夜の展覧会
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次の日、『ドミニク』がリィへ教えたという、『ウォルナット・ヒル』にある青い屋根瓦の家を探しに行くというリィ達とは別行動を取り、シルビは数冊のクロッキー帳を持ってエレメンタル近代美術館へ向かった。
美術館では本物の『暁の天使』が不在であることを殆どの者が知らないまま、今日も人々が安穏と観賞しに来ている。その受付に名乗ってからシルビはスタイン教授が今日も来ているかを尋ね、呼び出して貰った。
昨日と同じく展示室に向かい、『弧蝶』の見える位置にある椅子へ座って眺めていれば、フラフラと憔悴しきった様な風情のスタイン教授がやってくる。およそ絵画を鑑賞する人でも研究する人にも見えない姿は、よほど昨日の『暁の天使』が燃えた事がショックだったのだろう。
「昨日から何か食べましたか?」
「……まだ、何も喉を通りそうにない」
今にも泣きそうな声だった。隣に座ったその老人の姿が異様に思えたのか、周辺から観賞客がいなくなる。とはいえまだ早い時間だったので客も殆どいなかったが。
横に置いていた一冊のクロッキー帳を手に取ったところで、スタイン教授が口を開く。
「昨日、君はあの男の家の暖炉で燃えている絵を見て、『暁の天使じゃない』と呟いただろう」
「……ええ」
「何故、そう言ったのだね?」
絶望の底から希望を探し求めているような、そんな言い方にシルビは息を吐いた。そうしてクロッキー帳を渡す。
膝の上に置かれたクロッキー帳を教授は訝しげに眺め、やがてゆっくりと表紙を捲った。そうして小さく息を止める音にシルビは展示されている『弧蝶』を眺め続ける。
竪琴へ留まる青い蝶。
具象から抽象へ至る、まだ具象画の影響が強く残る頃に描かれたそれは、では具象なのか抽象なのか。
息づかいに合わせて今にも動き出しそうな羽も、音を奏でる物でありながら静寂を呼び集めている竪琴も、ドミニクが何を思って描いてくれたのかまでは教えてくれない。世間からの評価もコレは抽象画だろうとされている。
つまりドミニクが実物を見た訳ではない。スタイン教授の論文にもそう描かれていた。
ただあの蝶は、それでもシルビの『兄』に似ている。
「そのクロッキー帳、差し上げます。俺より価値の分かる貴方が持っている方がいいでしょう」
「こ、これは……」
「ドミニクは絵を描くのが好きなだけだった。でもあの絵に関しては、どうしてもリィに受け取って欲しいと願ってるんです」
何知らない観賞客が歩いてきた。弧蝶の絵を通り過ぎながら眺めて、あまり感銘は受けなかったようだ。
「もう少ししたら、軽く何か食べましょう。天使が帰ってくる瞬間に倒れては、貴方も無念じゃありませんか?」
美術館では本物の『暁の天使』が不在であることを殆どの者が知らないまま、今日も人々が安穏と観賞しに来ている。その受付に名乗ってからシルビはスタイン教授が今日も来ているかを尋ね、呼び出して貰った。
昨日と同じく展示室に向かい、『弧蝶』の見える位置にある椅子へ座って眺めていれば、フラフラと憔悴しきった様な風情のスタイン教授がやってくる。およそ絵画を鑑賞する人でも研究する人にも見えない姿は、よほど昨日の『暁の天使』が燃えた事がショックだったのだろう。
「昨日から何か食べましたか?」
「……まだ、何も喉を通りそうにない」
今にも泣きそうな声だった。隣に座ったその老人の姿が異様に思えたのか、周辺から観賞客がいなくなる。とはいえまだ早い時間だったので客も殆どいなかったが。
横に置いていた一冊のクロッキー帳を手に取ったところで、スタイン教授が口を開く。
「昨日、君はあの男の家の暖炉で燃えている絵を見て、『暁の天使じゃない』と呟いただろう」
「……ええ」
「何故、そう言ったのだね?」
絶望の底から希望を探し求めているような、そんな言い方にシルビは息を吐いた。そうしてクロッキー帳を渡す。
膝の上に置かれたクロッキー帳を教授は訝しげに眺め、やがてゆっくりと表紙を捲った。そうして小さく息を止める音にシルビは展示されている『弧蝶』を眺め続ける。
竪琴へ留まる青い蝶。
具象から抽象へ至る、まだ具象画の影響が強く残る頃に描かれたそれは、では具象なのか抽象なのか。
息づかいに合わせて今にも動き出しそうな羽も、音を奏でる物でありながら静寂を呼び集めている竪琴も、ドミニクが何を思って描いてくれたのかまでは教えてくれない。世間からの評価もコレは抽象画だろうとされている。
つまりドミニクが実物を見た訳ではない。スタイン教授の論文にもそう描かれていた。
ただあの蝶は、それでもシルビの『兄』に似ている。
「そのクロッキー帳、差し上げます。俺より価値の分かる貴方が持っている方がいいでしょう」
「こ、これは……」
「ドミニクは絵を描くのが好きなだけだった。でもあの絵に関しては、どうしてもリィに受け取って欲しいと願ってるんです」
何知らない観賞客が歩いてきた。弧蝶の絵を通り過ぎながら眺めて、あまり感銘は受けなかったようだ。
「もう少ししたら、軽く何か食べましょう。天使が帰ってくる瞬間に倒れては、貴方も無念じゃありませんか?」