【瑞獣】
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鬼灯視点
お香さんから貰った柿の入った袋を抱えて桃源郷の『極楽満月』へ行けば、珍しく店主は店の中へ居た。
商いにしているだけあって製薬の腕は折り紙付きだが、更に言うならお菓子作りにもなかなかの腕前を持つ店主は、入り口へ背を向けて卓上サイズの鍋をかき混ぜている。こっそり聞こえる鼻歌は何の歌なのか全く分からないが、機嫌が良いのかと鬼灯は思った。
草の青臭いがどこか癖になりそうな匂いが充満している店内へ足を踏み入れれば、床が軋んだ音に気付いてか鼻歌が止まり店主の白澤が振り返る。
「鬼灯? 今日は何も依頼されてねぇよなぁ?」
「ええ。柿を頂いたので持って来たのです。何か作りなさい」
「……自分で調理すりゃいいのに」
かき混ぜていた手を止めて持っていた匙を置いて、白澤が寄って来た。その白衣には珍しく草の汁の染みが染み付いている。
よく見れば、乾いてしまっているものの顔へもその汁が飛んでいた。普段着の様に殆ど毎日白衣を着ているもの、それを汚している場面を見たことの無かった鬼灯としては違和感を覚えて一体何をしたんだと聞こうとすると、白澤が何かに気付いたように背後の鍋を振り返る。
「鬼灯、ごめん」
「何を……っ」
白澤の手が鬼灯の両耳を塞ぐ。驚く鬼灯を気にした様子も無く白澤は少し困ったように笑っていて、少ししてから再び鍋を振り返り鬼灯の両側から手を降ろした。
訝しがる鬼灯をそのままに白澤は鍋の前へと戻る。そうして匙で鍋の中身をつつき火力を上げていた。
「何を煮ているんですか」
「マンドラゴラ」
「まんど……っ貴方、何て物を!」
その叫び声を聞くだけで周囲の生き物が絶命する効力を持つ、恐ろしい植物の名に思わず鬼灯は怒鳴る。死んでしまうのは何も人だけではなく動物もだし、調べられた事はないが『鬼』だって、死なないとしても少なからず何かしらの害があるだろう。
死者の国である地獄で、既に死んでいる亡者へ聞かせたらどうなるのかと、かつてEUの蝿と議論した事もある。それは結局実現しなかったが、危険である事は変わりないだろう。
そんな危険な物を煮ていた白澤は、鍋へ蓋をして振り返り、鬼灯へ向けて微笑んだ。
「媚薬が欲しいって依頼が入ったからなぁ。桃タロー君やウサギ達は外出してもらってるし、お前が来なけりゃ平気だったぜぇ」
「こういう時こそ店を閉めておきなさい。……貴方、耳栓はどうしたんです?」
先程から成立している会話と、先程塞がれた耳の事を思い出して尋ねる。マンドラゴラを扱う時は耳栓をして自衛するのが当たり前だ。
なのに白澤は鬼灯の手から柿の入った袋を取り上げならがら、信じられない事を言った。
「つけてねぇ」
「は?」
「だって死ねねぇし。死ねねぇんだよ鬼灯。マンドラゴラの声を聞こうがトリカブトを誤飲しようがこの“身体”は死ななかったんだぁ。だから気にしねぇで精製してる」
思わず絶句した鬼灯を気にした様子も無く、白澤は袋から柿を一つ取り出し、美味しそうだと笑みを浮かべている。
死ねない、という話題と同価値で柿の見た目を褒めている彼に、毎度の事ながら鬼灯はどうしようもない気持ちになって怒鳴りつけたいのを我慢した。
白澤でありながら『白澤』であることを厭うその人を、鬼灯では救えない。元々亡者の罪を裁く獄卒である鬼神では、何かを救う事は難しそうだ。
「でもあのマンドラゴラしぶとくてなぁ。見ろよこれぇ。白衣に染みが付いちゃってマジ困るっていうか……落ちるかなぁ」
自身の健康よりそれが気になって仕方ないとばかりに、白衣を摘んでみせる白澤へ鬼灯は手を伸ばす。伸ばされた手へ身体を強張らせた白澤に内心でだけ得意気になって、頬に付いていた染みを指先で擦った。
「顔にも付いてますよ。汚らしい」
「だったら取ろうとしなくていい。手が汚れるぜぇ」
「もう耳を触られた時点で汚れてますから。アルコールを寄越しなさい」
「滅菌消毒!」
ショックを受けたように叫びつつも、へにゃりと笑って結局消毒用アルコールを持って来てくれるのだろう。柿も持っていったから何か作り始めるかもしれない。
昔から厭世的な人だ。
いつか死ねる方法を知ったら、そのまま死んでしまうのかと不安になる程に厭世的な彼を、鬼灯はどうも昔から見捨てる事が出来なかった。だから貰い物のおすそ分けだの薬の依頼だのお菓子が食べたいだのと言っては、知らないうちに死んでしまわぬように見張っているのだと知ったら、彼は笑うだろうか。
とりあえずの時間稼ぎか、消毒用アルコールの他にお茶と作り置きらしいお茶菓子とを持って来た白澤は、そのまま台所へと戻っていく。聞こえる音からして柿を使って何か作るつもりらしい。
「仕事はぁ?」
「半休です。最近休みがなかったので」
「ふぅん。朝から来てりゃ桃タロー君がシロ君達のトコ行くのに誘ってくれただろうになぁ」
台所の方から聞こえる声に、火に掛けられた鍋がカタカタと揺れる。まだ生きているのか。
「でも来てくれてちょっと有り難てぇかなぁ。一人じゃ寂しくって機嫌悪くなってたから」
「……そうですか」
白澤が目の前に居なくて良かった。出されたお茶を飲み干してしまってお代わりが欲しかったが、鬼灯はもう少し待とうと静かに茶器を置く。
鼻歌はもう聞こえてこなかった。
お香さんから貰った柿の入った袋を抱えて桃源郷の『極楽満月』へ行けば、珍しく店主は店の中へ居た。
商いにしているだけあって製薬の腕は折り紙付きだが、更に言うならお菓子作りにもなかなかの腕前を持つ店主は、入り口へ背を向けて卓上サイズの鍋をかき混ぜている。こっそり聞こえる鼻歌は何の歌なのか全く分からないが、機嫌が良いのかと鬼灯は思った。
草の青臭いがどこか癖になりそうな匂いが充満している店内へ足を踏み入れれば、床が軋んだ音に気付いてか鼻歌が止まり店主の白澤が振り返る。
「鬼灯? 今日は何も依頼されてねぇよなぁ?」
「ええ。柿を頂いたので持って来たのです。何か作りなさい」
「……自分で調理すりゃいいのに」
かき混ぜていた手を止めて持っていた匙を置いて、白澤が寄って来た。その白衣には珍しく草の汁の染みが染み付いている。
よく見れば、乾いてしまっているものの顔へもその汁が飛んでいた。普段着の様に殆ど毎日白衣を着ているもの、それを汚している場面を見たことの無かった鬼灯としては違和感を覚えて一体何をしたんだと聞こうとすると、白澤が何かに気付いたように背後の鍋を振り返る。
「鬼灯、ごめん」
「何を……っ」
白澤の手が鬼灯の両耳を塞ぐ。驚く鬼灯を気にした様子も無く白澤は少し困ったように笑っていて、少ししてから再び鍋を振り返り鬼灯の両側から手を降ろした。
訝しがる鬼灯をそのままに白澤は鍋の前へと戻る。そうして匙で鍋の中身をつつき火力を上げていた。
「何を煮ているんですか」
「マンドラゴラ」
「まんど……っ貴方、何て物を!」
その叫び声を聞くだけで周囲の生き物が絶命する効力を持つ、恐ろしい植物の名に思わず鬼灯は怒鳴る。死んでしまうのは何も人だけではなく動物もだし、調べられた事はないが『鬼』だって、死なないとしても少なからず何かしらの害があるだろう。
死者の国である地獄で、既に死んでいる亡者へ聞かせたらどうなるのかと、かつてEUの蝿と議論した事もある。それは結局実現しなかったが、危険である事は変わりないだろう。
そんな危険な物を煮ていた白澤は、鍋へ蓋をして振り返り、鬼灯へ向けて微笑んだ。
「媚薬が欲しいって依頼が入ったからなぁ。桃タロー君やウサギ達は外出してもらってるし、お前が来なけりゃ平気だったぜぇ」
「こういう時こそ店を閉めておきなさい。……貴方、耳栓はどうしたんです?」
先程から成立している会話と、先程塞がれた耳の事を思い出して尋ねる。マンドラゴラを扱う時は耳栓をして自衛するのが当たり前だ。
なのに白澤は鬼灯の手から柿の入った袋を取り上げならがら、信じられない事を言った。
「つけてねぇ」
「は?」
「だって死ねねぇし。死ねねぇんだよ鬼灯。マンドラゴラの声を聞こうがトリカブトを誤飲しようがこの“身体”は死ななかったんだぁ。だから気にしねぇで精製してる」
思わず絶句した鬼灯を気にした様子も無く、白澤は袋から柿を一つ取り出し、美味しそうだと笑みを浮かべている。
死ねない、という話題と同価値で柿の見た目を褒めている彼に、毎度の事ながら鬼灯はどうしようもない気持ちになって怒鳴りつけたいのを我慢した。
白澤でありながら『白澤』であることを厭うその人を、鬼灯では救えない。元々亡者の罪を裁く獄卒である鬼神では、何かを救う事は難しそうだ。
「でもあのマンドラゴラしぶとくてなぁ。見ろよこれぇ。白衣に染みが付いちゃってマジ困るっていうか……落ちるかなぁ」
自身の健康よりそれが気になって仕方ないとばかりに、白衣を摘んでみせる白澤へ鬼灯は手を伸ばす。伸ばされた手へ身体を強張らせた白澤に内心でだけ得意気になって、頬に付いていた染みを指先で擦った。
「顔にも付いてますよ。汚らしい」
「だったら取ろうとしなくていい。手が汚れるぜぇ」
「もう耳を触られた時点で汚れてますから。アルコールを寄越しなさい」
「滅菌消毒!」
ショックを受けたように叫びつつも、へにゃりと笑って結局消毒用アルコールを持って来てくれるのだろう。柿も持っていったから何か作り始めるかもしれない。
昔から厭世的な人だ。
いつか死ねる方法を知ったら、そのまま死んでしまうのかと不安になる程に厭世的な彼を、鬼灯はどうも昔から見捨てる事が出来なかった。だから貰い物のおすそ分けだの薬の依頼だのお菓子が食べたいだのと言っては、知らないうちに死んでしまわぬように見張っているのだと知ったら、彼は笑うだろうか。
とりあえずの時間稼ぎか、消毒用アルコールの他にお茶と作り置きらしいお茶菓子とを持って来た白澤は、そのまま台所へと戻っていく。聞こえる音からして柿を使って何か作るつもりらしい。
「仕事はぁ?」
「半休です。最近休みがなかったので」
「ふぅん。朝から来てりゃ桃タロー君がシロ君達のトコ行くのに誘ってくれただろうになぁ」
台所の方から聞こえる声に、火に掛けられた鍋がカタカタと揺れる。まだ生きているのか。
「でも来てくれてちょっと有り難てぇかなぁ。一人じゃ寂しくって機嫌悪くなってたから」
「……そうですか」
白澤が目の前に居なくて良かった。出されたお茶を飲み干してしまってお代わりが欲しかったが、鬼灯はもう少し待とうと静かに茶器を置く。
鼻歌はもう聞こえてこなかった。