まだ地平線に朝日の微かな光さえ現れていない早朝。早朝というよりは人によっては夜と言ったほうが良さそうな時間帯に、シルビは小屋を抜け出して荒れ果てた畑へと向かった。
痩せた地面へとしゃがんで手を付き、地面を撫でるように動かす。その手には黄色い炎が灯っており、触れた辺りの土の色がごく僅かに変化する。
チャックの生命線である芋は、もう殆ど残っていなかった。
遭難に遭った日から半月近く経っているのだからそれも当然とは言える。元々そう広くない畑であった上に、長い事放置されていて野生化して自然淘汰も行なわれていた。むしろ残っていた事の方が奇跡である。
その奇跡を少しでも存続させようと、シルビは暇と誰にも見られていない時間があればここへ来るようにしていた。食べて減ってしまった数こそ増やせないが、まだ残っているものを少しでも大きくする事は可能だ。
これ以上やると不自然だろうと思われるタイミングを計って地面から手を離す。そのまま膝の上で腕を組んで狭い畑を見回した。
シルビはヴェロニカ教に詳しくは無い。しかしどうせなら全員で生還したいという考えも有りだとは思う。
つい先日ペギー･メイが皆で汲んできた水で一人だけ洗髪するという問題も起こったが、あれはリィが警告したのでシルビの怒る余地はない。
チャックはペギー・メイとは違う。自分がわがままを言っている事を自覚して、それでいて周囲に迷惑を掛けまいと努力していた。ならそれにはシルビもシルビの意思を返していいと思い、こっそりこんなことをやっている訳で。

「……せめてチャックの生還……でもなぁ」

こんな時自分の能力と自分で決めた制限が恨めしい。
『ジャック』と『サブジェイ』にもう一度会う為、シルビは自分で此処へ来る事を選んだ。けれどもそれまでは、二人へ会うまでは自分は『普通』でいようと思っていた。
二人と離れてしまってからも自分はこうして生きてこられたからと、もう心配させる事は無いと恩人である彼等へ告げる為に。
もっとも、それもリィ達へ出会うまでの話だった。とはいえ、惑星を越えての移動など絶対にしていけない事だとも分かっている。出来るとしても。

「……ままならねぇなぁ」

何処かで早起きな鳥が鳴き声を上げる。そろそろ小屋へ戻りずっと寝ていたフリをしたほうがいいだろう。リィとシェラは確実に気付いているだろうが、何も言われた事は無いので気にしない。
小屋の中の男子が寝ている部屋へ戻れば、トビーがシルビの寝ていた寝床を侵略してきていた。苦笑して押し戻し横になる。