残響
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夜中にふと目が覚めた時、アレーンはなんとなくロドス艦内を散策する時がある。あくまで宿舎や居住区画の範囲に限るが、寝静まった夜中独特の空気感に触れたくなる時がある。理由もなく寝つきが悪い、目が冴えてしまって眠りにつくのが難しい。そして、何らかの夢を見た時などだ。何か目的がある訳でもなく、気が済んだら部屋へ戻る。誰かがいた時に気が向けば会話する事もあるが、大抵は軽い会釈で済ませることが多い。酔っ払いは絡まれると面倒なのが目に見えているので放置だ。
いつもと変わらない静寂に包まれた深夜帯の通路。無機質な空間で「うぅん……」と馴染みのある呻き声がした。ロドス艦内の通路はその広大さ故か時折スツールなどが置かれた休憩スペースや自動販売機が設けられているのだが、丁度近くから胡乱な様子の声が聞こえる。
通り過ぎるついで、と言い聞かせつつ覗いてみると休憩スペースのスツールに寄りかかって座り込むエコーがいた。
詰襟のブラウスは鎖骨が見えるほど大きく開かれており、顔とさらけ出された肌は赤く染まっている。さらに大きくスリットの入ったスカートからはタイツに包まれた太ももが投げ出されていた。通常のエコーならばまずありえないだろう状態にまさかと思いつつ声をかける。
「おねーさん。ちょっと、大丈夫?」
アレーンの声に反応して首をもたげた。呼吸は浅く、とろんとして焦点の合わない目。酔いでバランスが取れていないのか頭がふらふらと左右に揺れる。飲酒に縁のないアレーンですら分かる酩酊状態だった。かくん、と再びうつむき加減になってしまったので仕方なくアレーンも屈んで目線を合わせる。
「おねーさん?何してんの、こんなとこで」
再び問いかける。十数秒かけてようやくアレーンと認識したのか、吐息混じりに何かを呟いて頬を擦り寄せてきた。アルコールの混じった甘い匂いが鼻先をくすぐる。普段のエコーなら滅多にしない行動でアレーンは鼓動の高鳴りを意識せざるをえなかった。
「お酒、飲まないんじゃなかったの?」
荒んだ環境に身を置かざるを得なかった過去を持つエコーは酒を嫌っていた。主に嫌っているのはタチの悪い酔っ払いとの事だが、強いアルコール臭は嫌な思い出が蘇ると言っていた。鼠王や主人から勧められた際に一杯付き合う程度。ロドスに来てからはオペレーター同士の飲み会でもノンアルコールを飲み、酒が回ってきた頃合いで切り上げるほどだ。
それが何故こんな状態になっているのか。
聞き出そうにも意識がぼんやりとしていてはままならない有様にどうしたものかと思っていると男から声をかけられた。
「やあ、アレーン君じゃないか。ちょうどよかった」
上質なスーツを着こなしたサルカズに覚えがあった。作戦で何度か同じ部隊になった事がある。
「行動予備隊の人だよね」
「そうそう。ミッドナイトさ」
コードネームが出てこなかったアレーンに、目の前のサルカズは気を悪くした様子もない。そんな事よりも、と彼は手に持っていたボトルを開けて差し出した。
「エコーさん、水持ってきたけど飲めるかい?」
緩慢な動きでエコーが受け取ったのを見て今度はアレーンに視線を向けた。
「実は飲み会で取り違えが起きてしまってね。隣に座ってたオペレーターも既に酔っていて変化に気付くまで時間がかかってしまったんだ」
「そんな事ある?」
「今回の飲み会は人が多かったし、中盤に差し掛かってグラスも増えていたから取り違えてしまったんだ。エコーさんの飲んだアルコール自体はそこまで強いものじゃなかったのが不幸中の幸いだったよ」
度数が強くない酒でこの状態では相当弱いのではないだろうか。そう思いながらぼんやりとしてはおもむろに水を飲んでいるエコーを眺めていると「それで僕が部屋まで送る事にしたんだけど」とミッドナイトが言葉を続けた。
「エコーさんくらいの女性なら運べるけど密着してしまうのは良くない。それに女性の部屋へ足を踏み入れるのも躊躇われるだろう?だから歩けるか確認して、了承を得た上で肩を貸していたんだけど気分が悪くなってしまったから休憩して貰っていたたのさ」
「意外と紳士的なんだね」
「よく言われるよ。……ああ、顔色も少し良くなってきたみたいだ」
言われてみれば先程よりも顔の赤みが薄れ、虚ろだった目もいつもの様子に近くなってきたように見える。
「ありがとう。さっきよりマシになったわ」
「それはよかった。部屋まで行けそうかい?」
「なんとかいけそう。アレーンもいるし、これ以上付き合ってもらっちゃ悪いもの。オーキッドさんのところに戻った方がいいんじゃない?」
「オーキッドさんも酔っ払いの介抱に追われて大変だろうからね。そうさせてもらうよ」
夜の繁華街を思わせる雰囲気を漂わせておきながら去り際まで爽やかなサルカズの背を見送るとエコーはアレーンを見上げた。
「というわけで、悪いけど付き合ってよね」
「ねえ、おねーさんのところより僕の方が近いから来れば?」
「……んぇ?」
「通路で力尽きても困るし、僕一人じゃ運びきれるか分かんない。それに早く横になりたいでしょ」
「んー……確かにマシになったけど酔いは残ってんのよね……」
ふらふらと頭を揺らす様子は確かに気だるそうだ。
いつもならば倫理に厳しく、ダメだとゴネそうな場面だというのに意外にもエコーは検討しているようだ。アルコールが入ってグズグズになった頭ではそこまで考えが及ばないのかもしれない。
アレーンの背にエコーがおぶさるような形で部屋まで案内する。薄い背に柔らかな感触と体温を感じるが、今はそれどころではない。力が入らない分体重を預けられているのもあって支えるので精一杯だ。この調子ではミッドナイトに頼まなくて正解だったと思いつつ、アレーンはようやく自室へと辿り着いた。
部屋を一望するなり、エコーが拍子抜けしたように言った。
「相変わらず何もないのねー」
「持ち込むような私物もなければ増えるような物も特になかったからね」
リターニアへ留学していた時の私物も、ロドスへ移る時に全て処分していた程度には所有欲というものがない。
備え付けの作業机にはドクターから出された課題や戦術理論書が積んである程度だ。エコーはアレーンが体調を崩した際に部屋へ入ったがその頃から変化のない無機質さに呆れているようだった。
「ミニマルな暮らしってやつ?ま、いいけど」
ベッドのスプリングを揺らしながら横たわる。アレーンの前にも関わらず思い出したように下半身へと手を伸ばし、もぞもぞとストッキングを脱ぎ出すではないか。普段なら後ろを向いてなどと言ってきそうな場面だが、気にすることもない辺り本当に頭が回っていないらしい。
「スカートとシャツも脱いじゃお。シワになったらめんどくさいし」と手をかけたエコーに堪らず「ねえ、僕いるの忘れてない?」と声をかけると流石にまずいと思ったのかあっさりと手を離す。そして横向きに体勢を変え、億劫そうに上げた手がアレーンを呼んだ。
「おいで」
「なに?急に」
「今日はそういう気分なの」
「はあ?どんな気分?」
「いいから来なさいよぉ」
絡みつく腕に引かれてベッドに潜り込むと汗とアルコールの混じった甘い匂いがした。清潔感のあるいつもの香りとはまた異なる匂いと、ほんのり高い体温にどうしても鼓動が高鳴る。頬は赤く、締まりのない顔がすぐそばにある。長いまつ毛で縁取られた瞼は今にも閉じてしまいそうだ。
「取り違え、本当は途中で気付いたんだけどそのまま飲んじゃった」
「何やってんの……」
事故とはいえ飲めない相手に飲ませてしまったと気にしていたミッドナイトがさすがに哀れだ。
「ほんと何やってんだろって話よ。だから介抱してもらうって、こんな情けない姿晒してるんだけど……。最初はよかったんだけどね、ふわ〜っとして、なんだ、案外悪くないじゃないと思ってたらこのザマ。でもリキュールは美味しかったな。後で聞いとくか。というかこんなに酔うもんなのね」
やや呂律の怪しい口ぶりでごにょごにょと呟き続ける。前後に脈絡もなく、独り言のようにただ思いつくままに喋っているのだろう。
「でも、最近前よりも抵抗が薄れてきたわけ。あんなに嫌うほど刷り込まれた昔の記憶があるのに、ちょっと飲んでみようかと思うくらいにはね」
「それは良かったんじゃないの?」
「んー……そりゃあ……」
不明瞭に何かを呟いていた声はいつの間にか穏やかな寝息に変わっていた。アルコールの匂いと汗の匂いが混じり、こちらまで酔ってしまいそうな錯覚を起こす。なにより、アーツの影響で毒を含んだ香りを纏い、自然と人を避けるようになったアレーンにとって、他者の体温と匂いをじっくりと感じるのは特殊なシチュエーションだ。先程から押しつけられている豊かな胸といい、気が散って妙に居心地が悪い。歳若いとはいえアレーンも男だ。さっさと抜けて空いている宿舎のソファーでもいいから使わせてもらおう。
そう思い立ちエコーの腕から抜け出そうとして、無防備な寝顔を見てやめた。このまま寝てしまった方が面白そうだ。欲が高まってしまった時は……などと考えているうちに欲よりも眠気の波が押し寄せてきたので抗うことなく眠りについた。
◇
翌朝は「ちょっとなに!?」という素っ頓狂な声で起こされた。眠気で瞼を擦るアレーンは迷惑そうに顔をしかめるが、エコーはそれどころではないようで頭を抱えたまま昨日の記憶を思い出そうと奮闘している様子だ。
「ここ、君の部屋でしょ?なんかストッキング脱げてるし!」
「それ、おねーさんがやったんだよ。酔っ払って自分の部屋まで戻れなかったから僕の部屋に泊めた。服を脱ぐのは止めたんだから感謝してよね」
「……それはどうも。まあ、ストッキングは伝線しやすいからそりゃ脱ぐよね。消耗品とはいえ長持ちさせたいし」と自分を納得させるように何度も頷いている。
「というかなんで一緒に寝てたの!?人の胸を枕代わりにして!」
「おねーさんが据わった目でいいから来いって言うから怖くて。その後も抱き枕代わりにして寝ちゃったし、お互い様だと思わない?」
「抜けるとかできたでしょ」
「面白いのが見られると思って」
「もーーーーー!何してんのよ私!アルコールで脳が溶けちゃってたの!?馬鹿!」
龍門のスラングを喚きながら頭を抱えるエコーに「貸しひとつだからね」と悪戯っぽい笑みで囁くと、「とんでもない貸しを作ったもんよ!」と悲壮な叫びが響き渡った。
いつもと変わらない静寂に包まれた深夜帯の通路。無機質な空間で「うぅん……」と馴染みのある呻き声がした。ロドス艦内の通路はその広大さ故か時折スツールなどが置かれた休憩スペースや自動販売機が設けられているのだが、丁度近くから胡乱な様子の声が聞こえる。
通り過ぎるついで、と言い聞かせつつ覗いてみると休憩スペースのスツールに寄りかかって座り込むエコーがいた。
詰襟のブラウスは鎖骨が見えるほど大きく開かれており、顔とさらけ出された肌は赤く染まっている。さらに大きくスリットの入ったスカートからはタイツに包まれた太ももが投げ出されていた。通常のエコーならばまずありえないだろう状態にまさかと思いつつ声をかける。
「おねーさん。ちょっと、大丈夫?」
アレーンの声に反応して首をもたげた。呼吸は浅く、とろんとして焦点の合わない目。酔いでバランスが取れていないのか頭がふらふらと左右に揺れる。飲酒に縁のないアレーンですら分かる酩酊状態だった。かくん、と再びうつむき加減になってしまったので仕方なくアレーンも屈んで目線を合わせる。
「おねーさん?何してんの、こんなとこで」
再び問いかける。十数秒かけてようやくアレーンと認識したのか、吐息混じりに何かを呟いて頬を擦り寄せてきた。アルコールの混じった甘い匂いが鼻先をくすぐる。普段のエコーなら滅多にしない行動でアレーンは鼓動の高鳴りを意識せざるをえなかった。
「お酒、飲まないんじゃなかったの?」
荒んだ環境に身を置かざるを得なかった過去を持つエコーは酒を嫌っていた。主に嫌っているのはタチの悪い酔っ払いとの事だが、強いアルコール臭は嫌な思い出が蘇ると言っていた。鼠王や主人から勧められた際に一杯付き合う程度。ロドスに来てからはオペレーター同士の飲み会でもノンアルコールを飲み、酒が回ってきた頃合いで切り上げるほどだ。
それが何故こんな状態になっているのか。
聞き出そうにも意識がぼんやりとしていてはままならない有様にどうしたものかと思っていると男から声をかけられた。
「やあ、アレーン君じゃないか。ちょうどよかった」
上質なスーツを着こなしたサルカズに覚えがあった。作戦で何度か同じ部隊になった事がある。
「行動予備隊の人だよね」
「そうそう。ミッドナイトさ」
コードネームが出てこなかったアレーンに、目の前のサルカズは気を悪くした様子もない。そんな事よりも、と彼は手に持っていたボトルを開けて差し出した。
「エコーさん、水持ってきたけど飲めるかい?」
緩慢な動きでエコーが受け取ったのを見て今度はアレーンに視線を向けた。
「実は飲み会で取り違えが起きてしまってね。隣に座ってたオペレーターも既に酔っていて変化に気付くまで時間がかかってしまったんだ」
「そんな事ある?」
「今回の飲み会は人が多かったし、中盤に差し掛かってグラスも増えていたから取り違えてしまったんだ。エコーさんの飲んだアルコール自体はそこまで強いものじゃなかったのが不幸中の幸いだったよ」
度数が強くない酒でこの状態では相当弱いのではないだろうか。そう思いながらぼんやりとしてはおもむろに水を飲んでいるエコーを眺めていると「それで僕が部屋まで送る事にしたんだけど」とミッドナイトが言葉を続けた。
「エコーさんくらいの女性なら運べるけど密着してしまうのは良くない。それに女性の部屋へ足を踏み入れるのも躊躇われるだろう?だから歩けるか確認して、了承を得た上で肩を貸していたんだけど気分が悪くなってしまったから休憩して貰っていたたのさ」
「意外と紳士的なんだね」
「よく言われるよ。……ああ、顔色も少し良くなってきたみたいだ」
言われてみれば先程よりも顔の赤みが薄れ、虚ろだった目もいつもの様子に近くなってきたように見える。
「ありがとう。さっきよりマシになったわ」
「それはよかった。部屋まで行けそうかい?」
「なんとかいけそう。アレーンもいるし、これ以上付き合ってもらっちゃ悪いもの。オーキッドさんのところに戻った方がいいんじゃない?」
「オーキッドさんも酔っ払いの介抱に追われて大変だろうからね。そうさせてもらうよ」
夜の繁華街を思わせる雰囲気を漂わせておきながら去り際まで爽やかなサルカズの背を見送るとエコーはアレーンを見上げた。
「というわけで、悪いけど付き合ってよね」
「ねえ、おねーさんのところより僕の方が近いから来れば?」
「……んぇ?」
「通路で力尽きても困るし、僕一人じゃ運びきれるか分かんない。それに早く横になりたいでしょ」
「んー……確かにマシになったけど酔いは残ってんのよね……」
ふらふらと頭を揺らす様子は確かに気だるそうだ。
いつもならば倫理に厳しく、ダメだとゴネそうな場面だというのに意外にもエコーは検討しているようだ。アルコールが入ってグズグズになった頭ではそこまで考えが及ばないのかもしれない。
アレーンの背にエコーがおぶさるような形で部屋まで案内する。薄い背に柔らかな感触と体温を感じるが、今はそれどころではない。力が入らない分体重を預けられているのもあって支えるので精一杯だ。この調子ではミッドナイトに頼まなくて正解だったと思いつつ、アレーンはようやく自室へと辿り着いた。
部屋を一望するなり、エコーが拍子抜けしたように言った。
「相変わらず何もないのねー」
「持ち込むような私物もなければ増えるような物も特になかったからね」
リターニアへ留学していた時の私物も、ロドスへ移る時に全て処分していた程度には所有欲というものがない。
備え付けの作業机にはドクターから出された課題や戦術理論書が積んである程度だ。エコーはアレーンが体調を崩した際に部屋へ入ったがその頃から変化のない無機質さに呆れているようだった。
「ミニマルな暮らしってやつ?ま、いいけど」
ベッドのスプリングを揺らしながら横たわる。アレーンの前にも関わらず思い出したように下半身へと手を伸ばし、もぞもぞとストッキングを脱ぎ出すではないか。普段なら後ろを向いてなどと言ってきそうな場面だが、気にすることもない辺り本当に頭が回っていないらしい。
「スカートとシャツも脱いじゃお。シワになったらめんどくさいし」と手をかけたエコーに堪らず「ねえ、僕いるの忘れてない?」と声をかけると流石にまずいと思ったのかあっさりと手を離す。そして横向きに体勢を変え、億劫そうに上げた手がアレーンを呼んだ。
「おいで」
「なに?急に」
「今日はそういう気分なの」
「はあ?どんな気分?」
「いいから来なさいよぉ」
絡みつく腕に引かれてベッドに潜り込むと汗とアルコールの混じった甘い匂いがした。清潔感のあるいつもの香りとはまた異なる匂いと、ほんのり高い体温にどうしても鼓動が高鳴る。頬は赤く、締まりのない顔がすぐそばにある。長いまつ毛で縁取られた瞼は今にも閉じてしまいそうだ。
「取り違え、本当は途中で気付いたんだけどそのまま飲んじゃった」
「何やってんの……」
事故とはいえ飲めない相手に飲ませてしまったと気にしていたミッドナイトがさすがに哀れだ。
「ほんと何やってんだろって話よ。だから介抱してもらうって、こんな情けない姿晒してるんだけど……。最初はよかったんだけどね、ふわ〜っとして、なんだ、案外悪くないじゃないと思ってたらこのザマ。でもリキュールは美味しかったな。後で聞いとくか。というかこんなに酔うもんなのね」
やや呂律の怪しい口ぶりでごにょごにょと呟き続ける。前後に脈絡もなく、独り言のようにただ思いつくままに喋っているのだろう。
「でも、最近前よりも抵抗が薄れてきたわけ。あんなに嫌うほど刷り込まれた昔の記憶があるのに、ちょっと飲んでみようかと思うくらいにはね」
「それは良かったんじゃないの?」
「んー……そりゃあ……」
不明瞭に何かを呟いていた声はいつの間にか穏やかな寝息に変わっていた。アルコールの匂いと汗の匂いが混じり、こちらまで酔ってしまいそうな錯覚を起こす。なにより、アーツの影響で毒を含んだ香りを纏い、自然と人を避けるようになったアレーンにとって、他者の体温と匂いをじっくりと感じるのは特殊なシチュエーションだ。先程から押しつけられている豊かな胸といい、気が散って妙に居心地が悪い。歳若いとはいえアレーンも男だ。さっさと抜けて空いている宿舎のソファーでもいいから使わせてもらおう。
そう思い立ちエコーの腕から抜け出そうとして、無防備な寝顔を見てやめた。このまま寝てしまった方が面白そうだ。欲が高まってしまった時は……などと考えているうちに欲よりも眠気の波が押し寄せてきたので抗うことなく眠りについた。
◇
翌朝は「ちょっとなに!?」という素っ頓狂な声で起こされた。眠気で瞼を擦るアレーンは迷惑そうに顔をしかめるが、エコーはそれどころではないようで頭を抱えたまま昨日の記憶を思い出そうと奮闘している様子だ。
「ここ、君の部屋でしょ?なんかストッキング脱げてるし!」
「それ、おねーさんがやったんだよ。酔っ払って自分の部屋まで戻れなかったから僕の部屋に泊めた。服を脱ぐのは止めたんだから感謝してよね」
「……それはどうも。まあ、ストッキングは伝線しやすいからそりゃ脱ぐよね。消耗品とはいえ長持ちさせたいし」と自分を納得させるように何度も頷いている。
「というかなんで一緒に寝てたの!?人の胸を枕代わりにして!」
「おねーさんが据わった目でいいから来いって言うから怖くて。その後も抱き枕代わりにして寝ちゃったし、お互い様だと思わない?」
「抜けるとかできたでしょ」
「面白いのが見られると思って」
「もーーーーー!何してんのよ私!アルコールで脳が溶けちゃってたの!?馬鹿!」
龍門のスラングを喚きながら頭を抱えるエコーに「貸しひとつだからね」と悪戯っぽい笑みで囁くと、「とんでもない貸しを作ったもんよ!」と悲壮な叫びが響き渡った。
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