スカリーくんと監督生のなんでもない一日【完結】
監督生さん、素敵な貴方のお名前は?
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【スカリーくんが監督生を看病しているだけ】
朝の光がオンボロ寮の窓から差し込み、薄いカーテンを柔らかく照らしていた。冬の冷たい空気が隙間風となり、部屋の中をかすかに動いている。ベッドの上でユウは目を閉じたまま、重い体を起こそうと努力していたが、どこかいつもと違う違和感を覚えていた。体がだるく、軽い寒気が背筋を走る。額には微かに汗が浮かび、布団の中にいるのに寒さを感じる。
「子分、大丈夫か?」
耳元で聞き慣れた声が響き、ユウはかろうじて瞼を開けた。グリムが心配そうにユウの顔を覗き込んでいる。いつもは能天気な彼の表情も、この時ばかりは真剣だった。
「ふなぁ~、なんか顔が赤いんだゾ……。」
グリムが不安げに小さく唸りながら、ふわふわの肉球をそっとユウのおでこに当てた。ぷにぷにと柔らかな感触が、火照った肌の熱を受け取るように伝わってくる。その冷たさにユウが少し目を閉じると、グリムはさらに眉をひそめた。
「おい、こんな熱いの、無理してたんじゃねーだろな!」
普段の威張った態度とは違い、その声には隠しきれない心配が滲んでいた。
「……平気、大丈夫だよ。」ユウはかすれた声で応じたが、その言葉の力はいつもよりも頼りなかった。
その瞬間、部屋の扉が静かに開いた。スカリーがいつものように笑みを浮かべて現れる。手には小さな花束と水差しを持ち、朝の挨拶のために来たことが一目で分かった。
「おはようございます、素敵な貴方。今朝も良い朝を――」
しかし、スカリーの言葉は途中で途切れた。ユウの顔色がいつもと違うことに気づいたのだ。彼は数歩でベッドに近づき、慎重にユウの額に手を当てた。その瞬間、スカリーの表情が曇る。
「これは……ユウさん!熱がおありではありませんか!」
彼の声には珍しく動揺が混じっていた。
「えっ、大丈夫。これ、多分……最近はもう平気だったんだけど……」ユウは言葉を継ごうとしたが、息が少し切れたような声で続けた。「魔力順応性不足症 、だと思う。」
スカリーは一瞬目を見開いた。「……それは、魔力濃度が薄い地域で暮らされている方がかかりやすいという病ではありませんか? あの、いつもお元気なユウさんが……まさか。」
声がかすかに揺れるのは、ユウがそんな症状に悩まされているとは思いもしなかったからだ。
スカリーはそっと顔を傾け、ユウの様子を改めて確かめるように見つめた。「貴方がそのような体調の負担を抱えながらも、これまで……本当に、なんとお強い。」その声には驚きだけでなく、どこか心配を隠しきれない響きがあった。
ユウは軽く肩をすくめ、薄く笑ってみせた。「大丈夫だよ。慣れてきたから、もう平気。でも、たまにこうなるんだよね。」
ユウの言葉にスカリーは唇をきゅっと結び、静かに頷いた。その仕草からは、彼が心の中で何かを決意したような気配が感じられた。
ユウは頷いた。「休めば大丈夫だから。」
「休めば……。」スカリーは微かに眉をひそめた。「しかし、貴方のこの状況を放置することなど……治癒魔法を……いや、魔法薬を――」
「魔法薬も治癒魔法も、逆効果になるかもしれないって聞いた。だから大丈夫。休むだけで治るの。」ユウは苦笑いを浮かべたが、その顔はどこか無理をしているようにも見えた。
スカリーは一瞬言葉を失い、そして静かに息を吐いた。「……承知いたしました。それでは、我輩が貴方の回復のために最善を尽くしましょう。グリムさん、温かい飲み物のご準備をお願いできますか?」
「オレ様が?しょうがねぇな~!」グリムは少し不満げな様子だったが、すぐに部屋を飛び出して行った。
*
スカリーは再びユウに向き直り、椅子を引いてベッドのそばに腰掛けた。「ユウさん、どうかご安心くださいませ。我輩が全力でお守りいたします。」その言葉と共に、彼は穏やかな笑みを浮かべ、そっと手を握った。
続けて、スカリーの冷たい指がそっとユウのおでこに触れた。ひんやりとした感触が熱を和らげ、ユウは思わず小さく息を漏らす。「……つめたくて気持ちいい。」
その一言に、スカリーの胸が微かに震えた。ユウが自分の手を心地よいと言ってくれることが、なぜか胸の奥で温かな感情を呼び起こす。
「我輩の手が少しでも貴方の助けとなるならば、こんなに嬉しいことはございません。」
その声には、穏やかで真摯な響きが込められており、ほんの僅かな安堵と誇りが滲んでいた。スカリーの瞳は優しく、彼の全てがユウに寄り添うような佇まいを見せていた。彼は一度深く息を吐き、ユウの顔に静かに視線を向けた。
「ユウさん、少しの間だけお待ちいただけますか。我輩が簡単な食事をご用意いたします。」
ユウが弱々しく頷くのを見届けると、スカリーはそっと椅子を引いて立ち上がり、静かに部屋を後にした。
残された部屋には、冬の冷たい空気が隙間風となって漂い、静けさが広がった。時計の秒針が刻む音だけがかすかに響く中、ユウは薄く目を閉じる。体のだるさを感じながらも、グリムとスカリーが自分のために心を砕いていることが伝わり、胸の奥でじんとした感覚が広がった。
しばらくして、軽い足音が階段を上がり、扉の外で音が止まる。スカリーがそっと戻ってきたのだとわかり、ユウは静かに目を開けた。その瞬間、ユウの視界にスカリーの姿が映り、その背後からはグリムが自慢げに続いて入ってきた。
「ほら、これ。オレ様があったかいの持ってきてやったんだゾ。」
グリムが自慢げにトレイを前足で持ち上げる。その上には湯気の立つホットレモネードが置かれていた。透き通った黄色の液体に浮かぶレモンは、まるで波打つようなデコボコの切り口が特徴的で、グリムの小さな爪の努力が刻まれている。爽やかなレモンと、はちみつの甘い香りが部屋中に広がる。
「感謝いたします、グリムさん。」
スカリーは柔らかく微笑みながら、慎重にトレイを受け取り、枕元の小さなテーブルに置いた。そして、すぐに自分が持参した別のトレイをそっとその隣に並べる。
そのトレイには、優しい香りを漂わせるオートミール粥が小さな白い器に入れられていた。オートミールは滑らかでクリーミーに炊かれており、その上にはほのかに甘いシナモンが振りかけられている。その横には、一口サイズに切られたリンゴとオレンジが並び、果汁がキラリと光って食欲をそそる。さらに、小さなガラス容器には、ゼラチンの透き通ったゼリーが優雅に揺れている。淡いピーチの香りが漂い、フルーツピースが中に閉じ込められているのが見えた。
「ユウさん、こちらを少しずつ召し上がってください。熱を下げるのに効果があるはずです。」
スカリーは粥の器を慎重に手に取り、ユウの枕元にそっと置く。彼の動きにはいつもながらの優雅さがあり、どこか安らぎを与えるものだった。
「スカリーくん……ありがとう。でも、こんなに用意しなくてもよかったのに。」
その声はいつもより弱々しいが、彼を気遣う思いが伝わってくる。
スカリーは軽く首を振り、ユウの言葉を遮るように微笑む。「いえ、これくらいのこと、我輩にとっては些細なことです。どうか無理をなさらず、少しでも楽になるために口にしてくださいませ。」
そう言って彼はスプーンを手に取り、オートミールを一口分すくう。その香りと穏やかな温もりが、ユウの疲れた体を癒すようだった。
ユウは少し戸惑いながらも、彼の勧めに従って口に含んだ。「……美味しい。」
その一言に、スカリーの目元がほのかに和らぐ。
「それは何よりです。貴方が少しでも楽になれるのなら、我輩はそれで満足です。」
その声は優しく、ユウを包み込むようだった。
スカリーがユウの顔をそっと冷やし、穏やかな声で安心させる様子を見て、グリムもようやく肩の力を抜いた。
「ふなぁ。」
小さなため息をつきながら、枕元に歩み寄った。ユウの近くでじっと座り込むと、その丸い背中を向けるように体を丸め、安心したようにゴロンと横になった。
「オレ様がここにいれば、安心して眠れるだろ?」
小さく鼻を鳴らし、ぴったりと寄り添う。その耳だけはかすかにピクリと動き、いつでもユウの変化を察知できるように注意を払っているようだった。
スカリーはそんなグリムの様子に目を細め、椅子にそっと腰掛ける。ユウの瞼がゆっくりと閉じられるのを確認するまで、その優しい視線は二人を静かに見守り続けた。
*
夜は深く、冷え切った空気がオンボロ寮の窓を薄く覆う氷にしみ込んでいた。ユウはベッドに横たわり、熱のせいで紅潮した頬が枕に触れていた。ユウの呼吸は浅く、時折震える声で何かを呟く。その言葉は、静かな部屋の中でも聞き取れないほど弱々しかった。
「スカリー……寒い……。」
微かに漏れたその声が、少し離れたソファで控えていたスカリーの耳に届いた。
彼はすぐさま歩み寄り、その細長い指がユウの手に触れた。その瞬間、彼の冷たい手が熱を帯びたユウの指にそっと絡む。その感触は一瞬驚くほど冷たくも、次第に心地よさを与えるように変わっていった。
「ユウさん、どうか安心してください。」
スカリーの声は低く穏やかで、静かな夜の中で響く。その言葉には、彼が心からユウを気遣っているのが滲み出ていた。
「体は温かくしておきましょう。」
スカリーは手元に用意していた冷たいタオルを絞りながら続ける。「熱が上がりそうですので、これで頭を冷やしましょう。」
彼はタオルをユウの額に優しく置き、そっとその上から手を当てた。その冷たさが熱に侵されたユウの肌にじんわりと浸透し、わずかながら安らぎをもたらした。
「……これが、君に、うつらなくて、良かった。」
熱に浮かされたユウは、ぼんやりとした瞳で彼を見上げながら呟いた。その言葉には、ユウ自身の体調よりも彼を心配する気持ちが含まれていた。
スカリーはその言葉に一瞬驚いたようだったが、すぐに微笑みを浮かべた。「貴方の優しさに、我輩はどれほど励まされていることでしょう……。」
「そばに、いてくれて、嬉しい……。」
ユウの声は弱く掠れていたが、その言葉はスカリーの胸に深く届いた。
「ユウさん。我輩の隣でどうかご安心を。」
その言葉には、どんな困難があってもユウを守りたいという決意が込められていた。
夜が更けるにつれ、スカリーは何度もユウの部屋を訪れた。部屋の静寂の中、彼が枕元に座る姿はまるで影のように静かだった。気配を消すように慎重に動きながらも、その手は休むことを知らなかった。彼はユウの呼吸を確かめ、冷たいタオルを新しいものに交換し、乱れた毛布をそっと直す。その仕草は一つひとつが丁寧で、まるで壊れ物に触れるような繊細さを持っていた。
やがて、スカリーはベッドサイドに膝をつき、ユウの顔を静かに見つめた。弱々しい呼吸の合間に見える穏やかな寝顔が、彼の胸に複雑な感情を呼び起こす。その瞳には、深い慈しみと責任感がはっきりと宿っていた。
彼は小さく息を吐き、その冷たい指がユウの髪をそっとかき上げた。そして、迷うことなくユウの額に唇を寄せる。キスは短くも優しく、彼の冷静な外見に隠された、深く温かな感情を静かに語りかけていた。
窓の外では、星々がきらめき、冬の夜空を照らしていた。寒気が窓枠から忍び込む中で、スカリーの存在は部屋に不思議な温もりをもたらしていた。ユウの頬の赤みが少しずつ引き、表情が穏やかさを取り戻す様子を見て、スカリーは目を伏せ、心の中で小さく息を吐いた。その瞬間、彼の胸に安堵の感覚が広がった。
「どうか……早く良くなってくださいませ、愛しい貴方。」
その囁きは、ユウの耳に届くかどうかの微かな声だったが、その響きには深い思いが込められていた。
スカリーはそっと椅子に腰を下ろし、疲れを知らぬように再びユウの寝顔を見つめた。その瞳には夜明けまで見守り続けるという、静かで揺るぎない決意が映し出されていた。星明かりの下で、二人の間に漂う空気は穏やかで、どこか永遠のような静けさを感じさせるものだった。
*
翌朝、部屋の中に射し込む淡い朝陽が、冬の冷たい空気を少しだけ和らげていた。ベッドに横たわっていたユウは、瞼の重みが消えたことに気づき、そっと目を開けた。ユウの視界に広がるのは、柔らかな陽光に包まれた天井。そして、枕元に置かれたグラスから漂うほのかなハーブの香りが、心地よく鼻をくすぐった。
「……熱が下がったみたい!」
明るい声が静かな部屋に響く。自分の額に手を当てて確かめたユウは、安堵の笑みを浮かべた。
その声に反応して、椅子に座っていたスカリーが顔を上げる。白い髪が朝陽を受けて淡く輝き、深い橙色の瞳が柔らかくユウを見つめていた。
「それは何よりでございます。」
スカリーの声には、隠しきれない安心感と優しさが滲んでいた。
「ですが、貴方にはもっとご自身を大切にしていただきたい。我輩としては、もう二度とこのようなことが起きぬよう、全力で阻止いたしますので。」
その少し厳しめの言葉に、ユウは一瞬肩をすくめたが、すぐに「はい!もう無理しません!」と軽く笑って返した。その笑顔を見て、スカリーもわずかに表情を和らげた。
すると、ユウの足元で寝ていたグリムが大きなあくびをしながら起き上がり、前足で顔をこすりながら茶化し始めた。
「また倒れたらスカリーが看病してくれるんだろ?なら、いっそ毎日倒れちまえ!」
「グリム!何言ってるの!」
ユウは真っ赤な顔で抗議の声を上げたが、スカリーはわずかに目を細め、冷静に応じた。
「そのような無茶をされるようであれば、まずはグリムさんを叱るところから始めますね。」
「ふなっ!?」
グリムは全身の毛を逆立てて飛び退き、慌てて部屋の隅に隠れた。その様子にユウは思わず声を上げて笑い出し、部屋の空気が一気に和らいだ。
「本当にありがとう、スカリーくん。」
ユウは笑いながらスカリーを見つめた。「もしかして、朝までずっと看病してくれたの?……目の下にクマができてるよ。」
その言葉に、スカリーは一瞬だけ目を伏せ、静かに肩をすくめた。
「素敵な貴方の為ならば、大したことではございません。」
ユウはスカリーの言葉に胸をじんと温かくし、ベッドの中からそっと手を伸ばした。柔らかな温もりを帯びた指先がスカリーの手に触れ、その温かさに彼は一瞬目を細めた。
「スカリーくん……本当に助けられてばかりだね。ありがとう。」
ユウの声は弱々しいながらも、彼への感謝と信頼がにじみ出ていた。その温かな手のひらが、冷たいスカリーの指先を包み込むように触れた瞬間、彼の胸には確かな安らぎが広がった。
スカリーはその言葉に目を細めると、そっとユウの手を握り返した。その仕草には、彼の静かな思いやりと深い信頼が込められていた。
「貴方が元気を取り戻された今、それだけで我輩の胸は満たされます。」
窓の外では、朝の風が木々を優しく揺らしていた。二人の間には、柔らかな笑いと感謝のやり取りが流れ、まるで新しい一日を祝福するかのように穏やかな時間が広がっていた。
*
――魔力順応が進むにつれて、ユウがこの世界での生活に慣れ始めていることは、周囲にも目に見える形で現れていた。かつて頻繁にユウを苦しめていた風邪のような症状も、今ではほとんど発症しなくなっていた。冬の陽光が淡く差し込む部屋の中で、スカリーはユウと並んで腰掛けていた。彼の瞳は穏やかで、どこか感慨深げな色を宿している。
「ユウさんがこの世界に馴染まれていく様子は、我輩にとって何よりの喜びです。」
スカリーの低く落ち着いた声が、静かな部屋に響いた。その言葉は、真心がこもっており、彼自身がどれだけユウを気遣い、見守ってきたのかを物語っていた。
ユウは彼の言葉に顔を上げ、小さく微笑む。その表情にはどこか晴れやかさがあり、以前よりも自信に満ちた輝きを放っている。
「そう言ってもらえると嬉しいな。でも、スカリーくんのおかげだよ。いつもそばにいてくれて、本当にありがとう。」
スカリーはその言葉を受け、わずかに微笑みを深めた。その仕草には、ユウに対する深い愛情と誇りが滲んでいる。彼はそっとユウの手に触れ、冷たい指先を慎重に絡めた。その感触は、安心感と共に彼の静かな決意を伝えるものだった。
窓の外では、柔らかな風が木々を揺らし、小鳥のさえずりが微かに聞こえる。その静かな環境の中で、ユウは目を細めながら遠くを見つめ、ふと軽く笑った。
「もう少ししたら、この風邪も引かなくなるかもね。でも、その時は……スカリーくんの看病がちょっと恋しくなりそうだな。」
その言葉に、スカリーは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。ユウの冗談交じりの言葉の中に、彼はユウなりの感謝と名残惜しさを感じ取ったのだろう。
「その時はぜひ、素敵な貴方を安心させる別の方法を見つけてみせますよ。」
スカリーの声は静かで、それでいてどこか力強さを含んでいた。彼の瞳は真っ直ぐにユウを見つめ、ユウの心に温かな灯をともした。
そしてそっと彼の手を握り返しながら、柔らかく笑った。
「スカリーくん、いつも助けてくれて感謝してる。」
部屋の中に流れる空気は、二人の絆を優しく包み込んでいるかのようだった。これまでの苦労も、未来への希望も、すべてが二人の間で温かなものへと変わっていく。窓から射し込む光がその瞬間を優しく照らし、未来へと続く新たな一歩を祝福しているようだった。
朝の光がオンボロ寮の窓から差し込み、薄いカーテンを柔らかく照らしていた。冬の冷たい空気が隙間風となり、部屋の中をかすかに動いている。ベッドの上でユウは目を閉じたまま、重い体を起こそうと努力していたが、どこかいつもと違う違和感を覚えていた。体がだるく、軽い寒気が背筋を走る。額には微かに汗が浮かび、布団の中にいるのに寒さを感じる。
「子分、大丈夫か?」
耳元で聞き慣れた声が響き、ユウはかろうじて瞼を開けた。グリムが心配そうにユウの顔を覗き込んでいる。いつもは能天気な彼の表情も、この時ばかりは真剣だった。
「ふなぁ~、なんか顔が赤いんだゾ……。」
グリムが不安げに小さく唸りながら、ふわふわの肉球をそっとユウのおでこに当てた。ぷにぷにと柔らかな感触が、火照った肌の熱を受け取るように伝わってくる。その冷たさにユウが少し目を閉じると、グリムはさらに眉をひそめた。
「おい、こんな熱いの、無理してたんじゃねーだろな!」
普段の威張った態度とは違い、その声には隠しきれない心配が滲んでいた。
「……平気、大丈夫だよ。」ユウはかすれた声で応じたが、その言葉の力はいつもよりも頼りなかった。
その瞬間、部屋の扉が静かに開いた。スカリーがいつものように笑みを浮かべて現れる。手には小さな花束と水差しを持ち、朝の挨拶のために来たことが一目で分かった。
「おはようございます、素敵な貴方。今朝も良い朝を――」
しかし、スカリーの言葉は途中で途切れた。ユウの顔色がいつもと違うことに気づいたのだ。彼は数歩でベッドに近づき、慎重にユウの額に手を当てた。その瞬間、スカリーの表情が曇る。
「これは……ユウさん!熱がおありではありませんか!」
彼の声には珍しく動揺が混じっていた。
「えっ、大丈夫。これ、多分……最近はもう平気だったんだけど……」ユウは言葉を継ごうとしたが、息が少し切れたような声で続けた。「
スカリーは一瞬目を見開いた。「……それは、魔力濃度が薄い地域で暮らされている方がかかりやすいという病ではありませんか? あの、いつもお元気なユウさんが……まさか。」
声がかすかに揺れるのは、ユウがそんな症状に悩まされているとは思いもしなかったからだ。
スカリーはそっと顔を傾け、ユウの様子を改めて確かめるように見つめた。「貴方がそのような体調の負担を抱えながらも、これまで……本当に、なんとお強い。」その声には驚きだけでなく、どこか心配を隠しきれない響きがあった。
ユウは軽く肩をすくめ、薄く笑ってみせた。「大丈夫だよ。慣れてきたから、もう平気。でも、たまにこうなるんだよね。」
ユウの言葉にスカリーは唇をきゅっと結び、静かに頷いた。その仕草からは、彼が心の中で何かを決意したような気配が感じられた。
ユウは頷いた。「休めば大丈夫だから。」
「休めば……。」スカリーは微かに眉をひそめた。「しかし、貴方のこの状況を放置することなど……治癒魔法を……いや、魔法薬を――」
「魔法薬も治癒魔法も、逆効果になるかもしれないって聞いた。だから大丈夫。休むだけで治るの。」ユウは苦笑いを浮かべたが、その顔はどこか無理をしているようにも見えた。
スカリーは一瞬言葉を失い、そして静かに息を吐いた。「……承知いたしました。それでは、我輩が貴方の回復のために最善を尽くしましょう。グリムさん、温かい飲み物のご準備をお願いできますか?」
「オレ様が?しょうがねぇな~!」グリムは少し不満げな様子だったが、すぐに部屋を飛び出して行った。
*
スカリーは再びユウに向き直り、椅子を引いてベッドのそばに腰掛けた。「ユウさん、どうかご安心くださいませ。我輩が全力でお守りいたします。」その言葉と共に、彼は穏やかな笑みを浮かべ、そっと手を握った。
続けて、スカリーの冷たい指がそっとユウのおでこに触れた。ひんやりとした感触が熱を和らげ、ユウは思わず小さく息を漏らす。「……つめたくて気持ちいい。」
その一言に、スカリーの胸が微かに震えた。ユウが自分の手を心地よいと言ってくれることが、なぜか胸の奥で温かな感情を呼び起こす。
「我輩の手が少しでも貴方の助けとなるならば、こんなに嬉しいことはございません。」
その声には、穏やかで真摯な響きが込められており、ほんの僅かな安堵と誇りが滲んでいた。スカリーの瞳は優しく、彼の全てがユウに寄り添うような佇まいを見せていた。彼は一度深く息を吐き、ユウの顔に静かに視線を向けた。
「ユウさん、少しの間だけお待ちいただけますか。我輩が簡単な食事をご用意いたします。」
ユウが弱々しく頷くのを見届けると、スカリーはそっと椅子を引いて立ち上がり、静かに部屋を後にした。
残された部屋には、冬の冷たい空気が隙間風となって漂い、静けさが広がった。時計の秒針が刻む音だけがかすかに響く中、ユウは薄く目を閉じる。体のだるさを感じながらも、グリムとスカリーが自分のために心を砕いていることが伝わり、胸の奥でじんとした感覚が広がった。
しばらくして、軽い足音が階段を上がり、扉の外で音が止まる。スカリーがそっと戻ってきたのだとわかり、ユウは静かに目を開けた。その瞬間、ユウの視界にスカリーの姿が映り、その背後からはグリムが自慢げに続いて入ってきた。
「ほら、これ。オレ様があったかいの持ってきてやったんだゾ。」
グリムが自慢げにトレイを前足で持ち上げる。その上には湯気の立つホットレモネードが置かれていた。透き通った黄色の液体に浮かぶレモンは、まるで波打つようなデコボコの切り口が特徴的で、グリムの小さな爪の努力が刻まれている。爽やかなレモンと、はちみつの甘い香りが部屋中に広がる。
「感謝いたします、グリムさん。」
スカリーは柔らかく微笑みながら、慎重にトレイを受け取り、枕元の小さなテーブルに置いた。そして、すぐに自分が持参した別のトレイをそっとその隣に並べる。
そのトレイには、優しい香りを漂わせるオートミール粥が小さな白い器に入れられていた。オートミールは滑らかでクリーミーに炊かれており、その上にはほのかに甘いシナモンが振りかけられている。その横には、一口サイズに切られたリンゴとオレンジが並び、果汁がキラリと光って食欲をそそる。さらに、小さなガラス容器には、ゼラチンの透き通ったゼリーが優雅に揺れている。淡いピーチの香りが漂い、フルーツピースが中に閉じ込められているのが見えた。
「ユウさん、こちらを少しずつ召し上がってください。熱を下げるのに効果があるはずです。」
スカリーは粥の器を慎重に手に取り、ユウの枕元にそっと置く。彼の動きにはいつもながらの優雅さがあり、どこか安らぎを与えるものだった。
「スカリーくん……ありがとう。でも、こんなに用意しなくてもよかったのに。」
その声はいつもより弱々しいが、彼を気遣う思いが伝わってくる。
スカリーは軽く首を振り、ユウの言葉を遮るように微笑む。「いえ、これくらいのこと、我輩にとっては些細なことです。どうか無理をなさらず、少しでも楽になるために口にしてくださいませ。」
そう言って彼はスプーンを手に取り、オートミールを一口分すくう。その香りと穏やかな温もりが、ユウの疲れた体を癒すようだった。
ユウは少し戸惑いながらも、彼の勧めに従って口に含んだ。「……美味しい。」
その一言に、スカリーの目元がほのかに和らぐ。
「それは何よりです。貴方が少しでも楽になれるのなら、我輩はそれで満足です。」
その声は優しく、ユウを包み込むようだった。
スカリーがユウの顔をそっと冷やし、穏やかな声で安心させる様子を見て、グリムもようやく肩の力を抜いた。
「ふなぁ。」
小さなため息をつきながら、枕元に歩み寄った。ユウの近くでじっと座り込むと、その丸い背中を向けるように体を丸め、安心したようにゴロンと横になった。
「オレ様がここにいれば、安心して眠れるだろ?」
小さく鼻を鳴らし、ぴったりと寄り添う。その耳だけはかすかにピクリと動き、いつでもユウの変化を察知できるように注意を払っているようだった。
スカリーはそんなグリムの様子に目を細め、椅子にそっと腰掛ける。ユウの瞼がゆっくりと閉じられるのを確認するまで、その優しい視線は二人を静かに見守り続けた。
*
夜は深く、冷え切った空気がオンボロ寮の窓を薄く覆う氷にしみ込んでいた。ユウはベッドに横たわり、熱のせいで紅潮した頬が枕に触れていた。ユウの呼吸は浅く、時折震える声で何かを呟く。その言葉は、静かな部屋の中でも聞き取れないほど弱々しかった。
「スカリー……寒い……。」
微かに漏れたその声が、少し離れたソファで控えていたスカリーの耳に届いた。
彼はすぐさま歩み寄り、その細長い指がユウの手に触れた。その瞬間、彼の冷たい手が熱を帯びたユウの指にそっと絡む。その感触は一瞬驚くほど冷たくも、次第に心地よさを与えるように変わっていった。
「ユウさん、どうか安心してください。」
スカリーの声は低く穏やかで、静かな夜の中で響く。その言葉には、彼が心からユウを気遣っているのが滲み出ていた。
「体は温かくしておきましょう。」
スカリーは手元に用意していた冷たいタオルを絞りながら続ける。「熱が上がりそうですので、これで頭を冷やしましょう。」
彼はタオルをユウの額に優しく置き、そっとその上から手を当てた。その冷たさが熱に侵されたユウの肌にじんわりと浸透し、わずかながら安らぎをもたらした。
「……これが、君に、うつらなくて、良かった。」
熱に浮かされたユウは、ぼんやりとした瞳で彼を見上げながら呟いた。その言葉には、ユウ自身の体調よりも彼を心配する気持ちが含まれていた。
スカリーはその言葉に一瞬驚いたようだったが、すぐに微笑みを浮かべた。「貴方の優しさに、我輩はどれほど励まされていることでしょう……。」
「そばに、いてくれて、嬉しい……。」
ユウの声は弱く掠れていたが、その言葉はスカリーの胸に深く届いた。
「ユウさん。我輩の隣でどうかご安心を。」
その言葉には、どんな困難があってもユウを守りたいという決意が込められていた。
夜が更けるにつれ、スカリーは何度もユウの部屋を訪れた。部屋の静寂の中、彼が枕元に座る姿はまるで影のように静かだった。気配を消すように慎重に動きながらも、その手は休むことを知らなかった。彼はユウの呼吸を確かめ、冷たいタオルを新しいものに交換し、乱れた毛布をそっと直す。その仕草は一つひとつが丁寧で、まるで壊れ物に触れるような繊細さを持っていた。
やがて、スカリーはベッドサイドに膝をつき、ユウの顔を静かに見つめた。弱々しい呼吸の合間に見える穏やかな寝顔が、彼の胸に複雑な感情を呼び起こす。その瞳には、深い慈しみと責任感がはっきりと宿っていた。
彼は小さく息を吐き、その冷たい指がユウの髪をそっとかき上げた。そして、迷うことなくユウの額に唇を寄せる。キスは短くも優しく、彼の冷静な外見に隠された、深く温かな感情を静かに語りかけていた。
窓の外では、星々がきらめき、冬の夜空を照らしていた。寒気が窓枠から忍び込む中で、スカリーの存在は部屋に不思議な温もりをもたらしていた。ユウの頬の赤みが少しずつ引き、表情が穏やかさを取り戻す様子を見て、スカリーは目を伏せ、心の中で小さく息を吐いた。その瞬間、彼の胸に安堵の感覚が広がった。
「どうか……早く良くなってくださいませ、愛しい貴方。」
その囁きは、ユウの耳に届くかどうかの微かな声だったが、その響きには深い思いが込められていた。
スカリーはそっと椅子に腰を下ろし、疲れを知らぬように再びユウの寝顔を見つめた。その瞳には夜明けまで見守り続けるという、静かで揺るぎない決意が映し出されていた。星明かりの下で、二人の間に漂う空気は穏やかで、どこか永遠のような静けさを感じさせるものだった。
*
翌朝、部屋の中に射し込む淡い朝陽が、冬の冷たい空気を少しだけ和らげていた。ベッドに横たわっていたユウは、瞼の重みが消えたことに気づき、そっと目を開けた。ユウの視界に広がるのは、柔らかな陽光に包まれた天井。そして、枕元に置かれたグラスから漂うほのかなハーブの香りが、心地よく鼻をくすぐった。
「……熱が下がったみたい!」
明るい声が静かな部屋に響く。自分の額に手を当てて確かめたユウは、安堵の笑みを浮かべた。
その声に反応して、椅子に座っていたスカリーが顔を上げる。白い髪が朝陽を受けて淡く輝き、深い橙色の瞳が柔らかくユウを見つめていた。
「それは何よりでございます。」
スカリーの声には、隠しきれない安心感と優しさが滲んでいた。
「ですが、貴方にはもっとご自身を大切にしていただきたい。我輩としては、もう二度とこのようなことが起きぬよう、全力で阻止いたしますので。」
その少し厳しめの言葉に、ユウは一瞬肩をすくめたが、すぐに「はい!もう無理しません!」と軽く笑って返した。その笑顔を見て、スカリーもわずかに表情を和らげた。
すると、ユウの足元で寝ていたグリムが大きなあくびをしながら起き上がり、前足で顔をこすりながら茶化し始めた。
「また倒れたらスカリーが看病してくれるんだろ?なら、いっそ毎日倒れちまえ!」
「グリム!何言ってるの!」
ユウは真っ赤な顔で抗議の声を上げたが、スカリーはわずかに目を細め、冷静に応じた。
「そのような無茶をされるようであれば、まずはグリムさんを叱るところから始めますね。」
「ふなっ!?」
グリムは全身の毛を逆立てて飛び退き、慌てて部屋の隅に隠れた。その様子にユウは思わず声を上げて笑い出し、部屋の空気が一気に和らいだ。
「本当にありがとう、スカリーくん。」
ユウは笑いながらスカリーを見つめた。「もしかして、朝までずっと看病してくれたの?……目の下にクマができてるよ。」
その言葉に、スカリーは一瞬だけ目を伏せ、静かに肩をすくめた。
「素敵な貴方の為ならば、大したことではございません。」
ユウはスカリーの言葉に胸をじんと温かくし、ベッドの中からそっと手を伸ばした。柔らかな温もりを帯びた指先がスカリーの手に触れ、その温かさに彼は一瞬目を細めた。
「スカリーくん……本当に助けられてばかりだね。ありがとう。」
ユウの声は弱々しいながらも、彼への感謝と信頼がにじみ出ていた。その温かな手のひらが、冷たいスカリーの指先を包み込むように触れた瞬間、彼の胸には確かな安らぎが広がった。
スカリーはその言葉に目を細めると、そっとユウの手を握り返した。その仕草には、彼の静かな思いやりと深い信頼が込められていた。
「貴方が元気を取り戻された今、それだけで我輩の胸は満たされます。」
窓の外では、朝の風が木々を優しく揺らしていた。二人の間には、柔らかな笑いと感謝のやり取りが流れ、まるで新しい一日を祝福するかのように穏やかな時間が広がっていた。
*
――魔力順応が進むにつれて、ユウがこの世界での生活に慣れ始めていることは、周囲にも目に見える形で現れていた。かつて頻繁にユウを苦しめていた風邪のような症状も、今ではほとんど発症しなくなっていた。冬の陽光が淡く差し込む部屋の中で、スカリーはユウと並んで腰掛けていた。彼の瞳は穏やかで、どこか感慨深げな色を宿している。
「ユウさんがこの世界に馴染まれていく様子は、我輩にとって何よりの喜びです。」
スカリーの低く落ち着いた声が、静かな部屋に響いた。その言葉は、真心がこもっており、彼自身がどれだけユウを気遣い、見守ってきたのかを物語っていた。
ユウは彼の言葉に顔を上げ、小さく微笑む。その表情にはどこか晴れやかさがあり、以前よりも自信に満ちた輝きを放っている。
「そう言ってもらえると嬉しいな。でも、スカリーくんのおかげだよ。いつもそばにいてくれて、本当にありがとう。」
スカリーはその言葉を受け、わずかに微笑みを深めた。その仕草には、ユウに対する深い愛情と誇りが滲んでいる。彼はそっとユウの手に触れ、冷たい指先を慎重に絡めた。その感触は、安心感と共に彼の静かな決意を伝えるものだった。
窓の外では、柔らかな風が木々を揺らし、小鳥のさえずりが微かに聞こえる。その静かな環境の中で、ユウは目を細めながら遠くを見つめ、ふと軽く笑った。
「もう少ししたら、この風邪も引かなくなるかもね。でも、その時は……スカリーくんの看病がちょっと恋しくなりそうだな。」
その言葉に、スカリーは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。ユウの冗談交じりの言葉の中に、彼はユウなりの感謝と名残惜しさを感じ取ったのだろう。
「その時はぜひ、素敵な貴方を安心させる別の方法を見つけてみせますよ。」
スカリーの声は静かで、それでいてどこか力強さを含んでいた。彼の瞳は真っ直ぐにユウを見つめ、ユウの心に温かな灯をともした。
そしてそっと彼の手を握り返しながら、柔らかく笑った。
「スカリーくん、いつも助けてくれて感謝してる。」
部屋の中に流れる空気は、二人の絆を優しく包み込んでいるかのようだった。これまでの苦労も、未来への希望も、すべてが二人の間で温かなものへと変わっていく。窓から射し込む光がその瞬間を優しく照らし、未来へと続く新たな一歩を祝福しているようだった。