【瑞獣】
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鬼灯視点
「あれは元々、この世界のものではなかった」
“元通り”となった世界でイザナミは少しだけ寂しげに語った。
白澤が世界の絶望と共に消えてから、世界の至る所で起こっていた災害やテロは一斉に収束へと向かった。消えてしまった神々は何の騒動すら起こっていなかったとばかりに存在しており、消えたこと自体がなかったことになっている。
消えた物語のキャラクターも、座敷童子の消滅すらも無かったこと。金魚草は今日も揺れ鳴いて、亡者達は地獄へ降り針山が血で染まる。
世は全てこともなく。消えたものなど“一つ”しかなく。
その一つに、『白澤』は含まれない。
「知っておったのよ。わらわもアマテラスも、玉帝もアッラーも。あの扉を守る“事象”はあれが兄のように慕っていた、たった一つの“個”であった人間であることを」
「……人間」
「そうじゃ。そしてあやつも元は人間じゃった」
「人間、だった」
世界が元通りになっても、“白澤”は戻らなかった。
名前だけが存在している。桃源郷の店も持ち主は依然白澤のまま。新しい瑞獣が生まれることもなく、何かしらの支障が生ずることもないまま変わらぬ日々が続いていた。
黄泉道守者もイブリスも、元よりあまり世界へ干渉する役目を負った神ではなかったことも関係しているだろう。彼一人いなくなったところで何も変わりはしない。
まるであの時、そうすることが決まっていたように。彼がいなくなっても支障がないとばかりにだ。
「人が神になることはそう珍しいことでは無いが、あやつは神になることを求めておらなんだ。あくまでも『兄』と同じように“人”であることを望んでおったのよ」
「……でも周囲が彼を“神”にしていた。その姿や認識から」
生け贄に“選ばれた”子供。生け贄役を押しつけられた子供。
神であれと“押しつけられた”人間。
「腐り落ちたわらわを恐れなかった様にあやつは『悪意』や『絶望』さえも愛せる。だからあの子は、わらわ達もこの世界も愛そうと悩んでいた」
望まぬものを押しつけた世界でさえ。
「その辺の小石でも雑草の切れ端でも構わぬ。相手が誠意を込めて差し出してくれたものをあの子はどうしても大切にはせずにいられぬのよ。たった一匹の蝶でも、たった一片の火種でもいい。ましてや鬼灯。お前の様な等身大の存在が一人でもあの子を受け入れたのなら、あの子は決して崩壊や滅亡を良しとはしない」
白澤は異様なまでの死にたがりだった。とはいえ死んで欲しくないという鬼灯の気持ちなど当の昔に気付いていただろう。だから自分から消滅するようなことをしなかった。
嫌いな四つ足の姿も鬼灯には晒したのは、鬼灯があの姿を好きだと言ったからだ。座敷童子達を可愛がったのは、神として敬うことなく慕ってくれていたから。
何かを贔屓せず特別を作らずなんて『カミサマ』らしいことはせず、ずっと『人間らしく』在ろうとしていた。
人間らしくあり続けたが為の選択すら、個人的な感情にまみれた人間らしく。
「……神であることがそんなに嫌だったのなら、私は教えて頂きたかったです」
「言えぬよ。周囲はお前も含めてあれを『神』にしていた。このわらわですらそれを否定できなんだ」
「ですが、――ですが、それではあんまりにもあの人は」
「ならばあの子の選択だけは、お前が怒らずに受け入れてやればいい」
「世界を守る代わりに、人としての自分を殺す選択を?」
人のように特別な贔屓を作って世界を見捨てることがあの人には出来た。その場合贔屓されるのはあの『事象』だろう。
しかし白澤はそれを“選ばず”、博愛主義者よろしく世界全てを救った。
『神』らしい行動をしたのだ。
あの場面で、白澤はそれらの選択肢を選べる状況にあり、そして行動した結果にいる鬼灯は、彼が神としての役目を選んだのだと思っている。
人でありたかったのに人でいられず、鬼灯に人で在る為の言霊だけを遺して。
「あの子はお前が思っているより強かじゃ。神だとか人だとかをあんな場所で選びはせぬ」
「? それなら何を?」
イザナミは静かに微笑んで告げた。神話原始の母たる貫禄の籠もる笑みだ。
「あの子はお前を選んだのだよ。――地獄を灯す鬼灯の実を」
「あれは元々、この世界のものではなかった」
“元通り”となった世界でイザナミは少しだけ寂しげに語った。
白澤が世界の絶望と共に消えてから、世界の至る所で起こっていた災害やテロは一斉に収束へと向かった。消えてしまった神々は何の騒動すら起こっていなかったとばかりに存在しており、消えたこと自体がなかったことになっている。
消えた物語のキャラクターも、座敷童子の消滅すらも無かったこと。金魚草は今日も揺れ鳴いて、亡者達は地獄へ降り針山が血で染まる。
世は全てこともなく。消えたものなど“一つ”しかなく。
その一つに、『白澤』は含まれない。
「知っておったのよ。わらわもアマテラスも、玉帝もアッラーも。あの扉を守る“事象”はあれが兄のように慕っていた、たった一つの“個”であった人間であることを」
「……人間」
「そうじゃ。そしてあやつも元は人間じゃった」
「人間、だった」
世界が元通りになっても、“白澤”は戻らなかった。
名前だけが存在している。桃源郷の店も持ち主は依然白澤のまま。新しい瑞獣が生まれることもなく、何かしらの支障が生ずることもないまま変わらぬ日々が続いていた。
黄泉道守者もイブリスも、元よりあまり世界へ干渉する役目を負った神ではなかったことも関係しているだろう。彼一人いなくなったところで何も変わりはしない。
まるであの時、そうすることが決まっていたように。彼がいなくなっても支障がないとばかりにだ。
「人が神になることはそう珍しいことでは無いが、あやつは神になることを求めておらなんだ。あくまでも『兄』と同じように“人”であることを望んでおったのよ」
「……でも周囲が彼を“神”にしていた。その姿や認識から」
生け贄に“選ばれた”子供。生け贄役を押しつけられた子供。
神であれと“押しつけられた”人間。
「腐り落ちたわらわを恐れなかった様にあやつは『悪意』や『絶望』さえも愛せる。だからあの子は、わらわ達もこの世界も愛そうと悩んでいた」
望まぬものを押しつけた世界でさえ。
「その辺の小石でも雑草の切れ端でも構わぬ。相手が誠意を込めて差し出してくれたものをあの子はどうしても大切にはせずにいられぬのよ。たった一匹の蝶でも、たった一片の火種でもいい。ましてや鬼灯。お前の様な等身大の存在が一人でもあの子を受け入れたのなら、あの子は決して崩壊や滅亡を良しとはしない」
白澤は異様なまでの死にたがりだった。とはいえ死んで欲しくないという鬼灯の気持ちなど当の昔に気付いていただろう。だから自分から消滅するようなことをしなかった。
嫌いな四つ足の姿も鬼灯には晒したのは、鬼灯があの姿を好きだと言ったからだ。座敷童子達を可愛がったのは、神として敬うことなく慕ってくれていたから。
何かを贔屓せず特別を作らずなんて『カミサマ』らしいことはせず、ずっと『人間らしく』在ろうとしていた。
人間らしくあり続けたが為の選択すら、個人的な感情にまみれた人間らしく。
「……神であることがそんなに嫌だったのなら、私は教えて頂きたかったです」
「言えぬよ。周囲はお前も含めてあれを『神』にしていた。このわらわですらそれを否定できなんだ」
「ですが、――ですが、それではあんまりにもあの人は」
「ならばあの子の選択だけは、お前が怒らずに受け入れてやればいい」
「世界を守る代わりに、人としての自分を殺す選択を?」
人のように特別な贔屓を作って世界を見捨てることがあの人には出来た。その場合贔屓されるのはあの『事象』だろう。
しかし白澤はそれを“選ばず”、博愛主義者よろしく世界全てを救った。
『神』らしい行動をしたのだ。
あの場面で、白澤はそれらの選択肢を選べる状況にあり、そして行動した結果にいる鬼灯は、彼が神としての役目を選んだのだと思っている。
人でありたかったのに人でいられず、鬼灯に人で在る為の言霊だけを遺して。
「あの子はお前が思っているより強かじゃ。神だとか人だとかをあんな場所で選びはせぬ」
「? それなら何を?」
イザナミは静かに微笑んで告げた。神話原始の母たる貫禄の籠もる笑みだ。
「あの子はお前を選んだのだよ。――地獄を灯す鬼灯の実を」
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