おやすみ、グッドガール
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授業や就業が始まる時間帯のサボりはどうしてこんなに気分がいいのか。きっと、閉塞したコミュニティから自分だけ切り離された時の開放感によるものだ。サボり場の定番、アカデミーの屋上でフェイスはグッと上体を伸ばす。
クラスメイトや教師が憂鬱な気持ちを抑えながら社会の一員として生活する時間帯を自由気ままに過ごすのは至福だった。何をしてもいいし、何もしなくても咎める人間はいない。不真面目でずるい人間だけが享受できる贅沢だ。
どこかの教室が窓で開けているのか、授業中の様子が漏れ聞こえてくる。わずかに聞こえてくる声が生徒指導の教師だと気づき、してやったりな気分となったフェイスはこっそりと舌を出す。
そんなフェイスの耳に賑やかな声が飛び込んできた。
「やっぱりここにいた。おっはよーDJビームス!」
ビリーの勢いよく弾む声はローテンションな朝だといつも以上に響く。寝起きにトランペットの音でも浴びせられているかのようなやかましさだ。伸び伸びと過ごして上向いていたテンションがガクンと下がる。
「うわ、出た」
鬱陶しそうに眉をひそめると、ビリーは「そんなつれない事言われたら寂しいー」とわざとらしくしなを作る。
「なんで今来るかな。せっかくいい気分だったのに」
「おやおやー?気紛れなDJのテンションを上げるような何かがあったってコト?」
噴水のように次から次へと湧き出るお喋りはフェイスの辟易とした態度にも動じない。慣れ親しんだ鬱陶しさにため息をついた。怠惰に一日をやり過ごす。劣等生にならない程度にやっていればいい。それがフェイスのモットーだ。
アカデミーでは自然とブラッド・ビームスの名前がついてくる。ならば勝手気ままに過ごしてやろう。むかむかする鉄面皮を思い浮かべてしまい、じりじりと焼けるような痛みをブラックコーヒーの苦味で流し込んだ。ああ、もっと甘いものにすればよかったと今更ながらに後悔する。
「いつにも増してご機嫌ナナメだネ」
「無駄話したいなら他所へ行ってよ」
「ヒドーイ!でもオレっちはこの程度じゃめげないもん。なんてったって」
「べスティだからでしょ。気は済んだ?」
「そんな顔してるとせっかくの美形が台無しだヨ」
台無しになっていようとその美形ぶりは衰えず、寄ってくる異性に困らないのがフェイス・ビームスだ。器量良し。家柄良し。音楽の才能に恵まれ、人を惹きつける魅力もある。実際、幼少期のフェイスは両親と兄の庇護の元でかなりのびのびと育った。わがままで困らせた相手も機転と愛嬌を駆使すれば許されるのだから、増長するのも自明の理。人生は何もかも上手くいくと思い込んでいたし、兄と一緒がいいと選んだヒーローの進路も彼のようにやれると信じきっていた。
――そんな幼く、甘ったるい万能感はアカデミー入学早々あっさりと打ち砕かれてしまい、以降は刻々と増していく息苦しさで気力をすり減らす毎日を送るようになったのだが。
幼い頃から抱えていた兄への憧憬を卒業できず、身の丈以上の夢を掲げてしまったのがフェイスの不幸だったのかもしれない。周囲の反応で自分が兄に遠く及ばないと理解してしまった彼は、足掻いてみっともない姿を晒すくらいならと無気力を装い、及第点で日々をやり過ごす選択をした。
精一杯格好をつけて世渡り上手なふりをする。幸いと言うべきか、フェイスは要領がよく洞察力にも優れていた。人から好まれやすい性質をフル活用してのらりくらりと躱す一方で、夢を追う若者たちの中でモラトリアムを脱しきれない疎外感とやるせなさから目を逸らし続けている半端者。そんな自分にうんざりしながらも漫然とした日々を過ごしていた。
「DJってば聞いてるー?」
「ハイハイ。聞いてるよ」
「それ、聞き流してるって言わナイ?」
ビリーのお喋りをBGMにし、端末で次々に情報を捌いていく。フェイスが目を通すのはもっぱら音楽関係のニュースだ。ヒットチャートにリリースされたばかりの新曲、動画サイトで再生数を稼いでいるインディーズのMV。元々音楽ギークでもある彼は興味の向く物事への研究は苦にならない。飽きっぽい面は最新の流行をいち早くキャッチする力でもあり、どちらもDJの活動に役立っていた。一通り目を通したなと思った時、深みのある赤橙色で指が止まった。
それはポータルニュースサイトに掲載された画像だった。紅茶色の長い髪を下ろした女性ヒーローが写っている。ルーキーの中でも注目株と噂のエイダ・ハーヴェイ。親しみやすそうな笑顔が印象的で、主張の激しすぎない暖色が温かみを与えている。
「そんな冷たい事言わないでー!いい情報あるんだヨ。例えば……そう、エイダ・ハーヴェイのホットニュースとか!」
唐突に飛び出した名前に思わずビリーへ目を向けてしまった。ふふん、と得意げな表情が少し癇に障る。さりげなく画面を覗き見たのだろう。相変わらず目敏い。
「ニュースポータルのトップページだっただけなんだけど?」
「いーや、華麗に捌いてたDJの指が一瞬止まったの見ちゃったもんね!」
「あっそ……」
別にエイダ・ハーヴェイに関心があったわけではなく、髪色が目に留まっただけの話だ。だというのにビリーはどう受け取ったのか、声を弾ませて語り始める。
「エイダ・ハーヴェイと言えば孤児からニューミリオン・ドリームを掴んだと評判の女性ルーキー!12期生の中でも幅広く支持を得ている人気者!でも最近不調みたい……あのエイダに何があったの!?そんな声にお応えして便利屋ビリー・ワイズが調査しました!」
「聞きたくないって言ったよね?」
Ta-da!とお決まりのフレーズを口にし、ギアを上げていくビリーに対してフェイスは冷めた目で傍観を決め込む。中断させようとしても喧しくなるだけなので好きにさせてしまえという消極的な理由からだ。
「知ってるだろうけどエイダは孤児出身。奨学金制度とアルバイトで稼いだ資金でヒーローになった努力の人!」
そのバックボーンとこれまでの苦労を感じさせない人柄で市民からも友人のように親しまれている。経歴不問、どんな人間にも門戸を開くエリオスの方針にも沿う彼女はニューミリオン・ドリームを叶えた一人と評されるようになったのだ。
「ニューミリオン・ドリームを掴んだルーキーだっけ?新人には大層な肩書きだよね」
「大人の事情がウワサされてるけどそれはそれ。彼女達の活躍に奮い立たされる人もいるからプロジェクトとしては成功してるんだよ」
「で?そのエイダ・ハーヴェイがスランプなんでしょ?ハイ終わり」
「DJつれなーい!俺っちの集めた情報聞いてヨ〜!」とプリプリ怒るフリをするまでが規定路線だ。茶番に付き合わされるこちらの身にもなってほしい、そう思いながらフェイスは続きを促した。
「巷では近々取り壊し決定している孤児院の件が原因って言われてるけど当たらずも遠からず。双方の話し合いは既に決着してたんだ。実際はリーク情報を聞きつけたファンがエイダのために反対運動起こしていて、その鎮火対応に追われてる……というのが真相みたい」
「あらら……。ま、その手の話は本人が出ていかないと収まらない事が多いか」
「善意の押しつけも困りもの。元々あちこちでひっぱりだこだったし、その疲れに心労も加わると……ちょっと同情しちゃうヨ」
「そんなこと言って……どうせビリーも一枚噛んでるんでしょ」
「注目度の高い話題は稼げるから関わっておきたいんだヨー。人気者のニュースは一定の数字が保証されるし、分かりやすいストーリーは大勢の心を掴むデショ!」
フェイスはビリーの熱心な語りをハイハイと流しておく。ゴーグル越しでも爛々とした輝きが見えるようだ。
12期生の中でトップクラスの話題性があり、中性的な美形ぶりと圧倒的な実力、華やかな活躍で人気を集めているのがマリオン・ブライスなら、人好きする飾らないキャラクター性で幅広く受け入れられているのがエイダ・ハーヴェイだ。話題性重視で狙うのならば間違いなくこの二人だろう。
「AA認定試験の時期も近付いてきたし、このまま低迷するようだとあんまりよろしくないよネ」
「ふーん」
「あれ、ホントに興味ない感じ?」
「だから興味ないって言ったじゃん」
「そっかー。オイラとした事が外しちゃったな」
「大体、エイダ・ハーヴェイは俺みたいな素行不良な学生と合わないから。フレッシュでキラキラしてる、いかにもウケよさそうないい子とか関わりたくないよ」
「確かにDJは悪い子だからこういういい子ちゃん はお断りか」
無言で肩を竦めてみせた。いい子ちゃん はエイダへの冷笑的なニュアンスを含んだ呼び方だ。エイダのような他者優先のヒーローは多方面にとって都合のいい人間なのだろう。多くの市民達に愛される一方で鼻につくという意見があるのも事実で、フェイスもそのうちの一人というだけ。そう、基本的に相容れない存在なはずだ。
それなのに、とフェイスは画面内のエイダへ目を向ける。多くの市民から友人のように親しまれるルーキー。一見恵まれている彼女がどこか窮屈そうに見えるのは何故だろうか?
クラスメイトや教師が憂鬱な気持ちを抑えながら社会の一員として生活する時間帯を自由気ままに過ごすのは至福だった。何をしてもいいし、何もしなくても咎める人間はいない。不真面目でずるい人間だけが享受できる贅沢だ。
どこかの教室が窓で開けているのか、授業中の様子が漏れ聞こえてくる。わずかに聞こえてくる声が生徒指導の教師だと気づき、してやったりな気分となったフェイスはこっそりと舌を出す。
そんなフェイスの耳に賑やかな声が飛び込んできた。
「やっぱりここにいた。おっはよーDJビームス!」
ビリーの勢いよく弾む声はローテンションな朝だといつも以上に響く。寝起きにトランペットの音でも浴びせられているかのようなやかましさだ。伸び伸びと過ごして上向いていたテンションがガクンと下がる。
「うわ、出た」
鬱陶しそうに眉をひそめると、ビリーは「そんなつれない事言われたら寂しいー」とわざとらしくしなを作る。
「なんで今来るかな。せっかくいい気分だったのに」
「おやおやー?気紛れなDJのテンションを上げるような何かがあったってコト?」
噴水のように次から次へと湧き出るお喋りはフェイスの辟易とした態度にも動じない。慣れ親しんだ鬱陶しさにため息をついた。怠惰に一日をやり過ごす。劣等生にならない程度にやっていればいい。それがフェイスのモットーだ。
アカデミーでは自然とブラッド・ビームスの名前がついてくる。ならば勝手気ままに過ごしてやろう。むかむかする鉄面皮を思い浮かべてしまい、じりじりと焼けるような痛みをブラックコーヒーの苦味で流し込んだ。ああ、もっと甘いものにすればよかったと今更ながらに後悔する。
「いつにも増してご機嫌ナナメだネ」
「無駄話したいなら他所へ行ってよ」
「ヒドーイ!でもオレっちはこの程度じゃめげないもん。なんてったって」
「べスティだからでしょ。気は済んだ?」
「そんな顔してるとせっかくの美形が台無しだヨ」
台無しになっていようとその美形ぶりは衰えず、寄ってくる異性に困らないのがフェイス・ビームスだ。器量良し。家柄良し。音楽の才能に恵まれ、人を惹きつける魅力もある。実際、幼少期のフェイスは両親と兄の庇護の元でかなりのびのびと育った。わがままで困らせた相手も機転と愛嬌を駆使すれば許されるのだから、増長するのも自明の理。人生は何もかも上手くいくと思い込んでいたし、兄と一緒がいいと選んだヒーローの進路も彼のようにやれると信じきっていた。
――そんな幼く、甘ったるい万能感はアカデミー入学早々あっさりと打ち砕かれてしまい、以降は刻々と増していく息苦しさで気力をすり減らす毎日を送るようになったのだが。
幼い頃から抱えていた兄への憧憬を卒業できず、身の丈以上の夢を掲げてしまったのがフェイスの不幸だったのかもしれない。周囲の反応で自分が兄に遠く及ばないと理解してしまった彼は、足掻いてみっともない姿を晒すくらいならと無気力を装い、及第点で日々をやり過ごす選択をした。
精一杯格好をつけて世渡り上手なふりをする。幸いと言うべきか、フェイスは要領がよく洞察力にも優れていた。人から好まれやすい性質をフル活用してのらりくらりと躱す一方で、夢を追う若者たちの中でモラトリアムを脱しきれない疎外感とやるせなさから目を逸らし続けている半端者。そんな自分にうんざりしながらも漫然とした日々を過ごしていた。
「DJってば聞いてるー?」
「ハイハイ。聞いてるよ」
「それ、聞き流してるって言わナイ?」
ビリーのお喋りをBGMにし、端末で次々に情報を捌いていく。フェイスが目を通すのはもっぱら音楽関係のニュースだ。ヒットチャートにリリースされたばかりの新曲、動画サイトで再生数を稼いでいるインディーズのMV。元々音楽ギークでもある彼は興味の向く物事への研究は苦にならない。飽きっぽい面は最新の流行をいち早くキャッチする力でもあり、どちらもDJの活動に役立っていた。一通り目を通したなと思った時、深みのある赤橙色で指が止まった。
それはポータルニュースサイトに掲載された画像だった。紅茶色の長い髪を下ろした女性ヒーローが写っている。ルーキーの中でも注目株と噂のエイダ・ハーヴェイ。親しみやすそうな笑顔が印象的で、主張の激しすぎない暖色が温かみを与えている。
「そんな冷たい事言わないでー!いい情報あるんだヨ。例えば……そう、エイダ・ハーヴェイのホットニュースとか!」
唐突に飛び出した名前に思わずビリーへ目を向けてしまった。ふふん、と得意げな表情が少し癇に障る。さりげなく画面を覗き見たのだろう。相変わらず目敏い。
「ニュースポータルのトップページだっただけなんだけど?」
「いーや、華麗に捌いてたDJの指が一瞬止まったの見ちゃったもんね!」
「あっそ……」
別にエイダ・ハーヴェイに関心があったわけではなく、髪色が目に留まっただけの話だ。だというのにビリーはどう受け取ったのか、声を弾ませて語り始める。
「エイダ・ハーヴェイと言えば孤児からニューミリオン・ドリームを掴んだと評判の女性ルーキー!12期生の中でも幅広く支持を得ている人気者!でも最近不調みたい……あのエイダに何があったの!?そんな声にお応えして便利屋ビリー・ワイズが調査しました!」
「聞きたくないって言ったよね?」
Ta-da!とお決まりのフレーズを口にし、ギアを上げていくビリーに対してフェイスは冷めた目で傍観を決め込む。中断させようとしても喧しくなるだけなので好きにさせてしまえという消極的な理由からだ。
「知ってるだろうけどエイダは孤児出身。奨学金制度とアルバイトで稼いだ資金でヒーローになった努力の人!」
そのバックボーンとこれまでの苦労を感じさせない人柄で市民からも友人のように親しまれている。経歴不問、どんな人間にも門戸を開くエリオスの方針にも沿う彼女はニューミリオン・ドリームを叶えた一人と評されるようになったのだ。
「ニューミリオン・ドリームを掴んだルーキーだっけ?新人には大層な肩書きだよね」
「大人の事情がウワサされてるけどそれはそれ。彼女達の活躍に奮い立たされる人もいるからプロジェクトとしては成功してるんだよ」
「で?そのエイダ・ハーヴェイがスランプなんでしょ?ハイ終わり」
「DJつれなーい!俺っちの集めた情報聞いてヨ〜!」とプリプリ怒るフリをするまでが規定路線だ。茶番に付き合わされるこちらの身にもなってほしい、そう思いながらフェイスは続きを促した。
「巷では近々取り壊し決定している孤児院の件が原因って言われてるけど当たらずも遠からず。双方の話し合いは既に決着してたんだ。実際はリーク情報を聞きつけたファンがエイダのために反対運動起こしていて、その鎮火対応に追われてる……というのが真相みたい」
「あらら……。ま、その手の話は本人が出ていかないと収まらない事が多いか」
「善意の押しつけも困りもの。元々あちこちでひっぱりだこだったし、その疲れに心労も加わると……ちょっと同情しちゃうヨ」
「そんなこと言って……どうせビリーも一枚噛んでるんでしょ」
「注目度の高い話題は稼げるから関わっておきたいんだヨー。人気者のニュースは一定の数字が保証されるし、分かりやすいストーリーは大勢の心を掴むデショ!」
フェイスはビリーの熱心な語りをハイハイと流しておく。ゴーグル越しでも爛々とした輝きが見えるようだ。
12期生の中でトップクラスの話題性があり、中性的な美形ぶりと圧倒的な実力、華やかな活躍で人気を集めているのがマリオン・ブライスなら、人好きする飾らないキャラクター性で幅広く受け入れられているのがエイダ・ハーヴェイだ。話題性重視で狙うのならば間違いなくこの二人だろう。
「AA認定試験の時期も近付いてきたし、このまま低迷するようだとあんまりよろしくないよネ」
「ふーん」
「あれ、ホントに興味ない感じ?」
「だから興味ないって言ったじゃん」
「そっかー。オイラとした事が外しちゃったな」
「大体、エイダ・ハーヴェイは俺みたいな素行不良な学生と合わないから。フレッシュでキラキラしてる、いかにもウケよさそうないい子とか関わりたくないよ」
「確かにDJは悪い子だからこういう
無言で肩を竦めてみせた。
それなのに、とフェイスは画面内のエイダへ目を向ける。多くの市民から友人のように親しまれるルーキー。一見恵まれている彼女がどこか窮屈そうに見えるのは何故だろうか?