鬼灯視点

「白澤様って、少し変わっていらっしゃるわよね」

同僚のお香さんがふとそんなことを言い出した。とはいえ鬼灯に限らずあの神獣を知る者は悉く彼を変わっていると評価するのではと思う。

「元からでしょう」
「性格とかじゃないわ。現世の記録とは違うと思って」

現世の記録というのは山海経や白澤図のことだろうか。石像などもあるがそれは絵を元に作られたものであるだろうし、その絵も元は文章で記されていたものを図象化したものだと思われる。
現世における白澤の姿というのは鬼神や閻魔よりは奇怪だ。獅子に似た姿とだけ記されていることもあれば、鵺のように様々な吉兆の要素が複合し牛のような角や鹿のような脚であったり、ものによっては笑える間抜けな人面で描かれていた。
今の白澤の姿である額やわき腹へ加えられた合計九つの目は、日本の鳥山石燕という者がそう描いたのが始まりとされている。そこまで考えて鬼灯もお香さんの言いたいことが分かった。

「確かに、あの人に本来『山羊の要素』は殆どありませんね」

様々な動物の部位が複合する白澤を記すものの中に『山羊』はない。あったとしてもせいぜいが『山羊の髭』である。
しかし鬼灯の知っている白澤は、あの四つ足の姿を言葉で表現するのなら『牛の様な“山羊の様な”』と『山羊』にも見えなくはないのだ。

「この前資料室で現世の文献に目を通すことがあって気付いたの。現世の生者達がそうそう白澤様を見ているとは思えないから、そんなに詳細が残っていないのは当たり前だけど、山羊要素だけ抜けてるなんて観察力がないのかしら？」
「観察するほどの余裕が相手にあるとも限りませんからね」

吉兆の徴である白澤が現世に現れるのは、徳の高い王者が現世に現れた時とされている。人の姿では定期的に行っている様だが、あの白い獣の姿で現世へ行くことは滅多に無かったのではないだろうか。
白澤はあの姿を嫌っているのだから。

「記録よりヤギっぽいからイヤなのかしら？」
「山羊もいいとは思いますがね」
「そりゃあ鬼灯様は動物がお好きでいらっしゃるから。そういえば食堂のテレビで見たんですけれど……」

話題が白澤のことから、テレビで流れていたらしい動物を使った新しいコマーシャルの話に移る。鬼灯はまだそのコマーシャルを見た覚えが無かったので後で絶対に見ようと決めた。
牛のような山羊のような。『山羊』と聞けばなんとなく西洋の悪魔を思い起こす。リリスの使用人は元々生け贄に捧げられた山羊である。西洋で山羊は悪魔との関連が深い。
とはいえ白澤は東洋の瑞獣だ。きっと関係は無いのだろう。