雑多
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シオンの部屋のベッドは少し大きい。シングルではなくセミダブルを購入したんだと。
理由を尋ねると、毎日使うものだからと一言で返された。なるほど、合理主義な彼女らしいとその時は思ったが。
こうしていざ利用させてもらう立場になると有り難さを感じずにはいられない。シングルベッドの上に大人の男女が二人、というのは窮屈さを感じてしまうからだ。
「英雄、くん……どうしたの?」
言葉を発しなかった俺を気にかけてか、シオンが不安そうにこちらを覗き込む。余計なことを考えていたら口数が少なくなっていたようだ。俺はなんでもないよと伝え、湿った熱を持つ薄布の上に指を添えた。
ゆっくりと上下に擦る。彼女はたまらないように体を震わせ、薄闇の中でもわかるくらい目を潤ませ俺を見つめた。
「……わかってきたぜ。ここも、弱いんだな?」
シオンの反応を見逃したくなくて、俺はつぶさに観察を続ける。体の反応だけでなく、表情や声色にも注意を払った。
俺が与える刺激すべてに敏感に反応する彼女が愛しくて、愛しくて。シオンの震える呼吸に触れるたび、胸の奥が満ちていく。気づけば、抑えるつもりだった言葉が唇をついていた。
「なあ……跡、つけていいか?」
シオンの瞳が大きく見開かれ、息を飲み込む音がはっきり耳に届いた。彼女の様子を見て、はじめて俺は自分が踏み込みすぎたことに気がついた。
しまった、性急すぎた。
そう思ったが、発言を撤回する気にはならなかった。彼女の体に、俺の証のようなものをつけたいと思った事に偽りはないのだから。
だが彼女の意向は尊重したい。胸の内で膨らむ衝動をどうにか押し留めて、俺はシオンの瞳をまっすぐ見つめて言葉にする。
「……シオンが嫌なら、しない」
そっと、宝物に触れるように彼女の肌を指でなぞりながら。俺は続けた。
「もし許されるなら、俺とお前しか知らない場所に、つけたいんだ」
「……」
沈黙。
だが居心地の悪いそれではない。シオンを見ていればわかる。答えを出そうと悩んでくれていることが。だから俺は待った。
彼女の視線があちこちを泳いだのち、ゆっくりと息を吐きながら小さく呟いた。
「どこに、つけるの……?」
躊躇いがちな彼女の言葉、その意味を理解した瞬間、今度は俺の顔面に熱が集まった。
踏み込みすぎた俺の一歩を、シオンは受け入れてくれた。そのことがただ嬉しくて、幸せで。思わず、白い内腿に唇を落とした。ビクンとシオンの身体が跳ねるが、止められるはずもなく。
唇で触れた箇所に指を置き、俺はゆっくりと撫でる。視線を上げて彼女の様子を伺うと、俺の意図は理解しているようで。頬を熱く染めたまま、それでもシオンは目を逸らさなかった。
「いいか?」
それは短い問いかけ。だが今の俺たちにはこれだけで十分だった。
シオンの体が少し柔らかくなり、緊張がほぐれたことを感じ取れた。俺は大きく口を開け、自身のトレードマークとも言える歯をそっと押し当てた。
——
『つまりサメのオスがメスのヒレを噛むのは生殖活動のためということなんですね』
『はい。諸説ありますが、水中で安定して交尾を行うためや、プロポーズとも言われていますよ』
ベテラン司会者に話題を振られ応答する長い髪の美青年。
同じ事務所に所属し、元海洋学者という経歴を持つアイドル・古論クリスの笑顔がテレビ画面いっぱいに映される。
だが俺は先ほどクリスが解説したその内容を反芻していた。サメのオスがメスを噛むのは、プロポーズの意味もある、って?
箸を持つ手に妙な力が入る。
最近忙しくてなかなかシオンに会えなくて。ようやく一息ついた為、彼女の家で一緒に食事をしているのだが、向かいに座るシオンの顔を見ることができない。
いや、考えすぎかもしれない。俺とサメをイコールで繋げているのは自分だけじゃないか?
そう思ったが、彼女の部屋に置かれた大きいサメのぬいぐるみが視界に入る。ダメだ。シオンもしっかりサメといえば握野英雄だと認識している。
彼女を愛していない訳がないが、胸の奥が妙に落ち着かない。
顔見知りの相手から改めて「求愛行動」と言われたことがむず痒いんだ。やましいことは全くないのに「プロポーズ」と聞いたシオンがどんな顔をしているのか、怖くて見られない。すると彼女がぽつりと呟いた。
「わたしで最後にしてくださいね?」
思わず顔を上げると、耳まで赤くしたシオンと視線がぶつかり。俺は思わず「当然だ」と返し、彼女の手を握った。
俺より小さな女性の手。左の薬指、その付け根を優しくなぞって。いつかここに相応しい証を贈りたいと強く思った。
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