スカリーくんと監督生のなんでもない一日【完結】
監督生さん、素敵な貴方のお名前は?
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【スカリーくんと監督生がお手入れしてるだけ】
オンボロ寮の談話室は、柔らかな夕方の光が窓から差し込む中、静かで落ち着いた雰囲気に包まれていた。スカリーとユウはいつものように向かい合い、軽く談笑していたが、ふとユウがスカリーの手に目を留めた。
「スカリーくん、その手……少しかさついてるね。これ、しもやけで肌荒れしちゃったんじゃない?」ユウが心配そうに声をかけると、スカリーは一瞬驚いたように手を見下ろした。
「これは……少々手入れを怠ったせいでしょうね。お恥ずかしい限りです。」彼は少し微笑みながら答えたが、その声にはどこか照れくささが滲んでいた。
ユウは軽く首を振り、「だったら、私に任せてよ。よし!今日は日頃の親切のお礼として、私がスカリーくんのお世話をするからね。」そう言って、ポケットから小さなハンドクリームを取り出した。
スカリーは目を丸くし、「貴方が我輩のために……そのようなお気遣いをしてくださるとは」と言いながらも、ユウの手に導かれるまま、大人しく手を差し出した。
ユウがクリームを少し手に取り、スカリーの手の甲にそっと塗り広げる。滑らかなクリームが肌に馴染むたび、ほのかに甘い香りが部屋の中に漂い始めた。その香りは、談話室の空気に暖かさと心地よさを加え、二人だけの特別な空間を作り出していた。
「乾燥しちゃうと痛くなっちゃうからね。ちゃんと保湿しておかないと。」ユウの声は優しく、ユウの指先がスカリーの手のひらを撫でるたびに、彼の肌にかすかな温もりが伝わった。
スカリーは、思わず視線を逸らした。触れられる感触が心に不思議な鼓動を生み出し、どうにも落ち着かない。「……貴方の手は、まるで魔法のようですね。その柔らかさと温もりが、我輩の手のひび割れすら溶かしてしまいそうです。」
その言葉に、ユウは少し照れたように微笑んだ。「大げさだよ。でも、スカリーくんが助かるなら嬉しいな。」ユウのその笑みは純粋で、スカリーの胸にじんわりと染み渡るようだった。
クリームを丁寧に塗り終えたユウが顔を上げると、スカリーのオレンジ色の瞳がほんのり揺れているのが見えた。その表情は、普段の落ち着いた彼とは少し違い、どこか少年らしさが感じられるものだった。
「ありがとうございます、ユウさん……我輩にここまで尽くしてくださるとは、まさに感謝の念に堪えません。」スカリーは一瞬ユウを見つめ、すぐに微笑みながら言葉を続けた。「これほど優しい方が、我輩のそばにいてくださるのは、きっと運命の悪戯……いえ、贈り物ですね。」
そのロマンチックな言葉に、ユウは思わず息を呑んだ。「……本当に、大げさだってば。」そう言いながらも、ユウの頬がわずかに赤く染まる。
*
スカリーはユウの指が自分の手を離れると同時に、ほっとしたような安堵と、名残惜しさの入り混じった感覚を覚えた。しかし、次の瞬間、ユウの視線が彼の唇に向けられる。
「スカリーくん、もしかして……唇も切れてる?」ユウは、ほんのり赤くなった唇を指差しながらそう尋ねた。
スカリーは一瞬目を瞬かせ、自分の唇に触れた。「ああ、気づかずに……申し訳ありません。こんな状態をお見せしてしまうとは。」
ユウはにっこりと笑みを浮かべる。「いいよ、気にしないで。ちょうど新品のリップクリームがあるから、これを塗ってあげるね。遠慮しないで!」
「い、いえ!それはさすがに……」スカリーは慌てて手を上げるが、ユウは手際よくリップクリームを取り出し、彼の前に立った。
「新品だから大丈夫。それに、こういうのは早めにケアしないとダメなんだよ。」ユウの声は優しいが、その中にはどこか断れない力強さが含まれていた。
スカリーが困惑する間もなく、ユウはそっと彼の顎に手を添えた。その指先の温もりが彼の肌に触れるたび、スカリーの心臓が跳ねる。
「ちょっとだけ我慢してね。」ユウがリップクリームのキャップを外し、スカリーの唇にそっと近づける。ユウの顔がスカリーの目の前に来ると、彼は息を詰めて目を逸らした。頬がほんのり赤く染まる。
「動かないでね。きれいに塗らないと意味がないんだから。」ユウが微笑みながら言うと、スカリーはさらに顔を赤らめた。「……お任せします。」彼の声はどこか弱々しく、普段の落ち着いた様子はすっかり影を潜めていた。
唇にクリームが触れる感覚と、ユウの指がわずかに頬に触れる感触が重なり、スカリーの緊張はピークに達した。ユウが間近にいるその温かな気配に、彼の心は乱されるばかりだった。ユウの顔が目の前に近づき、唇にリップクリームを塗るその慎重な動きが、やけにスローモーションのように感じられた。
塗り終わると、ユウは少し満足げに微笑み、「はい、これでオッケー!」とキャップを閉じた。スカリーの顔を見ると、予想以上に赤く染まっていることに気づき、思わずくすりと笑ってしまう。
「どうしたの、スカリーくん?もしかして、リップクリームが気に入らなかった?」
「い、いえ、そんなことはありません。ただ……その……近すぎたものですから……」スカリーの声はか細く、彼の視線はどこか宙を彷徨っていた。
ユウはその姿に微笑みを深め、少し悪戯っぽく言った。「スカリーくん、なんだか可愛いね。ほら、これでしっかり保湿して、唇を大事にしてね。」そう言って軽く肩を叩いた。
スカリーは深く息を吐き、ようやく冷静さを取り戻し始めた。「貴方には、本当に感謝するばかりです。……ただ、こんなに親切にしていただくとは、我輩にはもったいないほどです。」
「そんなことないよ。いつもスカリーくんが助けてくれるお礼だもん。」ユウの声には温かさが滲み、スカリーはその言葉に心を揺さぶられる。
「……貴方の指が、まるで雪の中に咲く花のように、繊細で温かいですね。」スカリーが思わず口をついて出た言葉に、ユウは目を丸くしたが、すぐにくすっと笑った。
「何それ、褒めすぎだよ。スカリーくんって本当に詩人みたいだね。」ユウが少し照れたように微笑むと、その笑顔がさらにスカリーを動揺させた。
*
ユウはスカリーをまじまじと見つめた後、ふと悪戯っぽい笑顔を浮かべた。「スカリーくん、髪がまだ湿ってるよ。そのままだと風邪ひいちゃうかもしれないから、私がドライヤーで乾かしてあげるね。」
スカリーは少し困惑しながらも、微笑みを返した。「いえ、そんなことまでしていただくのは……」
「待ってて!」ユウはさっと立ち上がり、部屋を出て行った。スカリーは一瞬きょとんとし、その背中を目で追う。断りを入れる間もなく、ほんの数瞬でユウはドライヤーを手に戻ってきた。その手にはまだコードが巻かれたままのドライヤーが握られている。「ほら、こっちに座って。私に任せてよ。」
スカリーは観念したように、素直にユウの指示に従った。ユウは軽く指先で彼の髪に触れ、その感触に小さな驚きと感動を覚える。
「スカリーくんの髪の毛って、柔らかくてふわふわなんだね。私、こういう髪の毛、好きだな。」そう言いながら、ユウは優しくドライヤーの風を当て、手でそっと髪をほぐしながら乾かしていく。
スカリーの胸は、ユウの言葉と指先の温かさに反応し、ドキドキと高鳴り続けていた。いつもの穏やかな態度を保とうとするものの、その努力は次第に崩れかけていた。「……貴方にそう言っていただけるとは、光栄ですが……少々近すぎるような……」
「え?聞こえないよ、風の音で!」ユウが軽く笑いながら、さらにドライヤーを彼の髪に近づける。その無邪気な仕草が、スカリーの心の動揺をさらに加速させる。
次第に髪が乾いていき、ユウは満足そうに「ほら、もうすぐ終わるよ」と微笑んだ。その瞬間、ユウの指先が彼の耳に軽く触れ、スカリーは目を見開いた。
「どうしたの?ドライヤーの風が熱かったかな?」ユウが首をかしげて尋ねるが、スカリーは声を上げることもできず、真っ赤な顔で口を開けたり閉じたりしていた。
とうとう限界に達したスカリーは、突然立ち上がり、両手で顔を覆いながら小さな声で叫んだ。「……限界!」
その言葉に、ユウは思わず目を丸くし、次にくすっと笑い声を漏らした。「ごめんごめん、強引すぎたかな?でも、スカリーくんがかわいすぎるからつい……」内心で反省しつつも、スカリーの反応が愛おしくて仕方ない。
スカリーは両手で顔を覆ったまま微動だにしない。「……我輩は、貴方に感謝しつつも、これ以上は耐えられそうにありません……」
スカリーはまだ真っ赤な顔を両手で覆ったまま、なんとか平静を取り戻そうと深呼吸を繰り返していた。指の隙間から覗くオレンジ色の瞳は揺れており、心の中で自己制御を必死に試みている様子が伝わる。
一方、ユウはそんなスカリーの様子を見て、少し悪戯っぽく笑った。「スカリーくん、本当にごめんね。困らせたくてやったわけじゃないんだ。ただ……いつも私がスカリーくんにドキドキさせられるから、お返しみたいになっちゃった、かも。」
スカリーはユウの言葉に反応するものの、視線を合わせることができなかった。ユウは少し申し訳なさそうに、けれど柔らかな声で続けた。「でも、わかってほしいのは、ただスカリーくんのお世話をしたかっただけなの。困らせたくてじゃなくて、ありがとうって伝えたかったんだよ。」
その言葉に、スカリーはようやく顔を覆った手を少しだけ下ろし、ユウの方を見た。その瞳には、まだ戸惑いと動揺が残っている。「……貴方のそのお心遣いに感謝しております。ただ……少々、心が追いついていないだけでございます。」
ユウはその言葉に思わず笑い、「そっか、そっか。それならゆっくりでいいからね。」と、安心させるように言った。
スカリーはその言葉を聞いて、少しずつ緊張がほぐれていくのを感じた。ユウの言葉はどこまでも真っ直ぐで、その瞳には悪意の欠片も見当たらない。それが逆に、彼の心を揺さぶるのだ。
ユウは正面からスカリーの顔をのぞくようにして、柔らかく微笑んだ。その微笑みは、先ほどのからかうような態度とは違い、まるで相手の緊張をほぐそうとするかのような穏やかなものだった。「もうからかったりしないからさ、落ち着いたら一緒にホラー映画でも見ない?ちょうど寮のゲストルームにいい映画があるんだよね。」
スカリーは、一瞬戸惑ったようにユウに視線を向けたが、言葉を返すことができなかった。胸の中で高鳴る鼓動が、自分の声を封じ込めてしまったように思える。ただ、ユウがそう言った意図が決して悪意やからかいではないことを感じ取り、微かに頷いた。
「やった!」ユウは喜び、少し弾むようにして部屋の出口に向かった。「じゃあ、先にゲストルームで準備してるから、スカリーくんも落ち着いたら来てね!」
*
残されたスカリーは、未だ赤みの残る顔を両手で覆ったまま、大きく息を吐いた。「……これほど心が乱れたのは久しぶりです。」まるで嵐が過ぎ去った後のように、乱れた感情が静かに波を引いていく。しかし、心の奥底では、まだユウの指先の感触や声の柔らかさが鮮明に蘇り、冷静になるには時間がかかりそうだった。
「……貴方の優しさと愛くるしさには、我輩もどうしたらよいのか……」
その声は自分だけに向けた独白だった。普段、恐怖や悪夢というテーマに冷静でいられる彼が、目の前のユウに向けては理性を保つことができないという事実に、スカリー自身も戸惑っていた。彼にとって、ユウの存在はホラー映画よりもはるかに予測不可能で、心の深い部分に触れてくる。まるで、言葉や仕草の一つ一つが、見えない糸でスカリーの心を優しくも確実に引き寄せていくかのようだった。
「恐怖の方がよほど、我輩には簡単だ……」ふと、窓ガラスに映った自分の顔を見た。頬の赤みはまだ完全には引いておらず、視線はどこか焦点が定まらないまま漂っている。自分でも恍惚とした表情をしていることに気付き、スカリーは小さく咳払いをした。
「……いけませんねぇ。」軽く頭を振り、気を引き締めるように自分に言い聞かせる。冷静さを取り戻さなければならない。ユウと二人きりの時間がどれほど心を浮き立たせたとしても、彼の責任感がそれを許さなかった。
ふと卓上のスマホが目に入った。マジカメのアプリがホーム画面に映る。それを見た瞬間、スカリーはハッとした表情を浮かべる。「そうだ、素敵な友人方もお誘いいたしましょう。」
そうすればユウと二人きりの状況を避けられ、理性を保つ助けになるかもしれない。スカリーは自分の判断を肯定するように小さく頷くと、慣れないスマホを手に取り、ぎこちない手つきでマジカメを操作し始めた。
「ホラー映画鑑賞会を開催いたします。ユウさんもご一緒ですので、興味のある方はどうぞおいでくださいませ。場所はオンボロ寮のゲストルーム。」
その短い文が画面に表示され、送信完了の通知が出る。スカリーはほっと息をつくと、スマホをポケットにしまった。
ユウと過ごす二人きりの時間。そのひとときがどれほど大切かを、スカリー自身が一番よく知っている。いつもユウを囲む仲間たちの明るくも騒がしい声に埋もれている中で、二人だけの会話は特別だった。しかし、今の状況で二人きりになれば、自分がどうなるかは目に見えている。鼓動は乱れ、目の前のユウの笑顔や言葉に理性を失いかねない。それはきっと紳士としてあるまじき振る舞いだ。
拳をそっと握り締め、紳士としての自分を律する。己の弱さをさらけ出すのは、ユウにとって良いことではない。毅然とした態度こそが、ユウに安心感を与えるはずだ――そう自らに言い聞かせる。
だが、そんな決意も、ユウの前では一瞬で揺らいでしまうのだ。
――スカリーくん、なんだか可愛いね。
ユウの笑顔が鮮明に蘇り、胸の奥で小さな波紋を広げていった。背筋を伸ばしていた体がわずかに緩み、頬がじんわりと熱を帯びる。「かわいい」という言葉。それは、彼にとって生まれて初めて向けられた特別な響きだった。その言葉が心地よさとくすぐったさを混じえ、不思議な余韻を伴いながら胸の中に広がっていく。
「かわいい……か。」
思わず漏れた呟きが空気に溶け、スカリーは軽く目を閉じた。
これまで彼が目指してきたもの――優美さ、格式の高さ、そして威厳。それらには「かわいい」という言葉は似つかわしくないと信じていた。だが、そんな彼の心を揺るがすほどに、その響きには奇妙な新鮮さがあった。
「できれば、格好いいとか、素敵だとか……ユウさんにはそう思われたい…。」
一瞬、弱音を漏らしたようなその声に、自分自身で少し戸惑う。けれど、スカリーはすぐに気持ちを切り替えるように軽く息をつき、服の乱れをさりげなく整えた。
「それにしても……本当に可愛らしいのは、貴方でございますよ、ユウさん。」
ゲストルームで待つユウの姿が脳裏に浮かぶたびに、胸が熱くなるのを感じる。だが、今はその高鳴りを抑えねばならない。彼は深呼吸を一つし、軽く首を振った。余計な感情を振り払うように意識を切り替える。
「さぁ、素敵な皆さんと、恐怖と悪夢をわかち合うことといたしましょう。」
独り言を漏らしながら、スカリーは歩き出した。その一歩一歩には、揺れる心を整えようとする決意が込められていた。
オンボロ寮の談話室は、柔らかな夕方の光が窓から差し込む中、静かで落ち着いた雰囲気に包まれていた。スカリーとユウはいつものように向かい合い、軽く談笑していたが、ふとユウがスカリーの手に目を留めた。
「スカリーくん、その手……少しかさついてるね。これ、しもやけで肌荒れしちゃったんじゃない?」ユウが心配そうに声をかけると、スカリーは一瞬驚いたように手を見下ろした。
「これは……少々手入れを怠ったせいでしょうね。お恥ずかしい限りです。」彼は少し微笑みながら答えたが、その声にはどこか照れくささが滲んでいた。
ユウは軽く首を振り、「だったら、私に任せてよ。よし!今日は日頃の親切のお礼として、私がスカリーくんのお世話をするからね。」そう言って、ポケットから小さなハンドクリームを取り出した。
スカリーは目を丸くし、「貴方が我輩のために……そのようなお気遣いをしてくださるとは」と言いながらも、ユウの手に導かれるまま、大人しく手を差し出した。
ユウがクリームを少し手に取り、スカリーの手の甲にそっと塗り広げる。滑らかなクリームが肌に馴染むたび、ほのかに甘い香りが部屋の中に漂い始めた。その香りは、談話室の空気に暖かさと心地よさを加え、二人だけの特別な空間を作り出していた。
「乾燥しちゃうと痛くなっちゃうからね。ちゃんと保湿しておかないと。」ユウの声は優しく、ユウの指先がスカリーの手のひらを撫でるたびに、彼の肌にかすかな温もりが伝わった。
スカリーは、思わず視線を逸らした。触れられる感触が心に不思議な鼓動を生み出し、どうにも落ち着かない。「……貴方の手は、まるで魔法のようですね。その柔らかさと温もりが、我輩の手のひび割れすら溶かしてしまいそうです。」
その言葉に、ユウは少し照れたように微笑んだ。「大げさだよ。でも、スカリーくんが助かるなら嬉しいな。」ユウのその笑みは純粋で、スカリーの胸にじんわりと染み渡るようだった。
クリームを丁寧に塗り終えたユウが顔を上げると、スカリーのオレンジ色の瞳がほんのり揺れているのが見えた。その表情は、普段の落ち着いた彼とは少し違い、どこか少年らしさが感じられるものだった。
「ありがとうございます、ユウさん……我輩にここまで尽くしてくださるとは、まさに感謝の念に堪えません。」スカリーは一瞬ユウを見つめ、すぐに微笑みながら言葉を続けた。「これほど優しい方が、我輩のそばにいてくださるのは、きっと運命の悪戯……いえ、贈り物ですね。」
そのロマンチックな言葉に、ユウは思わず息を呑んだ。「……本当に、大げさだってば。」そう言いながらも、ユウの頬がわずかに赤く染まる。
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スカリーはユウの指が自分の手を離れると同時に、ほっとしたような安堵と、名残惜しさの入り混じった感覚を覚えた。しかし、次の瞬間、ユウの視線が彼の唇に向けられる。
「スカリーくん、もしかして……唇も切れてる?」ユウは、ほんのり赤くなった唇を指差しながらそう尋ねた。
スカリーは一瞬目を瞬かせ、自分の唇に触れた。「ああ、気づかずに……申し訳ありません。こんな状態をお見せしてしまうとは。」
ユウはにっこりと笑みを浮かべる。「いいよ、気にしないで。ちょうど新品のリップクリームがあるから、これを塗ってあげるね。遠慮しないで!」
「い、いえ!それはさすがに……」スカリーは慌てて手を上げるが、ユウは手際よくリップクリームを取り出し、彼の前に立った。
「新品だから大丈夫。それに、こういうのは早めにケアしないとダメなんだよ。」ユウの声は優しいが、その中にはどこか断れない力強さが含まれていた。
スカリーが困惑する間もなく、ユウはそっと彼の顎に手を添えた。その指先の温もりが彼の肌に触れるたび、スカリーの心臓が跳ねる。
「ちょっとだけ我慢してね。」ユウがリップクリームのキャップを外し、スカリーの唇にそっと近づける。ユウの顔がスカリーの目の前に来ると、彼は息を詰めて目を逸らした。頬がほんのり赤く染まる。
「動かないでね。きれいに塗らないと意味がないんだから。」ユウが微笑みながら言うと、スカリーはさらに顔を赤らめた。「……お任せします。」彼の声はどこか弱々しく、普段の落ち着いた様子はすっかり影を潜めていた。
唇にクリームが触れる感覚と、ユウの指がわずかに頬に触れる感触が重なり、スカリーの緊張はピークに達した。ユウが間近にいるその温かな気配に、彼の心は乱されるばかりだった。ユウの顔が目の前に近づき、唇にリップクリームを塗るその慎重な動きが、やけにスローモーションのように感じられた。
塗り終わると、ユウは少し満足げに微笑み、「はい、これでオッケー!」とキャップを閉じた。スカリーの顔を見ると、予想以上に赤く染まっていることに気づき、思わずくすりと笑ってしまう。
「どうしたの、スカリーくん?もしかして、リップクリームが気に入らなかった?」
「い、いえ、そんなことはありません。ただ……その……近すぎたものですから……」スカリーの声はか細く、彼の視線はどこか宙を彷徨っていた。
ユウはその姿に微笑みを深め、少し悪戯っぽく言った。「スカリーくん、なんだか可愛いね。ほら、これでしっかり保湿して、唇を大事にしてね。」そう言って軽く肩を叩いた。
スカリーは深く息を吐き、ようやく冷静さを取り戻し始めた。「貴方には、本当に感謝するばかりです。……ただ、こんなに親切にしていただくとは、我輩にはもったいないほどです。」
「そんなことないよ。いつもスカリーくんが助けてくれるお礼だもん。」ユウの声には温かさが滲み、スカリーはその言葉に心を揺さぶられる。
「……貴方の指が、まるで雪の中に咲く花のように、繊細で温かいですね。」スカリーが思わず口をついて出た言葉に、ユウは目を丸くしたが、すぐにくすっと笑った。
「何それ、褒めすぎだよ。スカリーくんって本当に詩人みたいだね。」ユウが少し照れたように微笑むと、その笑顔がさらにスカリーを動揺させた。
*
ユウはスカリーをまじまじと見つめた後、ふと悪戯っぽい笑顔を浮かべた。「スカリーくん、髪がまだ湿ってるよ。そのままだと風邪ひいちゃうかもしれないから、私がドライヤーで乾かしてあげるね。」
スカリーは少し困惑しながらも、微笑みを返した。「いえ、そんなことまでしていただくのは……」
「待ってて!」ユウはさっと立ち上がり、部屋を出て行った。スカリーは一瞬きょとんとし、その背中を目で追う。断りを入れる間もなく、ほんの数瞬でユウはドライヤーを手に戻ってきた。その手にはまだコードが巻かれたままのドライヤーが握られている。「ほら、こっちに座って。私に任せてよ。」
スカリーは観念したように、素直にユウの指示に従った。ユウは軽く指先で彼の髪に触れ、その感触に小さな驚きと感動を覚える。
「スカリーくんの髪の毛って、柔らかくてふわふわなんだね。私、こういう髪の毛、好きだな。」そう言いながら、ユウは優しくドライヤーの風を当て、手でそっと髪をほぐしながら乾かしていく。
スカリーの胸は、ユウの言葉と指先の温かさに反応し、ドキドキと高鳴り続けていた。いつもの穏やかな態度を保とうとするものの、その努力は次第に崩れかけていた。「……貴方にそう言っていただけるとは、光栄ですが……少々近すぎるような……」
「え?聞こえないよ、風の音で!」ユウが軽く笑いながら、さらにドライヤーを彼の髪に近づける。その無邪気な仕草が、スカリーの心の動揺をさらに加速させる。
次第に髪が乾いていき、ユウは満足そうに「ほら、もうすぐ終わるよ」と微笑んだ。その瞬間、ユウの指先が彼の耳に軽く触れ、スカリーは目を見開いた。
「どうしたの?ドライヤーの風が熱かったかな?」ユウが首をかしげて尋ねるが、スカリーは声を上げることもできず、真っ赤な顔で口を開けたり閉じたりしていた。
とうとう限界に達したスカリーは、突然立ち上がり、両手で顔を覆いながら小さな声で叫んだ。「……限界!」
その言葉に、ユウは思わず目を丸くし、次にくすっと笑い声を漏らした。「ごめんごめん、強引すぎたかな?でも、スカリーくんがかわいすぎるからつい……」内心で反省しつつも、スカリーの反応が愛おしくて仕方ない。
スカリーは両手で顔を覆ったまま微動だにしない。「……我輩は、貴方に感謝しつつも、これ以上は耐えられそうにありません……」
スカリーはまだ真っ赤な顔を両手で覆ったまま、なんとか平静を取り戻そうと深呼吸を繰り返していた。指の隙間から覗くオレンジ色の瞳は揺れており、心の中で自己制御を必死に試みている様子が伝わる。
一方、ユウはそんなスカリーの様子を見て、少し悪戯っぽく笑った。「スカリーくん、本当にごめんね。困らせたくてやったわけじゃないんだ。ただ……いつも私がスカリーくんにドキドキさせられるから、お返しみたいになっちゃった、かも。」
スカリーはユウの言葉に反応するものの、視線を合わせることができなかった。ユウは少し申し訳なさそうに、けれど柔らかな声で続けた。「でも、わかってほしいのは、ただスカリーくんのお世話をしたかっただけなの。困らせたくてじゃなくて、ありがとうって伝えたかったんだよ。」
その言葉に、スカリーはようやく顔を覆った手を少しだけ下ろし、ユウの方を見た。その瞳には、まだ戸惑いと動揺が残っている。「……貴方のそのお心遣いに感謝しております。ただ……少々、心が追いついていないだけでございます。」
ユウはその言葉に思わず笑い、「そっか、そっか。それならゆっくりでいいからね。」と、安心させるように言った。
スカリーはその言葉を聞いて、少しずつ緊張がほぐれていくのを感じた。ユウの言葉はどこまでも真っ直ぐで、その瞳には悪意の欠片も見当たらない。それが逆に、彼の心を揺さぶるのだ。
ユウは正面からスカリーの顔をのぞくようにして、柔らかく微笑んだ。その微笑みは、先ほどのからかうような態度とは違い、まるで相手の緊張をほぐそうとするかのような穏やかなものだった。「もうからかったりしないからさ、落ち着いたら一緒にホラー映画でも見ない?ちょうど寮のゲストルームにいい映画があるんだよね。」
スカリーは、一瞬戸惑ったようにユウに視線を向けたが、言葉を返すことができなかった。胸の中で高鳴る鼓動が、自分の声を封じ込めてしまったように思える。ただ、ユウがそう言った意図が決して悪意やからかいではないことを感じ取り、微かに頷いた。
「やった!」ユウは喜び、少し弾むようにして部屋の出口に向かった。「じゃあ、先にゲストルームで準備してるから、スカリーくんも落ち着いたら来てね!」
*
残されたスカリーは、未だ赤みの残る顔を両手で覆ったまま、大きく息を吐いた。「……これほど心が乱れたのは久しぶりです。」まるで嵐が過ぎ去った後のように、乱れた感情が静かに波を引いていく。しかし、心の奥底では、まだユウの指先の感触や声の柔らかさが鮮明に蘇り、冷静になるには時間がかかりそうだった。
「……貴方の優しさと愛くるしさには、我輩もどうしたらよいのか……」
その声は自分だけに向けた独白だった。普段、恐怖や悪夢というテーマに冷静でいられる彼が、目の前のユウに向けては理性を保つことができないという事実に、スカリー自身も戸惑っていた。彼にとって、ユウの存在はホラー映画よりもはるかに予測不可能で、心の深い部分に触れてくる。まるで、言葉や仕草の一つ一つが、見えない糸でスカリーの心を優しくも確実に引き寄せていくかのようだった。
「恐怖の方がよほど、我輩には簡単だ……」ふと、窓ガラスに映った自分の顔を見た。頬の赤みはまだ完全には引いておらず、視線はどこか焦点が定まらないまま漂っている。自分でも恍惚とした表情をしていることに気付き、スカリーは小さく咳払いをした。
「……いけませんねぇ。」軽く頭を振り、気を引き締めるように自分に言い聞かせる。冷静さを取り戻さなければならない。ユウと二人きりの時間がどれほど心を浮き立たせたとしても、彼の責任感がそれを許さなかった。
ふと卓上のスマホが目に入った。マジカメのアプリがホーム画面に映る。それを見た瞬間、スカリーはハッとした表情を浮かべる。「そうだ、素敵な友人方もお誘いいたしましょう。」
そうすればユウと二人きりの状況を避けられ、理性を保つ助けになるかもしれない。スカリーは自分の判断を肯定するように小さく頷くと、慣れないスマホを手に取り、ぎこちない手つきでマジカメを操作し始めた。
「ホラー映画鑑賞会を開催いたします。ユウさんもご一緒ですので、興味のある方はどうぞおいでくださいませ。場所はオンボロ寮のゲストルーム。」
その短い文が画面に表示され、送信完了の通知が出る。スカリーはほっと息をつくと、スマホをポケットにしまった。
ユウと過ごす二人きりの時間。そのひとときがどれほど大切かを、スカリー自身が一番よく知っている。いつもユウを囲む仲間たちの明るくも騒がしい声に埋もれている中で、二人だけの会話は特別だった。しかし、今の状況で二人きりになれば、自分がどうなるかは目に見えている。鼓動は乱れ、目の前のユウの笑顔や言葉に理性を失いかねない。それはきっと紳士としてあるまじき振る舞いだ。
拳をそっと握り締め、紳士としての自分を律する。己の弱さをさらけ出すのは、ユウにとって良いことではない。毅然とした態度こそが、ユウに安心感を与えるはずだ――そう自らに言い聞かせる。
だが、そんな決意も、ユウの前では一瞬で揺らいでしまうのだ。
――スカリーくん、なんだか可愛いね。
ユウの笑顔が鮮明に蘇り、胸の奥で小さな波紋を広げていった。背筋を伸ばしていた体がわずかに緩み、頬がじんわりと熱を帯びる。「かわいい」という言葉。それは、彼にとって生まれて初めて向けられた特別な響きだった。その言葉が心地よさとくすぐったさを混じえ、不思議な余韻を伴いながら胸の中に広がっていく。
「かわいい……か。」
思わず漏れた呟きが空気に溶け、スカリーは軽く目を閉じた。
これまで彼が目指してきたもの――優美さ、格式の高さ、そして威厳。それらには「かわいい」という言葉は似つかわしくないと信じていた。だが、そんな彼の心を揺るがすほどに、その響きには奇妙な新鮮さがあった。
「できれば、格好いいとか、素敵だとか……ユウさんにはそう思われたい…。」
一瞬、弱音を漏らしたようなその声に、自分自身で少し戸惑う。けれど、スカリーはすぐに気持ちを切り替えるように軽く息をつき、服の乱れをさりげなく整えた。
「それにしても……本当に可愛らしいのは、貴方でございますよ、ユウさん。」
ゲストルームで待つユウの姿が脳裏に浮かぶたびに、胸が熱くなるのを感じる。だが、今はその高鳴りを抑えねばならない。彼は深呼吸を一つし、軽く首を振った。余計な感情を振り払うように意識を切り替える。
「さぁ、素敵な皆さんと、恐怖と悪夢をわかち合うことといたしましょう。」
独り言を漏らしながら、スカリーは歩き出した。その一歩一歩には、揺れる心を整えようとする決意が込められていた。