スカリーくんと監督生のなんでもない一日【完結】
監督生さん、素敵な貴方のお名前は?
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【スカリーくんが監督生に迫られているだけ】
オンボロ寮の談話室は、冬の冷たい夜風を遠ざけるように暖かい光に包まれていた。暖炉の火がパチパチと音を立て、燃える木の香ばしい匂いが部屋に漂う。赤々と揺れる炎の明かりは、ユウとスカリーの影を壁に柔らかく映し出していた。
ユウは手元の本を開きながらも、肩越しにスカリーへ微笑みかけた。「スカリーくん、暖炉の火、いい感じだね。掃除した甲斐があった~。」
スカリーは椅子に深く腰掛け、穏やかな表情で紅茶を一口含む。「ええ、ユウさん。暖炉の火は、この季節の寮に欠かせませんね。もし冷えを感じたら、遠慮なくお申し付けください。」
部屋には、二人だけの静かな時間が流れていた。しかし、その穏やかな空気が破られるのは、唐突だった。
「お…えちゃ…!」
突然、談話室の扉がわずかにきしむ音とともに、誰かが駆け込むような気配がした。そして、次の瞬間、幼い声が響いた。
「おねえちゃん!」
ユウの足元に、ふわりと白い霧がまとわりつく。その中心には、かつて見た子どもゴーストの姿があった。
「ちょ、また君!?」
ユウは驚きの声を上げ、立ち上がろうとするも、子どもゴーストはしっかりとユウの足にしがみついていた。小さな霊体の冷たい感触が、ユウの足元に伝わる。
「おねえちゃんに会いに来たよ!今度はずっと一緒に遊べるようにしたいの!」
子どもゴーストは無邪気な声でそう言いながら、さらにしがみつく力を強める。その透けた手が、暖炉の温かさとは対照的にひんやりと冷たかった。
ユウは目を見開き、「もう!次は騙されないんだからね!離れて!」と足を振りほどこうとするが、子どもゴーストは微動だにしない。
その様子を見ていたスカリーは、すっと椅子から立ち上がった。先ほどまでの穏やかな表情は影を潜め、瞳には冷たい光が宿る。
「また貴方ですか……。」
低く響く声が部屋の空気を一瞬で引き締めた。「このような時間に現れるとは、礼儀をわきまえていただきたいものですね。」
スカリーはマジカルペンを取り出し、子どもゴーストを睨みつけた。「一度追い払ったはずですが……今回も、またあの世に送り返して差し上げます。」
「わぁ怖い!怖い!」子どもゴーストは口をとがらせながら、ユウの足元でしがみつきをやめない。「でもね、今回は一人じゃないんだ!」
その言葉にスカリーの眉がぴくりと動く。「……何です?」
子どもゴーストが小さな手で部屋の片隅を指さした。そちらを振り返ると、霧が濃くなり、次第に人の形を成していく。現れたのは、妖艶な微笑を浮かべた女性のゴーストだった。
「はぁ~ん、これが噂の紳士くん?」
ゴースト・レディは、艶やかな動きで宙を滑るように進むと、スカリーにじっと視線を向けた。瞳の奥に何かを企むような光を宿しながら、口元に笑みを浮かべる。
「何者ですか。」
スカリーの声は冷たく鋭かった。目の前の存在が、ただの偶然で現れたわけではないと悟っているようだった。
「あたし?この子のお姉さん……みたいなものかしら?」
ゴースト・レディは、ふわりと舞うような動きでユウのすぐ横に浮かんだ。
「あなた、本当に素敵ねぇ。見る目が変わるわ。」
「そのような戯言に付き合うつもりはございません。」
スカリーは冷静にマジカルペンを握り直した。しかし、ゴースト・レディの笑みは揺るがない。
「でも、あなたと遊ぶなら……この子の体を借りた方が、もっと楽しいと思わない?」
そう言うと、ゴースト・レディはユウの体にじりじりと近づいていった。
「おやめなさい!」
スカリーがマジカルペンを振り上げた瞬間、ゴースト・レディはふっとユウに溶け込むように姿を消した。そして、ユウがゆっくりと顔を上げた。
「ふふ、これでどうかしら?」
その瞳に宿る光は、普段のユウのものではなかった。
*
談話室の空気が、いつもとは違う重さを帯びていた。暖炉の火はまだ揺れているものの、その暖かさがかき消されるような冷たい緊張感が部屋を満たしている。
スカリーの前には、ユウの姿をしたゴースト・レディが立っていた。瞳には普段の澄んだ輝きがなく、挑発的で妖艶な光が宿っている。その視線に射抜かれ、スカリーの胸が早鐘を打った。
「ねぇ、あなたって見た目よりもずっと可愛いのねぇ。」
ユウの体を使ったそのゴースト・レディの声は、普段の穏やかさとは正反対の艶やかさを持っていた。
スカリーの瞳が見開かれる。普段の彼なら冷静に対応するところだが、目の前の姿がユウであることが彼を動揺させていた。
「ユウさん……!?(いや、違う、これはユウさんではない……冷静に、冷静に……!)」
内心で必死に自分を落ち着かせようとするも、顔は赤く染まり、言葉が詰まる。
「これはユウさんではない……これは、不埒なゴーストの仕業……!」
ようやく絞り出した言葉は震え混じりで、説得力に欠けていた。
スカリーは一歩後ずさるが、ゴースト・レディはそれを楽しむかのように微笑みながら距離を詰めた。
「ふふ、そんなに怖がらないで。ほら、座って。」
ゴースト・レディはスカリーの手を軽く取ると、椅子を指さした。その手の冷たさに、スカリーの肩が一瞬跳ねる。普段のユウの柔らかい手の温もりとは全く違う感触に、彼はその場の異常さを改めて実感した。
「あなたのような素敵な人に、これまで会ったことがないわ……ねぇ、もっと近づいてもいい?」
スカリーが何も言わないうちに、ゴースト・レディは彼を椅子に腰掛けさせ、自らは軽やかに彼の前にかがみ込む。顔と顔が近すぎる距離に、スカリーの瞳が揺れた。
「ユウさん……!そのようなことは――」
声を上げようとするも、ゴースト・レディが指先で彼の胸元を軽くトントンと触れる。その軽い仕草に、スカリーは反射的に体を固くした。
「このネクタイ、とてもよく似合ってるわね。」
ゴースト・レディは微笑みを浮かべながら、スカリーのネクタイを軽く引き寄せた。その指先は冷たいが、動きには妙に柔らかさと馴れ馴れしさがあった。
「でも、こんなにきちんとした装いじゃ、あなたの素顔がよく見えないのよ。」
ゴースト・レディがそう言いながらネクタイをさらに引っ張る仕草に、スカリーは思わず息を飲む。近すぎる距離と普段と違うユウの振る舞いが、彼の心を大きく乱していた。
「ユウさんを、そのように利用するとは……実に品がない……。」
スカリーの声は震え、しかしその瞳には徐々に怒りの光が宿り始めていた。
「ねぇ、あなたって本当に誠実ね。そんなところ、もっと好きになりそうだわ。」
ゴースト・レディはさらに顔を近づけ、挑発的な微笑を浮かべる。その視線には確かな挑戦の意図が感じられた。
スカリーの頬はさらに赤みを増し、内心では冷静さを保とうと必死だった。
(ユウさんの名誉を守らねば……!)
彼の理性が強く叫ぶが、目の前で彼に迫るユウの姿が、その決意を鈍らせる。
「ゴーストめ……!そのような態度は……断じて容認できません!」
スカリーは椅子から立ち上がり、冷たい瞳でゴースト・レディを睨みつけた。その言葉には紳士としての誇りと怒りが込められていた。
ゴースト・レディは、ユウの体を使い、スカリーの手をそっと取った。普段ならユウからの小さな接触にすら心が跳ねるスカリーだったが、今はその冷たい感触に嫌悪感を覚える。
「紳士的なあなたが、この手で何をするのか、見てみたいわ。」
艶やかな声で囁きながら、ゴースト・レディはスカリーの手を握りしめた。その仕草には遊び心と挑発が入り混じっており、普段のユウには到底似つかないものだった。
スカリーは顔を背けようとしたが、近づくゴースト・レディの表情が視界から離れない。胸元が熱くなるような感覚に、自分が目の前の姿に揺さぶられていることを自覚し、ますます混乱した。
その姿は確かにユウだった。けれど、その瞳、その仕草、その言葉は、彼のよく知るユウではない。
「……ねぇ、あたしにもっと、深く、近づいてもいいのよ?」
その囁きに、スカリーの心臓が跳ねる。けれど、それは喜びではなく、怒りと困惑の入り混じったものだった。
「……そのような軽薄で無礼な振る舞い……!!」
スカリーの声が低く鋭く響く。その瞳には冷たい光が宿り、彼の全身から紳士としての誇りと怒りが滲み出ていた。
「ユウさんを、それ以上侮辱するのは許さない!」
その言葉には彼の真剣な決意が込められていたが、マジカルペンを握る手が震えているのが自分でも分かった。
「くっ……どうする……?ユウさんを傷つけずに、このゴーストを追い払う方法を……!」
額に薄く汗が滲む。彼の理性は冷静さを保つよう自分を戒めていたが、目の前の「ユウ」の仕草がことごとく彼の決意を揺さぶった。
「そんな怖い顔しないで。ほら、もっとあたしに触れて……。あたしと遊びましょう?」
ゴースト・レディはさらに距離を詰め、ユウの手を使ってスカリーの肩に触れようとする。彼の呼吸が一瞬止まる。
だが、その手が肩に触れる寸前、スカリーは鋭い動きでその手を振り払った。「……その手を引いていただきたい。」その声には確かな怒りが込められていた。
「逃げないでよ。こんなに素敵な時間なのに……。」
ゴースト・レディは彼の耳元で囁くように言った。そして、その挑発的な微笑を浮かべた顔をさらに近づける。
「あなたみたいな人、誰にも渡したくないわ……。」
その言葉とともに、ゴースト・レディはユウの手を使ってスカリーの頬に触れようとした。
その瞬間、スカリーはマジカルペンを構えながら低く呟いた。「……ああうるさい、それ以上ユウさんの声で喚くな……!」
その声には怒りと悔しさ、そしてどこか切なさが混じっていた。普段の柔らかい表情は消え、瞳には冷たさと厳しさが宿っている。
スカリーが距離を取ろうとするたび、ゴースト・レディはゆっくりと近づいてくる。挑発的な視線を投げかけながら、ユウの体を使って彼の理性を試すように振る舞う。
「何が目的でこんな真似を?!」
スカリーの声が怒りに震えながら部屋に響いた。けれど、ゴースト・レディはその問いにただ薄く笑うだけだった。
「目的?ただあなたが素敵だから。それだけよ。」
その無邪気な答えに、スカリーは思わず息を詰めた。
その言葉が、まるで鋭い針のように彼の胸を刺した。ユウの顔と声でそんな言葉を聞かされるたび、彼の心は揺れ動く。怒りと羞恥、そしてわずかな心の乱れが胸中で交錯した。
スカリーは顔を手で覆いながら低く呟いた。「……恥知らずな!くっ……このような状況で心が揺れるとは、我輩はなんと未熟でございますか……!」
彼は心を落ち着けるように深呼吸し、決意を固めた。自分の使命は、ユウを守ること――それだけだ。目の前の状況に心を惑わせてはいけない。
「ユウさんを傷つけず、貴方を追い払う方法……必ず見つけ出します。」
その言葉にはスカリーの真摯な決意が込められていた。
*
談話室に漂う緊迫感の中、スカリーはマジカルペンを握りしめながらゴースト・レディを睨み続けていた。ユウを傷つけることなく、目の前のゴーストを追い払う方法を模索していたのだ。目の前のユウの姿をしたゴースト・レディが見せる挑発的な態度と言葉が、彼の怒りと困惑を増幅させている。
「さ、続きをしましょ?」
ゴースト・レディは悠然と笑みを浮かべ、再びスカリーへと一歩近づく。その瞬間、状況を一変させる出来事が起こった。
「お母さん!何してるの?このおじさんと遊んでるの?」
無邪気な声が突然割り込むと、小さな影がゴースト・レディのそばに駆け寄った。それは先ほどまでユウにしがみついていた子どもゴーストだった。
スカリーの眉がぴくりと動く。「おじさん呼ばわりとは……心外でございます……。」
そう呟きながらも、状況の変化に戸惑いを隠せない。
「こら!こういう時は“お母さん”じゃなくて“お姉さん”と呼びなさい!」
ゴースト・レディは不機嫌そうに子どもゴーストを睨む。その一方で、スカリーに向けた視線にはまだ妖艶な色が残っていた。
「あたしは今、この方とロマンティックなひとときを――」
「やめてください!!」
スカリーが全力で遮った。その声には、紳士の矜持とユウへの強い思いが込められていた。
「おねえちゃんをそんな風にしないで!」
子どもゴーストは小さな体でゴースト・レディに飛びつき、ユウの体を使っている彼女にしがみついた。その姿はどこか滑稽でありながら、真剣そのものだった。
「おねえちゃんはボクと一緒に遊ぶんだから!おじさんには渡さないもん!」
小さなゴーストの声が談話室に響き渡る。
「……我輩は“おじさん”ではないと何度言えば……。」
スカリーはため息混じりに呟きながらも、状況を慎重に見守っていた。彼の内心には微妙な困惑と苛立ちが入り混じっていた。
子どもゴーストがぷくっと頬を膨らませて、無邪気な声で問いかけた。
「お母さん、そのおじさんとケッコンするの?」
その無垢な一言に、談話室の空気が一瞬静止したように感じられた。
ゴースト・レディは艶やかな笑みを浮かべ、スカリーの顔をちらりと見ながら肩をすくめた。「それもいいわねぇ……連れてっちゃおうかしら。」
その軽い一言が、スカリーの理性に火をつけた。
「お断りです。」
スカリーは即座に切り返した。その声は冷たく鋭く響き渡り、普段の穏やかな口調とはまるで別人のようだった。だが、その冷静さの奥には明らかに苛立ちが滲んでいた。
子どもゴーストは眉を吊り上げると、さらに声を張り上げた。「ヤだ!!!!」
その叫びが部屋に響く中、スカリーとゴースト・レディの声が同時に重なった。
「え?」
子どもゴーストはその場にしゃがみ込みそうな勢いで足を踏み鳴らしながら、泣きそうな顔で叫んだ。
「そのおじさんがお父さんになるなんて絶対ヤだ!!!!」
その言葉が談話室に響き渡ると、スカリーは一瞬言葉を失った。
「……おじさん呼ばわりも、父親扱いも、実に不本意でございます……。」
彼の低い呟きには、深い困惑と傷つきが混ざっていた。内心では、胸に小さな棘が刺さるような痛みを感じていた。彼は知らぬ間に、肩の力が抜けていることに気づく。
子どもゴーストは顔を上げて、不満げに続けた。「おねえちゃんに一緒に来て欲しいけど、そのおじさんも一緒にくるならボク、あきらめる。」
そのぽつりと呟いた言葉が、スカリーの胸に深い刺傷を残した。心の奥底を鋭くえぐられるような感覚に、彼は思わず眉間にシワを寄せる。
「……くっ……。」
スカリーは喉の奥で苦しげな音を漏らしながらも、マジカルペンを握る手に無意識に力を込めた。その冷たく硬い感触が、かろうじて彼の理性をつなぎ止めていた。
(……我輩はユウさんを守るためにここにいる……だが、こんな状況で何をどうすれば……。)
彼は目の前の光景を呆然と見つめながら、自分の無力さを噛みしめた。
その場に立ち尽くすスカリー。その静かな怒りと混乱の中で、彼はどうにか解決策を見つけなければならないという焦燥感に駆られていた。
暖炉の揺れる火の光が彼の顔に影を落とし、その横顔にはいつになく憂いが漂っていた。
ゴースト・レディは少し考え込むように目を細めると、ため息交じりに言った。
「しょうがないわねぇ、ぼうやがそこまで言うなら。」
その艶めかしい口調は変わらないが、言葉にはどこか諦めの色が混ざっている。
「へっ?」
スカリーは思わず間抜けな声を漏らした。長い時間をかけてゴースト・レディを追い詰めようとしていた彼にとって、この急展開はまるで想定外だったのだ。
ゴースト・レディはユウの体をゆっくりと解放しながら、柔らかな微笑みを浮かべた。
「こんな素敵な人ともっと遊びたかったわ……じゃあね、紳士さん。」
子どもゴーストがユウの足元にしがみつき、にっこり笑った。
「おねえちゃん……おじさんがいない時にまた遊びに来るね!」
その無邪気な声がスカリーの胸に重く響く。
スカリーは眉間に皺を寄せながら、吐き捨てるように言った。
「くっ……!一体何だったんですか!?もう来られないように、徹底的に対策いたします!!!」
ゴーストたちが完全に姿を消すと、談話室にはようやく静寂が訪れた。
「……ん……スカリーくん?」
柔らかな声が静かな部屋に響いた。ユウが目を覚まし、ぼんやりとスカリーを見つめていた。その瞳には、いつもの澄んだ光が戻っている。
「どうしたの?私、寝てたみたいだけど……子どものゴーストはどうなったの?」
ユウが首を傾げながら尋ねる。その仕草がいつも通りの素朴で誠実なユウのものであることに、スカリーは内心安堵した。
「いえ、大事には至りませんでしたので……ご安心ください。」
スカリーは僅かに顔を赤らめながらも、落ち着いた口調で答えた。ユウに取り憑いていたゴースト・レディの妖艶な振る舞いを思い出し、顔に熱が上がるのを感じたが、それを隠すように視線を逸らした。
「そっか……ありがとう、スカリーくん。今回も助けられちゃったね。」
ユウの笑顔に、スカリーの胸は少しだけ軽くなった。だが同時に、先ほどの出来事が脳裏に焼き付いて離れない。
*
真夜中、スカリーは静かな自室で一人、深いため息をついていた。部屋の窓から差し込む月明かりが、机に置かれたマジカルペンを淡く照らしている。
「……くっ、我輩もまだまだ未熟でございます……。」
スカリーは呟きながら深いため息をついた。その声にはどこか落ち着きがなく、顔には未だ赤みが残っている。椅子から立ち上がると、ベッドに向かう足取りは妙にぎこちない。
ベッドに腰を下ろすなり、スカリーは手で顔を覆った。「何たることか……ユウさんの姿で、あのような……!」あの妖艶な態度も、ユウの姿を借りていたからこそ彼を揺さぶったのだ――思い返すたびに、胸の奥がざわつき、熱がこみ上げてくる。
「冷静でいられねば、紳士の名が廃る!」
そう自分に言い聞かせながらも、頭の中に浮かぶのはユウの姿をしたゴースト・レディの挑発的な微笑み。あの指先の感触、耳元で囁かれた声――思い出したくもないのに、記憶が鮮明すぎて心が耐えきれない。
「うああああっ!」
思わずベッドに倒れ込む。勢いよくクッションに顔を埋めると、次の瞬間、ゴロリと体を横に転がした。
「あんなこと、ユウさんが知ったら……いや、知らないでいてくださったことだけが救い……!」
仰向けになったかと思えば、今度は勢いよく反転してうつ伏せになる。そして枕を抱え込むようにして頭をぶんぶん振った。
「紳士的な振る舞いを心がけるべきというのに……いや、違う!そもそも我輩がどうこうというよりも……!」
再び横に転がり、今度はベッドの端に足がぶつかる。そこからさらに転がろうとして「おっと!」と慌てて体を戻す。
「このように感情を乱されるとは……!」
もはや言葉もまとまらず、ただ枕に顔を埋めながら足をばたばたさせる。その動きは紳士の優雅さとは程遠く、完全に一人の青年としての動揺そのものだった。
やがて、スカリーは動きを止め、両手を顔の上に置きながら天井を見つめた。
「……ユウさん……貴方を守るためならば、どのような困難も……いや、その前に、まず自分の理性を鍛えねばなりません……。」
同時に、あのゴースト・レディの挑発的な振る舞いが頭をよぎる。
「……あのような下劣なゴーストが再び現れるようなことは、断じて許しません……!」
そう呟きながらも、熱くなった頬を冷ますため、しばらくそのままベッドでごろごろと転がり続けるスカリーだった。
オンボロ寮の談話室は、冬の冷たい夜風を遠ざけるように暖かい光に包まれていた。暖炉の火がパチパチと音を立て、燃える木の香ばしい匂いが部屋に漂う。赤々と揺れる炎の明かりは、ユウとスカリーの影を壁に柔らかく映し出していた。
ユウは手元の本を開きながらも、肩越しにスカリーへ微笑みかけた。「スカリーくん、暖炉の火、いい感じだね。掃除した甲斐があった~。」
スカリーは椅子に深く腰掛け、穏やかな表情で紅茶を一口含む。「ええ、ユウさん。暖炉の火は、この季節の寮に欠かせませんね。もし冷えを感じたら、遠慮なくお申し付けください。」
部屋には、二人だけの静かな時間が流れていた。しかし、その穏やかな空気が破られるのは、唐突だった。
「お…えちゃ…!」
突然、談話室の扉がわずかにきしむ音とともに、誰かが駆け込むような気配がした。そして、次の瞬間、幼い声が響いた。
「おねえちゃん!」
ユウの足元に、ふわりと白い霧がまとわりつく。その中心には、かつて見た子どもゴーストの姿があった。
「ちょ、また君!?」
ユウは驚きの声を上げ、立ち上がろうとするも、子どもゴーストはしっかりとユウの足にしがみついていた。小さな霊体の冷たい感触が、ユウの足元に伝わる。
「おねえちゃんに会いに来たよ!今度はずっと一緒に遊べるようにしたいの!」
子どもゴーストは無邪気な声でそう言いながら、さらにしがみつく力を強める。その透けた手が、暖炉の温かさとは対照的にひんやりと冷たかった。
ユウは目を見開き、「もう!次は騙されないんだからね!離れて!」と足を振りほどこうとするが、子どもゴーストは微動だにしない。
その様子を見ていたスカリーは、すっと椅子から立ち上がった。先ほどまでの穏やかな表情は影を潜め、瞳には冷たい光が宿る。
「また貴方ですか……。」
低く響く声が部屋の空気を一瞬で引き締めた。「このような時間に現れるとは、礼儀をわきまえていただきたいものですね。」
スカリーはマジカルペンを取り出し、子どもゴーストを睨みつけた。「一度追い払ったはずですが……今回も、またあの世に送り返して差し上げます。」
「わぁ怖い!怖い!」子どもゴーストは口をとがらせながら、ユウの足元でしがみつきをやめない。「でもね、今回は一人じゃないんだ!」
その言葉にスカリーの眉がぴくりと動く。「……何です?」
子どもゴーストが小さな手で部屋の片隅を指さした。そちらを振り返ると、霧が濃くなり、次第に人の形を成していく。現れたのは、妖艶な微笑を浮かべた女性のゴーストだった。
「はぁ~ん、これが噂の紳士くん?」
ゴースト・レディは、艶やかな動きで宙を滑るように進むと、スカリーにじっと視線を向けた。瞳の奥に何かを企むような光を宿しながら、口元に笑みを浮かべる。
「何者ですか。」
スカリーの声は冷たく鋭かった。目の前の存在が、ただの偶然で現れたわけではないと悟っているようだった。
「あたし?この子のお姉さん……みたいなものかしら?」
ゴースト・レディは、ふわりと舞うような動きでユウのすぐ横に浮かんだ。
「あなた、本当に素敵ねぇ。見る目が変わるわ。」
「そのような戯言に付き合うつもりはございません。」
スカリーは冷静にマジカルペンを握り直した。しかし、ゴースト・レディの笑みは揺るがない。
「でも、あなたと遊ぶなら……この子の体を借りた方が、もっと楽しいと思わない?」
そう言うと、ゴースト・レディはユウの体にじりじりと近づいていった。
「おやめなさい!」
スカリーがマジカルペンを振り上げた瞬間、ゴースト・レディはふっとユウに溶け込むように姿を消した。そして、ユウがゆっくりと顔を上げた。
「ふふ、これでどうかしら?」
その瞳に宿る光は、普段のユウのものではなかった。
*
談話室の空気が、いつもとは違う重さを帯びていた。暖炉の火はまだ揺れているものの、その暖かさがかき消されるような冷たい緊張感が部屋を満たしている。
スカリーの前には、ユウの姿をしたゴースト・レディが立っていた。瞳には普段の澄んだ輝きがなく、挑発的で妖艶な光が宿っている。その視線に射抜かれ、スカリーの胸が早鐘を打った。
「ねぇ、あなたって見た目よりもずっと可愛いのねぇ。」
ユウの体を使ったそのゴースト・レディの声は、普段の穏やかさとは正反対の艶やかさを持っていた。
スカリーの瞳が見開かれる。普段の彼なら冷静に対応するところだが、目の前の姿がユウであることが彼を動揺させていた。
「ユウさん……!?(いや、違う、これはユウさんではない……冷静に、冷静に……!)」
内心で必死に自分を落ち着かせようとするも、顔は赤く染まり、言葉が詰まる。
「これはユウさんではない……これは、不埒なゴーストの仕業……!」
ようやく絞り出した言葉は震え混じりで、説得力に欠けていた。
スカリーは一歩後ずさるが、ゴースト・レディはそれを楽しむかのように微笑みながら距離を詰めた。
「ふふ、そんなに怖がらないで。ほら、座って。」
ゴースト・レディはスカリーの手を軽く取ると、椅子を指さした。その手の冷たさに、スカリーの肩が一瞬跳ねる。普段のユウの柔らかい手の温もりとは全く違う感触に、彼はその場の異常さを改めて実感した。
「あなたのような素敵な人に、これまで会ったことがないわ……ねぇ、もっと近づいてもいい?」
スカリーが何も言わないうちに、ゴースト・レディは彼を椅子に腰掛けさせ、自らは軽やかに彼の前にかがみ込む。顔と顔が近すぎる距離に、スカリーの瞳が揺れた。
「ユウさん……!そのようなことは――」
声を上げようとするも、ゴースト・レディが指先で彼の胸元を軽くトントンと触れる。その軽い仕草に、スカリーは反射的に体を固くした。
「このネクタイ、とてもよく似合ってるわね。」
ゴースト・レディは微笑みを浮かべながら、スカリーのネクタイを軽く引き寄せた。その指先は冷たいが、動きには妙に柔らかさと馴れ馴れしさがあった。
「でも、こんなにきちんとした装いじゃ、あなたの素顔がよく見えないのよ。」
ゴースト・レディがそう言いながらネクタイをさらに引っ張る仕草に、スカリーは思わず息を飲む。近すぎる距離と普段と違うユウの振る舞いが、彼の心を大きく乱していた。
「ユウさんを、そのように利用するとは……実に品がない……。」
スカリーの声は震え、しかしその瞳には徐々に怒りの光が宿り始めていた。
「ねぇ、あなたって本当に誠実ね。そんなところ、もっと好きになりそうだわ。」
ゴースト・レディはさらに顔を近づけ、挑発的な微笑を浮かべる。その視線には確かな挑戦の意図が感じられた。
スカリーの頬はさらに赤みを増し、内心では冷静さを保とうと必死だった。
(ユウさんの名誉を守らねば……!)
彼の理性が強く叫ぶが、目の前で彼に迫るユウの姿が、その決意を鈍らせる。
「ゴーストめ……!そのような態度は……断じて容認できません!」
スカリーは椅子から立ち上がり、冷たい瞳でゴースト・レディを睨みつけた。その言葉には紳士としての誇りと怒りが込められていた。
ゴースト・レディは、ユウの体を使い、スカリーの手をそっと取った。普段ならユウからの小さな接触にすら心が跳ねるスカリーだったが、今はその冷たい感触に嫌悪感を覚える。
「紳士的なあなたが、この手で何をするのか、見てみたいわ。」
艶やかな声で囁きながら、ゴースト・レディはスカリーの手を握りしめた。その仕草には遊び心と挑発が入り混じっており、普段のユウには到底似つかないものだった。
スカリーは顔を背けようとしたが、近づくゴースト・レディの表情が視界から離れない。胸元が熱くなるような感覚に、自分が目の前の姿に揺さぶられていることを自覚し、ますます混乱した。
その姿は確かにユウだった。けれど、その瞳、その仕草、その言葉は、彼のよく知るユウではない。
「……ねぇ、あたしにもっと、深く、近づいてもいいのよ?」
その囁きに、スカリーの心臓が跳ねる。けれど、それは喜びではなく、怒りと困惑の入り混じったものだった。
「……そのような軽薄で無礼な振る舞い……!!」
スカリーの声が低く鋭く響く。その瞳には冷たい光が宿り、彼の全身から紳士としての誇りと怒りが滲み出ていた。
「ユウさんを、それ以上侮辱するのは許さない!」
その言葉には彼の真剣な決意が込められていたが、マジカルペンを握る手が震えているのが自分でも分かった。
「くっ……どうする……?ユウさんを傷つけずに、このゴーストを追い払う方法を……!」
額に薄く汗が滲む。彼の理性は冷静さを保つよう自分を戒めていたが、目の前の「ユウ」の仕草がことごとく彼の決意を揺さぶった。
「そんな怖い顔しないで。ほら、もっとあたしに触れて……。あたしと遊びましょう?」
ゴースト・レディはさらに距離を詰め、ユウの手を使ってスカリーの肩に触れようとする。彼の呼吸が一瞬止まる。
だが、その手が肩に触れる寸前、スカリーは鋭い動きでその手を振り払った。「……その手を引いていただきたい。」その声には確かな怒りが込められていた。
「逃げないでよ。こんなに素敵な時間なのに……。」
ゴースト・レディは彼の耳元で囁くように言った。そして、その挑発的な微笑を浮かべた顔をさらに近づける。
「あなたみたいな人、誰にも渡したくないわ……。」
その言葉とともに、ゴースト・レディはユウの手を使ってスカリーの頬に触れようとした。
その瞬間、スカリーはマジカルペンを構えながら低く呟いた。「……ああうるさい、それ以上ユウさんの声で喚くな……!」
その声には怒りと悔しさ、そしてどこか切なさが混じっていた。普段の柔らかい表情は消え、瞳には冷たさと厳しさが宿っている。
スカリーが距離を取ろうとするたび、ゴースト・レディはゆっくりと近づいてくる。挑発的な視線を投げかけながら、ユウの体を使って彼の理性を試すように振る舞う。
「何が目的でこんな真似を?!」
スカリーの声が怒りに震えながら部屋に響いた。けれど、ゴースト・レディはその問いにただ薄く笑うだけだった。
「目的?ただあなたが素敵だから。それだけよ。」
その無邪気な答えに、スカリーは思わず息を詰めた。
その言葉が、まるで鋭い針のように彼の胸を刺した。ユウの顔と声でそんな言葉を聞かされるたび、彼の心は揺れ動く。怒りと羞恥、そしてわずかな心の乱れが胸中で交錯した。
スカリーは顔を手で覆いながら低く呟いた。「……恥知らずな!くっ……このような状況で心が揺れるとは、我輩はなんと未熟でございますか……!」
彼は心を落ち着けるように深呼吸し、決意を固めた。自分の使命は、ユウを守ること――それだけだ。目の前の状況に心を惑わせてはいけない。
「ユウさんを傷つけず、貴方を追い払う方法……必ず見つけ出します。」
その言葉にはスカリーの真摯な決意が込められていた。
*
談話室に漂う緊迫感の中、スカリーはマジカルペンを握りしめながらゴースト・レディを睨み続けていた。ユウを傷つけることなく、目の前のゴーストを追い払う方法を模索していたのだ。目の前のユウの姿をしたゴースト・レディが見せる挑発的な態度と言葉が、彼の怒りと困惑を増幅させている。
「さ、続きをしましょ?」
ゴースト・レディは悠然と笑みを浮かべ、再びスカリーへと一歩近づく。その瞬間、状況を一変させる出来事が起こった。
「お母さん!何してるの?このおじさんと遊んでるの?」
無邪気な声が突然割り込むと、小さな影がゴースト・レディのそばに駆け寄った。それは先ほどまでユウにしがみついていた子どもゴーストだった。
スカリーの眉がぴくりと動く。「おじさん呼ばわりとは……心外でございます……。」
そう呟きながらも、状況の変化に戸惑いを隠せない。
「こら!こういう時は“お母さん”じゃなくて“お姉さん”と呼びなさい!」
ゴースト・レディは不機嫌そうに子どもゴーストを睨む。その一方で、スカリーに向けた視線にはまだ妖艶な色が残っていた。
「あたしは今、この方とロマンティックなひとときを――」
「やめてください!!」
スカリーが全力で遮った。その声には、紳士の矜持とユウへの強い思いが込められていた。
「おねえちゃんをそんな風にしないで!」
子どもゴーストは小さな体でゴースト・レディに飛びつき、ユウの体を使っている彼女にしがみついた。その姿はどこか滑稽でありながら、真剣そのものだった。
「おねえちゃんはボクと一緒に遊ぶんだから!おじさんには渡さないもん!」
小さなゴーストの声が談話室に響き渡る。
「……我輩は“おじさん”ではないと何度言えば……。」
スカリーはため息混じりに呟きながらも、状況を慎重に見守っていた。彼の内心には微妙な困惑と苛立ちが入り混じっていた。
子どもゴーストがぷくっと頬を膨らませて、無邪気な声で問いかけた。
「お母さん、そのおじさんとケッコンするの?」
その無垢な一言に、談話室の空気が一瞬静止したように感じられた。
ゴースト・レディは艶やかな笑みを浮かべ、スカリーの顔をちらりと見ながら肩をすくめた。「それもいいわねぇ……連れてっちゃおうかしら。」
その軽い一言が、スカリーの理性に火をつけた。
「お断りです。」
スカリーは即座に切り返した。その声は冷たく鋭く響き渡り、普段の穏やかな口調とはまるで別人のようだった。だが、その冷静さの奥には明らかに苛立ちが滲んでいた。
子どもゴーストは眉を吊り上げると、さらに声を張り上げた。「ヤだ!!!!」
その叫びが部屋に響く中、スカリーとゴースト・レディの声が同時に重なった。
「え?」
子どもゴーストはその場にしゃがみ込みそうな勢いで足を踏み鳴らしながら、泣きそうな顔で叫んだ。
「そのおじさんがお父さんになるなんて絶対ヤだ!!!!」
その言葉が談話室に響き渡ると、スカリーは一瞬言葉を失った。
「……おじさん呼ばわりも、父親扱いも、実に不本意でございます……。」
彼の低い呟きには、深い困惑と傷つきが混ざっていた。内心では、胸に小さな棘が刺さるような痛みを感じていた。彼は知らぬ間に、肩の力が抜けていることに気づく。
子どもゴーストは顔を上げて、不満げに続けた。「おねえちゃんに一緒に来て欲しいけど、そのおじさんも一緒にくるならボク、あきらめる。」
そのぽつりと呟いた言葉が、スカリーの胸に深い刺傷を残した。心の奥底を鋭くえぐられるような感覚に、彼は思わず眉間にシワを寄せる。
「……くっ……。」
スカリーは喉の奥で苦しげな音を漏らしながらも、マジカルペンを握る手に無意識に力を込めた。その冷たく硬い感触が、かろうじて彼の理性をつなぎ止めていた。
(……我輩はユウさんを守るためにここにいる……だが、こんな状況で何をどうすれば……。)
彼は目の前の光景を呆然と見つめながら、自分の無力さを噛みしめた。
その場に立ち尽くすスカリー。その静かな怒りと混乱の中で、彼はどうにか解決策を見つけなければならないという焦燥感に駆られていた。
暖炉の揺れる火の光が彼の顔に影を落とし、その横顔にはいつになく憂いが漂っていた。
ゴースト・レディは少し考え込むように目を細めると、ため息交じりに言った。
「しょうがないわねぇ、ぼうやがそこまで言うなら。」
その艶めかしい口調は変わらないが、言葉にはどこか諦めの色が混ざっている。
「へっ?」
スカリーは思わず間抜けな声を漏らした。長い時間をかけてゴースト・レディを追い詰めようとしていた彼にとって、この急展開はまるで想定外だったのだ。
ゴースト・レディはユウの体をゆっくりと解放しながら、柔らかな微笑みを浮かべた。
「こんな素敵な人ともっと遊びたかったわ……じゃあね、紳士さん。」
子どもゴーストがユウの足元にしがみつき、にっこり笑った。
「おねえちゃん……おじさんがいない時にまた遊びに来るね!」
その無邪気な声がスカリーの胸に重く響く。
スカリーは眉間に皺を寄せながら、吐き捨てるように言った。
「くっ……!一体何だったんですか!?もう来られないように、徹底的に対策いたします!!!」
ゴーストたちが完全に姿を消すと、談話室にはようやく静寂が訪れた。
「……ん……スカリーくん?」
柔らかな声が静かな部屋に響いた。ユウが目を覚まし、ぼんやりとスカリーを見つめていた。その瞳には、いつもの澄んだ光が戻っている。
「どうしたの?私、寝てたみたいだけど……子どものゴーストはどうなったの?」
ユウが首を傾げながら尋ねる。その仕草がいつも通りの素朴で誠実なユウのものであることに、スカリーは内心安堵した。
「いえ、大事には至りませんでしたので……ご安心ください。」
スカリーは僅かに顔を赤らめながらも、落ち着いた口調で答えた。ユウに取り憑いていたゴースト・レディの妖艶な振る舞いを思い出し、顔に熱が上がるのを感じたが、それを隠すように視線を逸らした。
「そっか……ありがとう、スカリーくん。今回も助けられちゃったね。」
ユウの笑顔に、スカリーの胸は少しだけ軽くなった。だが同時に、先ほどの出来事が脳裏に焼き付いて離れない。
*
真夜中、スカリーは静かな自室で一人、深いため息をついていた。部屋の窓から差し込む月明かりが、机に置かれたマジカルペンを淡く照らしている。
「……くっ、我輩もまだまだ未熟でございます……。」
スカリーは呟きながら深いため息をついた。その声にはどこか落ち着きがなく、顔には未だ赤みが残っている。椅子から立ち上がると、ベッドに向かう足取りは妙にぎこちない。
ベッドに腰を下ろすなり、スカリーは手で顔を覆った。「何たることか……ユウさんの姿で、あのような……!」あの妖艶な態度も、ユウの姿を借りていたからこそ彼を揺さぶったのだ――思い返すたびに、胸の奥がざわつき、熱がこみ上げてくる。
「冷静でいられねば、紳士の名が廃る!」
そう自分に言い聞かせながらも、頭の中に浮かぶのはユウの姿をしたゴースト・レディの挑発的な微笑み。あの指先の感触、耳元で囁かれた声――思い出したくもないのに、記憶が鮮明すぎて心が耐えきれない。
「うああああっ!」
思わずベッドに倒れ込む。勢いよくクッションに顔を埋めると、次の瞬間、ゴロリと体を横に転がした。
「あんなこと、ユウさんが知ったら……いや、知らないでいてくださったことだけが救い……!」
仰向けになったかと思えば、今度は勢いよく反転してうつ伏せになる。そして枕を抱え込むようにして頭をぶんぶん振った。
「紳士的な振る舞いを心がけるべきというのに……いや、違う!そもそも我輩がどうこうというよりも……!」
再び横に転がり、今度はベッドの端に足がぶつかる。そこからさらに転がろうとして「おっと!」と慌てて体を戻す。
「このように感情を乱されるとは……!」
もはや言葉もまとまらず、ただ枕に顔を埋めながら足をばたばたさせる。その動きは紳士の優雅さとは程遠く、完全に一人の青年としての動揺そのものだった。
やがて、スカリーは動きを止め、両手を顔の上に置きながら天井を見つめた。
「……ユウさん……貴方を守るためならば、どのような困難も……いや、その前に、まず自分の理性を鍛えねばなりません……。」
同時に、あのゴースト・レディの挑発的な振る舞いが頭をよぎる。
「……あのような下劣なゴーストが再び現れるようなことは、断じて許しません……!」
そう呟きながらも、熱くなった頬を冷ますため、しばらくそのままベッドでごろごろと転がり続けるスカリーだった。