スカリーくんと監督生のなんでもない一日【完結】
監督生さん、素敵な貴方のお名前は?
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【スカリーくんと監督生が決断を迫られているだけ】
[chapter1:覚悟ディヴァイン!]
学園長室の窓際には、夕焼けの光が差し込み、重厚な机に長い影を落としていた。学園長の声は軽快で、部屋の静寂を柔らかく破った。
「ようやく見つかりましたよ、グレイブスくん。これで、いつでも元の時代に帰れます。」
彼は穏やかに微笑みながらスカリーに告げる。その表情には、朗報を伝える者としての満足感がにじんでいた。
スカリーは瞳を一瞬だけ見開いたが、すぐに平静を装った。黒い手袋をはめた指先がかすかに震えるのを自覚しつつも、静かに頷く。「そうですか……ありがとうございます、学園長。」
その声には穏やかさとともに、抑制された感情が丁寧に隠されていた。
「詳細はこちらです。」
学園長は古びた魔法書を差し出す。スカリーがページをめくるたび、羊皮紙の古い香りが漂い、時代を越える魔法の文字が瞳に映り込む。それは、彼が長らく探し求めていたもの。
この魔法書はロイヤルソードアカデミーの学園長、アンブローズ63世の蔵書から特別に貸し出された貴重な禁書だった。装丁には古代の魔法士たちの紋章が刻まれ、ページをめくるたびに微かな魔力の気配が立ち上る。アンブローズ学園長がスカリーの事情に理解を示し、この一冊を提供してくれたのだ。
「アンブローズ学園長には感謝するんですよ。あと、私にも。」
学園長は冗談めかしながら肩をすくめた。
「準備さえ整えば、すぐにでも発動可能です。いつ出発しますか?」
何気ない問いかけに、スカリーは短く息を飲んだ。
「……少しだけ、お時間をいただけますか。」
スカリーの答えにはわずかな揺らぎがあったが、学園長は特に気にする様子もなく頷いた。「もちろん、必要なときに声をかけてください。」
自室に戻ったスカリーの瞳はどこか虚ろで、目の前に広がる現実――元の時代に帰れるという事実よりも、彼の思考は別の方向へ彷徨っていた。
ふと窓の外に視線を向けると、ユウが他の生徒たちと話しているのが目に入った。夕陽に照らされたユウの笑顔は、光そのもののように輝いていた。風に揺れる髪がその姿をより美しく引き立てている。
スカリーの胸に鋭い痛みが走る。それは、ユウに抱く特別な感情だった。だが今、それはこれまでになく鮮明で重たく彼の心にのしかかってくる。
「……これで、我輩とユウさんは……今生の別れとなる……。」
そう自分に言い聞かせるものの、その言葉はむしろ胸の痛みを一層鋭くするだけだった。ユウの姿が脳裏を離れず、底なしの暗闇が心の中に広がり続ける。
「ユウさんは……我輩がいなくなった後も、笑顔でいられるのだろうか。」
スカリーは深く息をつきながら、窓辺に立ち尽くした。その瞳には、夕闇の中で輝くユウの姿が映り続けていた。
[chapter2:狂気アクセラレーション!]
スカリー・J・グレイブスの自室は、月光の淡い輝きに包まれていた。古びた木製の棚には読みかけの本や資料が無造作に積まれ、まるで彼の心の乱れを映しているかのようだった。蝋燭のほのかな香りが漂う中、窓の隙間から忍び込む冷たい夜風が、彼の白い髪をかすかに揺らしていく。
「我輩が帰るべきだとしても……本当に、ユウさんを置いていく必要があるのか?」
その呟きは、問いであると同時に、彼の胸に芽生えた疑念を確信へと変えつつあった。
スカリーは窓の外を見つめた。その瞳に宿る光は希望ではなく、冷たい夜の闇と同じ色をしていた。肌を刺すような冷気が彼を包む中、胸の奥底で抑えきれない感情がざわめいている。
当初、彼はユウのためを思い、何も告げずこの時代を去るべきだと信じていた。ユウに余計な負担や悲しみを与えたくなかった。それが最善だと何度も自分に言い聞かせてきた。
だが、その選択が正しいと信じながらも、スカリーの胸には違和感が生まれていた。夜の静寂の中でユウの笑顔や仕草が次々と思い出される。その柔らかな微笑み、その声、その瞳――それらは彼の中で鮮やかに蘇り、温かさと同時に痛みを伴う記憶となっていた。
「ユウさん……。」
その名を口にした瞬間、スカリーの胸を満たしたのは、ユウと離れることへの恐怖だった。その恐怖は次第に執着へと変わっていく。「ユウさんを置いていくことは……間違いだ。我輩が帰るのなら、ユウさんも連れて行くべきだ。それがユウさんの幸せだ。」
スカリーは椅子を立ち、静かに部屋を歩いた。冷たい床の感触が足裏に伝わり、妙に現実を強調していた。窓辺に手をかけ、ガラス越しに外を見つめる。遠く、月光に照らされた木々が風に揺れ、微かな音が耳に届いた。
「ユウさんも……我輩を愛しているはずだ。」
その言葉が口をついた瞬間、スカリーの中に確信が広がる。ユウの仕草や表情が語っている――自分への愛情を。ユウもまた自分を理解していると、彼は信じて疑わなかった。
「ユウさんは、ここに残るよりも、元の世界に帰るよりも、我輩と共にいる方が幸せだ。」
彼はそう自分に言い聞かせ、口元に薄く微笑みを浮かべた。その微笑みには優しさとともに、抑えきれない執着の影がかすかに揺らめいていた。
夜風が彼の顔を撫で、蝋燭の香りが少しずつ薄れていく中、彼の考えはさらに固まっていった。「我輩が傍にいれば、ユウさんはどんな世界でも平穏と喜びを得られる。それを理解しているのは、我輩だけだ。他の誰にも分かるはずがない……!」
「ああ、どうして我輩は貴方を置いていこうなどと思ったのか……!また、間違いを犯すところだった。しかし、ようやく気づいたのです……ユリーカ!」
スカリーは足を止めた。その動きは長い逡巡を断ち切るように静かで決然としていた。
彼の瞳には揺るぎない決意が宿っていた。「ユウさんを連れていく。それが、ユウさんにとっても我輩にとっても、唯一の選択だ!!!」
[chapter3:執愛クレイヴ!]
深夜、冷たい空気が辺りを包む中、スカリーはユウを静かな場所へ誘い出した。向かったのは寮の屋上だった。古びた階段を上りきると、夜空には無数の星々が広がり、その輝きが特別な魔法のように場を満たしていた。スカリーはそっとユウを促し、星空の下に立たせる。
「素敵な貴方、この場所が気に入っていただけると嬉しいのですが。」
スカリーの声は静寂を裂かぬよう低く抑えられていた。夕焼けの残光のような瞳が星明かりを反射し、妖しい光を放っている。
ユウは戸惑いながらも柔らかく微笑んで答えた。「星がすごく綺麗に見えるね、スカリーくん。」
その声には驚きと喜びが交じっていたが、どこか落ち着かない気配も漂っていた。夜の風が頬を撫で、薄い布越しに冷たさがしみ込む。それが、ユウの胸に小さな不安をもたらしているようだった。
スカリーはじっとユウを見つめる。その視線はあまりに真っ直ぐで、ユウは一瞬目を逸らしたくなった。けれども彼の眼差しには、奇妙な引力があり、視線を外すことができない。
「ユウさん。」
スカリーが静かに一歩近づく。その動作は自然でありながら、逃げ場のない圧迫感を伴っていた。月光に照らされた白い髪がそよぎ、彼の存在が一層際立つ。
「我輩には、どうしても貴方にお伝えしなければならないことがございます。」
その声は優しさと緊張に包まれながらも、奥底には揺るぎない信念が潜んでいた。彼の言葉は、一つ一つが慎重で、まるで特別な儀式のように丁寧だった。
「我輩は……本来いるべき場所へ、帰る方法が見つかりました。」
その言葉に、ユウの表情がわずかに変わる。驚きと混乱、そして彼の意図を測りかねる戸惑いが瞳に宿る。
「帰る……?」
ユウが静かに問い返す。声には不安が滲み、心の奥で揺れる感情が透けて見えた。
スカリーは頷き、一瞬目を伏せる。しかしすぐに瞳をユウに向け直し、決然と続けた。「そうです。しかし……一つだけどうしても手放せないものがあります。」
ユウはその言葉に胸が高鳴るのを感じた。夜風が頬を撫でるたびに、スカリーの声が心に鋭く響いてくる。
「それは……貴方です。」
スカリーはゆっくりとユウの手を取り、手袋越しでも冷たいその指先に力を込めて包み込む。その冷たさとは対照的に、握る手の動きには迷いのない決意と切実な想いが込められていた。
「貴方と共に過ごした時間は、我輩にとって何にも代えがたいものです。そして、我輩には揺るぎない想いがございます。」
彼の瞳はさらに強い輝きを増し、言葉が静かに続く。
「貴方もまた、我輩を必要としているはずです。」
ユウの心の臓が大きく揺れる。スカリーの言葉はあまりにも直球で、心の奥に潜む感情を引きずり出すようだった。彼への想いを認めざるを得ない気持ちと、その申し出に対する戸惑いが胸の中でせめぎ合い、息苦しさを覚えた。
「我輩がいれば、貴方はどんな世界でも幸せになれる。」
スカリーの声はさらに低く、囁くように響く。その瞳には優しさと執着が交錯し、ユウの逃げ場を奪う圧倒的な力を宿していた。
「ユウさん、どうか我輩と共に行きましょう。貴方がいれば、どんな困難も乗り越えられる。我輩が、必ず貴方を幸せにします。」
その言葉の裏には「選択肢は他にない」という暗黙の力が込められていた。スカリーの微笑みは穏やかでありながら切迫感を漂わせ、甘美でありつつも抗い難い力を帯びていた。
[chapter4:困惑ストーム!]
スカリーの言葉はユウの胸に深く刻み込まれた。彼の瞳は燃え盛る焚き火のような熱を宿し、言葉にできないほどの真剣さを放っている。それはユウを逃がすつもりのない、強い意志を物語っていた。
ユウはスカリーの言葉に心を揺さぶられる自分を抑えられなかった。凍てついた冬の空気を宿すような手袋越しの感触は、焦燥感とともに逃れられない重さを背負わせるようでもあった。
「スカリーくん……私は……」
ユウの声はかすかに震え、その瞳はスカリーの視線に捉えられたまま逸らせない。
「どうしたのです?愛しい貴方。」
スカリーは優しく首を傾げた。その動きは丁寧で純粋さを感じさせたが、同時に圧倒的な存在感を放っていた。
ユウは目を閉じ、大きく息を吸った。冷たい空気が肺に満ちるたび、胸の中の混乱がさらに広がる。「スカリーくんと一緒にいたい……その気持ちは本当だよ。」
ユウは静かに言葉を選びながら答えた。
スカリーの顔に浮かぶ微笑みは喜びに満ちていたが、どこか見えない圧力を伴っていた。その笑みは、ユウの心に影を落とす。
「私の家族や友だち……グリムはどうなるんだろう。」
その声には涙の気配が漂い、言葉はかすかに震えていた。
スカリーの瞳がわずかに細められる。ユウの揺れる気持ちを理解しながらも、それを完全に受け入れる気はない。彼の表情は一瞬だけ柔らかさを失い、再び穏やかな微笑みを浮かべた。「ご家族のこと……ご友人方のこと、大切なのはわかります。しかし、ユウさん、我輩が傍にいる限り、貴方は何も失わない。」
その言葉は優しさを装いながらも、容赦のない力強さを秘めていた。まるで結論がすでに決まっているかのような響きを伴っていた。
ユウの困惑は深まるばかりだった。スカリーの言葉にはどこか正しさを感じさせる部分がある一方で、その熱量に押される自分に気づき、胸が締めつけられるようだった。拒絶も同意もできない自分がもどかしかった。
「でも……二度と家に帰れなくなるかもしれない。」
ユウは絞り出すように言葉を続けた。その一言が、夜風をさらに冷たく感じさせた。
スカリーはその言葉を静かに受け止めながら、肩に手を置いた。その指先は寄り添うように優しかったが、決して譲るつもりのない意志が込められていた。
「愛しい貴方。」
低く、力強い声でスカリーが語り始める。その言葉には甘美な響きがありながら、危うさを含んでいる。
「故郷を思う気持ちは尊いものです。しかし、今の貴方の隣にいるのは誰?」
スカリーの瞳がユウの瞳を捕らえ、まるで逃げ場を与えないかのようだった。その声は穏やかな説得に見せかけて、微かな圧迫感を滲ませている。
ユウが答えられずにいると、スカリーは微笑んだ。その笑みには優しさが宿るようでいて、冷たく不気味なものを感じさせた。
「なぜ故郷に帰る必要があるのでしょう?」
スカリーは軽く首を傾げながら言った。その言葉はあまりに軽やかで、ユウの迷いを否定するかのように響いた。
「貴方の幸せを守りたいと願う者がここにいる。我輩がいれば、貴方はどんな困難も乗り越えられる。そして……貴方の笑顔を永遠に守ることを誓います。」
スカリーの言葉は深い愛情と執着が絡み合い、ユウの心を強く揺さぶる。その手から伝わる冷気は肩から胸へと染み込み、胸の奥底に静かに波紋を広げるような心許なさと抑えきれない息苦しさを同時に与えた。
ユウは口を開こうとしたが、何も言葉にできなかった。スカリーの視線に縛られたまま、彼の言葉の重みに押され、ただ立ち尽くすばかりだった。
[chapter5:狂恋パラドックス!]
スカリーは、ユウが言葉に詰まり、何も答えられずにいるのを見て、そっとユウの肩から手を離した。彼の視線は静寂の中で異様なほど鋭く燃え上がり、底知れぬ情念が滲み出ていた。その圧力に、ユウは逃げ場を失ったかのような感覚に囚われた。
「ユウさん。」
スカリーは低く穏やかな声で語りかける。その響きは甘美で耳に心地よかったが、言葉が秘める重みがユウの胸を締めつける。
「素敵な貴方にお尋ねしてもよろしいでしょうか……貴方が一番大切にしているものは、何でございますか?」
その問いかけは柔らかで礼儀正しく、それでいてどこか逃げ場を封じるような圧力を秘めていた。
ユウは息を呑み、視線を逸らした。心の中に浮かぶのは、自分の世界の家族や友人、そしてここで共に過ごした人々との記憶だった。しかし同時に、目の前にいるスカリーがいなくなったら、どれほど自分が孤独になるかを痛感していた。
「スカリーくん……」
ユウが彼の名前を呼ぶ声はかすれていて、その迷いが言葉の端々に滲んでいた。
スカリーは薄く微笑むと、一歩近づいた。その動きは自然でありながら、ユウに退路を与えないものだった。夜風に揺れる白い髪が、冷たい空気の中で一層際立って見えた。
「この世界に何か未練がおありなら、どうか教えていただけませんか?我輩がすべてを整え、解決してみせますから。」
スカリーの声は優雅で穏やかだったが、その言葉はユウの迷いや不安を取り除く約束であると同時に、脅迫めいた圧力となって迫っていた。
「……でも、どうして……」
ユウは言葉を詰まらせながらもスカリーを見つめた。その視線には、信じたいという切実な思いと、消えない疑念が交錯していた。
「どうして、そんなにまで……」
スカリーの唇がわずかに動き、その表情にかすかな影が差す。まるで全てを見透かしているようなその顔には、得体の知れない執念が滲み出ていた。
「どうして、ですか?」
静かに響くその声は、穏やかさを装いながらも底冷えするような威圧感を宿していた。
彼は手袋を外し始めた。その動作は無駄がなく、あまりにも静かで、異様なまでの緊張感を生み出していた。露わになった手がそっとユウの頬に触れると、その冷たさは肌を通り越し、心の奥底まで浸透するようだった。その触れ方には確固たる意志があり、それは言葉よりも雄弁に彼の心の深淵を物語っていた。
「それは、我輩が貴方を愛してやまないからに他なりません。貴方がここで独り、幸せを見つけるなどということ、我輩の目の届かぬ場所で叶えるなどということ――そんなものを我輩が許せるはずがないでしょう?」
スカリーの声には激情と執念が入り混じり、言葉の端々からそれが溢れ出していた。
ユウは息を呑みながら、スカリーの手の感触を受け止めた。それが自分を守るものなのか、それとも追い詰めるものなのか判断がつかない。ただ確かなのは、スカリーの存在が自分にとってあまりにも大きな意味を持っているということだった。
「貴方が我輩を選んでくださらないなど、あり得ない。」
スカリーは静かに囁いた。その言葉には疑いの余地がなく、微笑みの奥に非現実的な狂気が揺れていた。
ユウはその微笑みに全身に鳥肌が立つのを感じた。その感覚は、陶酔と恐れが入り混じり、彼の言葉に抗えない自分を認めざるを得ない困惑を伴っていた。
スカリーはユウの沈黙を受け止め、満足げに微笑むと、そっと耳元で囁いた。「さあ、貴方が我輩だけを選ぶと告げるその答えを……今この場で聞かせていただけますね?」
[chapter6:震心フラッター!]
スカリーの甘い囁きが耳元に届く。それは絡みつく鎖のように心を捕らえ、ユウを絡め取っていた。
「ねえ、もし。」
彼の低く響く声は、まるで遠くの鐘の音が何重にも反響するようだった。その奥に隠れた支配の影が、ユウを静かに追い詰めていく。
ユウの心は混乱していた。スカリーの真剣な瞳に惹かれ、彼の想いに胸が震える一方で、彼の執着じみた態度に得体の知れない恐怖を覚える。愛情と不安の狭間で、どちらが本物なのかユウ自身もわからなかった。
「スカリーくん……怖いよ……。」
ユウは絞り出すように呟いた。その声には、彼への愛情ゆえに感じる戸惑いと、スカリーの執念に圧倒される動揺が交じっていた。
スカリーはその言葉に、待ち望んでいたかのように微笑みを深める。その笑みには奇妙なまでの喜びが滲み、深い琥珀色の瞳がユウを鋭く捕らえ、まるで暗闇に引きずり込むような圧力で見つめてくる。
「我輩が恐ろしい?」
スカリーのもう一方の手が、一切の急ぎも迷いも見せず、獲物に絡みつくようにゆっくりと伸びる。その指先がユウの反対の頬に触れると、冷たさだけでなく、肌の奥深くにまで何か鋭いものが入り込むような感覚がした。
スカリーは両手でユウの顔を完全に包み込む。彼がわずかに前かがみになると、その存在感が視界いっぱいに広がり、ユウの心臓が激しく脈打つ音が、自分でも聞こえるような気がした。
「それは……我輩にとって最上の誉め言葉でございます。」
彼の瞳の中に奇妙な光がちらつく。それは喜びとも執着とも狂気ともとれる不気味な輝きだった。
ユウは胸の鼓動が速まるのを感じた。スカリーの言葉に恐れを覚えながらも、その冷たい手に不思議な安心を感じてしまう。矛盾する感覚が心を縛り、ユウに逃げ場を与えなかった。
スカリーは瞳を細め、ユウを見つめ続けた。「恐ろしいと感じるのならば、それだけ我輩の想いが深いという証拠です。貴方は……それを本当は喜んでいるのではありませんか?」
ユウは言葉を失った。喜びと恐怖が入り混じり、心が締めつけられる。答えを出す余裕などなく、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
「ユウさん?」
低い声が静寂を裂いた。
「我輩は……貴方を心から愛している。」
言葉は鋭く突き刺さる。
「貴方が我輩と共に来ることを、疑ったことはありません。」
視線が逃げ場を塞ぐ。
「一緒に来てくださいませ。」
彼の手が、ユウの頬を撫でる。
「この手で、必ず貴方を幸せにします。」
声に込められた熱が伝わる。
「愛しい貴方。」
間を与えず囁く。
「……逃げるつもりはございませんよね?」
[chapter7:忘却デスティニー!]
スカリーとユウの間には、張り詰めた空気が漂っていた。二人の会話は止まり、静寂の中で夜の音だけが耳をかすめていた。
「……答えを、少し待って欲しい。」
ユウが静かに呟くと、スカリーの微笑みが一瞬にして消えた。瞳に宿る橙色の輝きが揺らぎ、その深奥に、不意を突かれたような驚きが広がった。スカリーは、ユウが即座に自分と共に行くと告げることを信じて疑わなかったのだ。
「……そんな……。」
スカリーの声はかすれ、低く震えた。彼の両手はゆっくりとユウの頬から離れ、宙をさまようように漂う。指先が風を切るたび、まるでその空気に触れるたびに冷たさが深く突き刺さるような痛みを伴っていた。
「それでは困ってしまいます……ユウさん。」
瞳の奥で橙色の渦が不規則に震え、抑えきれない感情が滲み出ている。いつもは静かな佇まいを保つ彼の肩がわずかに上下し、胸の内に渦巻く焦燥を如実に物語っていた。
彼は一歩、後ろへと下がった。その一歩は、心が揺さぶられるままに後ずさる動作だった。月光が彼の白い髪に淡く光を落とし、その一筋一筋が風に揺れて夜の闇に溶け込みそうだった。
「……我輩は……即座に答えを頂けるものとばかり……信じておりました……。」
ユウは目を伏せた。スカリーの動揺が痛いほど伝わり、自分の言葉がどれほど彼を傷つけたのかを悟りながらも、答える術を見つけられずにいた。
スカリーは沈黙に耐えきれなくなったようにユウへと詰め寄る。その冷えた指先が無意識に拳を作り、声には取り繕う余裕がなかった。
「では、どうしてですか?」
低くかすれた声が夜の静けさを切り裂いた。その視線は鋭く、ユウを射抜くようだった。「どうして、ハロウィン・タウンから去るあの瞬間、我輩の手を取ったのですか?」
ユウは息を呑み、スカリーを見つめた。驚きと戸惑いが入り混じり、言葉が出ない。
「なぜ、我輩の手を離さなかったのですか?」
スカリーの声は次第に熱を帯び、その瞳には涙が滲んでいた。
「貴方が、我輩を選んだんじゃないか!」
その叫びと共に、涙が溢れた。スカリーは顔を伏せ、全身が震えていた。紳士的な仮面は完全に剥がれ、彼の感情が生々しく露わになっていた。
ユウはその言葉を受け止められず、口を開くも何も言えない。ただスカリーの激しい感情に圧倒されていた。
「……覚えていない!?そんなの……ずるい!ずるすぎる!」
スカリーは声を荒げ、拳を震わせる。瞳からは次々と涙が零れ落ちた。
「我輩だけが、こんなにも覚えているなんて……!あの日、あの夜……すべてが……!」
その声は震え、抑えきれない感情が次々と溢れた。
「貴方は、我輩の手を取ったんだ!その温もりも、その言葉も……我輩は忘れたことなど一度もないのに!」
彼は両手で顔を覆い、嗚咽が夜の静寂を切り裂いた。夜風が彼の髪を揺らし、涙を月明かりが煌めかせていた。
「もし貴方が我輩の手を取らなければ……二人の運命は、きっとあの場所で終わっていたはずなのに!」
掠れた声は止まらず、それでも言わずにはいられない苦しみが滲んでいた。「どうして……どうして、我輩だけがこんなにも……!」
ユウはその姿に心を締め付けられるような痛みを覚えた。スカリーの涙、その震える声、存在そのものが胸の奥深くを揺さぶり、沈んでいた何かが水面に浮かび上がるような感覚を覚える。
「……どうして、私は……?」
ユウの唇から漏れた小さな声。その瞬間、頭の奥に微かな音が響き始めた。それは遠くから流れ込んでくるような声で、静けさに包まれながらも、記憶の扉を叩くように囁きかけていた。
「闇の力を恐れるな。さあ──力を示すがよい。私に 彼らに 君に。残された時間は少ない。決してその手を離さぬよう────」
[chapter8:激情フィナーレ!]
ユウの瞳が見開かれ、心臓が激しく跳ねた。胸が締め付けられるように高鳴り、息が詰まる中、涙が溢れ視界を歪ませた。スカリーの姿は揺れるようにぼやけ、その涙に濡れた顔が月明かりに浮かび上がる。その頬を伝う涙が星明かりを受けて煌めき、あまりにも痛切で美しい光景だった。
「……スカリーくん!」
ユウは名前を叫ぶと同時に、抑えきれない衝動で彼に飛び込んだ。その勢いにスカリーは驚いたように身を強張らせたが、ユウの小さな体が胸に触れた瞬間、全ての抵抗が崩れ去った。夜の冷たい空気の中でも、スカリーの胸元は驚くほど温かく、かすかな石鹸の香りが涙に混じり心を揺さぶった。
涙は止まらない。頬を伝う雫がスカリーの胸元に吸い込まれるように消えていく。その背中に回されたユウの手は微かに震えていたが、その震えがユウの激しい感情を物語っていた。
「ごめんね……ごめんね……泣かないで。」
ユウの声は震えていたが、その奥には揺るぎない意志が込められていた。「一緒に行くよ……一緒にいるから……だから……泣かないで……。君はひとりぼっちじゃない。」
スカリーは驚きに目を見開いたまま、一瞬動きを止めた。その腕は宙に浮いたまま、夜風が二人の間を抜けていく。しかし、ユウの言葉が耳に届いた途端、全ての抑えが効かなくなったようにユウを抱きしめ返した。冷えた指先が震えながらユウの背中に触れ、その手の感触には必死さと覚悟が滲んでいた。
スカリーは肩を震わせ、声を上げて泣いた。その嗚咽は夜空に吸い込まれるようでありながら、二人だけの世界に閉じ込められた響きでもあった。涙がスカリーの頬を濡らし、ユウの肩へと静かに落ちていく。
「……愛しいユウさん……」
スカリーの声は震え、崩れそうだった。「……我輩にこのような幸せを許してくださるのですか……!」
「我輩は……貴方のために何だってする……!」
その言葉は誓いであり、祈りでもあり、必死にすがりつく響きを帯びていた。ユウの体温が伝わるたび、スカリーの胸には言葉にならない喜びと恐れが交錯していった。
「この手を……離さない……!」
スカリーは絞り出すように言い、その手にはユウを放すまいとする力が込められていた。二人を繋ぐ抱擁は、彼の決意と愛、そして全てを懸けた想いをそのまま映し出していた。
星空の下、二人は互いの存在を確かめるように抱き合っていた。冷たい風が吹きつける中、ユウはスカリーの胸に顔を埋め、スカリーはユウの温もりに全てを委ねていた。その抱擁には不安や迷い、そしてそれらを超えた深い愛が込められていた。
涙とともに流れた感情は、夜空を漂い、星々にまで届くような透明感を帯びていた。こうして、ユウは自らの捻じ曲げられた運命を受け入れ、スカリーと共に新たな旅路へと踏み出す決意を固めたのだった。
[chapter9:時空クロニクル!]
現代でナイトレイブンカレッジを卒業し、スカリーの時代に戻った二人。数百年前、賢者の島の小さな港町へ足を踏み入れると、時空を超える独特な感覚が二人を包んだ。空気の密度や温度、潮の香りすらも違い、まるで別の世界が広がっているようだった。それでも、ユウの心は不思議なほど穏やかだった。隣にスカリーがいる。それだけで十分だった。
スカリーは立ち止まり、懐かしむようにあたりを見渡した。潮の香りが漂い、遠くから船の綱が揺れる音が微かに耳に届く。彼の瞳には、この地で過ごした記憶を辿るような感慨深さと、未来への期待が宿っていた。
「……ここが、我輩がかつて通っていた学びの地です。良い思い出はありませんが……今は違います。我輩がハロウィンを広める第一歩を踏み出す場所となるのですから。」
その声は静かでありながら、確かな決意が込められていた。
「この地からハロウィンを広め、素敵な皆様方のもとまで伝える。それが我輩に与えられた使命であり、今の生きる理由でございます。」
スカリーの声は使命感に満ち、彼の瞳には確かな熱が宿っていた。「そして、その旅路に貴方が共にいる。それこそが、我輩にとって何よりも力強いことです。」
その言葉に、ユウはふと視線を上げた。使命感を燃やすように語るスカリーの横顔に、ユウはそっと微笑みを浮かべる。彼の熱意と真摯さが、寒さを忘れさせるように胸の中に静かに広がった。
「……この時代に戻ってきたということは、我輩たちは、16歳の頃の時間軸にいるのですね。」
ぽつりとスカリーが呟く。「つまり、我輩はかつての同級生たちよりも、随分と……年を重ねてしまいました。」
その言葉には微かな自嘲が混じり、少しだけ肩をすくめてみせた。
ユウはくすっと笑い声を漏らしながら、「本当だね!昔の友達がスカリーを見たら、きっとびっくりするだろうな。でもさ、スカリーも、また学校を卒業しなきゃいけないんだよね?」と軽くからかうように言った。
そして続ける。「私が卒業するまで……待っててくれてありがとう。本当に色々あったけど……スカリーがいてくれたから、最後まで頑張れたんだよ。」
ユウの声には感謝と安堵が混じり、その瞳には穏やかな光が灯っていた。
スカリーは目を少し見開いたが、すぐに柔らかな表情を浮かべた。その瞳には、ユウへの深い愛情と確かな信頼が映し出されていた。
「貴方が我輩を受け入れてくださったのですから、幾年月待つことなどなんの苦でもございません。」
その言葉は、昼間の港町の喧騒に静かに溶け込みながらも、ユウの胸に深く響いた。
ユウは冗談めかして言葉を続けた。「でも、一緒に行く場所が、まさか過去の世界だなんて……夢にも思わなかったよ!」
その言葉にスカリーは目を伏せ、少し肩をすくめて小さく笑った。
「……ああ、これでまた、共に時を歩めるのですね……愛しい貴方。我輩は、こんなにも誰かに救われる日が来るとは思いませんでした。」
彼の声は穏やかで柔らかかったが、その奥には深い感謝と喜びがしっかりと込められていた。「……これからも、どうか我輩の隣にいてください。」
ユウは静かに頷きながら答えた。「うん。私も、この町でスカリーが卒業するまで一緒に頑張るよ。お金を貯めたりしながらね。」
ユウのその言葉に、スカリーの瞳が少し揺れる。しかし次の瞬間には優しい光が宿り、感謝の色を浮かべた。
「……こんなにも我輩を信じてくださるとは……。貴方のその尊い心に、我輩はただひれ伏すばかりです。」
そして、スカリーはそっとユウの手を取り、その手の甲に静かに唇を寄せた。「さすがは、我輩の愛しい恋人。」
その声には抑えきれないほどの深い愛が込められていた。
ユウは柔らかい笑顔を浮かべ、スカリーの手を握り直した。「ありがとう、スカリー。」
その言葉は軽やかでありながらも、二人の間に流れる信頼の深さを如実に物語っていた。
二人が歩き出すと、空には柔らかな夕陽が落ち、彼らの足元に長い影を映し出していた。過去と未来が交差するその瞬間、二人の心には新たな物語の幕開けを予感させる温かさが確かに宿っていた。
[chapter10:霧中トゥルーラブ!]
谷底に広がる小さな村は、霧のヴェールに包まれていた。淡い光が石造りの建物をぼんやりと浮かび上がらせ、霧が柔らかな輪郭を描く。湿った空気が肌を撫で、遠くの小川のせせらぎが静寂を一層際立たせている。
スカリーとユウは、村の中心へ続く石畳の道を歩いていた。霧に濡れた黒いジャケットを肩に羽織ったスカリーの白い髪が、かすかな光を反射してきらめく。その姿にユウは小さく微笑んだ。
「ここがスカリーの故郷……霧に包まれてて、なんだか幻想的だね。」
ユウは辺りを見回しながら感嘆の声を漏らす。
「ええ、この霧は村を守る壁のようなものです。外からは村の姿が見えず、内側にいると外の騒音も届きません。」
スカリーの声は穏やかで、どこか懐かしげだった。
「スカリーみたいだね。静かで落ち着いてて、ちょっと隠れた魅力がある感じ。」
ユウがいたずらっぽく笑いながら言うと、スカリーは視線を少し逸らし、控えめに微笑んだ。
「……愛しい貴方は、我輩を褒めるのがお上手だ。」
彼の言葉には照れ隠しが滲んでいた。
村の広場に続く道の途中、二人は小さな休憩所に腰を下ろした。スカリーは霧越しに見える遠い山々を眺め、ユウは手荷物を傍らに置いて座り込んだ。そのとき、小さな封筒の端が手荷物からはみ出しているのに気づいたスカリーの目が細まった。
「どこでそれを?!」彼の声には驚きが混じっていた。
ユウは封筒を手に取り、軽く振りながら言った。「これのこと?」
それは、数年前にスカリーが書いた手紙――別れと愛の告白を綴ったものだった。
「なぜ、貴方がそれを持ち歩いているのですか……?」
彼の瞳が封筒に釘付けになり、耳元が赤く染まり始めているのをユウは見逃さなかった。
「失くしたと思っていたのに……。」
スカリーは戸惑ったように呟き、手袋越しに口元を押さえた。
ユウはいたずらっぽく微笑みながら、封筒を手の中で軽く持ち直した。「スカリーの部屋で見つけたの。机の上にあったよ。封筒の宛名が私だったから、いつも一緒にいるのに手紙?って、つい気になって。」
ユウは彼の反応を楽しむように封筒を軽く振りながら続けた。「それだけじゃないよ、この封筒ね、開いてたの。」
スカリーの動揺がさらに増した。「……まさか……!」
「だから、ごめん、悪いと思ったけど中身を読んじゃった。」
ユウは封筒を掲げて微笑んだ。その笑顔には優しさと少しの遊び心が混じっている。
「読んだ……。」
スカリーの瞳が驚きに見開かれ、耳元が赤く染まっていくのを、ユウはしっかりと捉えていた。
「うん。まさか最初は私を置いていこうと思ってたなんてね!」
ユウは冗談めかして言いながら封筒を揺らした。その言葉に責める意図はなく、むしろスカリーを少し困らせたいという柔らかな響きがあった。
スカリーはユウの笑顔に一瞬息を飲んだが、次第にその真意を理解したのか、肩の力が抜けたように小さくため息をついた。そして、視線を伏せると、彼の肩がわずかに落ちる。
「……あの時の我輩は……」
スカリーの声は微かに震えていた。「それが最善だと思っていたのです。」
「でも、結局置いていけなかったんだよね。」
ユウは穏やかな微笑みを浮かべ、そっとスカリーの肩に手を置いた。その温もりがスカリーの心に静かに染み込み、ユウの言葉が彼の奥深くまで届いていく。
「そうしてくれて、本当に良かった。」
ユウの声は優しく、力強い温かさが込められていた。「私を諦めないでくれて、本当にありがとう。」
スカリーはその言葉に驚いたように顔を上げた。瞳に映るユウの微笑みが、彼の胸にかすかな安堵と喜びをもたらす。しかし、その次の瞬間には表情が曇り、ためらうような声で口を開いた。
「ですが……その手紙は……捨ててくださいませ。」
スカリーの声は低く、僅かな罪悪感を滲ませていた。「それは、我輩が貴方に背を向けようとした記録です。そんなものを持ち続ける必要はございません。」
ユウは少し驚いたようにスカリーを見つめた。そして、しっかりと封筒を握り直し、柔らかな笑みを浮かべながら真剣な眼差しを向けた。
「捨てるなんてこと、できるわけない。」
その言葉には断固とした決意が込められていた。スカリーは予想外の反応に一瞬目を瞬かせる。
「だって、こんなに素敵な手紙なんだよ。」
ユウは封筒をそっと撫でた。その指先が滑らかな紙の感触を確かめるように動く。「これにはスカリーの本当の気持ちが詰まってる。迷いも、愛情も、全部。それが私にはすごく大切なんだ。」
スカリーは言葉を返そうと視線を逸らしたが、ユウが遮るように続ける。
「だから、この手紙を持ち歩いてるの。スカリーがどれだけ大切な人かを、いつでも思い出せるから。」
その声は穏やかで温かく、まるで霧の中に差し込む陽光のようにスカリーの胸を満たしていった。
スカリーは再びユウを見つめた。その瞳には、ユウの言葉に動かされた感情の光が宿っていた。胸の奥で揺れるそれは、霧の中に浮かぶかすかな灯火のようだった。
「……貴方の前では、我輩の全てが見透かされてしまうようです。」
スカリーは微笑みを浮かべた。その表情には、心の奥底に染み渡るような平穏が見え隠れしていた。
「そうだよ、私のスカリー。」
ユウは微笑みながら、そっとスカリーの頬に手を添えた。その触れ方は、まるで霧に溶け込む月明かりのように繊細で優しい。
「だから、もう変なこと言わないで。」
スカリーが何かを言いかける前に、ユウはそっと身を寄せ、彼の唇に触れるようなキスを落とした。「”これ” は私の宝物なんだから。」
キスの余韻が残る中、ユウは少し息を整えると、スカリーを真っ直ぐに見つめてはっきりと言葉を紡いだ。
「スカリー、どんな時でもあなたの手を離さない 。ずっと一緒にいるから。」
その声は霧の中を切り裂くように澄み渡り、スカリーの胸に深く刻まれた。時間が止まったかのように周囲の音が消え去り、霧の世界に二人だけが取り残されたようだった。スカリーは息を呑み、瞳の奥で感情が渦を巻き、その答えを告げるようにわずかに震えていた。
スカリーは手を伸ばし、そっとユウの頬に触れた。その指先には、溢れる感情と愛おしさが滲んでいた。そのまま身を寄せるようにして、迷いなくもう一度唇を重ねる。積み重なった愛情がすべて溢れ出すかのようにキスは次第に深みを増し、静けさの中で彼らの心音だけが柔らかく響く。
二人はそっと額を寄せ合い、互いの息遣いを感じ取っていた。
霧の帳が揺れるたび、世界の輪郭が遠ざかり、二人だけがそこに留まる感覚が漂った。時が穏やかに凪ぎ、すべてが薄明に溶け込む中で、真実の愛が確かに息づいていた。
[chapter11:望郷ヴィジョン!]
澄んだ夜空の下、二人は次の村への道を進んでいた。スカリーの白い髪が月明かりに照らされ、夜風がその黒いジャケットの裾をそっと揺らしている。隣を歩くユウは、小さな荷物を軽く抱えながら、彼に足並みを揃えていた。
「次でいくつ目の村?」
ユウが楽しげに問いかけると、スカリーは少し視線を上げて思案するように答えた。
「ふむ……もうすぐ31に達する頃でしょうか。まだ旅は始まったばかりですが、我輩たちのハロウィンは着実に広がっています。」
その声には自信が滲み、彼の瞳には、深い橙色の渦が揺らめく。まるで新たな世界を描き出そうとする炎のような輝きを宿していた。
ユウはふと足を止めた。澄んだ星空を見上げ、その視線がどこまでも広がる夜空に吸い込まれていく。冷たい夜風がユウの髪をそっと揺らし、霧のような白い息が微かに空に溶けた。
「……私、まだ諦めてないよ。」
小さな声で呟いたユウに気づき、スカリーも歩みを止めた。
「故郷への道のことでございますか?」
スカリーの声には、ユウを案じる優しさと、そっと寄り添うような温もりが滲んでいた。彼は静かに手袋越しの手をユウの肩に置く。その手の冷たさが夜の空気と溶け合いながらも、不思議な温かさをユウに伝えた。
ユウは微笑みながら軽く首を振った。「あ、誤解しないでね!一人で帰ろうなんて思ってないよ?いつかスカリーにも私の故郷を見せたいし、家族にも会って欲しいんだ。」
ユウの瞳は、どこか遠い場所を思い描きながらも、今この瞬間を大切にしている輝きを帯びていた。
ユウは視線をスカリーに向け、続けた。「方法を探すのは、世界中にハロウィンを広めてからでも遅くないと思ってる。今はスカリーと一緒に旅をしてる方がずっと大事だから。」
「それに……スカリー、私のためなら何でもするって言ったよね?」
ユウの言葉に、スカリーは静かに微笑んだ。その笑みには自信と誇りが宿り、ユウから寄せられる信頼に応える決意が、瞳に柔らかな光を灯していた。
「……もちろんです。我輩の言葉に偽りはございません、マイ・ディア 。」
スカリーはユウの手をそっと取った。まるで壊れやすい宝物を扱うかのように慎重で、敬意に満ちた仕草だった。そして、そのまま彼はゆっくりと顔を近づけ、うやうやしくその手に唇を触れさせた。
唇を離したスカリーは、静かな笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。「二人で、時間と世界を飛び越える旅も悪くないですね。我輩にとって、貴方が共にいる限り、どの道も価値あるものとなるのですから。それに……貴方の世界のハロウィンにも興味があります。我輩の愛するこの祝祭が、貴方の故郷ではどのような輝きを放つのか、ぜひ見てみたいものです。」
月明かりが冷たい夜の闇を薄く照らし、二人の影を柔らかく繋ぎ止めていた。
[chapter12:祝祭スケアリーナイト!]
スカリーとユウは小さな村の広場に立っていた。冷たい夜風がふたりの間を抜け、スカリーの黒いジャケットをわずかに揺らす。遠くの家々からはかすかな灯りが漏れ、静かな村の夜に柔らかな温もりを添えている。
「さて、愛しい貴方。」
スカリーは軽くジャケットの襟を整えながら、独特の優雅な仕草で村の中心を見渡した。「ここでも、我輩たちの使命を遂行するときです。この村の人々に、真のハロウィンを伝えましょう!」
ユウはその声に微笑みながら頷いた。「スカリーがその気なら、きっとどんな人でもハロウィンの虜になるよ。私のほうも任せて!一緒にこのランタンで、たくさんの人をハロウィンの世界に引き込んでやる~!」
そう言うと、ユウは手に持っていた小さなカボチャ型のランタンを軽く振りながら、両手を顔の横まで上げて「BOO!」と声を張り上げてみせた。その仕草はあまりに可愛らしく、スカリーは胸の奥に湧き上がる愛おしさに、思わず抱きしめそうになる自分を必死で抑えた。
代わりに、スカリーは微笑みを浮かべながら穏やかに口を開いた。「ごほんっ…。素晴らしい気迫でございますね。我輩も、負けてはおれません。」
広場の人だかりを指差す。「では、まずはあの方々に参りましょう。ご覧ください、あの警戒心を持った目つき……絶好のターゲットです。」
スカリーは優雅な足取りで村人たちに近づいた。その姿はまるで舞台に立つ俳優のようで、彼の動きには一切の無駄がなかった。ユウは少し後ろからその様子を見守りながら、「相変わらず堂々としてるなぁ」と心の中で感嘆する。
スカリーは集まっていた数人の村人に向かって、ゆっくりと頭を下げた。そして、柔らかく低い声で挨拶を始める。
「素敵なお方、こんばんは。この良き出会いに、キスを。」
そう言うと、手をそっと村人の一人に差し出し、軽くその手の甲に唇を寄せた。その仕草には古風な礼儀正しさと、どこか神秘的な雰囲気が漂っている。
村人たちは驚きながらも興味を引かれた様子で彼を見つめる。スカリーはその反応を逃さず、さらに声を低く、魅惑的な調子で続けた。
「ときに貴方はハロウィンをご存じですか?」
村人たちは首をかしげたり、おずおずと視線を交わしたりする。スカリーはそれを見て、満足そうに頷いた。
「……知らない? ああ、それはいけないねえ。」
彼の声が少しだけ感嘆混じりに響く。その言葉に村人たちがさらに興味を示す中、スカリーは手を広げて夜空を指し示した。
「ハロウィンとは恐怖。」
彼は低い声で言葉を紡ぎながら、ゆっくりと村人たちの方に一歩近づいた。「ハロウィンとは憧れ。」
さらにもう一歩。その瞳は、まるで目の前の人々を魅了するかのように輝いている。
「ハロウィンとは悪夢。」
彼の声が一瞬低く、そして甘美に響く。村人たちの表情が変わり、何かに引き込まれるような感覚を覚えたのか、そっと息を飲む音が聞こえた。
「この夜を尽くして、我輩が貴方に教えて差し上げましょう……。」
スカリーはその場でゆっくりと広場を一回りし、村人たちの中心に立つと声を張り上げた。
「これぞハロウィン。これこそがハロウィン。そう、これが……ハロウィンだ!」
スカリーの言葉に合わせて、ユウが手に持ったジャックオーランタンを高く掲げると、次の瞬間、ランタンの中に小さな炎が灯り、金、橙、緑、様々な色が織りなす光と影の魔法が広場を包み、空気を満たす。カボチャの影が地面に広がり、生き物のように動き出した。村人たちはその光景に歓声を上げ、拍手を送る。
スカリーとユウは静かに目を合わせた。その短い瞬間の中に、これまで歩んできた道と、これから先の旅への想いが交差していた。
夜が深まるにつれ、広場の灯りは穏やかに揺らめき続けた。その光は風に乗り、彼らの背中を押すように次の旅路へと続く道を照らしているようだった。ハロウィンを運ぶ二人の旅は、これからも終わることなく続いていく。
The End…?
[chapter1:覚悟ディヴァイン!]
学園長室の窓際には、夕焼けの光が差し込み、重厚な机に長い影を落としていた。学園長の声は軽快で、部屋の静寂を柔らかく破った。
「ようやく見つかりましたよ、グレイブスくん。これで、いつでも元の時代に帰れます。」
彼は穏やかに微笑みながらスカリーに告げる。その表情には、朗報を伝える者としての満足感がにじんでいた。
スカリーは瞳を一瞬だけ見開いたが、すぐに平静を装った。黒い手袋をはめた指先がかすかに震えるのを自覚しつつも、静かに頷く。「そうですか……ありがとうございます、学園長。」
その声には穏やかさとともに、抑制された感情が丁寧に隠されていた。
「詳細はこちらです。」
学園長は古びた魔法書を差し出す。スカリーがページをめくるたび、羊皮紙の古い香りが漂い、時代を越える魔法の文字が瞳に映り込む。それは、彼が長らく探し求めていたもの。
この魔法書はロイヤルソードアカデミーの学園長、アンブローズ63世の蔵書から特別に貸し出された貴重な禁書だった。装丁には古代の魔法士たちの紋章が刻まれ、ページをめくるたびに微かな魔力の気配が立ち上る。アンブローズ学園長がスカリーの事情に理解を示し、この一冊を提供してくれたのだ。
「アンブローズ学園長には感謝するんですよ。あと、私にも。」
学園長は冗談めかしながら肩をすくめた。
「準備さえ整えば、すぐにでも発動可能です。いつ出発しますか?」
何気ない問いかけに、スカリーは短く息を飲んだ。
「……少しだけ、お時間をいただけますか。」
スカリーの答えにはわずかな揺らぎがあったが、学園長は特に気にする様子もなく頷いた。「もちろん、必要なときに声をかけてください。」
自室に戻ったスカリーの瞳はどこか虚ろで、目の前に広がる現実――元の時代に帰れるという事実よりも、彼の思考は別の方向へ彷徨っていた。
ふと窓の外に視線を向けると、ユウが他の生徒たちと話しているのが目に入った。夕陽に照らされたユウの笑顔は、光そのもののように輝いていた。風に揺れる髪がその姿をより美しく引き立てている。
スカリーの胸に鋭い痛みが走る。それは、ユウに抱く特別な感情だった。だが今、それはこれまでになく鮮明で重たく彼の心にのしかかってくる。
「……これで、我輩とユウさんは……今生の別れとなる……。」
そう自分に言い聞かせるものの、その言葉はむしろ胸の痛みを一層鋭くするだけだった。ユウの姿が脳裏を離れず、底なしの暗闇が心の中に広がり続ける。
「ユウさんは……我輩がいなくなった後も、笑顔でいられるのだろうか。」
スカリーは深く息をつきながら、窓辺に立ち尽くした。その瞳には、夕闇の中で輝くユウの姿が映り続けていた。
[chapter2:狂気アクセラレーション!]
スカリー・J・グレイブスの自室は、月光の淡い輝きに包まれていた。古びた木製の棚には読みかけの本や資料が無造作に積まれ、まるで彼の心の乱れを映しているかのようだった。蝋燭のほのかな香りが漂う中、窓の隙間から忍び込む冷たい夜風が、彼の白い髪をかすかに揺らしていく。
「我輩が帰るべきだとしても……本当に、ユウさんを置いていく必要があるのか?」
その呟きは、問いであると同時に、彼の胸に芽生えた疑念を確信へと変えつつあった。
スカリーは窓の外を見つめた。その瞳に宿る光は希望ではなく、冷たい夜の闇と同じ色をしていた。肌を刺すような冷気が彼を包む中、胸の奥底で抑えきれない感情がざわめいている。
当初、彼はユウのためを思い、何も告げずこの時代を去るべきだと信じていた。ユウに余計な負担や悲しみを与えたくなかった。それが最善だと何度も自分に言い聞かせてきた。
だが、その選択が正しいと信じながらも、スカリーの胸には違和感が生まれていた。夜の静寂の中でユウの笑顔や仕草が次々と思い出される。その柔らかな微笑み、その声、その瞳――それらは彼の中で鮮やかに蘇り、温かさと同時に痛みを伴う記憶となっていた。
「ユウさん……。」
その名を口にした瞬間、スカリーの胸を満たしたのは、ユウと離れることへの恐怖だった。その恐怖は次第に執着へと変わっていく。「ユウさんを置いていくことは……間違いだ。我輩が帰るのなら、ユウさんも連れて行くべきだ。それがユウさんの幸せだ。」
スカリーは椅子を立ち、静かに部屋を歩いた。冷たい床の感触が足裏に伝わり、妙に現実を強調していた。窓辺に手をかけ、ガラス越しに外を見つめる。遠く、月光に照らされた木々が風に揺れ、微かな音が耳に届いた。
「ユウさんも……我輩を愛しているはずだ。」
その言葉が口をついた瞬間、スカリーの中に確信が広がる。ユウの仕草や表情が語っている――自分への愛情を。ユウもまた自分を理解していると、彼は信じて疑わなかった。
「ユウさんは、ここに残るよりも、元の世界に帰るよりも、我輩と共にいる方が幸せだ。」
彼はそう自分に言い聞かせ、口元に薄く微笑みを浮かべた。その微笑みには優しさとともに、抑えきれない執着の影がかすかに揺らめいていた。
夜風が彼の顔を撫で、蝋燭の香りが少しずつ薄れていく中、彼の考えはさらに固まっていった。「我輩が傍にいれば、ユウさんはどんな世界でも平穏と喜びを得られる。それを理解しているのは、我輩だけだ。他の誰にも分かるはずがない……!」
「ああ、どうして我輩は貴方を置いていこうなどと思ったのか……!また、間違いを犯すところだった。しかし、ようやく気づいたのです……ユリーカ!」
スカリーは足を止めた。その動きは長い逡巡を断ち切るように静かで決然としていた。
彼の瞳には揺るぎない決意が宿っていた。「ユウさんを連れていく。それが、ユウさんにとっても我輩にとっても、唯一の選択だ!!!」
[chapter3:執愛クレイヴ!]
深夜、冷たい空気が辺りを包む中、スカリーはユウを静かな場所へ誘い出した。向かったのは寮の屋上だった。古びた階段を上りきると、夜空には無数の星々が広がり、その輝きが特別な魔法のように場を満たしていた。スカリーはそっとユウを促し、星空の下に立たせる。
「素敵な貴方、この場所が気に入っていただけると嬉しいのですが。」
スカリーの声は静寂を裂かぬよう低く抑えられていた。夕焼けの残光のような瞳が星明かりを反射し、妖しい光を放っている。
ユウは戸惑いながらも柔らかく微笑んで答えた。「星がすごく綺麗に見えるね、スカリーくん。」
その声には驚きと喜びが交じっていたが、どこか落ち着かない気配も漂っていた。夜の風が頬を撫で、薄い布越しに冷たさがしみ込む。それが、ユウの胸に小さな不安をもたらしているようだった。
スカリーはじっとユウを見つめる。その視線はあまりに真っ直ぐで、ユウは一瞬目を逸らしたくなった。けれども彼の眼差しには、奇妙な引力があり、視線を外すことができない。
「ユウさん。」
スカリーが静かに一歩近づく。その動作は自然でありながら、逃げ場のない圧迫感を伴っていた。月光に照らされた白い髪がそよぎ、彼の存在が一層際立つ。
「我輩には、どうしても貴方にお伝えしなければならないことがございます。」
その声は優しさと緊張に包まれながらも、奥底には揺るぎない信念が潜んでいた。彼の言葉は、一つ一つが慎重で、まるで特別な儀式のように丁寧だった。
「我輩は……本来いるべき場所へ、帰る方法が見つかりました。」
その言葉に、ユウの表情がわずかに変わる。驚きと混乱、そして彼の意図を測りかねる戸惑いが瞳に宿る。
「帰る……?」
ユウが静かに問い返す。声には不安が滲み、心の奥で揺れる感情が透けて見えた。
スカリーは頷き、一瞬目を伏せる。しかしすぐに瞳をユウに向け直し、決然と続けた。「そうです。しかし……一つだけどうしても手放せないものがあります。」
ユウはその言葉に胸が高鳴るのを感じた。夜風が頬を撫でるたびに、スカリーの声が心に鋭く響いてくる。
「それは……貴方です。」
スカリーはゆっくりとユウの手を取り、手袋越しでも冷たいその指先に力を込めて包み込む。その冷たさとは対照的に、握る手の動きには迷いのない決意と切実な想いが込められていた。
「貴方と共に過ごした時間は、我輩にとって何にも代えがたいものです。そして、我輩には揺るぎない想いがございます。」
彼の瞳はさらに強い輝きを増し、言葉が静かに続く。
「貴方もまた、我輩を必要としているはずです。」
ユウの心の臓が大きく揺れる。スカリーの言葉はあまりにも直球で、心の奥に潜む感情を引きずり出すようだった。彼への想いを認めざるを得ない気持ちと、その申し出に対する戸惑いが胸の中でせめぎ合い、息苦しさを覚えた。
「我輩がいれば、貴方はどんな世界でも幸せになれる。」
スカリーの声はさらに低く、囁くように響く。その瞳には優しさと執着が交錯し、ユウの逃げ場を奪う圧倒的な力を宿していた。
「ユウさん、どうか我輩と共に行きましょう。貴方がいれば、どんな困難も乗り越えられる。我輩が、必ず貴方を幸せにします。」
その言葉の裏には「選択肢は他にない」という暗黙の力が込められていた。スカリーの微笑みは穏やかでありながら切迫感を漂わせ、甘美でありつつも抗い難い力を帯びていた。
[chapter4:困惑ストーム!]
スカリーの言葉はユウの胸に深く刻み込まれた。彼の瞳は燃え盛る焚き火のような熱を宿し、言葉にできないほどの真剣さを放っている。それはユウを逃がすつもりのない、強い意志を物語っていた。
ユウはスカリーの言葉に心を揺さぶられる自分を抑えられなかった。凍てついた冬の空気を宿すような手袋越しの感触は、焦燥感とともに逃れられない重さを背負わせるようでもあった。
「スカリーくん……私は……」
ユウの声はかすかに震え、その瞳はスカリーの視線に捉えられたまま逸らせない。
「どうしたのです?愛しい貴方。」
スカリーは優しく首を傾げた。その動きは丁寧で純粋さを感じさせたが、同時に圧倒的な存在感を放っていた。
ユウは目を閉じ、大きく息を吸った。冷たい空気が肺に満ちるたび、胸の中の混乱がさらに広がる。「スカリーくんと一緒にいたい……その気持ちは本当だよ。」
ユウは静かに言葉を選びながら答えた。
スカリーの顔に浮かぶ微笑みは喜びに満ちていたが、どこか見えない圧力を伴っていた。その笑みは、ユウの心に影を落とす。
「私の家族や友だち……グリムはどうなるんだろう。」
その声には涙の気配が漂い、言葉はかすかに震えていた。
スカリーの瞳がわずかに細められる。ユウの揺れる気持ちを理解しながらも、それを完全に受け入れる気はない。彼の表情は一瞬だけ柔らかさを失い、再び穏やかな微笑みを浮かべた。「ご家族のこと……ご友人方のこと、大切なのはわかります。しかし、ユウさん、我輩が傍にいる限り、貴方は何も失わない。」
その言葉は優しさを装いながらも、容赦のない力強さを秘めていた。まるで結論がすでに決まっているかのような響きを伴っていた。
ユウの困惑は深まるばかりだった。スカリーの言葉にはどこか正しさを感じさせる部分がある一方で、その熱量に押される自分に気づき、胸が締めつけられるようだった。拒絶も同意もできない自分がもどかしかった。
「でも……二度と家に帰れなくなるかもしれない。」
ユウは絞り出すように言葉を続けた。その一言が、夜風をさらに冷たく感じさせた。
スカリーはその言葉を静かに受け止めながら、肩に手を置いた。その指先は寄り添うように優しかったが、決して譲るつもりのない意志が込められていた。
「愛しい貴方。」
低く、力強い声でスカリーが語り始める。その言葉には甘美な響きがありながら、危うさを含んでいる。
「故郷を思う気持ちは尊いものです。しかし、今の貴方の隣にいるのは誰?」
スカリーの瞳がユウの瞳を捕らえ、まるで逃げ場を与えないかのようだった。その声は穏やかな説得に見せかけて、微かな圧迫感を滲ませている。
ユウが答えられずにいると、スカリーは微笑んだ。その笑みには優しさが宿るようでいて、冷たく不気味なものを感じさせた。
「なぜ故郷に帰る必要があるのでしょう?」
スカリーは軽く首を傾げながら言った。その言葉はあまりに軽やかで、ユウの迷いを否定するかのように響いた。
「貴方の幸せを守りたいと願う者がここにいる。我輩がいれば、貴方はどんな困難も乗り越えられる。そして……貴方の笑顔を永遠に守ることを誓います。」
スカリーの言葉は深い愛情と執着が絡み合い、ユウの心を強く揺さぶる。その手から伝わる冷気は肩から胸へと染み込み、胸の奥底に静かに波紋を広げるような心許なさと抑えきれない息苦しさを同時に与えた。
ユウは口を開こうとしたが、何も言葉にできなかった。スカリーの視線に縛られたまま、彼の言葉の重みに押され、ただ立ち尽くすばかりだった。
[chapter5:狂恋パラドックス!]
スカリーは、ユウが言葉に詰まり、何も答えられずにいるのを見て、そっとユウの肩から手を離した。彼の視線は静寂の中で異様なほど鋭く燃え上がり、底知れぬ情念が滲み出ていた。その圧力に、ユウは逃げ場を失ったかのような感覚に囚われた。
「ユウさん。」
スカリーは低く穏やかな声で語りかける。その響きは甘美で耳に心地よかったが、言葉が秘める重みがユウの胸を締めつける。
「素敵な貴方にお尋ねしてもよろしいでしょうか……貴方が一番大切にしているものは、何でございますか?」
その問いかけは柔らかで礼儀正しく、それでいてどこか逃げ場を封じるような圧力を秘めていた。
ユウは息を呑み、視線を逸らした。心の中に浮かぶのは、自分の世界の家族や友人、そしてここで共に過ごした人々との記憶だった。しかし同時に、目の前にいるスカリーがいなくなったら、どれほど自分が孤独になるかを痛感していた。
「スカリーくん……」
ユウが彼の名前を呼ぶ声はかすれていて、その迷いが言葉の端々に滲んでいた。
スカリーは薄く微笑むと、一歩近づいた。その動きは自然でありながら、ユウに退路を与えないものだった。夜風に揺れる白い髪が、冷たい空気の中で一層際立って見えた。
「この世界に何か未練がおありなら、どうか教えていただけませんか?我輩がすべてを整え、解決してみせますから。」
スカリーの声は優雅で穏やかだったが、その言葉はユウの迷いや不安を取り除く約束であると同時に、脅迫めいた圧力となって迫っていた。
「……でも、どうして……」
ユウは言葉を詰まらせながらもスカリーを見つめた。その視線には、信じたいという切実な思いと、消えない疑念が交錯していた。
「どうして、そんなにまで……」
スカリーの唇がわずかに動き、その表情にかすかな影が差す。まるで全てを見透かしているようなその顔には、得体の知れない執念が滲み出ていた。
「どうして、ですか?」
静かに響くその声は、穏やかさを装いながらも底冷えするような威圧感を宿していた。
彼は手袋を外し始めた。その動作は無駄がなく、あまりにも静かで、異様なまでの緊張感を生み出していた。露わになった手がそっとユウの頬に触れると、その冷たさは肌を通り越し、心の奥底まで浸透するようだった。その触れ方には確固たる意志があり、それは言葉よりも雄弁に彼の心の深淵を物語っていた。
「それは、我輩が貴方を愛してやまないからに他なりません。貴方がここで独り、幸せを見つけるなどということ、我輩の目の届かぬ場所で叶えるなどということ――そんなものを我輩が許せるはずがないでしょう?」
スカリーの声には激情と執念が入り混じり、言葉の端々からそれが溢れ出していた。
ユウは息を呑みながら、スカリーの手の感触を受け止めた。それが自分を守るものなのか、それとも追い詰めるものなのか判断がつかない。ただ確かなのは、スカリーの存在が自分にとってあまりにも大きな意味を持っているということだった。
「貴方が我輩を選んでくださらないなど、あり得ない。」
スカリーは静かに囁いた。その言葉には疑いの余地がなく、微笑みの奥に非現実的な狂気が揺れていた。
ユウはその微笑みに全身に鳥肌が立つのを感じた。その感覚は、陶酔と恐れが入り混じり、彼の言葉に抗えない自分を認めざるを得ない困惑を伴っていた。
スカリーはユウの沈黙を受け止め、満足げに微笑むと、そっと耳元で囁いた。「さあ、貴方が我輩だけを選ぶと告げるその答えを……今この場で聞かせていただけますね?」
[chapter6:震心フラッター!]
スカリーの甘い囁きが耳元に届く。それは絡みつく鎖のように心を捕らえ、ユウを絡め取っていた。
「ねえ、もし。」
彼の低く響く声は、まるで遠くの鐘の音が何重にも反響するようだった。その奥に隠れた支配の影が、ユウを静かに追い詰めていく。
ユウの心は混乱していた。スカリーの真剣な瞳に惹かれ、彼の想いに胸が震える一方で、彼の執着じみた態度に得体の知れない恐怖を覚える。愛情と不安の狭間で、どちらが本物なのかユウ自身もわからなかった。
「スカリーくん……怖いよ……。」
ユウは絞り出すように呟いた。その声には、彼への愛情ゆえに感じる戸惑いと、スカリーの執念に圧倒される動揺が交じっていた。
スカリーはその言葉に、待ち望んでいたかのように微笑みを深める。その笑みには奇妙なまでの喜びが滲み、深い琥珀色の瞳がユウを鋭く捕らえ、まるで暗闇に引きずり込むような圧力で見つめてくる。
「我輩が恐ろしい?」
スカリーのもう一方の手が、一切の急ぎも迷いも見せず、獲物に絡みつくようにゆっくりと伸びる。その指先がユウの反対の頬に触れると、冷たさだけでなく、肌の奥深くにまで何か鋭いものが入り込むような感覚がした。
スカリーは両手でユウの顔を完全に包み込む。彼がわずかに前かがみになると、その存在感が視界いっぱいに広がり、ユウの心臓が激しく脈打つ音が、自分でも聞こえるような気がした。
「それは……我輩にとって最上の誉め言葉でございます。」
彼の瞳の中に奇妙な光がちらつく。それは喜びとも執着とも狂気ともとれる不気味な輝きだった。
ユウは胸の鼓動が速まるのを感じた。スカリーの言葉に恐れを覚えながらも、その冷たい手に不思議な安心を感じてしまう。矛盾する感覚が心を縛り、ユウに逃げ場を与えなかった。
スカリーは瞳を細め、ユウを見つめ続けた。「恐ろしいと感じるのならば、それだけ我輩の想いが深いという証拠です。貴方は……それを本当は喜んでいるのではありませんか?」
ユウは言葉を失った。喜びと恐怖が入り混じり、心が締めつけられる。答えを出す余裕などなく、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
「ユウさん?」
低い声が静寂を裂いた。
「我輩は……貴方を心から愛している。」
言葉は鋭く突き刺さる。
「貴方が我輩と共に来ることを、疑ったことはありません。」
視線が逃げ場を塞ぐ。
「一緒に来てくださいませ。」
彼の手が、ユウの頬を撫でる。
「この手で、必ず貴方を幸せにします。」
声に込められた熱が伝わる。
「愛しい貴方。」
間を与えず囁く。
「……逃げるつもりはございませんよね?」
[chapter7:忘却デスティニー!]
スカリーとユウの間には、張り詰めた空気が漂っていた。二人の会話は止まり、静寂の中で夜の音だけが耳をかすめていた。
「……答えを、少し待って欲しい。」
ユウが静かに呟くと、スカリーの微笑みが一瞬にして消えた。瞳に宿る橙色の輝きが揺らぎ、その深奥に、不意を突かれたような驚きが広がった。スカリーは、ユウが即座に自分と共に行くと告げることを信じて疑わなかったのだ。
「……そんな……。」
スカリーの声はかすれ、低く震えた。彼の両手はゆっくりとユウの頬から離れ、宙をさまようように漂う。指先が風を切るたび、まるでその空気に触れるたびに冷たさが深く突き刺さるような痛みを伴っていた。
「それでは困ってしまいます……ユウさん。」
瞳の奥で橙色の渦が不規則に震え、抑えきれない感情が滲み出ている。いつもは静かな佇まいを保つ彼の肩がわずかに上下し、胸の内に渦巻く焦燥を如実に物語っていた。
彼は一歩、後ろへと下がった。その一歩は、心が揺さぶられるままに後ずさる動作だった。月光が彼の白い髪に淡く光を落とし、その一筋一筋が風に揺れて夜の闇に溶け込みそうだった。
「……我輩は……即座に答えを頂けるものとばかり……信じておりました……。」
ユウは目を伏せた。スカリーの動揺が痛いほど伝わり、自分の言葉がどれほど彼を傷つけたのかを悟りながらも、答える術を見つけられずにいた。
スカリーは沈黙に耐えきれなくなったようにユウへと詰め寄る。その冷えた指先が無意識に拳を作り、声には取り繕う余裕がなかった。
「では、どうしてですか?」
低くかすれた声が夜の静けさを切り裂いた。その視線は鋭く、ユウを射抜くようだった。「どうして、ハロウィン・タウンから去るあの瞬間、我輩の手を取ったのですか?」
ユウは息を呑み、スカリーを見つめた。驚きと戸惑いが入り混じり、言葉が出ない。
「なぜ、我輩の手を離さなかったのですか?」
スカリーの声は次第に熱を帯び、その瞳には涙が滲んでいた。
「貴方が、我輩を選んだんじゃないか!」
その叫びと共に、涙が溢れた。スカリーは顔を伏せ、全身が震えていた。紳士的な仮面は完全に剥がれ、彼の感情が生々しく露わになっていた。
ユウはその言葉を受け止められず、口を開くも何も言えない。ただスカリーの激しい感情に圧倒されていた。
「……覚えていない!?そんなの……ずるい!ずるすぎる!」
スカリーは声を荒げ、拳を震わせる。瞳からは次々と涙が零れ落ちた。
「我輩だけが、こんなにも覚えているなんて……!あの日、あの夜……すべてが……!」
その声は震え、抑えきれない感情が次々と溢れた。
「貴方は、我輩の手を取ったんだ!その温もりも、その言葉も……我輩は忘れたことなど一度もないのに!」
彼は両手で顔を覆い、嗚咽が夜の静寂を切り裂いた。夜風が彼の髪を揺らし、涙を月明かりが煌めかせていた。
「もし貴方が我輩の手を取らなければ……二人の運命は、きっとあの場所で終わっていたはずなのに!」
掠れた声は止まらず、それでも言わずにはいられない苦しみが滲んでいた。「どうして……どうして、我輩だけがこんなにも……!」
ユウはその姿に心を締め付けられるような痛みを覚えた。スカリーの涙、その震える声、存在そのものが胸の奥深くを揺さぶり、沈んでいた何かが水面に浮かび上がるような感覚を覚える。
「……どうして、私は……?」
ユウの唇から漏れた小さな声。その瞬間、頭の奥に微かな音が響き始めた。それは遠くから流れ込んでくるような声で、静けさに包まれながらも、記憶の扉を叩くように囁きかけていた。
「闇の力を恐れるな。さあ──力を示すがよい。私に 彼らに 君に。残された時間は少ない。決してその手を離さぬよう────」
[chapter8:激情フィナーレ!]
ユウの瞳が見開かれ、心臓が激しく跳ねた。胸が締め付けられるように高鳴り、息が詰まる中、涙が溢れ視界を歪ませた。スカリーの姿は揺れるようにぼやけ、その涙に濡れた顔が月明かりに浮かび上がる。その頬を伝う涙が星明かりを受けて煌めき、あまりにも痛切で美しい光景だった。
「……スカリーくん!」
ユウは名前を叫ぶと同時に、抑えきれない衝動で彼に飛び込んだ。その勢いにスカリーは驚いたように身を強張らせたが、ユウの小さな体が胸に触れた瞬間、全ての抵抗が崩れ去った。夜の冷たい空気の中でも、スカリーの胸元は驚くほど温かく、かすかな石鹸の香りが涙に混じり心を揺さぶった。
涙は止まらない。頬を伝う雫がスカリーの胸元に吸い込まれるように消えていく。その背中に回されたユウの手は微かに震えていたが、その震えがユウの激しい感情を物語っていた。
「ごめんね……ごめんね……泣かないで。」
ユウの声は震えていたが、その奥には揺るぎない意志が込められていた。「一緒に行くよ……一緒にいるから……だから……泣かないで……。君はひとりぼっちじゃない。」
スカリーは驚きに目を見開いたまま、一瞬動きを止めた。その腕は宙に浮いたまま、夜風が二人の間を抜けていく。しかし、ユウの言葉が耳に届いた途端、全ての抑えが効かなくなったようにユウを抱きしめ返した。冷えた指先が震えながらユウの背中に触れ、その手の感触には必死さと覚悟が滲んでいた。
スカリーは肩を震わせ、声を上げて泣いた。その嗚咽は夜空に吸い込まれるようでありながら、二人だけの世界に閉じ込められた響きでもあった。涙がスカリーの頬を濡らし、ユウの肩へと静かに落ちていく。
「……愛しいユウさん……」
スカリーの声は震え、崩れそうだった。「……我輩にこのような幸せを許してくださるのですか……!」
「我輩は……貴方のために何だってする……!」
その言葉は誓いであり、祈りでもあり、必死にすがりつく響きを帯びていた。ユウの体温が伝わるたび、スカリーの胸には言葉にならない喜びと恐れが交錯していった。
「この手を……離さない……!」
スカリーは絞り出すように言い、その手にはユウを放すまいとする力が込められていた。二人を繋ぐ抱擁は、彼の決意と愛、そして全てを懸けた想いをそのまま映し出していた。
星空の下、二人は互いの存在を確かめるように抱き合っていた。冷たい風が吹きつける中、ユウはスカリーの胸に顔を埋め、スカリーはユウの温もりに全てを委ねていた。その抱擁には不安や迷い、そしてそれらを超えた深い愛が込められていた。
涙とともに流れた感情は、夜空を漂い、星々にまで届くような透明感を帯びていた。こうして、ユウは自らの捻じ曲げられた運命を受け入れ、スカリーと共に新たな旅路へと踏み出す決意を固めたのだった。
[chapter9:時空クロニクル!]
現代でナイトレイブンカレッジを卒業し、スカリーの時代に戻った二人。数百年前、賢者の島の小さな港町へ足を踏み入れると、時空を超える独特な感覚が二人を包んだ。空気の密度や温度、潮の香りすらも違い、まるで別の世界が広がっているようだった。それでも、ユウの心は不思議なほど穏やかだった。隣にスカリーがいる。それだけで十分だった。
スカリーは立ち止まり、懐かしむようにあたりを見渡した。潮の香りが漂い、遠くから船の綱が揺れる音が微かに耳に届く。彼の瞳には、この地で過ごした記憶を辿るような感慨深さと、未来への期待が宿っていた。
「……ここが、我輩がかつて通っていた学びの地です。良い思い出はありませんが……今は違います。我輩がハロウィンを広める第一歩を踏み出す場所となるのですから。」
その声は静かでありながら、確かな決意が込められていた。
「この地からハロウィンを広め、素敵な皆様方のもとまで伝える。それが我輩に与えられた使命であり、今の生きる理由でございます。」
スカリーの声は使命感に満ち、彼の瞳には確かな熱が宿っていた。「そして、その旅路に貴方が共にいる。それこそが、我輩にとって何よりも力強いことです。」
その言葉に、ユウはふと視線を上げた。使命感を燃やすように語るスカリーの横顔に、ユウはそっと微笑みを浮かべる。彼の熱意と真摯さが、寒さを忘れさせるように胸の中に静かに広がった。
「……この時代に戻ってきたということは、我輩たちは、16歳の頃の時間軸にいるのですね。」
ぽつりとスカリーが呟く。「つまり、我輩はかつての同級生たちよりも、随分と……年を重ねてしまいました。」
その言葉には微かな自嘲が混じり、少しだけ肩をすくめてみせた。
ユウはくすっと笑い声を漏らしながら、「本当だね!昔の友達がスカリーを見たら、きっとびっくりするだろうな。でもさ、スカリーも、また学校を卒業しなきゃいけないんだよね?」と軽くからかうように言った。
そして続ける。「私が卒業するまで……待っててくれてありがとう。本当に色々あったけど……スカリーがいてくれたから、最後まで頑張れたんだよ。」
ユウの声には感謝と安堵が混じり、その瞳には穏やかな光が灯っていた。
スカリーは目を少し見開いたが、すぐに柔らかな表情を浮かべた。その瞳には、ユウへの深い愛情と確かな信頼が映し出されていた。
「貴方が我輩を受け入れてくださったのですから、幾年月待つことなどなんの苦でもございません。」
その言葉は、昼間の港町の喧騒に静かに溶け込みながらも、ユウの胸に深く響いた。
ユウは冗談めかして言葉を続けた。「でも、一緒に行く場所が、まさか過去の世界だなんて……夢にも思わなかったよ!」
その言葉にスカリーは目を伏せ、少し肩をすくめて小さく笑った。
「……ああ、これでまた、共に時を歩めるのですね……愛しい貴方。我輩は、こんなにも誰かに救われる日が来るとは思いませんでした。」
彼の声は穏やかで柔らかかったが、その奥には深い感謝と喜びがしっかりと込められていた。「……これからも、どうか我輩の隣にいてください。」
ユウは静かに頷きながら答えた。「うん。私も、この町でスカリーが卒業するまで一緒に頑張るよ。お金を貯めたりしながらね。」
ユウのその言葉に、スカリーの瞳が少し揺れる。しかし次の瞬間には優しい光が宿り、感謝の色を浮かべた。
「……こんなにも我輩を信じてくださるとは……。貴方のその尊い心に、我輩はただひれ伏すばかりです。」
そして、スカリーはそっとユウの手を取り、その手の甲に静かに唇を寄せた。「さすがは、我輩の愛しい恋人。」
その声には抑えきれないほどの深い愛が込められていた。
ユウは柔らかい笑顔を浮かべ、スカリーの手を握り直した。「ありがとう、スカリー。」
その言葉は軽やかでありながらも、二人の間に流れる信頼の深さを如実に物語っていた。
二人が歩き出すと、空には柔らかな夕陽が落ち、彼らの足元に長い影を映し出していた。過去と未来が交差するその瞬間、二人の心には新たな物語の幕開けを予感させる温かさが確かに宿っていた。
[chapter10:霧中トゥルーラブ!]
谷底に広がる小さな村は、霧のヴェールに包まれていた。淡い光が石造りの建物をぼんやりと浮かび上がらせ、霧が柔らかな輪郭を描く。湿った空気が肌を撫で、遠くの小川のせせらぎが静寂を一層際立たせている。
スカリーとユウは、村の中心へ続く石畳の道を歩いていた。霧に濡れた黒いジャケットを肩に羽織ったスカリーの白い髪が、かすかな光を反射してきらめく。その姿にユウは小さく微笑んだ。
「ここがスカリーの故郷……霧に包まれてて、なんだか幻想的だね。」
ユウは辺りを見回しながら感嘆の声を漏らす。
「ええ、この霧は村を守る壁のようなものです。外からは村の姿が見えず、内側にいると外の騒音も届きません。」
スカリーの声は穏やかで、どこか懐かしげだった。
「スカリーみたいだね。静かで落ち着いてて、ちょっと隠れた魅力がある感じ。」
ユウがいたずらっぽく笑いながら言うと、スカリーは視線を少し逸らし、控えめに微笑んだ。
「……愛しい貴方は、我輩を褒めるのがお上手だ。」
彼の言葉には照れ隠しが滲んでいた。
村の広場に続く道の途中、二人は小さな休憩所に腰を下ろした。スカリーは霧越しに見える遠い山々を眺め、ユウは手荷物を傍らに置いて座り込んだ。そのとき、小さな封筒の端が手荷物からはみ出しているのに気づいたスカリーの目が細まった。
「どこでそれを?!」彼の声には驚きが混じっていた。
ユウは封筒を手に取り、軽く振りながら言った。「これのこと?」
それは、数年前にスカリーが書いた手紙――別れと愛の告白を綴ったものだった。
「なぜ、貴方がそれを持ち歩いているのですか……?」
彼の瞳が封筒に釘付けになり、耳元が赤く染まり始めているのをユウは見逃さなかった。
「失くしたと思っていたのに……。」
スカリーは戸惑ったように呟き、手袋越しに口元を押さえた。
ユウはいたずらっぽく微笑みながら、封筒を手の中で軽く持ち直した。「スカリーの部屋で見つけたの。机の上にあったよ。封筒の宛名が私だったから、いつも一緒にいるのに手紙?って、つい気になって。」
ユウは彼の反応を楽しむように封筒を軽く振りながら続けた。「それだけじゃないよ、この封筒ね、開いてたの。」
スカリーの動揺がさらに増した。「……まさか……!」
「だから、ごめん、悪いと思ったけど中身を読んじゃった。」
ユウは封筒を掲げて微笑んだ。その笑顔には優しさと少しの遊び心が混じっている。
「読んだ……。」
スカリーの瞳が驚きに見開かれ、耳元が赤く染まっていくのを、ユウはしっかりと捉えていた。
「うん。まさか最初は私を置いていこうと思ってたなんてね!」
ユウは冗談めかして言いながら封筒を揺らした。その言葉に責める意図はなく、むしろスカリーを少し困らせたいという柔らかな響きがあった。
スカリーはユウの笑顔に一瞬息を飲んだが、次第にその真意を理解したのか、肩の力が抜けたように小さくため息をついた。そして、視線を伏せると、彼の肩がわずかに落ちる。
「……あの時の我輩は……」
スカリーの声は微かに震えていた。「それが最善だと思っていたのです。」
「でも、結局置いていけなかったんだよね。」
ユウは穏やかな微笑みを浮かべ、そっとスカリーの肩に手を置いた。その温もりがスカリーの心に静かに染み込み、ユウの言葉が彼の奥深くまで届いていく。
「そうしてくれて、本当に良かった。」
ユウの声は優しく、力強い温かさが込められていた。「私を諦めないでくれて、本当にありがとう。」
スカリーはその言葉に驚いたように顔を上げた。瞳に映るユウの微笑みが、彼の胸にかすかな安堵と喜びをもたらす。しかし、その次の瞬間には表情が曇り、ためらうような声で口を開いた。
「ですが……その手紙は……捨ててくださいませ。」
スカリーの声は低く、僅かな罪悪感を滲ませていた。「それは、我輩が貴方に背を向けようとした記録です。そんなものを持ち続ける必要はございません。」
ユウは少し驚いたようにスカリーを見つめた。そして、しっかりと封筒を握り直し、柔らかな笑みを浮かべながら真剣な眼差しを向けた。
「捨てるなんてこと、できるわけない。」
その言葉には断固とした決意が込められていた。スカリーは予想外の反応に一瞬目を瞬かせる。
「だって、こんなに素敵な手紙なんだよ。」
ユウは封筒をそっと撫でた。その指先が滑らかな紙の感触を確かめるように動く。「これにはスカリーの本当の気持ちが詰まってる。迷いも、愛情も、全部。それが私にはすごく大切なんだ。」
スカリーは言葉を返そうと視線を逸らしたが、ユウが遮るように続ける。
「だから、この手紙を持ち歩いてるの。スカリーがどれだけ大切な人かを、いつでも思い出せるから。」
その声は穏やかで温かく、まるで霧の中に差し込む陽光のようにスカリーの胸を満たしていった。
スカリーは再びユウを見つめた。その瞳には、ユウの言葉に動かされた感情の光が宿っていた。胸の奥で揺れるそれは、霧の中に浮かぶかすかな灯火のようだった。
「……貴方の前では、我輩の全てが見透かされてしまうようです。」
スカリーは微笑みを浮かべた。その表情には、心の奥底に染み渡るような平穏が見え隠れしていた。
「そうだよ、私のスカリー。」
ユウは微笑みながら、そっとスカリーの頬に手を添えた。その触れ方は、まるで霧に溶け込む月明かりのように繊細で優しい。
「だから、もう変なこと言わないで。」
スカリーが何かを言いかける前に、ユウはそっと身を寄せ、彼の唇に触れるようなキスを落とした。「
キスの余韻が残る中、ユウは少し息を整えると、スカリーを真っ直ぐに見つめてはっきりと言葉を紡いだ。
「スカリー、どんな時でも
その声は霧の中を切り裂くように澄み渡り、スカリーの胸に深く刻まれた。時間が止まったかのように周囲の音が消え去り、霧の世界に二人だけが取り残されたようだった。スカリーは息を呑み、瞳の奥で感情が渦を巻き、その答えを告げるようにわずかに震えていた。
スカリーは手を伸ばし、そっとユウの頬に触れた。その指先には、溢れる感情と愛おしさが滲んでいた。そのまま身を寄せるようにして、迷いなくもう一度唇を重ねる。積み重なった愛情がすべて溢れ出すかのようにキスは次第に深みを増し、静けさの中で彼らの心音だけが柔らかく響く。
二人はそっと額を寄せ合い、互いの息遣いを感じ取っていた。
霧の帳が揺れるたび、世界の輪郭が遠ざかり、二人だけがそこに留まる感覚が漂った。時が穏やかに凪ぎ、すべてが薄明に溶け込む中で、真実の愛が確かに息づいていた。
[chapter11:望郷ヴィジョン!]
澄んだ夜空の下、二人は次の村への道を進んでいた。スカリーの白い髪が月明かりに照らされ、夜風がその黒いジャケットの裾をそっと揺らしている。隣を歩くユウは、小さな荷物を軽く抱えながら、彼に足並みを揃えていた。
「次でいくつ目の村?」
ユウが楽しげに問いかけると、スカリーは少し視線を上げて思案するように答えた。
「ふむ……もうすぐ31に達する頃でしょうか。まだ旅は始まったばかりですが、我輩たちのハロウィンは着実に広がっています。」
その声には自信が滲み、彼の瞳には、深い橙色の渦が揺らめく。まるで新たな世界を描き出そうとする炎のような輝きを宿していた。
ユウはふと足を止めた。澄んだ星空を見上げ、その視線がどこまでも広がる夜空に吸い込まれていく。冷たい夜風がユウの髪をそっと揺らし、霧のような白い息が微かに空に溶けた。
「……私、まだ諦めてないよ。」
小さな声で呟いたユウに気づき、スカリーも歩みを止めた。
「故郷への道のことでございますか?」
スカリーの声には、ユウを案じる優しさと、そっと寄り添うような温もりが滲んでいた。彼は静かに手袋越しの手をユウの肩に置く。その手の冷たさが夜の空気と溶け合いながらも、不思議な温かさをユウに伝えた。
ユウは微笑みながら軽く首を振った。「あ、誤解しないでね!一人で帰ろうなんて思ってないよ?いつかスカリーにも私の故郷を見せたいし、家族にも会って欲しいんだ。」
ユウの瞳は、どこか遠い場所を思い描きながらも、今この瞬間を大切にしている輝きを帯びていた。
ユウは視線をスカリーに向け、続けた。「方法を探すのは、世界中にハロウィンを広めてからでも遅くないと思ってる。今はスカリーと一緒に旅をしてる方がずっと大事だから。」
「それに……スカリー、私のためなら何でもするって言ったよね?」
ユウの言葉に、スカリーは静かに微笑んだ。その笑みには自信と誇りが宿り、ユウから寄せられる信頼に応える決意が、瞳に柔らかな光を灯していた。
「……もちろんです。我輩の言葉に偽りはございません、
スカリーはユウの手をそっと取った。まるで壊れやすい宝物を扱うかのように慎重で、敬意に満ちた仕草だった。そして、そのまま彼はゆっくりと顔を近づけ、うやうやしくその手に唇を触れさせた。
唇を離したスカリーは、静かな笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。「二人で、時間と世界を飛び越える旅も悪くないですね。我輩にとって、貴方が共にいる限り、どの道も価値あるものとなるのですから。それに……貴方の世界のハロウィンにも興味があります。我輩の愛するこの祝祭が、貴方の故郷ではどのような輝きを放つのか、ぜひ見てみたいものです。」
月明かりが冷たい夜の闇を薄く照らし、二人の影を柔らかく繋ぎ止めていた。
[chapter12:祝祭スケアリーナイト!]
スカリーとユウは小さな村の広場に立っていた。冷たい夜風がふたりの間を抜け、スカリーの黒いジャケットをわずかに揺らす。遠くの家々からはかすかな灯りが漏れ、静かな村の夜に柔らかな温もりを添えている。
「さて、愛しい貴方。」
スカリーは軽くジャケットの襟を整えながら、独特の優雅な仕草で村の中心を見渡した。「ここでも、我輩たちの使命を遂行するときです。この村の人々に、真のハロウィンを伝えましょう!」
ユウはその声に微笑みながら頷いた。「スカリーがその気なら、きっとどんな人でもハロウィンの虜になるよ。私のほうも任せて!一緒にこのランタンで、たくさんの人をハロウィンの世界に引き込んでやる~!」
そう言うと、ユウは手に持っていた小さなカボチャ型のランタンを軽く振りながら、両手を顔の横まで上げて「BOO!」と声を張り上げてみせた。その仕草はあまりに可愛らしく、スカリーは胸の奥に湧き上がる愛おしさに、思わず抱きしめそうになる自分を必死で抑えた。
代わりに、スカリーは微笑みを浮かべながら穏やかに口を開いた。「ごほんっ…。素晴らしい気迫でございますね。我輩も、負けてはおれません。」
広場の人だかりを指差す。「では、まずはあの方々に参りましょう。ご覧ください、あの警戒心を持った目つき……絶好のターゲットです。」
スカリーは優雅な足取りで村人たちに近づいた。その姿はまるで舞台に立つ俳優のようで、彼の動きには一切の無駄がなかった。ユウは少し後ろからその様子を見守りながら、「相変わらず堂々としてるなぁ」と心の中で感嘆する。
スカリーは集まっていた数人の村人に向かって、ゆっくりと頭を下げた。そして、柔らかく低い声で挨拶を始める。
「素敵なお方、こんばんは。この良き出会いに、キスを。」
そう言うと、手をそっと村人の一人に差し出し、軽くその手の甲に唇を寄せた。その仕草には古風な礼儀正しさと、どこか神秘的な雰囲気が漂っている。
村人たちは驚きながらも興味を引かれた様子で彼を見つめる。スカリーはその反応を逃さず、さらに声を低く、魅惑的な調子で続けた。
「ときに貴方はハロウィンをご存じですか?」
村人たちは首をかしげたり、おずおずと視線を交わしたりする。スカリーはそれを見て、満足そうに頷いた。
「……知らない? ああ、それはいけないねえ。」
彼の声が少しだけ感嘆混じりに響く。その言葉に村人たちがさらに興味を示す中、スカリーは手を広げて夜空を指し示した。
「ハロウィンとは恐怖。」
彼は低い声で言葉を紡ぎながら、ゆっくりと村人たちの方に一歩近づいた。「ハロウィンとは憧れ。」
さらにもう一歩。その瞳は、まるで目の前の人々を魅了するかのように輝いている。
「ハロウィンとは悪夢。」
彼の声が一瞬低く、そして甘美に響く。村人たちの表情が変わり、何かに引き込まれるような感覚を覚えたのか、そっと息を飲む音が聞こえた。
「この夜を尽くして、我輩が貴方に教えて差し上げましょう……。」
スカリーはその場でゆっくりと広場を一回りし、村人たちの中心に立つと声を張り上げた。
「これぞハロウィン。これこそがハロウィン。そう、これが……ハロウィンだ!」
スカリーの言葉に合わせて、ユウが手に持ったジャックオーランタンを高く掲げると、次の瞬間、ランタンの中に小さな炎が灯り、金、橙、緑、様々な色が織りなす光と影の魔法が広場を包み、空気を満たす。カボチャの影が地面に広がり、生き物のように動き出した。村人たちはその光景に歓声を上げ、拍手を送る。
スカリーとユウは静かに目を合わせた。その短い瞬間の中に、これまで歩んできた道と、これから先の旅への想いが交差していた。
夜が深まるにつれ、広場の灯りは穏やかに揺らめき続けた。その光は風に乗り、彼らの背中を押すように次の旅路へと続く道を照らしているようだった。ハロウィンを運ぶ二人の旅は、これからも終わることなく続いていく。
The End…?
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