WJ
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「あれ、ユーマさんどこ行くんすか」
「あ?ちょっとな」
トントン、と俺は制服のポケットを指す。このジェスチャーだけで何をしにいくのかこいつらには伝わるんだ。便利なもんだぜ。
この辺は治安がいいとは言えねえ地区だ。ダチ高へカチ込みに来る他校の奴は結構いる。今日は何人だったか……俺達の決闘場の片隅に視線を向けると、屈強な野郎が五、六人うずくまっていた。
入学以来負けなしだの、ダチ高最強だの。勝手に騒ぐ奴は多いがこんな奴ら相手に後れを取ることなんてありえねえ。だが、ぶっ続けのケンカはちと堪えるものがある。
そんな時はこんなむさくるしい奴らしかいねえ場所じゃなく、静かで、誰もこない場所で一服。それに限る。日も当たらず、人気も少ない校舎裏。そこに腰を下ろしてタバコの煙をくゆらせる。それが存外悪くねえんだ。
しかしその日はいつもと異なり、先客がそこにいた。
うずくまり、こちらに背を向けながら小さく肩を震わせる女が一人。誰が見ても泣いていることは明白だった。
めんどくせえことに関わりたくなかった俺は踵を返して戻ろうと思ったのだが、その女に見覚えがあった。
「……久尾津か?」
久尾津 シオン。俺と同じ学年でいつも学年上位に名前があるような優等生だ。
少なくとも、俺みてえなのと関わるタイプじゃねえ。
特に関わることもないと思っていたが、いつかの試験で突然話しかけられたことがある。その時の理数系の試験問題について聞かれたんだったか。
クラスのやつらも、いつもつるんでるやつらも。俺を「不良・五條佑真」として恐れ、機嫌を伺いながら接してくるのに、こいつだけは普通に、なんの違いも感じさせない声音で話しかけてきたんだ。だから記憶に強く残っていた。
誰に対しても同じような態度で接するあの変わった女が、誰も来ないであろう場所で一人泣いている。……放っときゃいいのに、気づいたら声が出ていた。
「五條……?」
掠れた声で俺の名を呼び、久尾津は顔をあげた。目元は赤く、そして涙の跡も見えた。
思わず声をかけちまったがどうしよう。このあとどうするか何も考えていなかった俺は、今まで見たこともない久尾津の姿に動揺し、かける言葉を探していると久尾津はふっ、と笑って立ち上がった。
「ここ、五條の場所だったの?ごめんね、知らなくて。
わたしもう行くから。それじゃ、おじゃましました」
腫れぼったい目を細め、何事もなかったように微笑んで久尾津は立ち去ろうとする。呆気にとられる俺の隣を当たり前のように通り抜けようとしたところで、思わず手が出た。
「ちょっ、待てよ」
俺よりも頭一つ以上小柄な久尾津の肩は、軽く掴んだつもりなのに壊れてしまいそうなほど小さく、華奢に感じた。まさか俺に制止されると思っていなかったらしい久尾津が驚いたように目を見開き、その瞳に俺を映す。
泣きはらした目の奥が妙に頼りなく見えて、放っておけなくなった。
「この校舎裏、人もこねーし、静かだし。落ち着くからよく居るんだよ。俺の居場所だ。
そんなとこから、その……泣き顔の女に出て行かれたら、俺の面子が潰れちまうだろ。だから、だな……」
頭をかき、言葉を探す。今の久尾津に届きそうな言葉は結局見つからなくて、俺はいつもの場所にどかっと腰を下ろし、隣をぽんと叩く。
「せめて目の腫れが落ち着くまでいればいいだろ。
どこか行くのはそのあとでも問題ねーだろうが」
「五條……」
何も嘘は言っていない。事実だ。
別に誰からどう言われようが構わねーが、泣きはらした優等生が、ダチ高最強の男の溜まり場から一人で出てきたっつーのは具合が悪い。俺にとっても、こいつにとっても。
そう、特別な意味なんて、ねえんだ。
だが俺の隣に腰を下ろした久尾津は落ち着いたのか、今まで見たこともないほど穏やかで柔らかな笑みを浮かべる。いつもは誰に対しても等しくフラットに接している久尾津の声に安堵の色が感じられた。
「ありがと、五條。厚意に甘えさせてもらうね」
初めて聞くその声色に、俺は思わず息をのんだ。
「あ?ちょっとな」
トントン、と俺は制服のポケットを指す。このジェスチャーだけで何をしにいくのかこいつらには伝わるんだ。便利なもんだぜ。
この辺は治安がいいとは言えねえ地区だ。ダチ高へカチ込みに来る他校の奴は結構いる。今日は何人だったか……俺達の決闘場の片隅に視線を向けると、屈強な野郎が五、六人うずくまっていた。
入学以来負けなしだの、ダチ高最強だの。勝手に騒ぐ奴は多いがこんな奴ら相手に後れを取ることなんてありえねえ。だが、ぶっ続けのケンカはちと堪えるものがある。
そんな時はこんなむさくるしい奴らしかいねえ場所じゃなく、静かで、誰もこない場所で一服。それに限る。日も当たらず、人気も少ない校舎裏。そこに腰を下ろしてタバコの煙をくゆらせる。それが存外悪くねえんだ。
しかしその日はいつもと異なり、先客がそこにいた。
うずくまり、こちらに背を向けながら小さく肩を震わせる女が一人。誰が見ても泣いていることは明白だった。
めんどくせえことに関わりたくなかった俺は踵を返して戻ろうと思ったのだが、その女に見覚えがあった。
「……久尾津か?」
久尾津 シオン。俺と同じ学年でいつも学年上位に名前があるような優等生だ。
少なくとも、俺みてえなのと関わるタイプじゃねえ。
特に関わることもないと思っていたが、いつかの試験で突然話しかけられたことがある。その時の理数系の試験問題について聞かれたんだったか。
クラスのやつらも、いつもつるんでるやつらも。俺を「不良・五條佑真」として恐れ、機嫌を伺いながら接してくるのに、こいつだけは普通に、なんの違いも感じさせない声音で話しかけてきたんだ。だから記憶に強く残っていた。
誰に対しても同じような態度で接するあの変わった女が、誰も来ないであろう場所で一人泣いている。……放っときゃいいのに、気づいたら声が出ていた。
「五條……?」
掠れた声で俺の名を呼び、久尾津は顔をあげた。目元は赤く、そして涙の跡も見えた。
思わず声をかけちまったがどうしよう。このあとどうするか何も考えていなかった俺は、今まで見たこともない久尾津の姿に動揺し、かける言葉を探していると久尾津はふっ、と笑って立ち上がった。
「ここ、五條の場所だったの?ごめんね、知らなくて。
わたしもう行くから。それじゃ、おじゃましました」
腫れぼったい目を細め、何事もなかったように微笑んで久尾津は立ち去ろうとする。呆気にとられる俺の隣を当たり前のように通り抜けようとしたところで、思わず手が出た。
「ちょっ、待てよ」
俺よりも頭一つ以上小柄な久尾津の肩は、軽く掴んだつもりなのに壊れてしまいそうなほど小さく、華奢に感じた。まさか俺に制止されると思っていなかったらしい久尾津が驚いたように目を見開き、その瞳に俺を映す。
泣きはらした目の奥が妙に頼りなく見えて、放っておけなくなった。
「この校舎裏、人もこねーし、静かだし。落ち着くからよく居るんだよ。俺の居場所だ。
そんなとこから、その……泣き顔の女に出て行かれたら、俺の面子が潰れちまうだろ。だから、だな……」
頭をかき、言葉を探す。今の久尾津に届きそうな言葉は結局見つからなくて、俺はいつもの場所にどかっと腰を下ろし、隣をぽんと叩く。
「せめて目の腫れが落ち着くまでいればいいだろ。
どこか行くのはそのあとでも問題ねーだろうが」
「五條……」
何も嘘は言っていない。事実だ。
別に誰からどう言われようが構わねーが、泣きはらした優等生が、ダチ高最強の男の溜まり場から一人で出てきたっつーのは具合が悪い。俺にとっても、こいつにとっても。
そう、特別な意味なんて、ねえんだ。
だが俺の隣に腰を下ろした久尾津は落ち着いたのか、今まで見たこともないほど穏やかで柔らかな笑みを浮かべる。いつもは誰に対しても等しくフラットに接している久尾津の声に安堵の色が感じられた。
「ありがと、五條。厚意に甘えさせてもらうね」
初めて聞くその声色に、俺は思わず息をのんだ。