場を囲んでいて、何となく新しい刑罰の案が浮かびそうになる。
客用の椅子の上には包帯の巻かれた兎が一匹。鬼灯に気付いて振り返った桃太郎は、この状況に関しては然程気にせず挨拶してきた。
「こんにちは鬼灯さま。何が依頼されてましたっけ?」
「ああいえ、白澤さんに聞きたいことがあったのですが、白澤さんは?」
そう尋ねた事でやっと落ち込んだような顔をする桃太郎に、あの白豚が何かしでかしたのだと察する。
この場合白澤が棚を壊し、兎を巻き込んだとかそういうことだろうと考えたのは、普段から白澤ならやりかねないと思っているのかも知れない。あの情緒不安定男の行動は、それなりに長い付き合いだといえる鬼灯でも分からないのだ。
椅子の上の兎がひくつかせていた口元を止める。
「それが、そこの兎が棚にぶつかったのを庇って薬品を被っちゃって、今風呂に入ってるんです」
「逆でしたか」
「何がですか?」
「ああいえ、コチラの話です。それで、兎は大丈夫なんですか?」
「兎はちょっと物がぶつかっただけで大丈夫だったんですけど、白澤様がちょっと」
医薬品という言葉には『薬品』とある通り、薬というだけの括りで劇物を扱う場合が多い。おそらくその棚にもそういった類の薬品が置いてあったのだろう。中には素手で触れるのも危険な薬品だってあるので、それを洗い流す為に風呂へと入っているのか。
椅子の上の兎の、包帯の巻かれ方を見る限り白澤が巻いたものだろう。となれば彼に非は無いように思える。
棚は鬼灯の身長よりも高く、その高さから落ちたのであれば頭から被ったに違いない。一応見舞いの言葉でもかけるかと、鬼灯が店の裏手にある風呂へ行く為に店を出ようとすれば、桃太郎が呼び止めてきた。
「あ、今は行かない方が。瑞獣の姿になるから見られたくないって」
「それは私の場合心配いりません。……瑞獣の姿?」
滅多になりたがらない瑞獣の姿へ戻る程の怪我をしたというのか。桃太郎は言い難そうに顔をゆがめる。
「その方が回復が早いからって、その、……顔が」
店の裏手を回った先にある露天風呂の、衝立の奥へと踏み入れば、それなりに広い湯船の縁へ獣の頭が乗せられていた。
そこから湯の中へと沈んでいる身体もどちらもじっと動かず、白い毛並みとその姿から鬼灯は、ジブリ映画のもののけ姫に出てくるモ□を思い出す。
違うのはこちらのほうがあんな野犬に堕ちてしまった者より神格が高いのと、背中にある角と脇腹や額にある目だろう。
鬼灯がその湯船の縁を枕に寝そべっている瑞獣へ近付いてしゃがむと、白澤がうっすらと目を開けた。
「濡れるから戻りなさい」
「もう濡れてます」
「そっか」
「ええ……大丈夫ですか」
「大丈夫。死ねない」
白澤が喋る度に僅かに水面も揺れる。僅かに開けられた瞼の下で、紫色をした瞳が動いて鬼灯を見上げてきた。
「何か用だったかぁ?」
「ええ。ですが今日はもう聞くのを止めました」
「そっか。――哀れむなよぉ」
「どうして私が哀れまなければならないんですか」
「それもそうかぁ」
再び閉じられた目に鬼灯はそっと“開かなかった”ほうの目元へと手を伸ばす。白澤はその手から逃げるような仕草をしかけたものの、完全には逃げずに大人しく鬼灯の手を受け入れた。
兎を庇って薬品を頭から被ったらしい。そのせいで顔の半分が焼け爛れ、今はおよそ瑞獣と呼ばれるに相応しくない肌の色を晒している。
「鬼灯の手は冷てぇなぁ」
「それは貴方が風呂に入っているからでは?」
「『手が冷たい人は心が暖かい』んだぜぇ鬼灯」
「……戯言ですね」
顔を焼いた薬品は既に洗い流されているのだろう。鬼灯が触れても鬼灯の手が爛れることは無く、ただ白澤の酷い肌の手触りが掌へ残った。
白澤はこの四足の、瑞獣の姿になることを嫌っている。必要が無ければ極力なりたくないらしいその姿はしかし、人の姿をしているときよりも回復が早いらしい。
ではこの姿になって顔の傷が癒えるのを待っている白澤は、常々厭世的でありながら本当は死にたく無いのではと、鬼灯は思ってしまう。
『死ねない』のではなく『死なない』
爛れた肌に触れていた鬼灯の手へ、白澤が静かに顔を摺り寄せる。ポチャンと揺れるお湯の音と蒸気に着ている服が、完全に湿っていた。
でもまぁそれは、白澤に着替えでも借りればいいだろう。彼が風呂を出てから入らせてもらっても構わない。
「……白澤さん。お風呂出たらその毛並み乾かせてもらってもいいですか」
「人に戻らせてくんねぇの……まぁ鬼灯ならいいかぁ。でも」
「のぼせないでくださいね。運ぶの面倒ですから」
「のぼせたら放っておいていいんだけどなぁ」