「ねぇカザミ、今日このあとどうする？」
「え？あぁ……そうだな……」

　ぼんやりと海を眺めて隣を歩くカザミは気のない声音で答える。これはちゃんと聞いていないな、と思いながらも特にそれをいさめはしない。空の青と海の青が混ざり合いそうな地平線を見つめるカザミの瞳はどこかうつろで、少しだけ見覚えがあった。

　この漁師町の神童として周囲からもてはやされたカザミ。だけどその評価は長く続くものではなくて。一年、また一年……時を重ねるごとに神童だった少年は凡人へと塗り替えられてしまった。いつだったかぽつりと漏らしてくれた、「俺はこんなはずじゃない」という言葉がどうしようもなく悲痛で、苦しくて。その時は彼の背中をそっと撫でる事しかできなかった。

　今、彼はあの時と同じ瞳で海を眺めている。学年の違うわたしには実際何が起こったのかわからない。本人に尋ねるしか今は手立てがない。だけどこんな目をした彼に何があったのか問い詰めるなんてことはできなかった。

「……カザミ……カザミがいてくれたから今のわたしがいるんだよ？
他の誰がどう言おうが、どう思おうが、カザミはわたしのヒーローだから」

　制服の袖をぎゅっと掴み。あの頃よりも半歩近い距離で言葉をかける。ちらりとこちらへ顔を向けたカザミは困ったように「サンキュ」と微笑んだ。
それでも彼の表情から影が消えるわけではなくて。わたしの存在だけでは彼を引き上げることはできないのだと、猛烈に痛感してしまった。

それでもいい。いつかきっと何かの形で貴方が胸を張って立てるのならそれでいい。
それまではわたしがこうして、貴方の傍にいるから。

　簡単に嚥下できない苦悩を心の内に押し込めて、わたしはカザミの手を握る。いつのまにかわたしより大きくてごつごつしたその指は冷たくて。祈るような気持ちでわたしは指を絡めた。