中里毅
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途切れがちだった雨音が少しずつ勢いを増し、あっという間にピシャピシャと体を鞭打つようなそれに変わってゆく。
突然の不運に見舞われ、久尾津シオンは雨宿りできそうな場所を探し駆け回っていた。運良く人気のない公園を見つけ、東屋に飛び込む。勉強道具一式の入ったスクールバッグが必要以上に濡れぬよう抱えてはいたが。それでもぐっしょりと濡れて変色した様を見て、はぁとため息をついた。雨に濡れて重みを持ったスカートや、ポニーテールを軽く絞るとぽたぽたと足元に小さな水たまりができた。
「困ったなぁ……」
今日は土曜日、夜は友人と妙義山へ走りのギャラリーをしに行く予定だったのだ。午前授業のあとは帰宅して、約束の夕刻までのんびりしようと考えていたが……。
「通り雨だとは思うけど、今夜は流石にないかなぁ……」
空は黒い雨雲で覆われ、まだ落ち着く様子も見せない雨足。シオンは恨めしそうに空を睨んだ。
見たかったのにな、32の走り。
そう呟いて脳裏に思い描くのは黒のGT-R。思い切りが良く勢いのあるドライビングテクで峠を攻める姿はギャラリーの視線と心を鷲掴む。そんなクルマを操るのは妙義ナイトキッズのリーダー・中里毅という男だ。確固たる信念をもち、走る姿はただただ男らしい、そう言わざるを得ない。
人を寄せ付けない性格かと思いきや、仲間をはじめ親しい存在のことをきちんと見てくれている。そんな人の良さも彼の魅力だろう。そうシオンは思っていた。
「まだ止まない……無理にでも駅に行けばよかったな……」
バラバラバラ、と東家を打ち付ける雨音は依然として変わらず。周囲を見渡しても電話ボックスはなく、家にいるであろう母にヘルプを求めることもできず。万事休すかなぁ、と長いため息をついた
。
「おい、どうしたんだ」
やかましい雨音の中、低く響く声がかけられる。声のする方へ振り向くと、そこにいたのは先刻シオンが思い描いていた中里毅その人であった。
シオンのいた東屋はちょうど道路に面しており、中里は雨が入るのも気にせず窓を開けたまま彼女に呼びかける。
「……傘が無いのか?そこで少し待ってろ」
そう残し、中里は愛車に積んでいたらしい傘を取り出し、シオンのいる東屋へ駆けよった。
大した距離ではなかったとはいえ、この強い雨足である。普段はきちっとセットされた前髪は乱れ、雨の滴が首筋をつう、と流れ、鎖骨へと溜まった。その様はとてもセクシーに見え、シオンの心臓はどきりと跳ねた。
「ずぶ濡れじゃないか、学校だったのか」
「は、はい。午前だけですけど。それで、帰っている途中に降ってきて……親に迎えにきてもらおうと思ったんですけど、電話ボックスも見つからなくて……。
なので、雨が落ち着くまで待ちぼうけ中でした」
「そうか……災難だったな」
そう言って、中里は少し考える素振りを見せる。ややあって「家まで送ろうか」と中里は提案した。シオンはその言葉の意味が一瞬理解できず、オウムの様に彼の言葉を復唱したのち、声を上げた。
「いえ、そんな!いいです!ダメです!わたし、ずぶ濡れです、スカートもほら、こんな!」
「なっ!バカ野郎、持ち上げるんじゃねえ!関係ねえよそんなこと!」
「関係あります!こんなぐしょぐしょだと、中里さんのクルマを濡らしちゃうじゃないですか……!」
「それくらい構わねえよ。確か替えのシャツが積んであるから、それを敷けばいいだろ」
「中里さんのシャツの上に座れと……恐れ多い……」
「どーゆー意味だよコラ。
……ったく、本当に構わねえから来いよ。夏とはいえ、濡れたままだと風邪ひくだろうが」
ほら、と中里は傘を広げ、自分のそばへ来るよう促す。ここまでしてもらえるのなら甘えてしまおう、と恥ずかしい気持ちを無理やり脇に置き。シオンはおずおずと中里の隣に立つ。
小ぶりな傘ではあったが、シオンの体が雨に濡れることはなかった。ちらりと視線を上げると、頭ひとつ背の高い中里の左肩が傘からはみ出ている。
わたしが濡れないようにしてくれてるんだ。と、中里の心遣いがシオンの胸の奥に熱を与えた。雨音よりもうるさい鼓動を感じつつ、憧れていたGT-Rのシートにシオンは腰を下ろした。
「中里さん、本当にありがとうございます。かならずお礼、させてくださいね」
「高校生がそんな気を使うんじゃねえよ」
「でも……!」
「だから別にいいって……ッ!」
途端に中里は言葉を飲み込む。助手席に腰を下ろし、先ほどまで抱き抱えていたスクールバッグを後部座席に置いたシオンを見て、即座に視線を外した。あまりに不自然な行動ではあったが、きちんと理由がある。
濡れた制服がべっとりと彼女の体に張りつき、淡いピンクの下着が透けて見えてしまったからだ。
「中里さん……?どうしたんですか?」
「あっ、いや、その……」
歯切れの悪い応答をしながら中里毅は考える。どうすれば一番いいのかを。
そういえば、と先刻シオンに話しかけたことを思い出す。替えのシャツが積んであったはずだ、と。自分自身が濡れることも厭わず、一度外へ出て後部座席を探る。指先に触れた布の感覚でシャツの存在は確認できたが、確か新品のそれでは無い。それをこんな女の子に渡すはいかがなものだろうかと中里は逡巡する。
シオンは彼が何をしているのかと身体を捻る。それが腕で胸を寄せるような体勢となり、細身だろうに意外と『ある』モノがぐっと強調された。
幼い顔立ちとアンバランスな『それ』の衝撃にぐらりとしながらも、必死に視線を逸らし中里は手に掴んだ紺色のシャツを差し出す。
「目のやり場に困るから、隠してくれ……ちゃんと、洗ってある服だから」
「……え、わあっ!」
ようやく己の状態に気がついたシオンも顔を一気に赤くし、上半身を抱きしめるようにうずくまる。制服は濡れたままだったが、流石に脱ぐわけにはいかず。申し訳なさを飲み込みながらそのまま上に着ることを決心した。洗濯をしてあると中里は言っていたが、頭を通そうとした時に漂ったタバコの香りにくらりとし。「酔ってしまいそうだ……」と胸の内に吐き出した。
車を走らせている間に少しずつ雨足は落ち着き、シオンの家の近くに来る頃には雲の隙間から青空が顔をのぞかせる程であった。
「ここで大丈夫です、中里さん。あとまっすぐ歩いてすぐなので……。
本当に助かりました、ありがとうございます」
「気にするなって。風邪引くなよ」
「はい。それから、今夜はやっぱり、行かない感じ、ですかね?」
「そう、なるかな。割と降ったからな……。まだ曇りがちだし、今週は無しだ」
やっぱりそうですよねとシオンは少し肩を落とす。今週のシオンはとても忙しかった。小テストや課題提出、予備校からの宿題など、どうしてこんな一気に押し寄せるのかと恨みたくなるほど。
だからこそ土曜日のナイトキッズの、中里の走りを見に行くことを楽しみにしていたのだ。中里の車に乗せてもらえたことも彼女にとって喜びではあったが、彼の走りを見ることはまた別のことである。
わかりやすく落ち込む少女をバツが悪そうに見つめ、中里はなんとかできないか思案する。自分の走りを好いてくれている存在は彼にとって嬉しいものであったからだ。
「峠は走れねえけど、あたりをブラつくくらいは出来るぜ。……どうする?」
「……!い、いきます!」
先ほどの曇った顔が途端に花開いたように明るくなる。よっぽど嬉しいのか、目を細め「ありがとうございます」と噛み締めるように感謝を伝える少女を見て中里も心が温かくなるのを感じた。
「とりあえず一度帰んな。用意もあるだろうし、その辺で待ってるから」
「すみません、なるべく早く済ませますね。
この道をまっすぐ進むと、小さい広場があるので、そこなら車も停められるので大丈夫かなって」
「わかった。じゃあ、後でな」
バタン、とドアを閉め黒のGT-Rが走り出す。その音を聞きながらシオンは中里からの言葉を思い返す。低く、色気をはらんだ声音で紡がれた言葉を。
「あたりをぶらつく、って……まるでデートみたいじゃない……」
中里との付き合いはまだ浅い。だが、彼が誰に対してもこのような態度をとる男ではないことをシオンは理解していた。
兄が自分を連れてドライブに誘っているのと同じ感覚のはずだ。そう自分に言い聞かせつつ、タバコの残り香のするシャツをぎゅっと掴み、シオンは思わずその場にしゃがみ込んだ。
この数分後、全く同じことを考え、顔を赤くしながらタバコを蒸す中里がいたことを。彼女は知らない。
突然の不運に見舞われ、久尾津シオンは雨宿りできそうな場所を探し駆け回っていた。運良く人気のない公園を見つけ、東屋に飛び込む。勉強道具一式の入ったスクールバッグが必要以上に濡れぬよう抱えてはいたが。それでもぐっしょりと濡れて変色した様を見て、はぁとため息をついた。雨に濡れて重みを持ったスカートや、ポニーテールを軽く絞るとぽたぽたと足元に小さな水たまりができた。
「困ったなぁ……」
今日は土曜日、夜は友人と妙義山へ走りのギャラリーをしに行く予定だったのだ。午前授業のあとは帰宅して、約束の夕刻までのんびりしようと考えていたが……。
「通り雨だとは思うけど、今夜は流石にないかなぁ……」
空は黒い雨雲で覆われ、まだ落ち着く様子も見せない雨足。シオンは恨めしそうに空を睨んだ。
見たかったのにな、32の走り。
そう呟いて脳裏に思い描くのは黒のGT-R。思い切りが良く勢いのあるドライビングテクで峠を攻める姿はギャラリーの視線と心を鷲掴む。そんなクルマを操るのは妙義ナイトキッズのリーダー・中里毅という男だ。確固たる信念をもち、走る姿はただただ男らしい、そう言わざるを得ない。
人を寄せ付けない性格かと思いきや、仲間をはじめ親しい存在のことをきちんと見てくれている。そんな人の良さも彼の魅力だろう。そうシオンは思っていた。
「まだ止まない……無理にでも駅に行けばよかったな……」
バラバラバラ、と東家を打ち付ける雨音は依然として変わらず。周囲を見渡しても電話ボックスはなく、家にいるであろう母にヘルプを求めることもできず。万事休すかなぁ、と長いため息をついた
。
「おい、どうしたんだ」
やかましい雨音の中、低く響く声がかけられる。声のする方へ振り向くと、そこにいたのは先刻シオンが思い描いていた中里毅その人であった。
シオンのいた東屋はちょうど道路に面しており、中里は雨が入るのも気にせず窓を開けたまま彼女に呼びかける。
「……傘が無いのか?そこで少し待ってろ」
そう残し、中里は愛車に積んでいたらしい傘を取り出し、シオンのいる東屋へ駆けよった。
大した距離ではなかったとはいえ、この強い雨足である。普段はきちっとセットされた前髪は乱れ、雨の滴が首筋をつう、と流れ、鎖骨へと溜まった。その様はとてもセクシーに見え、シオンの心臓はどきりと跳ねた。
「ずぶ濡れじゃないか、学校だったのか」
「は、はい。午前だけですけど。それで、帰っている途中に降ってきて……親に迎えにきてもらおうと思ったんですけど、電話ボックスも見つからなくて……。
なので、雨が落ち着くまで待ちぼうけ中でした」
「そうか……災難だったな」
そう言って、中里は少し考える素振りを見せる。ややあって「家まで送ろうか」と中里は提案した。シオンはその言葉の意味が一瞬理解できず、オウムの様に彼の言葉を復唱したのち、声を上げた。
「いえ、そんな!いいです!ダメです!わたし、ずぶ濡れです、スカートもほら、こんな!」
「なっ!バカ野郎、持ち上げるんじゃねえ!関係ねえよそんなこと!」
「関係あります!こんなぐしょぐしょだと、中里さんのクルマを濡らしちゃうじゃないですか……!」
「それくらい構わねえよ。確か替えのシャツが積んであるから、それを敷けばいいだろ」
「中里さんのシャツの上に座れと……恐れ多い……」
「どーゆー意味だよコラ。
……ったく、本当に構わねえから来いよ。夏とはいえ、濡れたままだと風邪ひくだろうが」
ほら、と中里は傘を広げ、自分のそばへ来るよう促す。ここまでしてもらえるのなら甘えてしまおう、と恥ずかしい気持ちを無理やり脇に置き。シオンはおずおずと中里の隣に立つ。
小ぶりな傘ではあったが、シオンの体が雨に濡れることはなかった。ちらりと視線を上げると、頭ひとつ背の高い中里の左肩が傘からはみ出ている。
わたしが濡れないようにしてくれてるんだ。と、中里の心遣いがシオンの胸の奥に熱を与えた。雨音よりもうるさい鼓動を感じつつ、憧れていたGT-Rのシートにシオンは腰を下ろした。
「中里さん、本当にありがとうございます。かならずお礼、させてくださいね」
「高校生がそんな気を使うんじゃねえよ」
「でも……!」
「だから別にいいって……ッ!」
途端に中里は言葉を飲み込む。助手席に腰を下ろし、先ほどまで抱き抱えていたスクールバッグを後部座席に置いたシオンを見て、即座に視線を外した。あまりに不自然な行動ではあったが、きちんと理由がある。
濡れた制服がべっとりと彼女の体に張りつき、淡いピンクの下着が透けて見えてしまったからだ。
「中里さん……?どうしたんですか?」
「あっ、いや、その……」
歯切れの悪い応答をしながら中里毅は考える。どうすれば一番いいのかを。
そういえば、と先刻シオンに話しかけたことを思い出す。替えのシャツが積んであったはずだ、と。自分自身が濡れることも厭わず、一度外へ出て後部座席を探る。指先に触れた布の感覚でシャツの存在は確認できたが、確か新品のそれでは無い。それをこんな女の子に渡すはいかがなものだろうかと中里は逡巡する。
シオンは彼が何をしているのかと身体を捻る。それが腕で胸を寄せるような体勢となり、細身だろうに意外と『ある』モノがぐっと強調された。
幼い顔立ちとアンバランスな『それ』の衝撃にぐらりとしながらも、必死に視線を逸らし中里は手に掴んだ紺色のシャツを差し出す。
「目のやり場に困るから、隠してくれ……ちゃんと、洗ってある服だから」
「……え、わあっ!」
ようやく己の状態に気がついたシオンも顔を一気に赤くし、上半身を抱きしめるようにうずくまる。制服は濡れたままだったが、流石に脱ぐわけにはいかず。申し訳なさを飲み込みながらそのまま上に着ることを決心した。洗濯をしてあると中里は言っていたが、頭を通そうとした時に漂ったタバコの香りにくらりとし。「酔ってしまいそうだ……」と胸の内に吐き出した。
車を走らせている間に少しずつ雨足は落ち着き、シオンの家の近くに来る頃には雲の隙間から青空が顔をのぞかせる程であった。
「ここで大丈夫です、中里さん。あとまっすぐ歩いてすぐなので……。
本当に助かりました、ありがとうございます」
「気にするなって。風邪引くなよ」
「はい。それから、今夜はやっぱり、行かない感じ、ですかね?」
「そう、なるかな。割と降ったからな……。まだ曇りがちだし、今週は無しだ」
やっぱりそうですよねとシオンは少し肩を落とす。今週のシオンはとても忙しかった。小テストや課題提出、予備校からの宿題など、どうしてこんな一気に押し寄せるのかと恨みたくなるほど。
だからこそ土曜日のナイトキッズの、中里の走りを見に行くことを楽しみにしていたのだ。中里の車に乗せてもらえたことも彼女にとって喜びではあったが、彼の走りを見ることはまた別のことである。
わかりやすく落ち込む少女をバツが悪そうに見つめ、中里はなんとかできないか思案する。自分の走りを好いてくれている存在は彼にとって嬉しいものであったからだ。
「峠は走れねえけど、あたりをブラつくくらいは出来るぜ。……どうする?」
「……!い、いきます!」
先ほどの曇った顔が途端に花開いたように明るくなる。よっぽど嬉しいのか、目を細め「ありがとうございます」と噛み締めるように感謝を伝える少女を見て中里も心が温かくなるのを感じた。
「とりあえず一度帰んな。用意もあるだろうし、その辺で待ってるから」
「すみません、なるべく早く済ませますね。
この道をまっすぐ進むと、小さい広場があるので、そこなら車も停められるので大丈夫かなって」
「わかった。じゃあ、後でな」
バタン、とドアを閉め黒のGT-Rが走り出す。その音を聞きながらシオンは中里からの言葉を思い返す。低く、色気をはらんだ声音で紡がれた言葉を。
「あたりをぶらつく、って……まるでデートみたいじゃない……」
中里との付き合いはまだ浅い。だが、彼が誰に対してもこのような態度をとる男ではないことをシオンは理解していた。
兄が自分を連れてドライブに誘っているのと同じ感覚のはずだ。そう自分に言い聞かせつつ、タバコの残り香のするシャツをぎゅっと掴み、シオンは思わずその場にしゃがみ込んだ。
この数分後、全く同じことを考え、顔を赤くしながらタバコを蒸す中里がいたことを。彼女は知らない。
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