秋山渉
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「……おい、なんでいつも俺のところに来るんだよ」
「ええー?だって秋山くんの傍は落ち着くし静かだし、変な人も来ないし……。一番の理由は、大好きな秋山くんを独り占めしたいからだよ?」
「お前の思い付きに振り回される方の身にもなれよな」
呆れるように溜息をひとつこぼし、秋山くんはわたしを見つめる。言葉をそのまま受け取れば彼はわたしの来訪を歓迎していない様子だけど、隣に並ぶことを咎めたり、拒絶することはない。わたしの相手をしないと決めたのか、彼は鞄から車の整備に関する雑誌を取り出して視線を落とす。
ぱら、ぱらりとじっくり読みこんでいるのが、紙をめくる音の感覚で伝わってくる。
本当に好きなんだなあ、車が。言葉には出さないけれど(相手にしてもらえないし)、彼の眼差しが雄弁に語っている。
わたしはそんな秋山くんを眺め、隣に腰を下ろして同じように本を取り出す。
秋山渉くん。わたしは同級生の彼が高校時代の頃から好きだった。
***
「今までお世話になりました」
高校を卒業してからずっと住んでいた賃貸の一室。そのカギを返却して、わたしは頭を下げる。大きな荷物は既に業者に依頼しているので、あとはこまごましたものを運ぶだけだ。
まさかこんなことになるなんて……とがらんどうになったワンルームを見つめて些かの感傷に浸る。いやいや、そんな暇なんてないか。
埼玉から乗ってきた愛車に荷物を積んでエンジンをふかす。長距離移動になるけど頑張ってね、そんな気持ちを込めてハンドルに手をかけた。
卒業してからずっと働いていた会社を、つい先日退職した。理由は不倫……といっても実際にしていたわけではない。厄介な上司から勝手に想いを寄せられ、のらりくらりと躱していたが相手がどんどんエスカレートしてしまい。
ついには先方の奥さんが「不倫している」と思い込んで会社に突撃。離婚だだの、慰謝料だ、だのの大騒動となってしまった。
当然不倫なんてしていないし、上司を異性として見た事など一度もない。それなのに慰謝料を支払えなんて冤罪もいいところだ。こんな時のために、と密かに集めていた証拠を出し、最終的には奥さんと結託して元上司から色々支払わせることとなった。
わたしとしては仕事を辞めたくはなかった。しかしこんな騒動を起こしてしまったうえ、奇異の視線を日々向けられながら働きたいとは思えなくて。
会社の上層部と面談の末、退職という運びとなった。それまで住んでいた部屋は会社で借りていた部屋なので、引っ越しは必須。勝手にわたしに入れ込んだ元上司から支払わせたあれこれを引っ越しの費用とさせていただいた。
さてこの後どうしようかと考えて、ふと思い出して手に取ったのは高校時代のアルバム。何気なくめくったページで目に飛び込んできたのは「秋山渉」の名前。わたしが高校時代好きだった男の子。
そういえば長く地元にも戻っていないし、これを機に埼玉で仕事を見つけるのも悪くないかもしれない。そう考えてからは早かった。
両親に事情を話し、とりあえず少しの間だけ住まわせてほしいと頼み込んで、いざ懐かしの地元埼玉へ。
***
長いドライブの末たどり着いた実家はあまり歓迎ムードではなく。どうして仕事を辞めないといけなかったのかだの、不倫はしていないんだなだの、あまり触れてほしくない話題ばかりをぶつけられた。親として心配なんだろうけど、やっぱり面倒だなあと話半分に聞き流してわたしは元・自分の部屋に引き上げた。
とりあえず働いていた時の貯金があるし、仕事は前職の社長がこっちにコネがあるらしく。それを紹介していただけた。本当にありがたい限りだ。
あとはさっさと部屋を見つけないとなあ……その辺は明日からかな。色々と整理をしたり、休むといい、と調整してもらえたし。
運転で疲れたし、今日はこのまま寝ちゃおうかな。と枕に顔をうずめていると部屋の外から母の大きな声がわたしを呼ぶ。
やっぱり実家はダメだ、のんびりできやしない。さっさと部屋を見つけよう、あと今夜はもう出かけよう。これ以上親からの質問攻撃を受けたくない。
「シオン、あんたどこ行くの?」
「ちょっと出かける。ご飯いらないし、自分のこと自分でやるからほっといてくれていいよ。行ってきます」
まだ母は何かを口走っていたが構いやしない。わたしは呼びかけを背に、小走りで家を後にした。
久しぶりの地元は何も変わっていなくて。いや、厳密には変化しているけれど。そこまで大きく何かが変わったとかはなく。懐かしいなと思いながらあちこちを練り歩いた。
そういえば、秋山くんと下校途中に会って、一緒に本屋で立ち読みとかしたなあ。好きな車の特集が組まれてるって目をキラキラさせて話してくれたっけ。懐かしいな。あれからもう何年も経っているけど、秋山くんはまだこの町にいるのだろうか。
卒業するときに話を聞いたら地元で就職するって言ってたけど今もそうなんだろうか。彼のことを思い出していたらなんだか会いたくなっちゃうな。
「秋山くん、どこでなにしてるのかなー……」
そんなことを呟いて、高校時代の思い出の道ばかりを歩く。秋山くんと一緒に話した公園、秋山くんと一緒に立ち読みをして怒られた本屋、下校の途中一緒に立ち寄ったお店……。
空の色が随分と赤くなった頃、ふと足を止める。やめよう。こんな事をしてもむなしいだけだ、そう思った。
……戻ろう。駅の近くへ行けば居酒屋があるだろうし、適当に飛び込んで何杯か飲んで帰ろう。それで明日から新居を探して、またのらりくらりと生きていこう。
「ノスタルジーに浸るなんてわたしらしくないよね。秋山くん」
「そうでもないだろ。
久尾津はロマンチストな面もあると思っていたぜ?」
ぴたり、と足が止まる。
背後からかけられた声に、わたしは覚えがあった。いや、あの頃に比べたら一段と落ち着きが増したのかもしれない。低く、それでいて体の奥に甘く痺れるような声音。
振り向きたいような、振り向けないような。こんな自分にとって都合のいい話ってある?神様なんてもの、信じてはいないけど今日この瞬間だけは感謝してもいいと心から思った。
「……なんで、何年も会ってないのにわかっちゃうかなあ?」
「さて。なんでかな?」
そう言ってあの頃のように彼は微笑む。少しだけ目を細めたその笑みは高校の頃からずっと好きだった表情そのもので。
わたしの心臓はきゅう、と甘く締め付けられた。
「ええー?だって秋山くんの傍は落ち着くし静かだし、変な人も来ないし……。一番の理由は、大好きな秋山くんを独り占めしたいからだよ?」
「お前の思い付きに振り回される方の身にもなれよな」
呆れるように溜息をひとつこぼし、秋山くんはわたしを見つめる。言葉をそのまま受け取れば彼はわたしの来訪を歓迎していない様子だけど、隣に並ぶことを咎めたり、拒絶することはない。わたしの相手をしないと決めたのか、彼は鞄から車の整備に関する雑誌を取り出して視線を落とす。
ぱら、ぱらりとじっくり読みこんでいるのが、紙をめくる音の感覚で伝わってくる。
本当に好きなんだなあ、車が。言葉には出さないけれど(相手にしてもらえないし)、彼の眼差しが雄弁に語っている。
わたしはそんな秋山くんを眺め、隣に腰を下ろして同じように本を取り出す。
秋山渉くん。わたしは同級生の彼が高校時代の頃から好きだった。
***
「今までお世話になりました」
高校を卒業してからずっと住んでいた賃貸の一室。そのカギを返却して、わたしは頭を下げる。大きな荷物は既に業者に依頼しているので、あとはこまごましたものを運ぶだけだ。
まさかこんなことになるなんて……とがらんどうになったワンルームを見つめて些かの感傷に浸る。いやいや、そんな暇なんてないか。
埼玉から乗ってきた愛車に荷物を積んでエンジンをふかす。長距離移動になるけど頑張ってね、そんな気持ちを込めてハンドルに手をかけた。
卒業してからずっと働いていた会社を、つい先日退職した。理由は不倫……といっても実際にしていたわけではない。厄介な上司から勝手に想いを寄せられ、のらりくらりと躱していたが相手がどんどんエスカレートしてしまい。
ついには先方の奥さんが「不倫している」と思い込んで会社に突撃。離婚だだの、慰謝料だ、だのの大騒動となってしまった。
当然不倫なんてしていないし、上司を異性として見た事など一度もない。それなのに慰謝料を支払えなんて冤罪もいいところだ。こんな時のために、と密かに集めていた証拠を出し、最終的には奥さんと結託して元上司から色々支払わせることとなった。
わたしとしては仕事を辞めたくはなかった。しかしこんな騒動を起こしてしまったうえ、奇異の視線を日々向けられながら働きたいとは思えなくて。
会社の上層部と面談の末、退職という運びとなった。それまで住んでいた部屋は会社で借りていた部屋なので、引っ越しは必須。勝手にわたしに入れ込んだ元上司から支払わせたあれこれを引っ越しの費用とさせていただいた。
さてこの後どうしようかと考えて、ふと思い出して手に取ったのは高校時代のアルバム。何気なくめくったページで目に飛び込んできたのは「秋山渉」の名前。わたしが高校時代好きだった男の子。
そういえば長く地元にも戻っていないし、これを機に埼玉で仕事を見つけるのも悪くないかもしれない。そう考えてからは早かった。
両親に事情を話し、とりあえず少しの間だけ住まわせてほしいと頼み込んで、いざ懐かしの地元埼玉へ。
***
長いドライブの末たどり着いた実家はあまり歓迎ムードではなく。どうして仕事を辞めないといけなかったのかだの、不倫はしていないんだなだの、あまり触れてほしくない話題ばかりをぶつけられた。親として心配なんだろうけど、やっぱり面倒だなあと話半分に聞き流してわたしは元・自分の部屋に引き上げた。
とりあえず働いていた時の貯金があるし、仕事は前職の社長がこっちにコネがあるらしく。それを紹介していただけた。本当にありがたい限りだ。
あとはさっさと部屋を見つけないとなあ……その辺は明日からかな。色々と整理をしたり、休むといい、と調整してもらえたし。
運転で疲れたし、今日はこのまま寝ちゃおうかな。と枕に顔をうずめていると部屋の外から母の大きな声がわたしを呼ぶ。
やっぱり実家はダメだ、のんびりできやしない。さっさと部屋を見つけよう、あと今夜はもう出かけよう。これ以上親からの質問攻撃を受けたくない。
「シオン、あんたどこ行くの?」
「ちょっと出かける。ご飯いらないし、自分のこと自分でやるからほっといてくれていいよ。行ってきます」
まだ母は何かを口走っていたが構いやしない。わたしは呼びかけを背に、小走りで家を後にした。
久しぶりの地元は何も変わっていなくて。いや、厳密には変化しているけれど。そこまで大きく何かが変わったとかはなく。懐かしいなと思いながらあちこちを練り歩いた。
そういえば、秋山くんと下校途中に会って、一緒に本屋で立ち読みとかしたなあ。好きな車の特集が組まれてるって目をキラキラさせて話してくれたっけ。懐かしいな。あれからもう何年も経っているけど、秋山くんはまだこの町にいるのだろうか。
卒業するときに話を聞いたら地元で就職するって言ってたけど今もそうなんだろうか。彼のことを思い出していたらなんだか会いたくなっちゃうな。
「秋山くん、どこでなにしてるのかなー……」
そんなことを呟いて、高校時代の思い出の道ばかりを歩く。秋山くんと一緒に話した公園、秋山くんと一緒に立ち読みをして怒られた本屋、下校の途中一緒に立ち寄ったお店……。
空の色が随分と赤くなった頃、ふと足を止める。やめよう。こんな事をしてもむなしいだけだ、そう思った。
……戻ろう。駅の近くへ行けば居酒屋があるだろうし、適当に飛び込んで何杯か飲んで帰ろう。それで明日から新居を探して、またのらりくらりと生きていこう。
「ノスタルジーに浸るなんてわたしらしくないよね。秋山くん」
「そうでもないだろ。
久尾津はロマンチストな面もあると思っていたぜ?」
ぴたり、と足が止まる。
背後からかけられた声に、わたしは覚えがあった。いや、あの頃に比べたら一段と落ち着きが増したのかもしれない。低く、それでいて体の奥に甘く痺れるような声音。
振り向きたいような、振り向けないような。こんな自分にとって都合のいい話ってある?神様なんてもの、信じてはいないけど今日この瞬間だけは感謝してもいいと心から思った。
「……なんで、何年も会ってないのにわかっちゃうかなあ?」
「さて。なんでかな?」
そう言ってあの頃のように彼は微笑む。少しだけ目を細めたその笑みは高校の頃からずっと好きだった表情そのもので。
わたしの心臓はきゅう、と甘く締め付けられた。