【スカリーくんと監督生がナンパされているだけ】

白い息が宙に消えるほど冷えた冬の空気の中、街はウィンターホリデーの活気に包まれていた。通りには色とりどりの電灯が輝き、雪の結晶が飾られたアーチが通行人を迎えるように並んでいる。市場の広場には、人々の賑やかな声と笑い声が満ち溢れ、大きなツリーの飾りがその中心を飾っていた。

ユウとスカリーは、このホリデーの準備のため市場を訪れていた。屋台からは甘い香りのする菓子や焼き栗が漂い、賑やかな音楽がどこからともなく聞こえてくる。

「スカリーくん、ちょっと買いたいものがあるから、少しだけ待っててくれる？」
ユウはそう言うと、近くの店を指差し、微笑んでみせた。スカリーは一瞬口を開き、「我輩もお供しましょうか？」と申し出る。

「ううん！」
ユウは振り返って笑顔を浮かべた。「寒いだろうから、どこか暖かい場所に移動しててもいいよ。そこの休憩所とか、ね？」

その提案にスカリーは一瞬考え込むように目を細めたが、すぐに軽く首を横に振った。「ご配慮ありがとうございます、素敵な貴方。しかし、我輩はこちらで待たせていただきます。」

その言葉は確固たるもので、スカリーの姿勢はどこか決意を秘めていた。彼の橙色の瞳が柔らかくユウを見つめる中、その瞳にはただ一つ、「貴方のそばにいる」という思いが宿っているようだった。

ユウは少し驚いたように目を見開き、けれどすぐに小さく微笑むと、「それなら、お願いね。」と軽やかに答えて、再び店内へと消えていった。

その場に残されたスカリーは、わずかに眉をひそめながら周囲を見渡した。通りを行き交う人々の喧騒に耳を傾けながらも、彼の表情にはわずかな疲れがにじんでいる。彼は静寂を好む性分であり、この市場の華やかさがどうにも馴染まないようだった。

彼の心には、店内に消えたユウの笑顔が浮かんでいた。「貴方が微笑んで我輩のもとに戻られる、その一瞬のために、ここで待つことが我輩に課された喜びの時間でございます。」と心の中で呟きながら、彼は再びユウが戻ってくる方向に視線を向けた。

冬の市場はなお一層賑やかさを増し、白い息を吐きながら行き交う人々の笑い声が響いていた。色とりどりの電灯がきらめき、飾り付けられたツリーがその中心で華やかな存在感を放つ。その場に立ち尽くすスカリーの白い髪も、光の加減でほのかに輝いて見える。
冷たい冬の風がコートの裾を揺らす中で、彼の姿は目立つほど静かで、まるでこの喧騒の中で異質な存在であるかのようだった。

ふと、その端正な顔立ちと長身が通りかかった女性たちの目に留まった。

「ねえ、君すっごく背が高いね！」
1人の女性が弾む声でスカリーに話しかけた。
「どこから来たの？旅行中？」
もう1人も軽やかな声で続ける。

スカリーはわずかに眉をひそめた。女性たちのきらびやかな装いと、手に持った甘い香りのホットドリンクから漂う蒸気が彼の周囲に広がる。だが、スカリーはその場で静かに頭を下げるだけだった。

「お返事ないの？もしかしてシャイなのかな？」
そう言いながら、1人の女性が一歩近づいてきた。
「こんな寒い場所で待つなんてお気の毒ね。一緒にホットドリンクでもどう？」

スカリーは女性たちの明るい笑い声にも動じることなく、落ち着いた声で応じた。「申し訳ございませんが、そのような露骨な振る舞いに応じるほど、我輩は品位を放棄する気はございません。」
その言葉には隠しきれない不快感が滲んでいた。

しかし、女性たちは彼の冷たい態度に気づくことなく、なおも話しかけ続けた。「えー？どゆ意味？そんな難しいこと言わないでさ、ちょっとくらい――」

その瞬間、スカリーの眉がさらに深く寄せられた。彼は一歩前に出ると、女性たちに向けて低い声で言い放った。
「お分かりいただけるよう、明確に申し上げます。我輩には待つべき大切な方がいるため、これ以上の接触は無用でございます。貴方がたに関心を寄せることは一切ございません。」

その言葉と同時に、彼の橙色の瞳が女性たちを冷ややかに見据えた。その視線は冬の空気のように鋭く、凍てつくような冷たさを帯びていた。

女性たちはその威圧感に目を見開き、しばし呆然としていたが、やがてそそくさと立ち去っていった。スカリーは冬用のコートの襟を軽く正しながら、立ち去る女性たちの後ろ姿を見送った。その瞳には冷静さを装った鋭い光が宿っている。
「そもそも、なぜ彼女たちはあのように軽率な振る舞いをするのか……。慎み深さや品位というものが失われつつあるとは、実に嘆かわしいことです。」
静かに独りごちながら、スカリーは肩の雪を軽く払った。彼の動作はいつも通り優雅だが、どこか疲れが見え隠れしている。

「……それにしても、ユウさんがこの場に居合わせなくて幸いでございました。」
彼の眉間に一瞬しわが寄る。
「もしユウさんが誤解でもしたら……いや、そんなこと、考えたくもありません。」

だがその瞬間、気配を感じて振り返ると、視線の先にはユウが立っていた。

ユウは手に小さな袋を持ち、スカリーのほうへ歩み寄ってきた。その表情には、つい先ほどのやり取りを目撃したことが明らかに表れている。スカリーは瞬間的に硬直した。

（見られていた……！）
スカリーの背筋が硬直する。思わず深く息を吸い込み、動揺を悟られないよう平静を装う。

「スカリーくん、さっきの……」
ユウは言葉を選びながら尋ねる。その柔らかな声に、スカリーの心臓は早鐘を打ち始めた。

「ご安心ください、素敵な貴方。」
スカリーは急いで微笑みを浮かべた。コートの襟を軽く引きながら姿勢を正すが、その動きにはどこかぎこちなさがあった。
「些事に過ぎません。我輩が慎重に対処しましたので、どうぞお気になさらず。」

橙色の瞳がちらりとユウを見つめるが、その視線は妙に落ち着きを欠いている。冷たい冬風がスカリーの髪を揺らし、彼の顔にわずかな赤みを差した。

ユウはその説明に軽く頷きながらも、どこか納得しきれない様子でスカリーを見上げた。
「そっか……大丈夫だった？」
柔らかな微笑みを浮かべるユウ。その姿に、スカリーの胸には安堵と別の感情が入り混じり、複雑な熱が広がる。

（貴方にあの場面を見られるとは……いや、我輩の態度を不審に思われてはいないだろうか？）

スカリーはそっと視線を逸らし、咳払いを一つした。寒さを言い訳にするように手袋を直しながら、内心では必死に気持ちを整えようとする。
「その……貴方は、何も心配なさらずともよいのです。」

だが、その言葉を発する声には微かに緊張が混じっていた。ユウはスカリーの態度にくすりと笑みを浮かべた。
「ふふっ、わかったよ。でも、スカリーくんってちょっと不器用なところもあるよね。」

その穏やかな声がスカリーの胸に突き刺さるように響く。
（くっ、見透かされたのでは……！？）

視線を合わせることができないまま、スカリーはわざと足元の雪を払う仕草をし、さりげなく会話を切り上げようとした。

「それで――」
スカリーはユウの手元へと視線を移す。「お目当ての品は手に入りましたか？」

その問いかけは柔らかく、何事もなかったかのように自然だったが、どこかに「先ほどの件には触れないでほしい」という彼の願いが隠されていたようだった。

ユウが頷くのを確認し、スカリーはそっとユウの隣に歩み寄った。そして、軽く背筋を伸ばして歩き出す。その歩調はいつも通り優雅で、ユウと肩を並べながらゆっくりと進んでいく。微かに寒さを含んだ冬の風が二人の間を吹き抜ける中、スカリーの視線は何度かちらりと隣を歩くユウに向けられた。

（……ユウさんが気を悪くしていないことを願うばかりでございますが……。）

橙色の瞳には微かな戸惑いと安心が交錯していたが、隣にいるユウの穏やかな表情を見て、スカリーの胸に小さな安堵が広がる。そして彼は、少しだけぎこちない仕草でコートの襟を整えると、「寒くはございませんか？」と、優しい声で問いかけた。

*

雪の舞うウィンターホリデーの市場は、幻想的な輝きに包まれていた。夜の空気は冷たく澄んでいて、鼻先がかじかむほどの寒さだが、市場の中は人々の笑い声と活気で満ち溢れている。


「……温かい飲み物をお持ちいたしますので、少々お待ちくださいませ。」
スカリーがそう言い残して席を外す時、その仕草にはいつも通りの優雅さがあった。ユウはにっこりと微笑みながら頷き、
「うん、ここで待ってるね。」
と軽やかに返した。

彼の背中を見送りつつ、ユウは市場の賑やかな喧騒の中で一人立っていた。その姿は、煌めくイルミネーションと色とりどりの飾りに囲まれながらも、不思議と目を引く存在感を放っていた。

その時だった。ユウに向かって、目ざとい男性3人組が声をかけてきた。
「ねえ、君、一人で来てるの？」
一人がにやりと笑いながら近づき、もう一人が低い声で続けた。
「寒いだろ？俺たちと暖かい場所で話そうよ。」

ユウは一瞬戸惑いを覚えたが、相手に不快感を与えないよう、穏やかな笑みを浮かべて控えめに答えた。
「友達と来ているので、1人ではないです。それに……遠慮しておきます。」

しかし、男性たちは引き下がる気配を見せなかった。まるで獲物を見つけた狩人のように、ユウの動きを囲むようにしてじわじわと迫ってくる。ユウはそっと足を引き、距離を取ろうとしたが、相手のしつこさは増すばかりだった。

「怖がることないって！」
「俺たち、ただ君が寂しそうにしてるから声をかけただけだって。」
その言葉の裏に隠れた悪意に、ユウの胸にじわりと緊張が広がる。

――その瞬間、冷たい夜の空気を裂くように、低く鋭い声が男達の背後から響いた。

「そちらのお方は、我輩の大切な人でございます。」

その言葉には、一片の情けも余地もなく、裁きを下す者の冷酷さが滲んでいた。ユウの視界に、スカリーが静かに現れる。その影は月明かりに映し出され、冷たい夜に立ち塞がる堅牢な門のように見えた。

スカリーの瞳は鋭く、橙色の渦を巻く光が深い怒りと冷酷な決意を湛えている。手に持つホットドリンクがわずかに揺れるが、彼の動きは一切乱れることがない。スカリーの長身がもたらす圧倒的な威圧感と、周囲に漂う微かな魔力の気配が、周囲の空気をまるで凍り付かせるように重たく変えていく。

彼の肩には静かだが確固たる怒りがまとわりつき、その感情はまるで嵐の前触れのように静寂を裂いていく。すべての動きが計算され尽くし、相手に対する容赦のない意思を形作っていた。

「失礼ですが、これ以上の干渉はご遠慮願います。」

低く冷たいその声は、静寂を引き裂く刃のように鋭く、相手の胸に直接突き刺さる。スカリーの視線を受けた男性たちは、そこに込められた怒りと威圧に圧倒され、その場の空気が一変したことを悟る。彼の深い赤橙の瞳には、妖しく揺らめく光が宿り、その中に燃え盛る怒りの炎が垣間見えた。視線を向けられるだけで空気が軋むような圧迫感が広がり、まるで周囲を凍りつかせるような迫力を生み出していた。

男性たちは、まるで足元が崩れ落ちたかのように後ずさり、言葉を失った。その恐怖は、スカリーの静かな怒りの中に潜む冷酷な一面に対する本能的な反応だった。

怒りを静かに燃やすスカリーの姿に、ユウは思わず「スカリーくん……」と小さくつぶやく。

そして、恐る恐るスカリーに近寄り、彼の背後へと回り込む。その長身に比べて小柄なユウは、スカリーのコートの裾をそっと引いた。その手の動きは控えめながら、彼の怒りを和らげたいという必死の思いが込められていた。

「……スカリーくん、相手は一般の人だよ。」
ユウのか細い声が、スカリーの耳元に届いた。

スカリーは一瞬眉間の皺を深くしたが、次の瞬間には大きく息を吐き、肩の力を抜いた。その動きは、まるで溢れ出そうな怒りを飲み込むような抑制の証だった。彼は手の中にあるホットドリンクの温もりを感じながら、静かに冷静さを取り戻していく。

「……なんだよ、彼氏なら早く言えばいいのに。」
一人がそう言い捨て、もう一人が小さな声で謝罪の言葉を口にした。彼らは逃げるようにその場を立ち去り、スカリーは静かに見送るだけだった。

ユウはその様子を見届けると、スカリーの横に立ち、安堵の息をついて彼を見上げた。
「スカリーくん……ありがとう。」

ユウの声には、彼の助けに対する感謝が込められていた。しかし、その時、彼の眉間に薄く刻まれた皺に気づく。スカリーがどれほど怒りを抑え込んでいたのかが、その表情から明らかだった。

「……貴方をあのように怯えさせるとは、少々痛い目を見ていただこうかと考えましたが。」
スカリーは冷静さを保とうとするように言葉を選んだが、その声には未だに僅かな怒りが滲んでいた。

ユウは彼の腕にそっと手を触れ、優しく声をかけた。
「相手は非魔法士みたいだったし、学園外で一般の人に魔法を使ったら、後で叱られちゃうかもしれない……。スカリーくんが私のせいで罰を受けるなんて、嫌だよ。」
ユウの声には穏やかな思いやりが込められており、その響きは彼の怒りを静かに解きほぐしていくようだった。

スカリーは目を伏せ、一度深く息をついた後、再びユウの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……貴方のお言葉に救われました。我輩が守るべき存在を、軽率な行動で危険にさらすなど、決して許されることではございませんから。」
その声には、彼の内に秘めた誓いがしっかりと込められていた。

ユウはその言葉を聞いて、柔らかな微笑みを浮かべる。その笑顔には、スカリーへの信頼と感謝が静かに滲んでいた。

街の喧騒が少しずつ遠のき、先ほどまでの緊張感が静かに溶けていった。ユウは深く息をつき、肩の力を抜いた。その顔には安堵の色が広がり、自然と微笑みが浮かんでいた。
「ありがとう、スカリーくん。本当に助かったよ。」
ユウの声は柔らかく、冷たい冬の空気を少しだけ和らげるような温もりを持っていた。

スカリーはその言葉を受け、ゆっくりと手にしたカップを差し出した。湯気がふわりと立ち上り、濃厚なチョコレートの甘い香りが漂う。
「貴方を危険な目に遭わせるなど、誰であろうと看過できるものではございません。我輩のそばで、貴方にはただ穏やかでいてほしいのです。」
彼の低く穏やかな声は、凍える冬の中でひときわ温かく、言葉の一つ一つに真心が滲んでいた。

ユウは温かいカップを両手で受け取り、湯気に頬を染めながら微笑んだ。カップ越しに伝わる温度が、冷えた指先にじんわりと広がり、体の芯まで染み渡るようだった。
「今日は人が多くて、ちょっと疲れちゃったね。」
ユウはほんのり笑みを浮かべながらホットチョコレートに口をつけた。舌の上で溶ける濃厚な甘さが広がり、疲れた体を癒していく。その声にはスカリーへの深い信頼と感謝が込められていた。

雪がちらつき始め、冷たい風が頬を撫でる中、スカリーはそっとユウの肩に自分の腕を回した。その仕草は丁寧で控えめでありながら、ユウをしっかりと包み込む安心感があった。
「どうぞ、寒さが和らぎますように。」
彼の声は静かで落ち着いており、その言葉には自然な優しさがにじんでいた。

ユウは一瞬驚いたように彼を見上げたが、次の瞬間には照れくさそうに笑って頷いた。
「ありがとう、スカリーくん。でも、なんだかお姫様みたいに扱われてる気分だよ。」
ユウのその冗談めいた言葉に、スカリーはわずかに口元を緩めた。その表情には、ユウを誰よりも大切に思う心が、自然と表れていた。

二人はそのまま歩き出し、雪の舞う市場を抜けて帰路についた。スカリーの腕の中で感じる静かなぬくもりと、互いの笑顔が、冷えた夜空の下でもどこか温かな空間を作り出していた。頭上でちらちらと舞う雪の結晶が、街の光に反射してきらめき、二人の歩む道を穏やかに彩っていた。