シルビがその女優を知ったのは、しかしながら『シルビ』と転生してからだ。
『イブリス』としてこの宇宙へいた頃は、ジャック達と居るのだけが楽しかった。当然のように映画なんて興味どころか認識すらしていなかったくらいだ。幼い子供が自分の周囲に取り巻く環境だけを世界の全てだと思う様に。
『シルビ』としてここへ来てからは、改めてこの世界の情報を一般人程度に知識を成長の過程で取り入れてある。だから四十年前に一度行動を止めて眠っていたジャスミンよりも、数ヶ月前にこの世界へ来ることとなったレティシアやヴァンツァーよりも詳しい。
だから今のシルビは『ジンジャー・ブレッド』を当然知っている。彼女がどんな存在で、この共和宇宙でどれだけの顔の広さを持っているのかもだ。当然、何も知らないヴァンツァーがサイモンへ彼女の事を尋ねた場合の反応も予想できた。
怒鳴られて哀れまれて怒られたヴァンツァーが、やっと解放されてルウの隣に腰を下ろす。

「あんた等は時々、意地が悪いな」
「何事も経験だぁ経験。ふふ」
「知らなくても別に不思議じゃないよ。サイモンは映画を撮る側の人だから、反応が大げさなだけ」

こうなるだろうと知っていて教えなかったのも親心だと思って欲しい。知らないことを驚かれるという経験も必要といえば必要だろう。
余韻の残る笑いを小さくこぼしつつ、シルビは弁当箱の蓋を開ける前に珈琲を飲もうと口を付けた。リィが叫んだのはその直後だ。

「――食べられない！」

そう叫ぶと隣のシェラの弁当をひったくって匂いを嗅ぎ、シルビを含めた他の四人の弁当も同じように確かめて絶望的に唸る。

「だめだ！ 全部！」

リィがそう叫ぶなり、既に弁当の中にあったサンドイッチを少量とはいえ食べてしまっていたレティシアが部屋を飛び出していった。他の四人が立ち上がり周囲へ向かって弁当を食べるなと叫ぶのに、シルビも立ち上がって近くにあった空のゴミ箱の口を広げる。
リィ達の行動へ対して殆ど無意識に反応しただけであって、シルビには何があったのか分かっていない。ただ『リィが食べられないと言った』から、本能的に食べられないのだろうと判断した。
ヴァンツァーがスタッフの一人から叩き落とした弁当をゴミ箱へ放り込む。流石にリィ達がスタッフから吐き出させた吐瀉物までは素手では拾い集められない。
仕方なく近くに落ちていたビニール袋へ手を突っ込み、それでかき集めてゴミへ放り込んでいく。

「手袋あったらくれぇ！」
「向こうには無かった」