中里毅
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「あ?どうしたんだよシオン、きょろきょろして」
「えっと、その……」
夜の妙義山。あちこちからブレーキ音やアクセル音が響くこの場所の主役はクルマだ。真っ暗な峠を凄い速度で駆け抜けていくクルマを見にきたギャラリーの中から小柄なわたしを見つけて近寄ってきた一人の男性。ぶっきらぼうな物言いではあるけれど、こちらの小さな所作に気づいてくれた庄司さん。優しいなぁと思いつつ、目を細めているとわたしの様子が気に食わなかったのか。庄司さんはわたしの頭を、まるでボールのようにがっしり掴んできた。
わぁ……これ、知ってる、アイアンクローだ。などと余計なことを考えていると、庄司さんから先刻と同じことを問われたので、「コンビニへ行けたらなと思って」と小さく告げた。
庄司さんはいささかオーバー気味に眉を動かしながら、なんの用事だよと深く聞いてくる。少しの恥ずかしさを覚えつつつ、「ちょっとお腹が空いちゃって」と小さく答えると。彼は呆れたように長く息を吐いた。
「そーゆーのはココ来る前に買っとけよな」
そう言いながら今度は庄司さんが辺りを見渡して、声を上げた。
「おい毅!ちょっとこっち来い!」
「あぁ?」
言葉短くも荒々しいやりとりが山に響く。雑に呼び出された中里さんは不服そうにずんずんとこちらへ歩み寄ってきて、庄司さんと一触即発の雰囲気に。
メンバーの皆さんは「いつもの光景だ」と一瞥したのち、特に深く触れることなく各々会話を楽しんでいる。わたしは火花を飛ばし合っている二人の間に立つことになってしまい、大変居心地が悪くなった。わたしじゃあこの二人を止めることなんて出来ないし。
どうしようかと考えていると、庄司さんが不意に視線をわたしに向ける。
「シオンが麓のコンビニに行きてーんだとよ」
「……なに?」
「買いてぇモンがあるんだとよ。下りだし、オレ様の車に乗せりゃ速えーんだけどな。
けどこれからタイムアタックがあるからな〜?お前、暇そうだし連れてけよ。コイツを」
くい、と庄司さんは親指でわたしを指差す。……中里さんがコンビニに連れて行ってくれる、ということはあの憧れのGT-Rに乗れるということだ。
思わずわたしは中里さんの手を取り、「よろしくお願いします!」と食い気味に頼み込んだ。突然のことに驚いた中里さんは目をいつも以上に大きく開き、歯切れ悪く了承の言葉を絞り出してくれた。
「……じゃあ、準備すっから。少し待ってな」
そう言って中里さんは踵を返し、愛車へ向かう。そんな背中を見送っていると、また庄司さんがわたしの頭をわっしと掴んでこそりと耳打ちした。
「オレ様に感謝しろよな、シオン」
「はいっ、ありがとうございます庄司さん!やっぱり庄司さんは優しいですね」
憧れの車に乗れるようセッティングしてくれた庄司さん。そんな彼に感謝の言葉を伝えると、げぇ、と言わんばかりのしかめ面をされてしまった。
「なぁ。前々から言おうと思ってたんだけどよ。その、庄司さんって呼び方やめろ。他の奴らみたいに名前で呼べ。けったくそ悪ぃんだよ」
「え、っと……じゃあ、慎吾さん、でいいですか?」
「おう。忘れんなよ。それじゃまたあとでな」
悪戯っ子のようにニッと笑って慎吾さんはわたしの頭から手を離す。ひらひらと手のひらを振って愛車を停めている方へ歩いて行った。
——————
慎吾さんを見送り、程なくして黒真珠を彷彿させるボディカラーの車が姿を現す。窓を少し開け、顔を見せた中里さんは、先程までいたチームメイトが気になったのか。「アイツはどうした?」とわたしに尋ねた。
「慎吾さんはクルマの方へ行きましたよ」
「……そうか。じゃあ、乗りな」
「はいっ」
助手席でいいですか?と尋ねると、ぶっきらぼうに「ああ」の返事が。わたしはそれを快諾と受け取り、足早に反対側へ回り込む。ドアを開け、シートに滑り込むと大人の香りが鼻腔に広がった。中里さんがよく吸っているタバコの香り。
一緒にお話ししていると感じるそれでいっぱいの空間だなぁ。なんて考えてしまい、心臓が大きく跳ねた。今が夜でよかったと心から安堵する。だってわたしの顔、絶対真っ赤なんだもの。
「シートベルトは締めたな?行くぜ」
「よ、よろしくお願いします……!」
慣れた手つきで愛車を走らせ、夜の峠を下っていく。いつも見ているより落ち着いた運転だなと感じる、のは隣にわたしがいるからだろうか。もしそうなら嬉しいな、など考えてちらりと視線を右に向ける。中里さんは真っ暗な妙義の道をどんどん下っていく。
地元だから、の一言で片付けられない。彼がこれほど走れるまでにどれだけの研鑽を重ねてきたのか。その努力の一端を、わたしは感じていた。
慎吾さんに改めてお礼を伝えなきゃ。だってこんな素敵な機会を作ってくれたんだもの。
「……なんだよ、オレの顔に何かついてるか?」
「いっ、いえ、なんでも、ないです……」
「そ、そうか」
再びの沈黙。車内に響くのは中里さんの愛車の音だけ。
中里さんに指摘されるまで、そんなにも彼を見つめていたことに気付かなくて。なんだかとても恥ずかしいことをしていたのではないかと思い、両頬に体中の熱が集まるのを感じた。
ふぅ、とゆっくり息を吐くと、少しだけ心が落ち着く。そっと膝の上に置いていた手をそっとシートの上に乗せ、伝わってくる振動を感じ取る。そうだ、わたしは今憧れていたクルマに乗せてもらっているんだ。二度目があるかどうかわからない。忘れないようにきちんと覚えて帰ろう。
「楽しいか?」
「へ?」
「いや、……あー……オレの車で嫌じゃねえのか?」
「そんなこと!絶対ないです!」
「ッ!」
嫌じゃないのか、という中里さんの問いかけを。わたしは食い気味に否定する。
力いっぱい否定をしたのち、気づく。何故そんなことを尋ねるのか。わたしが黙りがちだから、中里さんはそれが気になったんだろう、と。
先刻とはまた違う羞恥に襲われる。自分の幼さに嫌気がさした。
自慢じゃないけど、わたしは人とのおしゃべりが得意ではない。だけど得意じゃないから、自分から会話をしませんということにはならない。
「えっと……わたしが、GT-Rに憧れているのは、ご存知ですか?」
「ああ。そもそもオレの32を見たくて妙義まで来たんだろ。忘れるわけないぜ」
「覚えてくれて、ありがとうございます。その……憧れのクルマに乗れたことと、こんな近くで中里さんの運転を見ることができて。それがすっごく嬉しくて……喜びをかみしめていたんです。
だから、嫌とか。そんなのは全くなくて。わたしが自分の世界に入っていただけで……えっと……ご心配をおかけしました」
ぺこり、と運転席に向けて頭を下げる。なんだか居た堪れなさもあって、無意識のうちに呼吸までとめていたことに気付いたのは、頭上からかけられた優しい声音のおかげだった。
「頭上げろよ。……その、悪かったな、変なことを聞いちまって。
慎吾と随分楽しそうにしてたのが見えたから、それでな」
「慎吾さん?」
何気なく慎吾さんの名前を出すと、前を向いていた中里さんの鋭い視線がわたしを射抜く。中里さんと知り合って、こうして会話をするようになってそれなりに経つけど、こんな目で見られたことは初めてだった。
「慎吾、さん。か……仲いいんだな」
「仲がいいって、そんな……揶揄われているだけですよ」
「そうか?……名前で呼び合ってるのにかよ」
「…………え?」
「…………」
中里さんが投げかけた言葉を自分の中で反芻する。わたしと慎吾さんが名前で呼び合ってるから、さっきみたいな鋭い視線を向けたってこと?
もう一度中里さんを見つめると、月明かりでほんのり照らされた耳が赤くなっていて。それに気づいた瞬間つられて自分の体温もぐっと上がってしまった。
中里さんがわたしのことを意識してくれている。その事実がなんだか嬉しくて、ばくばく跳ねる心臓の音がうるさくて仕方なかった。
「……お言葉ですけど中里さん」
「なんだよ」
「わたし、中里さんからきちんと名前で呼ばれた記憶がないんですけど」
「……え」
よく思い返してみれば、「おい」や「なあ」と声を掛けれることがほとんどだった。唯一名前を呼ばれたのが、わたしが初めて妙義へ行って、名乗った時にそれを復唱された程度だろうか。
「中里さん、わたしがGT-R好きだってことは覚えてくれてましたけど。わたしの名前は憶えてくれていますか?」
「……」
「……中里さん?」
「あぁ!覚えてるに決まってんだろ、シオン!」
「えっと、その……」
夜の妙義山。あちこちからブレーキ音やアクセル音が響くこの場所の主役はクルマだ。真っ暗な峠を凄い速度で駆け抜けていくクルマを見にきたギャラリーの中から小柄なわたしを見つけて近寄ってきた一人の男性。ぶっきらぼうな物言いではあるけれど、こちらの小さな所作に気づいてくれた庄司さん。優しいなぁと思いつつ、目を細めているとわたしの様子が気に食わなかったのか。庄司さんはわたしの頭を、まるでボールのようにがっしり掴んできた。
わぁ……これ、知ってる、アイアンクローだ。などと余計なことを考えていると、庄司さんから先刻と同じことを問われたので、「コンビニへ行けたらなと思って」と小さく告げた。
庄司さんはいささかオーバー気味に眉を動かしながら、なんの用事だよと深く聞いてくる。少しの恥ずかしさを覚えつつつ、「ちょっとお腹が空いちゃって」と小さく答えると。彼は呆れたように長く息を吐いた。
「そーゆーのはココ来る前に買っとけよな」
そう言いながら今度は庄司さんが辺りを見渡して、声を上げた。
「おい毅!ちょっとこっち来い!」
「あぁ?」
言葉短くも荒々しいやりとりが山に響く。雑に呼び出された中里さんは不服そうにずんずんとこちらへ歩み寄ってきて、庄司さんと一触即発の雰囲気に。
メンバーの皆さんは「いつもの光景だ」と一瞥したのち、特に深く触れることなく各々会話を楽しんでいる。わたしは火花を飛ばし合っている二人の間に立つことになってしまい、大変居心地が悪くなった。わたしじゃあこの二人を止めることなんて出来ないし。
どうしようかと考えていると、庄司さんが不意に視線をわたしに向ける。
「シオンが麓のコンビニに行きてーんだとよ」
「……なに?」
「買いてぇモンがあるんだとよ。下りだし、オレ様の車に乗せりゃ速えーんだけどな。
けどこれからタイムアタックがあるからな〜?お前、暇そうだし連れてけよ。コイツを」
くい、と庄司さんは親指でわたしを指差す。……中里さんがコンビニに連れて行ってくれる、ということはあの憧れのGT-Rに乗れるということだ。
思わずわたしは中里さんの手を取り、「よろしくお願いします!」と食い気味に頼み込んだ。突然のことに驚いた中里さんは目をいつも以上に大きく開き、歯切れ悪く了承の言葉を絞り出してくれた。
「……じゃあ、準備すっから。少し待ってな」
そう言って中里さんは踵を返し、愛車へ向かう。そんな背中を見送っていると、また庄司さんがわたしの頭をわっしと掴んでこそりと耳打ちした。
「オレ様に感謝しろよな、シオン」
「はいっ、ありがとうございます庄司さん!やっぱり庄司さんは優しいですね」
憧れの車に乗れるようセッティングしてくれた庄司さん。そんな彼に感謝の言葉を伝えると、げぇ、と言わんばかりのしかめ面をされてしまった。
「なぁ。前々から言おうと思ってたんだけどよ。その、庄司さんって呼び方やめろ。他の奴らみたいに名前で呼べ。けったくそ悪ぃんだよ」
「え、っと……じゃあ、慎吾さん、でいいですか?」
「おう。忘れんなよ。それじゃまたあとでな」
悪戯っ子のようにニッと笑って慎吾さんはわたしの頭から手を離す。ひらひらと手のひらを振って愛車を停めている方へ歩いて行った。
——————
慎吾さんを見送り、程なくして黒真珠を彷彿させるボディカラーの車が姿を現す。窓を少し開け、顔を見せた中里さんは、先程までいたチームメイトが気になったのか。「アイツはどうした?」とわたしに尋ねた。
「慎吾さんはクルマの方へ行きましたよ」
「……そうか。じゃあ、乗りな」
「はいっ」
助手席でいいですか?と尋ねると、ぶっきらぼうに「ああ」の返事が。わたしはそれを快諾と受け取り、足早に反対側へ回り込む。ドアを開け、シートに滑り込むと大人の香りが鼻腔に広がった。中里さんがよく吸っているタバコの香り。
一緒にお話ししていると感じるそれでいっぱいの空間だなぁ。なんて考えてしまい、心臓が大きく跳ねた。今が夜でよかったと心から安堵する。だってわたしの顔、絶対真っ赤なんだもの。
「シートベルトは締めたな?行くぜ」
「よ、よろしくお願いします……!」
慣れた手つきで愛車を走らせ、夜の峠を下っていく。いつも見ているより落ち着いた運転だなと感じる、のは隣にわたしがいるからだろうか。もしそうなら嬉しいな、など考えてちらりと視線を右に向ける。中里さんは真っ暗な妙義の道をどんどん下っていく。
地元だから、の一言で片付けられない。彼がこれほど走れるまでにどれだけの研鑽を重ねてきたのか。その努力の一端を、わたしは感じていた。
慎吾さんに改めてお礼を伝えなきゃ。だってこんな素敵な機会を作ってくれたんだもの。
「……なんだよ、オレの顔に何かついてるか?」
「いっ、いえ、なんでも、ないです……」
「そ、そうか」
再びの沈黙。車内に響くのは中里さんの愛車の音だけ。
中里さんに指摘されるまで、そんなにも彼を見つめていたことに気付かなくて。なんだかとても恥ずかしいことをしていたのではないかと思い、両頬に体中の熱が集まるのを感じた。
ふぅ、とゆっくり息を吐くと、少しだけ心が落ち着く。そっと膝の上に置いていた手をそっとシートの上に乗せ、伝わってくる振動を感じ取る。そうだ、わたしは今憧れていたクルマに乗せてもらっているんだ。二度目があるかどうかわからない。忘れないようにきちんと覚えて帰ろう。
「楽しいか?」
「へ?」
「いや、……あー……オレの車で嫌じゃねえのか?」
「そんなこと!絶対ないです!」
「ッ!」
嫌じゃないのか、という中里さんの問いかけを。わたしは食い気味に否定する。
力いっぱい否定をしたのち、気づく。何故そんなことを尋ねるのか。わたしが黙りがちだから、中里さんはそれが気になったんだろう、と。
先刻とはまた違う羞恥に襲われる。自分の幼さに嫌気がさした。
自慢じゃないけど、わたしは人とのおしゃべりが得意ではない。だけど得意じゃないから、自分から会話をしませんということにはならない。
「えっと……わたしが、GT-Rに憧れているのは、ご存知ですか?」
「ああ。そもそもオレの32を見たくて妙義まで来たんだろ。忘れるわけないぜ」
「覚えてくれて、ありがとうございます。その……憧れのクルマに乗れたことと、こんな近くで中里さんの運転を見ることができて。それがすっごく嬉しくて……喜びをかみしめていたんです。
だから、嫌とか。そんなのは全くなくて。わたしが自分の世界に入っていただけで……えっと……ご心配をおかけしました」
ぺこり、と運転席に向けて頭を下げる。なんだか居た堪れなさもあって、無意識のうちに呼吸までとめていたことに気付いたのは、頭上からかけられた優しい声音のおかげだった。
「頭上げろよ。……その、悪かったな、変なことを聞いちまって。
慎吾と随分楽しそうにしてたのが見えたから、それでな」
「慎吾さん?」
何気なく慎吾さんの名前を出すと、前を向いていた中里さんの鋭い視線がわたしを射抜く。中里さんと知り合って、こうして会話をするようになってそれなりに経つけど、こんな目で見られたことは初めてだった。
「慎吾、さん。か……仲いいんだな」
「仲がいいって、そんな……揶揄われているだけですよ」
「そうか?……名前で呼び合ってるのにかよ」
「…………え?」
「…………」
中里さんが投げかけた言葉を自分の中で反芻する。わたしと慎吾さんが名前で呼び合ってるから、さっきみたいな鋭い視線を向けたってこと?
もう一度中里さんを見つめると、月明かりでほんのり照らされた耳が赤くなっていて。それに気づいた瞬間つられて自分の体温もぐっと上がってしまった。
中里さんがわたしのことを意識してくれている。その事実がなんだか嬉しくて、ばくばく跳ねる心臓の音がうるさくて仕方なかった。
「……お言葉ですけど中里さん」
「なんだよ」
「わたし、中里さんからきちんと名前で呼ばれた記憶がないんですけど」
「……え」
よく思い返してみれば、「おい」や「なあ」と声を掛けれることがほとんどだった。唯一名前を呼ばれたのが、わたしが初めて妙義へ行って、名乗った時にそれを復唱された程度だろうか。
「中里さん、わたしがGT-R好きだってことは覚えてくれてましたけど。わたしの名前は憶えてくれていますか?」
「……」
「……中里さん?」
「あぁ!覚えてるに決まってんだろ、シオン!」