夜の展覧会

名前変換

デフォルト名があるので変換は本当に変えて読みたい方向けです。
デフォルト洋名
デフォルト和名

二重にぶれる視界。まだ何も描いていなかったクロッキー帳を取り出して右手を好きにさせる。白いだけだった用紙にどんどん描かれていくデッサンに警官が通り過ぎ様に眺めて驚いていた。
手がどんどん汚れていく。殆どが停車している車だとかシーモア邸の柵の向こうに見える近所の屋敷だとか、そんな物が紙の上で命を吹き込まれていた。
短くなってしまった鉛筆に新品を削ろうとカッターを取り出したところで、屋敷の中からヴァレンタイン卿が出てくる。玄関にいたシルビへ気付いて軽く手を挙げ、若い刑事の案内で通信車両へと向かっていった。
車両の中でしばらくゴソゴソとしていたヴァレンタイン卿が、恒星間通信用の子機を持って戻ってくる。

「シルビ君。ルウが先に君と話したいと」
「いいですよ」

どうやら大学惑星にいるルウと通話が繋がっているらしい。クロッキー帳を挙げた脚に置いて右手には好き勝手に描かせたまま、左手で子機を受け取る。

『ドミニク?』

ルウは最初からシルビではなく『ドミニク』へと話しかけた。ひどく疲れたような声である。

「――やあ天使! きみが今目の前にいないことが何よりも残念だよ!」

するりと、さも当然のように口から言葉が出た。だがそれはシルビの言葉ではない。
ヴァレンタイン卿が不思議そうにシルビを窺っているのに、唯一自由になる片目だけを向ける。侵食というか、『ドミニク』にとりつかれている深度が深い。

「絵筆は握らせてくれないんだけれど、デッサンはさせてくれるからありがたいね。これであの子や君を描けたらもっといいんだけれど」
『それは無理だよ。その体もちゃんと返してあげてね。――あの絵をリィが手に入れたんだって?』
「そうだよ。ぼくの願いが叶ったんだ」
『良かったね。でもリィにはあれの管理は難しいんじゃないかな』
「そうだね」
『じゃあ、エレメンタルに今後の管理もお願いしていい?』
「いいよ」

子機をヴァレンタイン卿へ返し、未だに少し不可解そうなヴァレンタイン卿と一緒に屋敷へ入れば、『暁の天使』を片手で支えたリィがブライト副館長やスタイン教授と話している。その『暁の天使』は今のシルビの眼で見ても真っ黒に塗りつぶされないので本物なのだろう。シルビの感覚にも確かに本物だと感じられる。
リィへヴァレンタイン卿が子機を差し出した。

「なに?」
「いいから、出なさい」

怪訝そうにリィが子機を受け取れば、グレン警部が手早く別の一台を部下から受け取って音声を解放させる。

『おはようエディ』
「やあ、研究発表はまとまった?」

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