【瑞獣】
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獄卒視点
現世で大多数の人間を巻き込んだ事故が発生し、にわかに地獄が忙しくなった。獄卒は上司から下っ端まで揃って慌ただしく走り回り、書類を作成しては報告したりと通常の監視もおぼつかない。
裁判を行なう十王の周囲などもっと騒然としており、徹夜が当たり前の状態だった。それでも閻魔大王が比較的体力を残していたのは、補佐官である鬼灯の働きと言えよう。自分も当然のように連日の徹夜をしておきながら、閻魔大王へは仕事の効率が下がるからと仮眠を取らせてもいた。
その分補佐官の仕事が増え、周りが気遣っても鬼灯は眠る間もなく四日目を迎えている。周囲は当然鬼灯の心配をするものの、彼のフォローが出来るほど自分に余裕も才能もない者が殆どだった。
申し訳ない気持ちと早く彼が休めるように頑張ろうと一丸になっていた地獄の、鬼灯の執務室へ白澤が現われたのはそんな時である。
相変わらずの白衣の裾を揺らし、少し不機嫌そうに歩く姿を誰も止めなかった。白澤は真っ直ぐに鬼灯の執務室へ向かうと、書類の提出で並んでいた獄卒の列を視線だけで蹴散らし鬼灯の座る机の前へ立つ。
「……何か用ですか。忙しいので後にしていただけますか」
「四徹らしいなぁ。シロくんや桃タロー君が心配してたぜぇ」
「それが貴方と関係ありますか? 聞いているのなら忙しい事など承知で――」
「寝かせに来たぁ」
鬼灯が持っていたペンが折れる。
「……忙しいと言っているでしょう。貴方の戯言に付き合う時間も――」
「俺はお前を寝かせねぇと『薄情者』らしい。俺は酷く傷ついたぜぇ。何も知らねぇくせにお前を心配してやんねぇだけで薄情者扱い。瑞獣ってそんなに万物に気を使ってかなきゃなんねぇの? 一応博愛主義のつもりだったが新事実だよ。今度から万物に媚びへつらうことにする」
「煩いと――」
「という訳でまずはお前だ鬼灯ぃ。寝ろぉ」
書類の番が来るのを待っていた獄卒達が思わずといった風に退いた。寝不足のせいで常日頃よりも目つきの悪い鬼灯が顔を上げて白澤を睨む。殺気も篭る視線だったが、白澤は冷ややかに見下ろしているだけだった。
立ち上がった鬼灯が脇にあった金棒を取り上げる。それで白澤を殴って追い出そうとしているのだろうと、ずっと二人の会話を見守っていた獄卒達は顔を逸らす。
普段から日常茶飯事のこととはいえ、白澤が鬼灯に痛めつけられるのは見ていて気持ちの良いものではない。
鬼灯が金棒を振り上げ、白澤へ向けて振り下ろす。誰もが白澤がそれに潰されてしまう事を想像した。
「武器が金棒だからかも知れねぇけど、お前はパワータイプでスピードが無ぇんだよ」
白澤のすぐ脇の床へ、金棒の先端がめり込んでいる。金棒はそのまま床へゆっくりと倒れていき、持ち主だった鬼灯は金棒を振り下ろした姿勢のまま固まっていた。
すぐにハッとした様子で顔を上げるが、その瞬間には白澤の拳が鳩尾へ決まり、意識を失って崩れ落ちる。机へ落ちてしまう前にその身体を支えた白澤は、机へ脚を掛けて身を乗り出し、鬼灯の身体を横抱きにして担いた。
そのまま踵を返した白澤に、周囲で呆然としていた獄卒達は慌てて道を作る。騒ぎを聞きつけてか執務室を覗きに来た閻魔大王も、あの鬼灯が白澤に担がれているという事実に目を丸くしていた。
「大王、俺が戻ってくるまで休憩していてください。この子を運んだら戻ってきますので」
「ほ、鬼灯君は」
「気絶させただけです。弱ってる鬼神に負けるほど俺も腐っちゃいません。この子の部屋へ行く許可を頂いても?」
「う、うん……」
ぎこちなく頷いた閻魔大王へ一礼をして、白澤が歩き出す。人一人を担いでいるとは思えない速さで淡々と鬼灯の私室へ向かう白澤を見送り、実は居た唐瓜が呟いた。
「白澤さま、スゲー……」
「アレは存外武闘派じゃからのう」
「イザナミ様!?」
振り返ればいつの間にか現われたイザナミが、呆れた様に遠ざかっていく白澤を眺めている。
「どうしてここに!?」
「白澤に『後で好きなだけ杏仁豆腐作ってやるから仕事を手伝え』と頼まれてのう。初代補佐官じゃし今は暇じゃから来てやったわ」
飄々と言ってイザナミは先程まで鬼灯が座っていた執務机へと腰を降ろした。折れたペンの破片を手で払い、代えのペンを取り出して書類へ向かう。
「ほれ、閻魔も仕事に戻れ戻れ」
「あの、白澤君は……」
「誰が言ったか知らぬがアヤツへ『薄情者』など見当違いも甚だしいの。アヤツは元々、夫へも忌み嫌われるほど腐り落ちた姿のわらわを『美しい』と言ってのけた博愛主義者よ。全く人間臭くて面白い」
昔を懐かしむように笑ったイザナミは、もう一度閻魔大王や獄卒に仕事へ戻れと檄を飛ばした。
数十分後、鬼灯を置いて戻ってきたらしい白澤は、何も言わないままにイザナミの隣へ椅子を運び、鬼灯がやっていた仕事の続きをやり始める。周りの心配を他所に曲がりなりにも知識の神というべきか、普段はやらない書類仕事だろうに手際が良い。
鬼灯が目を覚まし怒りの形相で戻ってきた時には全ての仕事が片付けられ、イザナミも白澤も逃げるように閻魔庁を帰っていった後。獄卒の中ではひっそりと『白澤も本気を出せばヤバイ』と噂が流れるようになった。
現世で大多数の人間を巻き込んだ事故が発生し、にわかに地獄が忙しくなった。獄卒は上司から下っ端まで揃って慌ただしく走り回り、書類を作成しては報告したりと通常の監視もおぼつかない。
裁判を行なう十王の周囲などもっと騒然としており、徹夜が当たり前の状態だった。それでも閻魔大王が比較的体力を残していたのは、補佐官である鬼灯の働きと言えよう。自分も当然のように連日の徹夜をしておきながら、閻魔大王へは仕事の効率が下がるからと仮眠を取らせてもいた。
その分補佐官の仕事が増え、周りが気遣っても鬼灯は眠る間もなく四日目を迎えている。周囲は当然鬼灯の心配をするものの、彼のフォローが出来るほど自分に余裕も才能もない者が殆どだった。
申し訳ない気持ちと早く彼が休めるように頑張ろうと一丸になっていた地獄の、鬼灯の執務室へ白澤が現われたのはそんな時である。
相変わらずの白衣の裾を揺らし、少し不機嫌そうに歩く姿を誰も止めなかった。白澤は真っ直ぐに鬼灯の執務室へ向かうと、書類の提出で並んでいた獄卒の列を視線だけで蹴散らし鬼灯の座る机の前へ立つ。
「……何か用ですか。忙しいので後にしていただけますか」
「四徹らしいなぁ。シロくんや桃タロー君が心配してたぜぇ」
「それが貴方と関係ありますか? 聞いているのなら忙しい事など承知で――」
「寝かせに来たぁ」
鬼灯が持っていたペンが折れる。
「……忙しいと言っているでしょう。貴方の戯言に付き合う時間も――」
「俺はお前を寝かせねぇと『薄情者』らしい。俺は酷く傷ついたぜぇ。何も知らねぇくせにお前を心配してやんねぇだけで薄情者扱い。瑞獣ってそんなに万物に気を使ってかなきゃなんねぇの? 一応博愛主義のつもりだったが新事実だよ。今度から万物に媚びへつらうことにする」
「煩いと――」
「という訳でまずはお前だ鬼灯ぃ。寝ろぉ」
書類の番が来るのを待っていた獄卒達が思わずといった風に退いた。寝不足のせいで常日頃よりも目つきの悪い鬼灯が顔を上げて白澤を睨む。殺気も篭る視線だったが、白澤は冷ややかに見下ろしているだけだった。
立ち上がった鬼灯が脇にあった金棒を取り上げる。それで白澤を殴って追い出そうとしているのだろうと、ずっと二人の会話を見守っていた獄卒達は顔を逸らす。
普段から日常茶飯事のこととはいえ、白澤が鬼灯に痛めつけられるのは見ていて気持ちの良いものではない。
鬼灯が金棒を振り上げ、白澤へ向けて振り下ろす。誰もが白澤がそれに潰されてしまう事を想像した。
「武器が金棒だからかも知れねぇけど、お前はパワータイプでスピードが無ぇんだよ」
白澤のすぐ脇の床へ、金棒の先端がめり込んでいる。金棒はそのまま床へゆっくりと倒れていき、持ち主だった鬼灯は金棒を振り下ろした姿勢のまま固まっていた。
すぐにハッとした様子で顔を上げるが、その瞬間には白澤の拳が鳩尾へ決まり、意識を失って崩れ落ちる。机へ落ちてしまう前にその身体を支えた白澤は、机へ脚を掛けて身を乗り出し、鬼灯の身体を横抱きにして担いた。
そのまま踵を返した白澤に、周囲で呆然としていた獄卒達は慌てて道を作る。騒ぎを聞きつけてか執務室を覗きに来た閻魔大王も、あの鬼灯が白澤に担がれているという事実に目を丸くしていた。
「大王、俺が戻ってくるまで休憩していてください。この子を運んだら戻ってきますので」
「ほ、鬼灯君は」
「気絶させただけです。弱ってる鬼神に負けるほど俺も腐っちゃいません。この子の部屋へ行く許可を頂いても?」
「う、うん……」
ぎこちなく頷いた閻魔大王へ一礼をして、白澤が歩き出す。人一人を担いでいるとは思えない速さで淡々と鬼灯の私室へ向かう白澤を見送り、実は居た唐瓜が呟いた。
「白澤さま、スゲー……」
「アレは存外武闘派じゃからのう」
「イザナミ様!?」
振り返ればいつの間にか現われたイザナミが、呆れた様に遠ざかっていく白澤を眺めている。
「どうしてここに!?」
「白澤に『後で好きなだけ杏仁豆腐作ってやるから仕事を手伝え』と頼まれてのう。初代補佐官じゃし今は暇じゃから来てやったわ」
飄々と言ってイザナミは先程まで鬼灯が座っていた執務机へと腰を降ろした。折れたペンの破片を手で払い、代えのペンを取り出して書類へ向かう。
「ほれ、閻魔も仕事に戻れ戻れ」
「あの、白澤君は……」
「誰が言ったか知らぬがアヤツへ『薄情者』など見当違いも甚だしいの。アヤツは元々、夫へも忌み嫌われるほど腐り落ちた姿のわらわを『美しい』と言ってのけた博愛主義者よ。全く人間臭くて面白い」
昔を懐かしむように笑ったイザナミは、もう一度閻魔大王や獄卒に仕事へ戻れと檄を飛ばした。
数十分後、鬼灯を置いて戻ってきたらしい白澤は、何も言わないままにイザナミの隣へ椅子を運び、鬼灯がやっていた仕事の続きをやり始める。周りの心配を他所に曲がりなりにも知識の神というべきか、普段はやらない書類仕事だろうに手際が良い。
鬼灯が目を覚まし怒りの形相で戻ってきた時には全ての仕事が片付けられ、イザナミも白澤も逃げるように閻魔庁を帰っていった後。獄卒の中ではひっそりと『白澤も本気を出せばヤバイ』と噂が流れるようになった。