スカリーくんと監督生のなんでもない一日【完結】
監督生さん、素敵な貴方のお名前は?
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【スカリーくんと監督生がヤドリギの下にいるだけ】
オンボロ寮の中は、ウィンターホリデーの準備で賑やかだった。ツリーに絡められたライトが柔らかな光を放ち、窓には雪の結晶を模した飾りが揺れる。スカリーは器用な手つきで高い位置にオーナメントを吊るし、グリムはツリーの下で飾りの箱を漁っていた。ユウはその様子を眺めながら、テーブルに並べる装飾を整えている。
「そこ!もう少し左なんだゾ!」
グリムが得意げに指示を飛ばす。その声に、スカリーは微かに微笑みながら、手を動かして指示通りに飾りを調整した。
「これでどうでしょう、素敵な貴方。」
スカリーの穏やかな声がユウに向けられる。その表情にはどこか柔らかな余裕が漂っていた。ユウは一度頷き、飾り付けの全体を見回しながらも、少しだけ首を傾げた。
「うん、いい感じ。ありがとう、スカリーくん。でも、なんでそんなにグリムの指示を素直に聞いてるの?」
不思議そうなユウの問いかけに、スカリーは一瞬考える素振りを見せ、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「それは、彼が実に情熱をもって指揮を執ってくださるからでございますよ。熱心さには、敬意を払うべきだと思いまして。」
スカリーの答えに、ユウは吹き出しそうになりながらも、グリムをちらりと見た。その視線の先で、グリムは得意げに胸を張っている。
「ふなっ!オレ様のセンス、やっぱり一流だろ?」
自慢げなグリムの言葉に、ユウとスカリーは思わず目を見合わせ、小さく笑みをこぼした。部屋には穏やかな笑い声が響き、冬の飾り付けに温かな空気が加わっていった。
夜が訪れ、2人と1匹は賑やかなテーブルを囲んでいた。焼き立てのチキン、色鮮やかなサラダ、そして雪のように白いホイップが乗ったケーキが並んでいる。温かな香りが部屋いっぱいに広がり、冷えた外気を忘れさせる。
「今日は私の世界では、特別な日を迎える前の大切な夜なんだよ。」
ユウが微笑みながらそう言うと、スカリーが少し興味深そうに顔を上げた。
「特別な日を迎える前夜……非常に興味深いですね。それは、どのような意図を持つ日なのでしょうか?」
スカリーの問いに、ユウは考え込むようにナイフを動かしながら答えた。
「うーん……その日は、誰か大切な人と一緒に過ごしたり、家族や友達が集まって心を通わせる時間が多いかな。それに、贈り物を交換することもあるんだよね。あとは、おいしいごちそうを食べたり、次の日の準備をしたりして、楽しい雰囲気に包まれる感じかな。」
ユウの説明にスカリーは静かに頷き、目を細めてその光景を思い浮かべているようだった。
「なるほど。大切な方々と共に喜びを分かち合い、新しい日を迎える準備をする……素晴らしい文化ですね。それに、心が温まりそうな光景です。」
スカリーがそう語る横で、グリムはテーブルのケーキのホイップをこっそり指先でつつき、口元に運んでいた。
「グリム!」
ユウが軽くたしなめると、グリムは舌を出して笑いながら答えた。「ふなぁ~、オレ様が味見してやっただけだ!」
テーブルには笑いが広がり、温かな灯りに包まれたオンボロ寮の一夜は、さらに華やいだものとなった。
[newpage]
「ダイニングは手狭だし、談話室でちょっと休憩しようか。」
ユウが立ち上がり、談話室へと移動する。ソファの上には、ユウが飾り付けた緑の枝飾りが揺れていた。
暖かな明かりが壁を照らし、外からは微かな風の音が聞こえてくる。その中で、スカリーの表情にはどこか困惑した様子が浮かんでいた。
「……ユウさん。」
スカリーは一瞬ためらい、目を伏せたが、再び視線を上げてユウを見つめた。その瞳の奥には、真剣さと少しの戸惑いが混じっている。
「どうしたの?」
ユウはスカリーの様子に何かただならぬものを感じ取っていた。
「……これはヤドリギです。」
スカリーの声はいつもより低く、慎重だった。「貴方が飾られたのですね?」
ユウは首を傾げながら小さく頷いた。「うん、お店で買った飾り付けセットの中に入ってて……普通の飾りだと思ってたけど……何か変なの?」
スカリーは静かに息を吐き、少し赤くなった顔を隠すように視線を逸らした。「……ヤドリギには、特別な言い伝えがあります。男女がこの下に立つと……キスを交わさねばならないというものです。」
その言葉を聞いた瞬間、ユウの顔が一気に赤く染まった。「えっ!?そ、そんなの知らなかった!本当だよ!」
ユウの声は一瞬上擦り、慌てた様子が手に取るように分かった。
スカリーは小さく苦笑しながら、ヤドリギを指さした。「それも、ただの迷信なら良いのですが……魔力が込められているヤドリギの場合、伝承が現実になることがあるのです。」
その時、ヤドリギから静かな光が漏れ、部屋全体に淡い緑の輝きが広がった。光は穏やかでありながらも、どこか不穏な空気を感じさせるものだった。
ユウはヤドリギを見上げて目を瞬かせる。「……これ、ただの飾りじゃないの?」
「どうやら、そうではないようですね。」
スカリーは深く息を吸い込み、静かにユウを見つめた。その姿には、ユウを守ろうとする決意がはっきりと宿っていた。
「……避けては通れないようです。しかし、どうかご安心を。」
その言葉はスカリーらしい冷静さを保っていたが、その瞳の中には、内心の葛藤が覗いていた。
ユウは不安げに唇を噛み、視線を落としながら小さな声で言った。「スカリーくん、ごめんなさい……私が勉強不足で……。」
その声はかすれ、後悔の色が滲んでいた。
スカリーはユウを見つめ、そっと手を伸ばしユウの肩に触れた。その手はひんやりとしていたが、不思議と安心感を与えるもので、彼の低く穏やかな声が静かに響いた。
「ユウさん、どうかご自分を責めないでくださいませ。この状況は、決して貴方の落ち度ではありません。」
スカリーは軽く息を吸い込み、真剣な瞳でユウを見つめた。
「この枝飾り、通称“ヤドリギ”には古い伝承がございます。ヤドリギの下に立つ男女はキスを交わさなければならない。さもなければ不幸が訪れると言われているのです。」
ユウは目を見開き、驚きのあまり息を飲んだ。「不幸って……そんなの、ただの迷信だよね?」
スカリーは一瞬視線を外し、再びユウを見つめる。その瞳には迷いと覚悟が入り混じっていた。
「確かに、それはただの言い伝えとして楽しむもので、本来は恋人や家族同士が微笑ましい悪戯として行う程度のものです。しかし、このヤドリギには、どうやら魔力が宿っているようです。」
ユウは言葉を失い、恐る恐るスカリーの顔を覗き込んだ。「じゃあ、不幸って……どんなことが起きるの?」
スカリーは静かに首を横に振った。「それは我輩にも分かりかねます。ですが、魔力が関わる以上、その影響がどのようなものか予測がつきません。そして、そんな不確かな危険を、ユウさんに背負わせるわけにはいきません。」
彼の声には、はっきりとした決意が込められていた。その真剣な眼差しに、ユウの胸が少しだけ熱くなる。
「……だから、どうか安心してください。我輩が責任を持って、この状況を解決いたします。」
スカリーの低く力強い言葉に、ユウはかすかに頷きながらも、赤く染まる頬を隠すように視線をそらした。部屋の中は、再び静寂に包まれたが、その空気はただの緊張感ではなく、どこか二人の間に漂う微かな絆を感じさせるものだった。
スカリーは迷いを振り払うようにユウの額に唇を寄せた。その動きは慎重でありながらも優雅で、彼の真摯な思いが込められているのが伝わった。
「これで、まじないは収まるはずです。」
スカリーがそう囁くと、ユウは安堵の息をつきながら頬を赤らめた。「ありがとう、スカリーくん。」
しかし、部屋の空気は依然として不思議な違和感に包まれていた。ヤドリギはさらに妖しく輝きを放ち、二人はその光に包まれたまま、次に何が起こるのかを予感しながら息を飲んだ。
[newpage]
ユウとスカリー、グリムが閉じ込められた部屋の中、重々しい静寂が漂う中で、ヤドリギから放たれる微かな光が幻想的な雰囲気を作り出していた。
グリムは腕を組みながら部屋を歩き回り、ドアを何度も押したり引いたりしていたが、結果は変わらず、ドアはびくともしない。
「ふなぁ!なんなんだゾ、この部屋!オレ様を閉じ込めるとはいい度胸だな!」
グリムが声を荒げるも、その小さな爪がドアを叩く音は虚しく響くだけだった。
一方、スカリーは冷静な表情を保ちながら、ヤドリギの下に立って考え込んでいた。彼の瞳には深い思索の色が宿り、ユウが不安げに彼を見つめる様子が描き出されていた。
「スカリーくん、何か分かった?」
ユウの声には、ほんの少しの期待と不安が混じっている。
スカリーは小さく頷き、指を顎に当てながら答えた。
「どうやら、この仕掛けはただの言い伝えを基にしているわけではないようです。魔力の特性上、ヤドリギの下で交わされる“特定のキス”がなければ、この部屋から出ることはできない仕掛けが施されているようですね。」
「特定のキス……?」
ユウは思わず眉をひそめる。その曖昧な表現が、ユウの不安をさらに煽った。
スカリーは目を閉じ、ややためらうように続けた。
「……伝承によると、“真実の愛”や“深い感情”を象徴するキス……つまり、唇でのキスが必要なようです。」
その言葉が部屋に響くと、ユウの顔が一瞬で赤く染まった。ユウは目を見開き、スカリーを見つめた。
「え!?そ、そんなの……!」
一方、グリムはその発言に目を丸くし、「口にちゅー!?オレ様絶対に嫌なんだゾー!?!?!?」
スカリーは静かにグリムを制するように手を上げた。「グリムさん、申し訳ないですが、この魔力はユウさんと我輩にのみ反応しているようです。」
「だからオレ様はやらねー!!!ってさっきから言ってるんだゾ!」ふなふなと青い炎を吹き出して威嚇している。
グリムはすぐにスカリーを指さして叫ぶ。「オメーら、さっさとやれ!オレ様はもうこの部屋の空気に飽き飽きだ!」
その声にユウはますます顔を赤らめ、両手を顔に当てて小さく震えた。「グリム、そんなこと簡単に言わないでよ!」
スカリーは深い息をつき、真剣な表情でユウを見つめた。
「ユウさん、どうかご安心を。我輩にとって、貴方を危険にさらすことなどあってはなりません。ただ、これは避けて通れない状況のようです。」
その声は静かで誠実だったが、微かに緊張が滲んでいた。どことなく口調もまくし立てるように早かった。ユウはその言葉に小さく頷いたが、顔を上げられず、俯いたままぽつりと言った。
「……ごめんね、スカリーくん。全部私がこんな飾りを選んだから……。」
「いえ、貴方にそのように感じてほしくはありません。これもまた、一つの運命かもしれません。」
スカリーはそう言うと、ゆっくりとユウに歩み寄り、ヤドリギの下で立ち止まった。
部屋の中には再び静寂が訪れた。微かな魔力の光が二人の間を照らし、その緊張感は、ただの迷信以上の何かを感じさせた。
「……では、ユウさん。準備はよ、よろしい、でしょうか……?その……。」
彼の低い声が静かに響く。だがその言葉は続かず、スカリーは一瞬だけ視線を逸らした。その瞳の中には決意と戸惑いが交錯しているように見えた。
ユウもまた、その場に立ち尽くしたまま何も言えずにいた。指先をぎゅっと握りしめ、唇を噛んでいるユウの顔は赤く染まっている。
「スカリーくん……私……」
ようやく声を出したユウだが、その声は震えていた。
その言葉に、スカリーは優しくユウを見つめる。「どうか、謝らないでください。これは貴方のせいではありません。そして――」
彼の声は少しだけ低く、深みを増した。「無礼をお許しください。我輩にとっては、貴方を守ることが何よりの優先事項なのです。」
ユウが何かを言い返す前に、スカリーはそっと手を差し出した。その動きはゆっくりで、ユウが逃げ出さないようにするかのようだった。
「どうか、信じてください。我輩は決して貴方を傷つけたりはしません。」
ユウはその言葉に息を飲み、少し躊躇いながらもスカリーの手に触れた。彼の手は冷たく、けれどもどこか安心感を与える感触だった。
スカリーは小さく息をつき、再び目を合わせると決然とした声で言った。
「ユウさん、これから何があっても、貴方を不幸になどさせません。病める時も、健やかなるときも。」
その言葉に、ユウはぎこちなく笑みを浮かべ、頷いた。そして、小さな声で言った。「……?……わ、わかりました。お願いします。」
部屋の静寂が深まり、ヤドリギの光が二人を包み込むように輝きを増した。その光の中で、スカリーはそっとユウに顔を近づけ――。
[newpage]
――と、その時、ユウの緊張がピークに達し、勢いよく口を開いた。
「ああ!スカリーくん、じっとしてて! やっぱり、わ、わ、私、から、するから!」
ユウの顔は真っ赤で、声は上ずりながらも妙に必死だった。突然のその言葉に、スカリーは驚いたように目を見開いた。
「……はい?」
声は低く抑えられていたが、その一言には明らかな混乱が含まれていた。
「目、目閉じて!」
ユウの声は震え、顔の赤みはさらに濃くなる。ユウは手をギュッと握りしめて立ち尽くしていた。
その言葉を聞いたスカリーは、瞬きを忘れたようにユウを見つめた。困惑が彼の顔に刻まれ、深い橙色の瞳が揺れる。
「……しかし、それは……貴方のほうからして頂けるなんて!?いえ、そんな大胆な――!?いけません!」
スカリーは言葉を詰まらせ、動揺したように息を吐いた。その態度には、彼なりの誠実さと、目の前の状況に対するどうしようもない戸惑いがにじんでいた。
「だってこれ、私が飾り付けたせいなんだから!」
ユウは真っ直ぐにスカリーを見つめ、強い決意を込めた声で言い切った。
「責任取るのは私でしょ! スカリーくんに変なことさせるわけにはいかないもん!」
スカリーは静かに息を吸い、視線をそっと落とした。(変なこと……。)
内心では動揺が渦巻いていたが、それを表に出すことなく、努めて落ち着いた振る舞いを保つ。
「……承知いたしました。」
声には微かな震えが混じり、自分の動揺を完全には隠しきれない。ユウが自ら責任を取ろうとする姿勢に、スカリーは胸の奥が温かく締め付けられるようだった。
――こんなにも勇敢で、まっすぐな方なのだ、と。
その瞳の奥には、湧き上がる喜びと、ユウへの深い敬愛が宿っていた。ユウが自分に向けた決意と信頼を、スカリーは全身で受け止めていた。
「貴方のそのお心遣いに……感謝いたします。」
スカリーは静かに言葉を紡ぎながらも、胸が早鐘のように高鳴るのを感じていた。目の前に立つユウの真剣な表情、そして、必死に勇気を振り絞っているその姿に、スカリーの心は深く揺さぶられる。キスという行為そのもの以上に、ユウが見せる誠実さと覚悟が、胸の奥で何かを溶かしていくようだった。
――だが、ユウに気づかれるわけにはいかない。
スカリーは深く息を吸い、瞳を閉じた。その仕草は冷静さを装ったものだったが、その実、内心では喜びが爆発しそうだった。ユウが自分に唇を寄せる――その事実だけで、胸の奥に静かな熱が満ちていく。頬が僅かに熱を帯びるのを感じながら、彼は微かに唇を引き締め、表情を保つのに必死だった。
(まさか……こんなに幸せな瞬間が訪れるとは。我輩の生涯において、これほどまでに尊く甘美な体験があるだろうか?)
ユウは心臓の鼓動が耳に届くほど速くなっているのを感じながら、そっと彼に近づいた。彼の白い髪が月明かりを受けて輝き、すぐ近くにいる彼の香りが微かに漂う。緊張で息が詰まりそうになるが、ユウは必死に踏み出した。
ユウが一歩近づくたび、スカリーの耳には自分の心臓の音が聞こえてくるようだった。しかし、その動揺を表に出すわけにはいかない。彼は誠実さと冷静さを装い続けながらも、胸の内では歓喜の舞を踊る自分を必死に抑え込んでいた。
ユウの顔がさらに近づき、スカリーの頬にユウの呼吸がかすかに触れる。その瞬間、彼の体はまるで凍りついたように固まりながらも、心は歓喜で溶け出していくようだった。
(こんな奇跡が現実になるとは……。)
そして、ユウの唇がそっと触れた瞬間、スカリーは内心で歓声を上げながら、全身に甘い電流が走るのを感じた。だが、ユウの純粋な行為を尊重するため、彼は静かにその瞬間を受け止めることにした。
部屋がまばゆい光に包まれ、まるで凍てついていた空気が柔らかく解けるように変化した。ヤドリギが小さく輝き、そして静かにその魔力を収める。まじないは解けたのだ。
ユウは顔を引き、すぐに体を反らせた。心臓の高鳴りが止まらないまま、ユウは両手で顔を覆う。
「……これで、まじないが解けたよね?」
ユウが頬を赤らめながら尋ねる声に、スカリーはゆっくりと目を開けた。
「ええ、これ以上ないほど……完璧に。」
その言葉の裏に隠した喜びは、ユウには気づかれないよう、丁寧に言葉を選びながら伝えられた。しかし彼の顔は耳まで真っ赤に染まり、いつもの冷静な表情はどこへやら、思わず満面の笑みがこぼれていた。
部屋は静けさを取り戻し、二人の間に漂う柔らかな空気が、まじないの残した余韻を語っているようだった。
「やっと終わったのかぁ? オレ様、待ちくたびれた!」
二人は思わず顔を見合わせ、そしてふっと笑いが漏れた。魔法のヤドリギの下で交わされたキスは、まじないを解く鍵となっただけでなく、二人の間に確かな絆を刻むものとなったのだった。
グリムはそんな二人を尻目に大きなあくびをしながら、ヤドリギを睨みつけた。「まったく! なんでオレ様までこんな目に合わなきゃならないんだゾ!」
スカリーは静かに頷き、ヤドリギに目を向けた。その光はすでに薄れ、まるで全てが静かに収束していくようだった。彼はヤドリギを慎重に取り外し、丁寧に包んでからユウに向き直った。
「これは、慎重に扱わねばなりませんね。後日、適切な処置を施しておきます。」
スカリーはそう言いながら、気取った口調で冷静を装った。その言葉に、ユウは少し困ったように笑い、彼を見上げた。
「うん、お願いするね。もう、こんなことにならないように……!」
その言葉に、スカリーはふっと微笑み、静かにユウの隣を歩き始めた。その隣で、ユウも安心したように小さく息を吐く。月明かりが窓から差し込み、彼らの影を淡く映し出していた。
――だが、その微笑みの裏で、スカリーの胸は高鳴り続けていた。彼はユウの視線が外れた瞬間を見計らい、誰にも気づかれないよう右手をゆっくりと握りしめ、密かに小さなガッツポーズをした。その仕草には、喜びを隠し切れない子どものような無邪気さがあった。
(……まさか、こんな幸運が訪れるとは。我輩の幸運の星がこれほど輝く夜があろうとは!)
彼の心の中では、小さな祝祭が開かれていた。
星々の瞬きがその歩みを見守る中、オンボロ寮の静かな夜はまた一つ、特別な思い出に包まれていった。スカリーの影だけが、月明かりの中でほんの少し弾むように見えたのは、きっと気のせいではなかっただろう。
オンボロ寮の中は、ウィンターホリデーの準備で賑やかだった。ツリーに絡められたライトが柔らかな光を放ち、窓には雪の結晶を模した飾りが揺れる。スカリーは器用な手つきで高い位置にオーナメントを吊るし、グリムはツリーの下で飾りの箱を漁っていた。ユウはその様子を眺めながら、テーブルに並べる装飾を整えている。
「そこ!もう少し左なんだゾ!」
グリムが得意げに指示を飛ばす。その声に、スカリーは微かに微笑みながら、手を動かして指示通りに飾りを調整した。
「これでどうでしょう、素敵な貴方。」
スカリーの穏やかな声がユウに向けられる。その表情にはどこか柔らかな余裕が漂っていた。ユウは一度頷き、飾り付けの全体を見回しながらも、少しだけ首を傾げた。
「うん、いい感じ。ありがとう、スカリーくん。でも、なんでそんなにグリムの指示を素直に聞いてるの?」
不思議そうなユウの問いかけに、スカリーは一瞬考える素振りを見せ、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「それは、彼が実に情熱をもって指揮を執ってくださるからでございますよ。熱心さには、敬意を払うべきだと思いまして。」
スカリーの答えに、ユウは吹き出しそうになりながらも、グリムをちらりと見た。その視線の先で、グリムは得意げに胸を張っている。
「ふなっ!オレ様のセンス、やっぱり一流だろ?」
自慢げなグリムの言葉に、ユウとスカリーは思わず目を見合わせ、小さく笑みをこぼした。部屋には穏やかな笑い声が響き、冬の飾り付けに温かな空気が加わっていった。
夜が訪れ、2人と1匹は賑やかなテーブルを囲んでいた。焼き立てのチキン、色鮮やかなサラダ、そして雪のように白いホイップが乗ったケーキが並んでいる。温かな香りが部屋いっぱいに広がり、冷えた外気を忘れさせる。
「今日は私の世界では、特別な日を迎える前の大切な夜なんだよ。」
ユウが微笑みながらそう言うと、スカリーが少し興味深そうに顔を上げた。
「特別な日を迎える前夜……非常に興味深いですね。それは、どのような意図を持つ日なのでしょうか?」
スカリーの問いに、ユウは考え込むようにナイフを動かしながら答えた。
「うーん……その日は、誰か大切な人と一緒に過ごしたり、家族や友達が集まって心を通わせる時間が多いかな。それに、贈り物を交換することもあるんだよね。あとは、おいしいごちそうを食べたり、次の日の準備をしたりして、楽しい雰囲気に包まれる感じかな。」
ユウの説明にスカリーは静かに頷き、目を細めてその光景を思い浮かべているようだった。
「なるほど。大切な方々と共に喜びを分かち合い、新しい日を迎える準備をする……素晴らしい文化ですね。それに、心が温まりそうな光景です。」
スカリーがそう語る横で、グリムはテーブルのケーキのホイップをこっそり指先でつつき、口元に運んでいた。
「グリム!」
ユウが軽くたしなめると、グリムは舌を出して笑いながら答えた。「ふなぁ~、オレ様が味見してやっただけだ!」
テーブルには笑いが広がり、温かな灯りに包まれたオンボロ寮の一夜は、さらに華やいだものとなった。
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「ダイニングは手狭だし、談話室でちょっと休憩しようか。」
ユウが立ち上がり、談話室へと移動する。ソファの上には、ユウが飾り付けた緑の枝飾りが揺れていた。
暖かな明かりが壁を照らし、外からは微かな風の音が聞こえてくる。その中で、スカリーの表情にはどこか困惑した様子が浮かんでいた。
「……ユウさん。」
スカリーは一瞬ためらい、目を伏せたが、再び視線を上げてユウを見つめた。その瞳の奥には、真剣さと少しの戸惑いが混じっている。
「どうしたの?」
ユウはスカリーの様子に何かただならぬものを感じ取っていた。
「……これはヤドリギです。」
スカリーの声はいつもより低く、慎重だった。「貴方が飾られたのですね?」
ユウは首を傾げながら小さく頷いた。「うん、お店で買った飾り付けセットの中に入ってて……普通の飾りだと思ってたけど……何か変なの?」
スカリーは静かに息を吐き、少し赤くなった顔を隠すように視線を逸らした。「……ヤドリギには、特別な言い伝えがあります。男女がこの下に立つと……キスを交わさねばならないというものです。」
その言葉を聞いた瞬間、ユウの顔が一気に赤く染まった。「えっ!?そ、そんなの知らなかった!本当だよ!」
ユウの声は一瞬上擦り、慌てた様子が手に取るように分かった。
スカリーは小さく苦笑しながら、ヤドリギを指さした。「それも、ただの迷信なら良いのですが……魔力が込められているヤドリギの場合、伝承が現実になることがあるのです。」
その時、ヤドリギから静かな光が漏れ、部屋全体に淡い緑の輝きが広がった。光は穏やかでありながらも、どこか不穏な空気を感じさせるものだった。
ユウはヤドリギを見上げて目を瞬かせる。「……これ、ただの飾りじゃないの?」
「どうやら、そうではないようですね。」
スカリーは深く息を吸い込み、静かにユウを見つめた。その姿には、ユウを守ろうとする決意がはっきりと宿っていた。
「……避けては通れないようです。しかし、どうかご安心を。」
その言葉はスカリーらしい冷静さを保っていたが、その瞳の中には、内心の葛藤が覗いていた。
ユウは不安げに唇を噛み、視線を落としながら小さな声で言った。「スカリーくん、ごめんなさい……私が勉強不足で……。」
その声はかすれ、後悔の色が滲んでいた。
スカリーはユウを見つめ、そっと手を伸ばしユウの肩に触れた。その手はひんやりとしていたが、不思議と安心感を与えるもので、彼の低く穏やかな声が静かに響いた。
「ユウさん、どうかご自分を責めないでくださいませ。この状況は、決して貴方の落ち度ではありません。」
スカリーは軽く息を吸い込み、真剣な瞳でユウを見つめた。
「この枝飾り、通称“ヤドリギ”には古い伝承がございます。ヤドリギの下に立つ男女はキスを交わさなければならない。さもなければ不幸が訪れると言われているのです。」
ユウは目を見開き、驚きのあまり息を飲んだ。「不幸って……そんなの、ただの迷信だよね?」
スカリーは一瞬視線を外し、再びユウを見つめる。その瞳には迷いと覚悟が入り混じっていた。
「確かに、それはただの言い伝えとして楽しむもので、本来は恋人や家族同士が微笑ましい悪戯として行う程度のものです。しかし、このヤドリギには、どうやら魔力が宿っているようです。」
ユウは言葉を失い、恐る恐るスカリーの顔を覗き込んだ。「じゃあ、不幸って……どんなことが起きるの?」
スカリーは静かに首を横に振った。「それは我輩にも分かりかねます。ですが、魔力が関わる以上、その影響がどのようなものか予測がつきません。そして、そんな不確かな危険を、ユウさんに背負わせるわけにはいきません。」
彼の声には、はっきりとした決意が込められていた。その真剣な眼差しに、ユウの胸が少しだけ熱くなる。
「……だから、どうか安心してください。我輩が責任を持って、この状況を解決いたします。」
スカリーの低く力強い言葉に、ユウはかすかに頷きながらも、赤く染まる頬を隠すように視線をそらした。部屋の中は、再び静寂に包まれたが、その空気はただの緊張感ではなく、どこか二人の間に漂う微かな絆を感じさせるものだった。
スカリーは迷いを振り払うようにユウの額に唇を寄せた。その動きは慎重でありながらも優雅で、彼の真摯な思いが込められているのが伝わった。
「これで、まじないは収まるはずです。」
スカリーがそう囁くと、ユウは安堵の息をつきながら頬を赤らめた。「ありがとう、スカリーくん。」
しかし、部屋の空気は依然として不思議な違和感に包まれていた。ヤドリギはさらに妖しく輝きを放ち、二人はその光に包まれたまま、次に何が起こるのかを予感しながら息を飲んだ。
[newpage]
ユウとスカリー、グリムが閉じ込められた部屋の中、重々しい静寂が漂う中で、ヤドリギから放たれる微かな光が幻想的な雰囲気を作り出していた。
グリムは腕を組みながら部屋を歩き回り、ドアを何度も押したり引いたりしていたが、結果は変わらず、ドアはびくともしない。
「ふなぁ!なんなんだゾ、この部屋!オレ様を閉じ込めるとはいい度胸だな!」
グリムが声を荒げるも、その小さな爪がドアを叩く音は虚しく響くだけだった。
一方、スカリーは冷静な表情を保ちながら、ヤドリギの下に立って考え込んでいた。彼の瞳には深い思索の色が宿り、ユウが不安げに彼を見つめる様子が描き出されていた。
「スカリーくん、何か分かった?」
ユウの声には、ほんの少しの期待と不安が混じっている。
スカリーは小さく頷き、指を顎に当てながら答えた。
「どうやら、この仕掛けはただの言い伝えを基にしているわけではないようです。魔力の特性上、ヤドリギの下で交わされる“特定のキス”がなければ、この部屋から出ることはできない仕掛けが施されているようですね。」
「特定のキス……?」
ユウは思わず眉をひそめる。その曖昧な表現が、ユウの不安をさらに煽った。
スカリーは目を閉じ、ややためらうように続けた。
「……伝承によると、“真実の愛”や“深い感情”を象徴するキス……つまり、唇でのキスが必要なようです。」
その言葉が部屋に響くと、ユウの顔が一瞬で赤く染まった。ユウは目を見開き、スカリーを見つめた。
「え!?そ、そんなの……!」
一方、グリムはその発言に目を丸くし、「口にちゅー!?オレ様絶対に嫌なんだゾー!?!?!?」
スカリーは静かにグリムを制するように手を上げた。「グリムさん、申し訳ないですが、この魔力はユウさんと我輩にのみ反応しているようです。」
「だからオレ様はやらねー!!!ってさっきから言ってるんだゾ!」ふなふなと青い炎を吹き出して威嚇している。
グリムはすぐにスカリーを指さして叫ぶ。「オメーら、さっさとやれ!オレ様はもうこの部屋の空気に飽き飽きだ!」
その声にユウはますます顔を赤らめ、両手を顔に当てて小さく震えた。「グリム、そんなこと簡単に言わないでよ!」
スカリーは深い息をつき、真剣な表情でユウを見つめた。
「ユウさん、どうかご安心を。我輩にとって、貴方を危険にさらすことなどあってはなりません。ただ、これは避けて通れない状況のようです。」
その声は静かで誠実だったが、微かに緊張が滲んでいた。どことなく口調もまくし立てるように早かった。ユウはその言葉に小さく頷いたが、顔を上げられず、俯いたままぽつりと言った。
「……ごめんね、スカリーくん。全部私がこんな飾りを選んだから……。」
「いえ、貴方にそのように感じてほしくはありません。これもまた、一つの運命かもしれません。」
スカリーはそう言うと、ゆっくりとユウに歩み寄り、ヤドリギの下で立ち止まった。
部屋の中には再び静寂が訪れた。微かな魔力の光が二人の間を照らし、その緊張感は、ただの迷信以上の何かを感じさせた。
「……では、ユウさん。準備はよ、よろしい、でしょうか……?その……。」
彼の低い声が静かに響く。だがその言葉は続かず、スカリーは一瞬だけ視線を逸らした。その瞳の中には決意と戸惑いが交錯しているように見えた。
ユウもまた、その場に立ち尽くしたまま何も言えずにいた。指先をぎゅっと握りしめ、唇を噛んでいるユウの顔は赤く染まっている。
「スカリーくん……私……」
ようやく声を出したユウだが、その声は震えていた。
その言葉に、スカリーは優しくユウを見つめる。「どうか、謝らないでください。これは貴方のせいではありません。そして――」
彼の声は少しだけ低く、深みを増した。「無礼をお許しください。我輩にとっては、貴方を守ることが何よりの優先事項なのです。」
ユウが何かを言い返す前に、スカリーはそっと手を差し出した。その動きはゆっくりで、ユウが逃げ出さないようにするかのようだった。
「どうか、信じてください。我輩は決して貴方を傷つけたりはしません。」
ユウはその言葉に息を飲み、少し躊躇いながらもスカリーの手に触れた。彼の手は冷たく、けれどもどこか安心感を与える感触だった。
スカリーは小さく息をつき、再び目を合わせると決然とした声で言った。
「ユウさん、これから何があっても、貴方を不幸になどさせません。病める時も、健やかなるときも。」
その言葉に、ユウはぎこちなく笑みを浮かべ、頷いた。そして、小さな声で言った。「……?……わ、わかりました。お願いします。」
部屋の静寂が深まり、ヤドリギの光が二人を包み込むように輝きを増した。その光の中で、スカリーはそっとユウに顔を近づけ――。
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――と、その時、ユウの緊張がピークに達し、勢いよく口を開いた。
「ああ!スカリーくん、じっとしてて! やっぱり、わ、わ、私、から、するから!」
ユウの顔は真っ赤で、声は上ずりながらも妙に必死だった。突然のその言葉に、スカリーは驚いたように目を見開いた。
「……はい?」
声は低く抑えられていたが、その一言には明らかな混乱が含まれていた。
「目、目閉じて!」
ユウの声は震え、顔の赤みはさらに濃くなる。ユウは手をギュッと握りしめて立ち尽くしていた。
その言葉を聞いたスカリーは、瞬きを忘れたようにユウを見つめた。困惑が彼の顔に刻まれ、深い橙色の瞳が揺れる。
「……しかし、それは……貴方のほうからして頂けるなんて!?いえ、そんな大胆な――!?いけません!」
スカリーは言葉を詰まらせ、動揺したように息を吐いた。その態度には、彼なりの誠実さと、目の前の状況に対するどうしようもない戸惑いがにじんでいた。
「だってこれ、私が飾り付けたせいなんだから!」
ユウは真っ直ぐにスカリーを見つめ、強い決意を込めた声で言い切った。
「責任取るのは私でしょ! スカリーくんに変なことさせるわけにはいかないもん!」
スカリーは静かに息を吸い、視線をそっと落とした。(変なこと……。)
内心では動揺が渦巻いていたが、それを表に出すことなく、努めて落ち着いた振る舞いを保つ。
「……承知いたしました。」
声には微かな震えが混じり、自分の動揺を完全には隠しきれない。ユウが自ら責任を取ろうとする姿勢に、スカリーは胸の奥が温かく締め付けられるようだった。
――こんなにも勇敢で、まっすぐな方なのだ、と。
その瞳の奥には、湧き上がる喜びと、ユウへの深い敬愛が宿っていた。ユウが自分に向けた決意と信頼を、スカリーは全身で受け止めていた。
「貴方のそのお心遣いに……感謝いたします。」
スカリーは静かに言葉を紡ぎながらも、胸が早鐘のように高鳴るのを感じていた。目の前に立つユウの真剣な表情、そして、必死に勇気を振り絞っているその姿に、スカリーの心は深く揺さぶられる。キスという行為そのもの以上に、ユウが見せる誠実さと覚悟が、胸の奥で何かを溶かしていくようだった。
――だが、ユウに気づかれるわけにはいかない。
スカリーは深く息を吸い、瞳を閉じた。その仕草は冷静さを装ったものだったが、その実、内心では喜びが爆発しそうだった。ユウが自分に唇を寄せる――その事実だけで、胸の奥に静かな熱が満ちていく。頬が僅かに熱を帯びるのを感じながら、彼は微かに唇を引き締め、表情を保つのに必死だった。
(まさか……こんなに幸せな瞬間が訪れるとは。我輩の生涯において、これほどまでに尊く甘美な体験があるだろうか?)
ユウは心臓の鼓動が耳に届くほど速くなっているのを感じながら、そっと彼に近づいた。彼の白い髪が月明かりを受けて輝き、すぐ近くにいる彼の香りが微かに漂う。緊張で息が詰まりそうになるが、ユウは必死に踏み出した。
ユウが一歩近づくたび、スカリーの耳には自分の心臓の音が聞こえてくるようだった。しかし、その動揺を表に出すわけにはいかない。彼は誠実さと冷静さを装い続けながらも、胸の内では歓喜の舞を踊る自分を必死に抑え込んでいた。
ユウの顔がさらに近づき、スカリーの頬にユウの呼吸がかすかに触れる。その瞬間、彼の体はまるで凍りついたように固まりながらも、心は歓喜で溶け出していくようだった。
(こんな奇跡が現実になるとは……。)
そして、ユウの唇がそっと触れた瞬間、スカリーは内心で歓声を上げながら、全身に甘い電流が走るのを感じた。だが、ユウの純粋な行為を尊重するため、彼は静かにその瞬間を受け止めることにした。
部屋がまばゆい光に包まれ、まるで凍てついていた空気が柔らかく解けるように変化した。ヤドリギが小さく輝き、そして静かにその魔力を収める。まじないは解けたのだ。
ユウは顔を引き、すぐに体を反らせた。心臓の高鳴りが止まらないまま、ユウは両手で顔を覆う。
「……これで、まじないが解けたよね?」
ユウが頬を赤らめながら尋ねる声に、スカリーはゆっくりと目を開けた。
「ええ、これ以上ないほど……完璧に。」
その言葉の裏に隠した喜びは、ユウには気づかれないよう、丁寧に言葉を選びながら伝えられた。しかし彼の顔は耳まで真っ赤に染まり、いつもの冷静な表情はどこへやら、思わず満面の笑みがこぼれていた。
部屋は静けさを取り戻し、二人の間に漂う柔らかな空気が、まじないの残した余韻を語っているようだった。
「やっと終わったのかぁ? オレ様、待ちくたびれた!」
二人は思わず顔を見合わせ、そしてふっと笑いが漏れた。魔法のヤドリギの下で交わされたキスは、まじないを解く鍵となっただけでなく、二人の間に確かな絆を刻むものとなったのだった。
グリムはそんな二人を尻目に大きなあくびをしながら、ヤドリギを睨みつけた。「まったく! なんでオレ様までこんな目に合わなきゃならないんだゾ!」
スカリーは静かに頷き、ヤドリギに目を向けた。その光はすでに薄れ、まるで全てが静かに収束していくようだった。彼はヤドリギを慎重に取り外し、丁寧に包んでからユウに向き直った。
「これは、慎重に扱わねばなりませんね。後日、適切な処置を施しておきます。」
スカリーはそう言いながら、気取った口調で冷静を装った。その言葉に、ユウは少し困ったように笑い、彼を見上げた。
「うん、お願いするね。もう、こんなことにならないように……!」
その言葉に、スカリーはふっと微笑み、静かにユウの隣を歩き始めた。その隣で、ユウも安心したように小さく息を吐く。月明かりが窓から差し込み、彼らの影を淡く映し出していた。
――だが、その微笑みの裏で、スカリーの胸は高鳴り続けていた。彼はユウの視線が外れた瞬間を見計らい、誰にも気づかれないよう右手をゆっくりと握りしめ、密かに小さなガッツポーズをした。その仕草には、喜びを隠し切れない子どものような無邪気さがあった。
(……まさか、こんな幸運が訪れるとは。我輩の幸運の星がこれほど輝く夜があろうとは!)
彼の心の中では、小さな祝祭が開かれていた。
星々の瞬きがその歩みを見守る中、オンボロ寮の静かな夜はまた一つ、特別な思い出に包まれていった。スカリーの影だけが、月明かりの中でほんの少し弾むように見えたのは、きっと気のせいではなかっただろう。