「……つまり、親からもらった名前を一生馬鹿にされるようなものか？」
「馬鹿にされて且つどんな言動をしてもその名前にからめて馬鹿にされるようなモン」

ハンスは真面目に考え込んでいるように目を伏せ、暫くしてからシルビを見る。

「だから、目立ちたくない？」
「俺はそういうふうに考えてる。まだ短けぇ付き合いだから合ってるかどうかも分かんねぇけど、目立ちたくねぇって気持ちは分からなくもねぇ。俺だって最初の頃は女子が煩かっただろぉ？」

シルビがこの寮へ来た当初のことを覚えているハンスは、その頃のことを思い出して納得したようだった。シルビ自身は人様の顔に関して美醜をあまり気にすることはないが、他人にはそうは思わない者だっている。
フォンダム寮でシルビが『人見知り』として有名なのは、そういった視線がわずらわしいと思った故の結果だ。ハンスは寮長になる前からそんなシルビを気に掛けてくれていたし、寮長になってからはより責任感と面倒見が良くなった。
リィ達のあの顔に対しても真摯に受け入れたし、そういうところはハンスの持つ一種の才能だ。だからシルビはハンスとはよく話す。
話が逸れたが、リィ達が『目指せ一般市民』を目標に掲げている理由を、誰かへ説明するとしたらシルビではこうなる。『自分達は周囲と違う』と認識してそれを当然と受け入れている分、リィ達は自分の分をわきまえているのだろう。
もちろん正解だともシルビは思っていない。彼等はシルビとも違うのだから。

「まぁ、深く踏み込もうとするには俺も寮長も荷が重いんだろぉ。だから程々の距離を保ってりゃ問題は無ぇよ」
「程々の距離をどうやって測ればいいんだ」
「リィはちゃんと教えてくれてるだろぉ？ 『おれたちの事情に首を突っ込まないこと』説明が足りてねぇだけでリィは親切に教えてくれてる」
「……君はぼくが聞いても良いのか？」
「俺は寮長に嫌なとこまで踏み込まれてりゃ、とっくに寮長と話すなんてことをしなくなってるぜぇ」

少し笑って言えば、ハンスはホッとしたように肩の力を抜いた。今まで自分がシルビへ対して行っていた事も、迷惑ではなかったかと不安になったのだろう。
そう考えられるところが、ハンスのいいところだ。
学校からリィとシェラが帰ってきた。談話室にいたシルビとハンスに気付いて軽く手をあげ、部屋へ荷物を置きに行く。秘密練習は夕食後の消灯前の時間だから、今からわざわざ話しかけに行く必要も無い。
ハンスが来る前に読んでいた本を再び開けば、ハンスが小声で『今日もよろしく』と言って席を立った。