短編
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「当麻くんから聞きましたよ、随分楽しい夜を過ごされたそうですね?」
「いや、あの……シオン、話を聞いてくれないか?」
眉をハの字に下げ、心底困った様子で伸くんはこちらの顔を覗き込む。
そんな彼にちらりと一瞥したのち、わたしはぷいと視線を外す。
参ったな……と伸くんは小さく呟いて頬を掻いた。
そもそもどうしてこうなったのか。話は少し前まで遡る。
大都市東京で一人暮らしをする恋人と半同棲のような日常を送るようになったある日、喫茶店で一息ついていると見知った人間が歩み寄ってきたのだ。
「よっ、久しぶり。元気してた?」
といっても先週末に顔合わせたばっかりか。そう笑いかけてきたのは羽柴当麻くん。
妖邪と戦った五人の鎧戦士の中でも智将と呼ばれた彼が少し人懐っこい笑顔を浮かべながら向かいの席に腰を下ろす。やってきた店員に「俺も彼女と同じものを」と自然に注文し、脚を組んで一息つく。
「同席していい、なんてわたしは言っていませんけど?」
「カタいこと言うなよ。俺たちとシオンの仲じゃないか」
どういう仲ですか、というツッコミを入れるのは野暮だなと思い、手もとの紅茶と一緒に言葉も飲み込んだ。溶け残っていたらしい砂糖の甘さがわたしの思考も甘くしてくれるようだ。
ややあって運ばれてきた紅茶に角砂糖をいくつか沈め、くるくるとスプーンでかき混ぜながら当麻くんは言葉をこぼす。
「そういやこの間、伸が言ってた美味い紅茶の店……場所を聞くの忘れたな」
突然彼の口から出てきたのはわたしの大好きな恋人の名前。思わず「伸くんがどうしたんですか?」と即座に聞き返してしまう。
その速さに流石の智将も驚いたらしく、少し身をよじりながらも事のいきさつを、それは丁寧に丁寧に教えてくれたのである。
「……それで?新宿アルタ前で?罰ゲームとして?
な、な……ナンパ、をして?その時に美味しい紅茶を出してくれるお店に行こうとしたんですよね?」
「そ、それはその……はい……」
「……っ!」
頭から冷たい水をかぶせられたかのようにショックで何も言えなくなってしまう。
当麻くんが嘘をつく人じゃないことは理解しているけど、それでも心のどこかで「伸くんがナンパなんてするはずがない」と願っていたわたしがいたようだ。
伸くんが認めたことの衝撃は思っていたよりも大きく、全身から力が抜けていくのを心のどこかで感じてしまった。
当麻くんから聞いた「美味しい紅茶を出してくれるお店」。わたしが知らないお店に、知らない女の人を連れて行こうとしたというその事実だけで気が変になってしまいそうだった。
「シオン、ごめん。本当に……ごめん。僕が悪いんだ。
僕が……浅はかだった……。罰ゲームだし、遼たちも一緒だったから仮に成功しても、みんなはきっと止めてくれるだろうって。
そう、考えてしまったんだ。……それが、こんなにも君を傷つけるなんて、そこまで考えが回っていなかった……ごめん、本当に、ごめん」
伸くんは声を震わせながら、まっすぐにわたしと向き合って言葉を紡ぐ。
視界がぼやけてはっきりと見えないけれど、固く握った拳が震えているのはわかった。
彼がとても後悔していることは痛い程に伝わってきたのだ。だからといって、なかったことにできるほど、わたしは出来た人間でもなかった。
「……もう、しませんか?」
「……!もちろん!」
「……やくそく、してくれますか?」
「うん、するよ。約束……いや、誓わせてほしい。
もう二度と、シオンを悲しませることはしないって……」
「……本当に?」
「ああ、本当だ……。こんなに君を傷つけてしまった、その償いをさせてほしい……」
「……。じゃあ、今回だけ、ですよ……?」
「シオン……!」
わたしからの許しを得られたことでほっとしたのか。伸くんは心から嬉しそうにわたしの名前を呼び、今日何度目かになる謝罪の言葉を口にした。
「ねえ、シオン……君に触れてもいいかな?」
「……いいですよ」
「ありがとう……」
嬉しそうに彼は微笑み、長く綺麗な指でわたしの目元を優しくなぞる。浮かんでいた涙を指で拭い、そのまま愛おしそうに手のひらで頬を包む。
彼が深く後悔していることは彼の仕草と視線から痛い程感じ取ることができた。
わたしだってずっと彼に後ろめたい気持ちを持ってほしくはないのだ。それならわたしにできることは……。
「伸くん、あのね。
……この間、ラジオ番組で新しい喫茶店の紹介がされていたの。
気になってるんだけど一人で行くのはなんだか勇気が出なくて、だから……。
だから、これから一緒に行きませんか……?」
伸くんは驚いたように瞳を大きく開き、そしてゆっくりと緩む。
その視線には喜びと安堵の色が混じっていて。静かで穏やかな微笑みをわたしに向けた。
「うん……。ありがとう、シオン。
行こう、一緒に」
そういって彼はわたしの手を優しく握りしめた。
「いや、あの……シオン、話を聞いてくれないか?」
眉をハの字に下げ、心底困った様子で伸くんはこちらの顔を覗き込む。
そんな彼にちらりと一瞥したのち、わたしはぷいと視線を外す。
参ったな……と伸くんは小さく呟いて頬を掻いた。
そもそもどうしてこうなったのか。話は少し前まで遡る。
大都市東京で一人暮らしをする恋人と半同棲のような日常を送るようになったある日、喫茶店で一息ついていると見知った人間が歩み寄ってきたのだ。
「よっ、久しぶり。元気してた?」
といっても先週末に顔合わせたばっかりか。そう笑いかけてきたのは羽柴当麻くん。
妖邪と戦った五人の鎧戦士の中でも智将と呼ばれた彼が少し人懐っこい笑顔を浮かべながら向かいの席に腰を下ろす。やってきた店員に「俺も彼女と同じものを」と自然に注文し、脚を組んで一息つく。
「同席していい、なんてわたしは言っていませんけど?」
「カタいこと言うなよ。俺たちとシオンの仲じゃないか」
どういう仲ですか、というツッコミを入れるのは野暮だなと思い、手もとの紅茶と一緒に言葉も飲み込んだ。溶け残っていたらしい砂糖の甘さがわたしの思考も甘くしてくれるようだ。
ややあって運ばれてきた紅茶に角砂糖をいくつか沈め、くるくるとスプーンでかき混ぜながら当麻くんは言葉をこぼす。
「そういやこの間、伸が言ってた美味い紅茶の店……場所を聞くの忘れたな」
突然彼の口から出てきたのはわたしの大好きな恋人の名前。思わず「伸くんがどうしたんですか?」と即座に聞き返してしまう。
その速さに流石の智将も驚いたらしく、少し身をよじりながらも事のいきさつを、それは丁寧に丁寧に教えてくれたのである。
「……それで?新宿アルタ前で?罰ゲームとして?
な、な……ナンパ、をして?その時に美味しい紅茶を出してくれるお店に行こうとしたんですよね?」
「そ、それはその……はい……」
「……っ!」
頭から冷たい水をかぶせられたかのようにショックで何も言えなくなってしまう。
当麻くんが嘘をつく人じゃないことは理解しているけど、それでも心のどこかで「伸くんがナンパなんてするはずがない」と願っていたわたしがいたようだ。
伸くんが認めたことの衝撃は思っていたよりも大きく、全身から力が抜けていくのを心のどこかで感じてしまった。
当麻くんから聞いた「美味しい紅茶を出してくれるお店」。わたしが知らないお店に、知らない女の人を連れて行こうとしたというその事実だけで気が変になってしまいそうだった。
「シオン、ごめん。本当に……ごめん。僕が悪いんだ。
僕が……浅はかだった……。罰ゲームだし、遼たちも一緒だったから仮に成功しても、みんなはきっと止めてくれるだろうって。
そう、考えてしまったんだ。……それが、こんなにも君を傷つけるなんて、そこまで考えが回っていなかった……ごめん、本当に、ごめん」
伸くんは声を震わせながら、まっすぐにわたしと向き合って言葉を紡ぐ。
視界がぼやけてはっきりと見えないけれど、固く握った拳が震えているのはわかった。
彼がとても後悔していることは痛い程に伝わってきたのだ。だからといって、なかったことにできるほど、わたしは出来た人間でもなかった。
「……もう、しませんか?」
「……!もちろん!」
「……やくそく、してくれますか?」
「うん、するよ。約束……いや、誓わせてほしい。
もう二度と、シオンを悲しませることはしないって……」
「……本当に?」
「ああ、本当だ……。こんなに君を傷つけてしまった、その償いをさせてほしい……」
「……。じゃあ、今回だけ、ですよ……?」
「シオン……!」
わたしからの許しを得られたことでほっとしたのか。伸くんは心から嬉しそうにわたしの名前を呼び、今日何度目かになる謝罪の言葉を口にした。
「ねえ、シオン……君に触れてもいいかな?」
「……いいですよ」
「ありがとう……」
嬉しそうに彼は微笑み、長く綺麗な指でわたしの目元を優しくなぞる。浮かんでいた涙を指で拭い、そのまま愛おしそうに手のひらで頬を包む。
彼が深く後悔していることは彼の仕草と視線から痛い程感じ取ることができた。
わたしだってずっと彼に後ろめたい気持ちを持ってほしくはないのだ。それならわたしにできることは……。
「伸くん、あのね。
……この間、ラジオ番組で新しい喫茶店の紹介がされていたの。
気になってるんだけど一人で行くのはなんだか勇気が出なくて、だから……。
だから、これから一緒に行きませんか……?」
伸くんは驚いたように瞳を大きく開き、そしてゆっくりと緩む。
その視線には喜びと安堵の色が混じっていて。静かで穏やかな微笑みをわたしに向けた。
「うん……。ありがとう、シオン。
行こう、一緒に」
そういって彼はわたしの手を優しく握りしめた。
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