【スカリーくんと監督生が手を繋いでいるだけ】

オンボロ寮の談話室には、古い木材の香りが漂い、冬の冷たい空気が窓の隙間から忍び込んでいた。暖炉の炎は小さく揺れ、冷気がじわじわとその熱を奪っている。ユウはひかき棒を手に取り、炎を強めようと慎重に薪をくべていた。

その姿に目を留めたスカリーが、静かに口を開く。「ユウさん、我輩に任せてください。」
穏やかでありながら、有無を言わせない自信を含んだその声には自然と従わせる力があった。

スカリーは立ち上がり、ひかき棒を差し出すユウに手を伸ばす。その動きは迷いがなく、まるで当然の役目をこなしているかのようだった。しかし、指先がユウの手に触れた瞬間、ユウは小さく息を呑み、驚いたように顔を上げた。
「スカリーくん、手……！すごく冷たいよ！？」
ユウの声には驚きと心配が混じっていた。その冷たさは触れた瞬間、痛みを感じるほど鋭かった。

スカリーは軽く微笑み、そっと手を引いた。「これはいつものことで……我輩の冷え性は治りませんので。」
柔らかな声にはどこか自嘲が滲んでおり、それ以上触れさせない配慮が感じられた。しかし、その言葉はかえってユウの心を揺さぶった。

「こんなに冷たいのに、放っておくなんてダメだよ！」
ユウは迷わずスカリーの手を握り直した。その温もりがじんわりとスカリーの指先に伝わる。驚きながらも、スカリーはユウの行動を受け入れ、手をそのまま預けていた。

「……貴方の手は、本当に温かいのですね。」
静かに漏れたその言葉には、感動と微かな羨望が滲んでいた。ユウはその言葉に頬を赤らめながら視線を逸らし、小さく笑った。
「よく温かいって言われるけど、夏は暑すぎて嫌がられることもあるけどね。」
軽い冗談混じりの言葉だったが、そこには過去への少しの寂しさが潜んでいた。

スカリーの表情がわずかに硬くなり、月明かりに照らされた瞳が鋭く細まる。低く落ち着いた声が静かに響いた。
「……どなたですか、そのような不埒なことを言う輩は。」
その言葉には、抑えた怒りとユウを守ろうとする強い意志が込められていた。

その真剣な表情に、ユウは思わず吹き出してしまう。肩を揺らしながら、冗談めかした口調で答えた。「落ち着いてよ、スカリーくん。そんなにムキにならないで。」
ユウの笑顔の奥には、スカリーが自分を気にかけてくれる喜びがほんの少し隠れていた。

スカリーは肩の力を抜き、ふっと息をつく。「……そうですね。ですが、貴方が傷つけられることは、我輩には耐えられません。」
その真摯な言葉が、ユウの胸を再び温かくした。

ユウはスカリーの冷たい手を温めるために工夫を凝らし始めた。
まずはホットドリンク作戦。カップに注いだショウガスープの湯気が、柔らかな香りとともに談話室に広がる。スパイスの香りが鼻をくすぐり、冬の冷たい空気を和らげていた。

「これ、手に持ってみて。飲んでもいいよ。」
ユウがカップを差し出すと、その手がそっとスカリーの手に触れる。ユウの温もりとカップの熱が冷えた指先にじんわりと伝わった。
スカリーは瞳を細め、陶器の滑らかな感触と熱をじっくりと味わいながら微笑む。「確かに心地よいですね。そして美味しい。」
湯気越しに映る彼の瞳は穏やかだったが、次に続いた言葉には茶目っ気が混ざっていた。「ですが……我輩にとっては貴方の手のほうが、ずっと暖まりそうです。」

スカリーの唇に浮かんだほのかな微笑みが、その言葉の本心を隠しきれない。ユウは頬を膨らませ、「それじゃ意味ないじゃん！」と返しつつも、彼の視線を感じて胸がくすぐられるような気持ちを覚えていた。

次に試したのはカイロ作戦。ユウがポケットから使い捨てカイロを取り出し、「これなら長持ちするよ！」と得意げに見せる。
スカリーはそれを手に取り、少し苦笑いを浮かべた。「便利でございますね……ですが、これほど熱いと手が驚いてしまいそうです。」
その言葉にユウは真剣な顔で頷き、「あ、そうかも。場合によっては火傷になるから注意が必要なんだよね。」とつぶやく。その真剣な様子に、スカリーは思わず微笑んだ。

「貴方のその細やかな心遣い……ユウさん、貴方はどこまでお優しい方なのでしょう。」心の中でそう呟きながら、スカリーは口元を押さえ、目を細めてユウを見つめた。その表情には、ユウの気遣いを愛おしく思う気持ちが滲んでいた。

ユウはふと談話室のソファで丸くなっているグリムに目を向け、いたずらっぽい笑みを浮かべた。「グリムのお腹とかどう？あったかいよ。」
その言葉にグリムは耳をぴくりと動かし、驚いたように飛び起きた。そして口から青い炎を吹き上げながら威嚇する。「触るな！オレ様はカイロじゃないんだゾ！」
炎が談話室の薄暗がりを一瞬明るく照らし、暖かな空気が辺りに広がった。

ユウは肩を揺らして笑い、「冗談だよ、グリム！」と声を弾ませる。その明るい声が部屋の冷たい空気を吹き飛ばすように響いた。グリムは尻尾を下ろし、不機嫌そうに再びソファへ戻って丸くなる。

スカリーはその光景を穏やかに見つめ、思わず肩を揺らして微笑んだ。ユウとグリムの賑やかなやり取りに、温かく愛おしい気持ちが胸の内に広がっていた。

何度も試行錯誤を繰り返した末、ユウはふうっとため息をつき、スカリーの冷たい手を再び包み込んだ。小さな手のひらからじんわりと広がる温もりが、スカリーの指先を徐々にほぐしていく。
「今日はしばらくこうしてるね。それが一番早いみたい。」
ユウの声には、諦めにも似た優しさがにじんでいた。

スカリーは静かにユウの手の感触を受け止めていた。その暖かさに冷え切った指先が解かされ、彼の口元に自然と穏やかな微笑みが浮かぶ。満足感と深い感謝を宿したその表情には、どこか柔らかな光が感じられた。スカリーはそっと指先を動かし、控えめにユウの指に絡めた。その仕草には慎重さと確かな意志が宿っていた。

「……本当にあたたかいですね。ずっとこうしていたい……。」
低く静かな声がユウの心に柔らかく響く。その言葉を聞いたユウは頬を少し染め、照れ隠しのように軽く笑った。
「じゃあ、素手の時はこうして時々あっためてあげる！」
屈託のない笑顔は、凍える冬に差し込む陽だまりのようだった。

スカリーは一瞬、驚いたように瞳を見開いた。その驚きは月明かりを浴び、ガラス細工のように繊細な光を放つ。けれど、次の瞬間にはその驚きは柔らかな眼差しへと変わり、彼は静かにユウの言葉を胸に受け止めた。

*

後日、スカリーはユウの姿を見つけるたび、迷いなく手袋を外すようになった。その自然な動作からは、誠実さと穏やかな親しみが感じられる。
「……あたためてくださいませ、ユウさん。」
冷たい手を差し出す彼の瞳には、静かな甘えと揺るぎない安心感が滲んでいた。

ユウはふっと優しい笑みを浮かべると、「はいはい」と気負いのない声で応じ、その手をしっかりと包み込んだ。その仕草には、小さな日常を愛おしむような穏やかさが漂い、ユウの温もりがスカリーの冷たい指先にそっと溶け込んでいく。その触れ合いにスカリーの頬がわずかに赤らみ、胸の奥に静かな温かさが広がった。

そんなやり取りを目にした生徒たちが冷やかし混じりに声を上げる。
「スカリー、お前、わざとやってるだろ！」
しかし、スカリーは動じることなく、いつもの穏やかな声で堂々と応じた。
「これは必要なことでして。我輩の体調管理にも関わる重要な行為ですから。」

ユウは屈託のない笑顔を浮かべ、「そうそう！すっごく冷たいの。皆も触ってみたらわかるよ！」と冗談めかしてスカリーの手を差し出した。
途端に生徒たちは慌てて後ずさる。
「いや、いい！」「遠慮しておく！」「野郎の手に誰が好き好んで触るかよ！」「ぜってーやだ！」「馬鹿か、それ！」

全力で拒否する姿に、ユウは思わず吹き出し、大笑いしながら「なんでそんな全力で拒否するの！」と肩を揺らした。

スカリーもその様子を見て、肩をわずかに揺らし、静かに言葉を紡いだ。
「やはり、我輩には貴方の温もりだけで十分でございます。」

その言葉に、ユウは「何それ！」と小さな声を漏らし、ふっと優しく笑った。その笑顔は穏やかで、冬の冷たい空気をほんのりと和らげるようだった。ユウはスカリーの手をもう一度ぎゅっと握り直し、その温もりが二人の間にさらに広がり、賑やかな時間を優しく包み込んでいった。

*

談話室のソファには、ユウとスカリーが静かに並んで座っていた。古びた窓から漏れる星明かりが二人を包み、揺れる影が寄り添うように伸びている。暖炉の炎は小さく揺らめき、部屋の隅に微かなオレンジ色の明かりを落としていたが、その熱は冬の夜の冷気にかき消されるようだった。古びた木の香りが漂い、時折、窓の隙間から冷たい風が忍び込んでくる。

ユウは片手にスマホを持ちながら、もう一方の手でスカリーの冷たい指をそっと包んでいた。その動作は自然で、特別な意識があるようには見えない。しかし、指先に触れる冷たさに心を寄せる優しさが感じられる。一方、スカリーの膝には古い本が広げられ、ページを静かにめくるリズムが穏やかな空気を作っていた。

反対の手はユウの温かな手にそっと握られ、絡み合う指が言葉以上の想いを伝え合っている。何気ない触れ合いに込められた親しみと信頼が、静けさの中で際立っていた。

スカリーの冷えた指先に、ユウの体温がゆっくりと染み込んでいく。その温もりが、二人の間に目に見えない織物を織り上げるようだった。寄り添う距離と絡む指の感触が、星明かりと暖炉のほのかな光の下で特別な温かさを放ち、静寂の中に二人だけの空気を生み出していた。