秋山渉
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「すみません、二人。空いてますか?」
「大丈夫ですよ、カウンター席でも構いませんか?」
そう尋ねられてわたしは視線を上げる。隣に立つ秋山くんの艶やかな黒髪の隙間から見えるまなざしは少し細められ、わたしはそれを了承と受け取った。
黒い三角巾で髪をまとめた店員に「カウンターで大丈夫です」と伝えると、ニコリと笑みを浮かべ「こちらへどうぞ!」と元気いっぱいに案内される。学生さんだろうか、ハキハキとした受け答えが眩しい。
賑やかな店内を歩き、壁際のカウンター席に通されて、笑顔の明るい店員さんはメニューを置いて立ち去った。
適当に羽織ってきた厚手のカーディガンを脱いで、ハンガーを取ろうとすると先行しひょいと奪われる。彼は当たり前のようにわたしの上着も手に取り、掛けてくれた。
あまりに流れるような一連の行動にぽかんと口を開けていると、秋山くんは「高校の頃からそうだっただろうが」と不満げに口を尖らせた。まるでわたしが『常にそういうことをさせていた』かのような物言いだ。
……まあ、おおむね間違ってはいないのだけど。
まるであの頃にタイムスリップしたみたいで、懐かしさと嬉しさが胸の奥からこみ上げてきた。ほんの少し前までしょげていた気持ちがだんだん上を向いてくるようだ。今夜は楽しく飲めそう。
「秋山くんありがと。さ、何飲む?飲める?今日車?」
「今日は車じゃないから飲めるぜ、ビール頼むわ」
「じゃあわたしも同じにしようか、最初はナマだよね。すみませーん、生ビール二つと……あと枝豆と焼き鳥のセットお願いします!」
喜んでー!と明るい返答を受けてようやく腰を下ろした。壁際がわたし、右隣に秋山くん。高校時代より、うん、心なしかがっしりしたような気がする。それもそうか、卒業して何年?五年以上は余裕で経過しているんだから。オトナの男だなあとそんなことを考えていると、わたし達の間にガン、と置かれる二つのジョッキと山盛りの枝豆。
「お待たせしました!ごゆっくりどうぞ!」
明るい声を背に受けて、お互いに冷たいジョッキを軽く持ち上げる。
「何に乾杯しよっか?やっぱり『再会』かな?」
「それでいいよ。……乾杯」
カン、とガラスのぶつかる音が響き。ぐいっと黄金色の酒を喉へ流す。一度に飲み干すなんてことはわたしにはできないけれど、秋山くんはガンガン飲む。見ていて気持ちいいくらいに減っていく様は爽快になるくらい。本当にいい飲みっぷりだ。
そのままジョッキのビールを飲み干した彼は「いただきます」と短く断って、枝豆に手を伸ばした。
先ほど頼んでいた焼き鳥も運ばれ、わたしは彼の為のおかわりと、いくつかの料理をオーダーした。
「秋山くんいい飲みっぷりだね、びっくりしちゃった」
「そうか?普通だろ」
「男の人だねぇ、わたしはほら。半分も飲めてないもん」
「……久尾津は酒強いのか?」
「んー……人より少し強い、かなあ。仕事の付き合いとかで飲まされることが多かったから、強くなるしかなかった感じ?」
「へぇ……」
そう呟いて秋山くんは焼き鳥に手を伸ばす。焼きたてのそれは彼が思っていたよりも熱かったようで、はふはふと頬張り、咀嚼する。
そういえば高校時代もそんなことがあったなあ……確か肉まんを一緒に買って食べたときだ。きりっとした顔立ちの秋山くんの表情が緩んで、凄く親近感を抱いたのをよく覚えている。大人になってもこういう表情は変わらないんだなぁ、と思いながらわたしも同じように串へ手を伸ばした。
色々な料理をつまみながらお酒がどんどん進んでいく。流石にビールは飽きがきたので、今度は焼酎の水割りを二つ。秋山くんも落ち着いてきたのか、お酒の減りが緩やかになってきたように見える。
「そういえばさ、久尾津はなんでこっちに?埼玉から出て就職するって言ってただろ」
グラスの中の氷をカランと鳴らしながら秋山くんは何気なく尋ねる。久しぶりに再会した同級生との会話で、この質問は避けられないものだ。逆の立場ならわたしだって同じように聞くだろう、誰だってそうする。
「ん-」と少し鼻を鳴らしてわたしは思案する。素直に話すか、それともはぐらかすか。ぐい、とグラスに残ったお酒を一気に飲み干してわたしは彼に向き合う。
「わたしねえ、仕事辞めたんだあ。人間関係でちょっとやらかしてね」
秋山くんの顔が強張った後、眼差しが少し鋭くなったのを感じた。
昔からそうだった、秋山くんに嘘はつけなかった。その場限りの虚言を撒いても、彼はそれを見破ってしまう。俺に嘘が通ると思うな、そう言いたげな真っすぐな視線をこちらに向けて。
筋の通らない事を昔から毛嫌いしていたが、今もそれは変わっていない様子で。一文字に結ばれた唇と、アルコールが抜けたのかと思わせるほどの真摯なまなざしが「続きを話してくれ」と促してくる。
「あんまり聞いていて気分のいい話じゃないんだけどね」と、予防線をしっかり張ってわたしは言葉を選ぶ。元上司からの一方的な恋慕やそれに伴うトラブル……退職に至るまでの色々を客観的に語り終えると、なんだかどっと恥ずかしさがこみ上げてきてしまう。ずっと片想いしてた、今日偶然再会した同級生に。親にした説明より丁寧に全部話すなんて……わたし、どれだけ秋山くんのこと信頼して、信用してるんだって。
高校時代からそうだった。秋山くんは厳しい事を言うけれど、常に正面からこちらの話を聞いてくれた。そのうえで真剣に応えてくれるのだ。
それは普段わたしがつるんでいたクラスメイトも話を聞いてくれはしたが、それでもどこか話半分という様子で。だからこんなにも秋山くんに惹かれているんだろうな、と改めて思う。
「……ごめん、嫌な話だったね。お酒まずくなっちゃった。
すみませーん、冷酒……二つください!あと水も!」
「かしこまりました、少々お待ちくださーい!」
五年以上ぶりに再会した同級生にしていい話じゃなかったかもしれない。そんな気持ちを振り払うようにわたしはわざとらしく明るい声音で注文を飛ばす。
「勝手に頼んだけど良かったかな?果実酒の方がよかったかな……」
「久尾津」
わたしが投げかけた質問を封じるように秋山くんがわたしの名前を呼ぶ。じっと見つめる瞳は真剣で、わたしが心の内にしまい込んだ本当の感情まで見透かすようだった。
「俺がお前の話を嫌がって聞いたことが、今まであったか?」
真っすぐに投げられた言葉が、わたしの心を貫いた。そんなこと、今までなかった。鬱陶しそうなそぶりはあったが、それはポーズだけで本心から拒絶されたことはなかった。
初めて会った下級生の男の子から心無い言葉をぶつけられた時も、隣のクラスの女の子から彼氏を奪ったと身に覚えのない疑いをかけられたときも。秋山くんはただじっとわたしの話を聞いて、傍にいてくれたのだ。
「……秋山くんは、ずっとわたしの話を聞いてくれたね」
「ああそうだ。だから、変に気を遣わなくて構わない」
少しだけ、秋山くんの口元が緩む。わたしを安心させるためだろうか、もしそうならうぬぼれてしまいそうだ。彼から大切に思われている、と。
そんな夢物語を心から信じるほど、わたしは少女ではない。だけど今はアルコールが入っているからかな。なんだか普段以上に体の熱が上がっていくような気持ちになった。
「お待たせしました、冷酒とお冷です。どうぞ!」
背後から快活な声をかけられ、注文していたものを受け取る。「ありがとね」と短く店員に伝えると、彼はにっこり微笑んで足早に駆けていく。
「どうぞ、秋山くん」
「どーも」
「……ねえ、秋山くん。
あのさ、わたし、次の仕事こっちなんだ。
でね、秋山くんさえよかったらなんだけど。こうして、また一緒に飲まない?
いろいろと話もさ、したいし。聞きたいし」
「…………」
暫し訪れる沈黙。それは少し息苦しくもあって、わたしは冷酒のグラスに付着した水滴を意味もなく指で拭った。ただ、久しぶりに会った同級生と次に会う約束を取り付ける。学生時代は当たり前にしていたはずの行為を、今はこうして約束しておかないとできない。大人って不便だ、とそんなことをぼんやり考えた。
「どうかな、秋山くん」
一文字に結ばれたまま開くことのない彼の唇を開かせたくて、少し見上げて尋ねた。秋山くんは表情を変える事無くわたしの視線を受け、そしてゆっくり息を吐く。
「それはこっちのセリフなんだがな」
「え?」
「まだ話したりない事、あるだろ。どうせ。
いいぜ、また会おう。これ……俺の番号だから」
そういって秋山くんは手帳を取り出してさらさらとペンを走らせる。高校の頃見た文字と変わらぬ筆跡で書かれたメモをわたしに握らせた。
「といっても毎回は飲めねえぞ。あんまり金ねえからな」
「……ええ?なんで?」
「走ってんだよ、峠を。だから付き合えねえ時もあるぜ」
「秋山くん走り屋なの?もっと早くに言ってよ、聞きたいじゃんその話」
「ヤだね」
「意地悪だ、秋山くん」
口をとがらせてぶーぶー文句を並べると突然大きな手がわたしの頭を優しくなでた。一瞬のことで理解がおいつかなくて、十代の女の子みたいな初心な反応をしてしまう。声にならない声が漏れて、目を丸くして右隣に座る彼を見上げてしまう。
「続きは、また今度な?」
その声音に甘い優しさが含まれているように感じてしまったのはどうしてだろう。アルコールのせいなのか。それとも、高校時代の恋心がぶり返してしまったからなのか。
正常な判断がすらできなくて、わたしはただ頷くことしかできなかった。
「大丈夫ですよ、カウンター席でも構いませんか?」
そう尋ねられてわたしは視線を上げる。隣に立つ秋山くんの艶やかな黒髪の隙間から見えるまなざしは少し細められ、わたしはそれを了承と受け取った。
黒い三角巾で髪をまとめた店員に「カウンターで大丈夫です」と伝えると、ニコリと笑みを浮かべ「こちらへどうぞ!」と元気いっぱいに案内される。学生さんだろうか、ハキハキとした受け答えが眩しい。
賑やかな店内を歩き、壁際のカウンター席に通されて、笑顔の明るい店員さんはメニューを置いて立ち去った。
適当に羽織ってきた厚手のカーディガンを脱いで、ハンガーを取ろうとすると先行しひょいと奪われる。彼は当たり前のようにわたしの上着も手に取り、掛けてくれた。
あまりに流れるような一連の行動にぽかんと口を開けていると、秋山くんは「高校の頃からそうだっただろうが」と不満げに口を尖らせた。まるでわたしが『常にそういうことをさせていた』かのような物言いだ。
……まあ、おおむね間違ってはいないのだけど。
まるであの頃にタイムスリップしたみたいで、懐かしさと嬉しさが胸の奥からこみ上げてきた。ほんの少し前までしょげていた気持ちがだんだん上を向いてくるようだ。今夜は楽しく飲めそう。
「秋山くんありがと。さ、何飲む?飲める?今日車?」
「今日は車じゃないから飲めるぜ、ビール頼むわ」
「じゃあわたしも同じにしようか、最初はナマだよね。すみませーん、生ビール二つと……あと枝豆と焼き鳥のセットお願いします!」
喜んでー!と明るい返答を受けてようやく腰を下ろした。壁際がわたし、右隣に秋山くん。高校時代より、うん、心なしかがっしりしたような気がする。それもそうか、卒業して何年?五年以上は余裕で経過しているんだから。オトナの男だなあとそんなことを考えていると、わたし達の間にガン、と置かれる二つのジョッキと山盛りの枝豆。
「お待たせしました!ごゆっくりどうぞ!」
明るい声を背に受けて、お互いに冷たいジョッキを軽く持ち上げる。
「何に乾杯しよっか?やっぱり『再会』かな?」
「それでいいよ。……乾杯」
カン、とガラスのぶつかる音が響き。ぐいっと黄金色の酒を喉へ流す。一度に飲み干すなんてことはわたしにはできないけれど、秋山くんはガンガン飲む。見ていて気持ちいいくらいに減っていく様は爽快になるくらい。本当にいい飲みっぷりだ。
そのままジョッキのビールを飲み干した彼は「いただきます」と短く断って、枝豆に手を伸ばした。
先ほど頼んでいた焼き鳥も運ばれ、わたしは彼の為のおかわりと、いくつかの料理をオーダーした。
「秋山くんいい飲みっぷりだね、びっくりしちゃった」
「そうか?普通だろ」
「男の人だねぇ、わたしはほら。半分も飲めてないもん」
「……久尾津は酒強いのか?」
「んー……人より少し強い、かなあ。仕事の付き合いとかで飲まされることが多かったから、強くなるしかなかった感じ?」
「へぇ……」
そう呟いて秋山くんは焼き鳥に手を伸ばす。焼きたてのそれは彼が思っていたよりも熱かったようで、はふはふと頬張り、咀嚼する。
そういえば高校時代もそんなことがあったなあ……確か肉まんを一緒に買って食べたときだ。きりっとした顔立ちの秋山くんの表情が緩んで、凄く親近感を抱いたのをよく覚えている。大人になってもこういう表情は変わらないんだなぁ、と思いながらわたしも同じように串へ手を伸ばした。
色々な料理をつまみながらお酒がどんどん進んでいく。流石にビールは飽きがきたので、今度は焼酎の水割りを二つ。秋山くんも落ち着いてきたのか、お酒の減りが緩やかになってきたように見える。
「そういえばさ、久尾津はなんでこっちに?埼玉から出て就職するって言ってただろ」
グラスの中の氷をカランと鳴らしながら秋山くんは何気なく尋ねる。久しぶりに再会した同級生との会話で、この質問は避けられないものだ。逆の立場ならわたしだって同じように聞くだろう、誰だってそうする。
「ん-」と少し鼻を鳴らしてわたしは思案する。素直に話すか、それともはぐらかすか。ぐい、とグラスに残ったお酒を一気に飲み干してわたしは彼に向き合う。
「わたしねえ、仕事辞めたんだあ。人間関係でちょっとやらかしてね」
秋山くんの顔が強張った後、眼差しが少し鋭くなったのを感じた。
昔からそうだった、秋山くんに嘘はつけなかった。その場限りの虚言を撒いても、彼はそれを見破ってしまう。俺に嘘が通ると思うな、そう言いたげな真っすぐな視線をこちらに向けて。
筋の通らない事を昔から毛嫌いしていたが、今もそれは変わっていない様子で。一文字に結ばれた唇と、アルコールが抜けたのかと思わせるほどの真摯なまなざしが「続きを話してくれ」と促してくる。
「あんまり聞いていて気分のいい話じゃないんだけどね」と、予防線をしっかり張ってわたしは言葉を選ぶ。元上司からの一方的な恋慕やそれに伴うトラブル……退職に至るまでの色々を客観的に語り終えると、なんだかどっと恥ずかしさがこみ上げてきてしまう。ずっと片想いしてた、今日偶然再会した同級生に。親にした説明より丁寧に全部話すなんて……わたし、どれだけ秋山くんのこと信頼して、信用してるんだって。
高校時代からそうだった。秋山くんは厳しい事を言うけれど、常に正面からこちらの話を聞いてくれた。そのうえで真剣に応えてくれるのだ。
それは普段わたしがつるんでいたクラスメイトも話を聞いてくれはしたが、それでもどこか話半分という様子で。だからこんなにも秋山くんに惹かれているんだろうな、と改めて思う。
「……ごめん、嫌な話だったね。お酒まずくなっちゃった。
すみませーん、冷酒……二つください!あと水も!」
「かしこまりました、少々お待ちくださーい!」
五年以上ぶりに再会した同級生にしていい話じゃなかったかもしれない。そんな気持ちを振り払うようにわたしはわざとらしく明るい声音で注文を飛ばす。
「勝手に頼んだけど良かったかな?果実酒の方がよかったかな……」
「久尾津」
わたしが投げかけた質問を封じるように秋山くんがわたしの名前を呼ぶ。じっと見つめる瞳は真剣で、わたしが心の内にしまい込んだ本当の感情まで見透かすようだった。
「俺がお前の話を嫌がって聞いたことが、今まであったか?」
真っすぐに投げられた言葉が、わたしの心を貫いた。そんなこと、今までなかった。鬱陶しそうなそぶりはあったが、それはポーズだけで本心から拒絶されたことはなかった。
初めて会った下級生の男の子から心無い言葉をぶつけられた時も、隣のクラスの女の子から彼氏を奪ったと身に覚えのない疑いをかけられたときも。秋山くんはただじっとわたしの話を聞いて、傍にいてくれたのだ。
「……秋山くんは、ずっとわたしの話を聞いてくれたね」
「ああそうだ。だから、変に気を遣わなくて構わない」
少しだけ、秋山くんの口元が緩む。わたしを安心させるためだろうか、もしそうならうぬぼれてしまいそうだ。彼から大切に思われている、と。
そんな夢物語を心から信じるほど、わたしは少女ではない。だけど今はアルコールが入っているからかな。なんだか普段以上に体の熱が上がっていくような気持ちになった。
「お待たせしました、冷酒とお冷です。どうぞ!」
背後から快活な声をかけられ、注文していたものを受け取る。「ありがとね」と短く店員に伝えると、彼はにっこり微笑んで足早に駆けていく。
「どうぞ、秋山くん」
「どーも」
「……ねえ、秋山くん。
あのさ、わたし、次の仕事こっちなんだ。
でね、秋山くんさえよかったらなんだけど。こうして、また一緒に飲まない?
いろいろと話もさ、したいし。聞きたいし」
「…………」
暫し訪れる沈黙。それは少し息苦しくもあって、わたしは冷酒のグラスに付着した水滴を意味もなく指で拭った。ただ、久しぶりに会った同級生と次に会う約束を取り付ける。学生時代は当たり前にしていたはずの行為を、今はこうして約束しておかないとできない。大人って不便だ、とそんなことをぼんやり考えた。
「どうかな、秋山くん」
一文字に結ばれたまま開くことのない彼の唇を開かせたくて、少し見上げて尋ねた。秋山くんは表情を変える事無くわたしの視線を受け、そしてゆっくり息を吐く。
「それはこっちのセリフなんだがな」
「え?」
「まだ話したりない事、あるだろ。どうせ。
いいぜ、また会おう。これ……俺の番号だから」
そういって秋山くんは手帳を取り出してさらさらとペンを走らせる。高校の頃見た文字と変わらぬ筆跡で書かれたメモをわたしに握らせた。
「といっても毎回は飲めねえぞ。あんまり金ねえからな」
「……ええ?なんで?」
「走ってんだよ、峠を。だから付き合えねえ時もあるぜ」
「秋山くん走り屋なの?もっと早くに言ってよ、聞きたいじゃんその話」
「ヤだね」
「意地悪だ、秋山くん」
口をとがらせてぶーぶー文句を並べると突然大きな手がわたしの頭を優しくなでた。一瞬のことで理解がおいつかなくて、十代の女の子みたいな初心な反応をしてしまう。声にならない声が漏れて、目を丸くして右隣に座る彼を見上げてしまう。
「続きは、また今度な?」
その声音に甘い優しさが含まれているように感じてしまったのはどうしてだろう。アルコールのせいなのか。それとも、高校時代の恋心がぶり返してしまったからなのか。
正常な判断がすらできなくて、わたしはただ頷くことしかできなかった。