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盗んで、殴られて、また盗んで、逃げて。奪って、奪われて。負の連鎖から逃れられず泥の中を這いずり回るしかなかったクレインを引き上げたのは、冴えない中年とガンダムだった。
整備士見習いの朝は早い。まだ心地よい眠りの中にいたがる自身へ活を入れ、クレインは朝の支度を整えていく。丈や身幅の余った作業着姿になった彼は足早に開発ドックへと向かった。
本格的に業務が始まる前にカレルや各種機材の点検を済ませて作業開始を迎えなければならないからだ。高性能な機械ならメンテナンス要らず、もしくは自動で済ませてくれるだろうと思われがちだがそんな事はない。週に一度は定期メンテナンスを実施して不具合がないかチェック。ハロ達のような高い知能を持ったAIも人の手による管理が欠かせない。
どんなに機械化が進もうと人類が夢見るような完全自律は難しいのだ。
「オハヨウ!オハヨウ!」
「おはよーさん」
「チコク!チコク!」
「なんだよ、5分くらい大目に見てくれよな?」
手持ち無沙汰なハロ達が周囲を転がったりぶつかってくるのを受け流しながら作業を始める。毎朝の事ながら、この時ばかりは整備士というより飼育員の気分になってしまう。
「おはよう……」
「いらっしゃい」
「フェルト!オハヨウ!」
邪魔をして申し訳ないとばかりに赤みがかった頭が遠慮がちに下げられたのでクレインは気にするなとジェスチャーする。フェルトが姿を見せるとハロ達の興味が一斉にそちらへ向かうのでむしろ助かっているくらいだ。
周囲をころころと転がるハロ達と戯れる彼女を横目に今のうちとセットアップ作業を進めていく。そんな彼の背中にフェルトが控えめな声をかけた。
「忙しそうだね」
「そっちも忙しいだろ。基礎教育だけじゃなくオペレーターとしての指導も始まったんだっけ?」
「うん、まあ……」
組織で生まれ育ったフェルトは顔馴染みも多く、開発主任の許可さえあれば開発ドックにも出入りできる。フェルトもドックにいるのが落ち着くようで頻繁に顔を出していた。
以前は空いた時間ができるとよく遊びに来ていたが、チームが開発に本腰を入れるようになって以降は整備士達の邪魔とならないよう早朝に訪れている。オペレーターとして訓練を受けるようになったフェルトも以前のように時間を取れないのだろうが。
最初は「年齢も近いから話し相手になってやれ」とイアンに言われて困惑したものだが、フェルトが工学分野に強いおかげで話題には困らなかった。技術は持ち前の器用さで盗めるものの、知識面の弱さは独学で学んでも補いきれていない。そんなクレインにとってソレスタルビーイングで扱っている技術論に明るいフェルトの存在はありがたかった。
「クレインもすごく頑張ってるね」
「そうか?まあ、学んだだけ役に立つしな」
「イアンさんも褒めてた。クレインのはスポンジみたいになんでも吸収するって」
「それ、頭スカスカって言ってない?」
気まずそうに黙り込むフェルトに「冗談だって」と笑い飛ばしてやる。派手な髪色と可愛らしい顔立ちに対して性格は驚くほど内向的な彼女と上手く付き合うのにほとほと苦労していた。明るく振る舞う分には問題ないのだが、育った環境や価値観の相違から生じる摩擦というやつだ。
「外の世界じゃ生まれや育ちでほぼ一生が決まるけど、ここは生活が保障されてやればやるだけ上を目指せる。機会をもらえるなら死に物狂いでやるさ」
何故ソレスタルビーイングに入ったか。それぞれ答えがあるだろうが、クレインの場合一言で言えば生死を迫られた上での「打算」だった。
「そうなの?ごめんなさい、地上の事はよく知らなくて……」
「そりゃ幸せな事だよ。地球なんて宇宙から眺める程度がちょうどいい」
地上で荒みきった生活を送ってきた結果、クレインは年齢に見合わないひねくれた価値観を形成していた。
ガンダムに心惹かれたのは本当だが、どんなに魅力的だろうと兵器だ。各国家群が競って宇宙開発を行う現代の情勢を踏まえると技術者という職業は食い扶持に困らない。
「イアンには感謝してるよ。あのままじゃゴロツキの鉄砲玉がいいところ、順当に行けば犯罪者か手首切り落とされて野垂れ死に、それか魚の餌だったし」
「手を……?」
碧眼が怯えてしまったのを見てクレインは慌てふためく。自分以外は蹴落とすべき相手だったこれまでと違い、ソレスタルビーイングでは協調し合わなければならない。耳にタコができるくらい繰り返されたセリフを思い返しながら、穏便に収束させようとおどけてみせる。
「あーっ、違う!今のは冗談!冗談だからっ!怖がらせてごめんなっ」
「本当?」
「本当に!ブラックジョークってやつだよ。フェルトは素直だからつい、な」
「…………もう」
からかわれたと思ったのか、一体のハロを抱えてそっぽを向いてしまう。綺麗にカールしている髪がふわりと揺れるのを見て、どうにか誤魔化せただろうかと息をついた。
イジメルナ!と電子音声を発し、ゴツゴツと音を立ててぶつかってくるハロ達からの責めも今は甘んじて受け入れよう。
ソレスタルビーイングのコロニーで育てられた彼女は外の世界を知らない。クレインのように新しく加入したメンバーに尋ねる事もあるらしいが、聞く限りでは彼女の見聞を広げる内容ではないようだ。守秘義務もあるだろうが、ここに集まるのは武力による紛争根絶という夢物語な理念に飛びつかざるをえない境遇の者達ばかり。そんなすねに傷を持つ者達にとってこれまでの経験は組織内で育てられた10代前半の少女に聞かせるのをはばかられるような内容ばかりなのだろう。
コロニーがソレスタルビーイングの用意した箱庭なら、フェルトはそこで大切に育てられた花といったところか。いずれ向き合い、傷つかなくてはならないとしても、今すぐ世界を知る必要もない。彼女が家族のように思っている組織が歪な理想を掲げているかも、今は知らなくていい事だ。
彼女を慰めるように耳をパタパタさせるハロをじっと眺めていたフェルトの唇がぽつりと呟いた。
「わたしは、ここがクレインの家になったらいいなって思ってる」
「家、ねぇ」
縁のない単語に何故か笑みが零れた。
かつていた路地裏では家なんてものはなかった。それぞれに縄張りがあって、雨風を凌げる場所は毎日取り合いになる。運良く廃屋に滑り込めてもより力のある相手がやってきたら奪い取られる。
それに比べてここでは衣食住が保証されて、おまけに技師としての技術も叩き込まれるのだから文句はない。例えソレスタルビーイングが壊滅するような事態になろうと危機察知能力には自信があるし、技術さえあれば職にはありつける。
周囲から顔をしかめられようと、それがクレインの本音だった。
「イヤ?」
「嫌じゃないよ。ただオレは家なんてものなかったからそういう感覚は分かんないだろうなーって」
「そう、なんだ」
「…………悪い。今のは嫌な言い方だった。多分思いやってくれたんだよな」
またやってしまった。子どもらしからぬ擦れた感性で物を言うと気分を害した様子で立ち去る者も少なくはない。内心恐々としながらフェルトの様子を見守る。唇をきゅっと結び、大きな碧眼が揺れている。瞬きをせず見開いたままなのは涙がこぼれないよう堪えているのかもしれない。
荒廃した生活で擦り切れた感性はろくなものをもたらさない。自分も腐るし相手を不快にさせるばかりだ。
新たなやらかしに頭を抱えていると、「でも、」とか細い声が聞こえてきた。
「……私は地上を知らないから、分からないって言われたらそれまでだけど」
「うん?」
「いつかソレスタルビーイングのみんなを家族と思ってもらえるくらい好きになってくれたら嬉しい」
意外な言葉に目を丸くする。そんな風に言われるとは思わなかった。否、クレインを受け入れてくれたヴァスティ家の人々も同じ事を言ってくれたのを思い出す。それはきっと、彼らからの紛れもない善意なのだ。ああ、まいったなと内心で呟く。物心ついた頃から荒んだ環境に置かれていたクレインはこんな状況にまだ慣れていない。それでも、どうするべきなのかは自然と分かる。ただ、それを行うのにとてつもない心労を感じてしまうというだけで。逡巡によってむず痒くなるような思いを感じながら口を開く。なかなか言葉が出てこない。照れ隠しに頬を掻き、彼はぽつりと呟いた。
「そうなれるといいな」
整備士見習いの朝は早い。まだ心地よい眠りの中にいたがる自身へ活を入れ、クレインは朝の支度を整えていく。丈や身幅の余った作業着姿になった彼は足早に開発ドックへと向かった。
本格的に業務が始まる前にカレルや各種機材の点検を済ませて作業開始を迎えなければならないからだ。高性能な機械ならメンテナンス要らず、もしくは自動で済ませてくれるだろうと思われがちだがそんな事はない。週に一度は定期メンテナンスを実施して不具合がないかチェック。ハロ達のような高い知能を持ったAIも人の手による管理が欠かせない。
どんなに機械化が進もうと人類が夢見るような完全自律は難しいのだ。
「オハヨウ!オハヨウ!」
「おはよーさん」
「チコク!チコク!」
「なんだよ、5分くらい大目に見てくれよな?」
手持ち無沙汰なハロ達が周囲を転がったりぶつかってくるのを受け流しながら作業を始める。毎朝の事ながら、この時ばかりは整備士というより飼育員の気分になってしまう。
「おはよう……」
「いらっしゃい」
「フェルト!オハヨウ!」
邪魔をして申し訳ないとばかりに赤みがかった頭が遠慮がちに下げられたのでクレインは気にするなとジェスチャーする。フェルトが姿を見せるとハロ達の興味が一斉にそちらへ向かうのでむしろ助かっているくらいだ。
周囲をころころと転がるハロ達と戯れる彼女を横目に今のうちとセットアップ作業を進めていく。そんな彼の背中にフェルトが控えめな声をかけた。
「忙しそうだね」
「そっちも忙しいだろ。基礎教育だけじゃなくオペレーターとしての指導も始まったんだっけ?」
「うん、まあ……」
組織で生まれ育ったフェルトは顔馴染みも多く、開発主任の許可さえあれば開発ドックにも出入りできる。フェルトもドックにいるのが落ち着くようで頻繁に顔を出していた。
以前は空いた時間ができるとよく遊びに来ていたが、チームが開発に本腰を入れるようになって以降は整備士達の邪魔とならないよう早朝に訪れている。オペレーターとして訓練を受けるようになったフェルトも以前のように時間を取れないのだろうが。
最初は「年齢も近いから話し相手になってやれ」とイアンに言われて困惑したものだが、フェルトが工学分野に強いおかげで話題には困らなかった。技術は持ち前の器用さで盗めるものの、知識面の弱さは独学で学んでも補いきれていない。そんなクレインにとってソレスタルビーイングで扱っている技術論に明るいフェルトの存在はありがたかった。
「クレインもすごく頑張ってるね」
「そうか?まあ、学んだだけ役に立つしな」
「イアンさんも褒めてた。クレインのはスポンジみたいになんでも吸収するって」
「それ、頭スカスカって言ってない?」
気まずそうに黙り込むフェルトに「冗談だって」と笑い飛ばしてやる。派手な髪色と可愛らしい顔立ちに対して性格は驚くほど内向的な彼女と上手く付き合うのにほとほと苦労していた。明るく振る舞う分には問題ないのだが、育った環境や価値観の相違から生じる摩擦というやつだ。
「外の世界じゃ生まれや育ちでほぼ一生が決まるけど、ここは生活が保障されてやればやるだけ上を目指せる。機会をもらえるなら死に物狂いでやるさ」
何故ソレスタルビーイングに入ったか。それぞれ答えがあるだろうが、クレインの場合一言で言えば生死を迫られた上での「打算」だった。
「そうなの?ごめんなさい、地上の事はよく知らなくて……」
「そりゃ幸せな事だよ。地球なんて宇宙から眺める程度がちょうどいい」
地上で荒みきった生活を送ってきた結果、クレインは年齢に見合わないひねくれた価値観を形成していた。
ガンダムに心惹かれたのは本当だが、どんなに魅力的だろうと兵器だ。各国家群が競って宇宙開発を行う現代の情勢を踏まえると技術者という職業は食い扶持に困らない。
「イアンには感謝してるよ。あのままじゃゴロツキの鉄砲玉がいいところ、順当に行けば犯罪者か手首切り落とされて野垂れ死に、それか魚の餌だったし」
「手を……?」
碧眼が怯えてしまったのを見てクレインは慌てふためく。自分以外は蹴落とすべき相手だったこれまでと違い、ソレスタルビーイングでは協調し合わなければならない。耳にタコができるくらい繰り返されたセリフを思い返しながら、穏便に収束させようとおどけてみせる。
「あーっ、違う!今のは冗談!冗談だからっ!怖がらせてごめんなっ」
「本当?」
「本当に!ブラックジョークってやつだよ。フェルトは素直だからつい、な」
「…………もう」
からかわれたと思ったのか、一体のハロを抱えてそっぽを向いてしまう。綺麗にカールしている髪がふわりと揺れるのを見て、どうにか誤魔化せただろうかと息をついた。
イジメルナ!と電子音声を発し、ゴツゴツと音を立ててぶつかってくるハロ達からの責めも今は甘んじて受け入れよう。
ソレスタルビーイングのコロニーで育てられた彼女は外の世界を知らない。クレインのように新しく加入したメンバーに尋ねる事もあるらしいが、聞く限りでは彼女の見聞を広げる内容ではないようだ。守秘義務もあるだろうが、ここに集まるのは武力による紛争根絶という夢物語な理念に飛びつかざるをえない境遇の者達ばかり。そんなすねに傷を持つ者達にとってこれまでの経験は組織内で育てられた10代前半の少女に聞かせるのをはばかられるような内容ばかりなのだろう。
コロニーがソレスタルビーイングの用意した箱庭なら、フェルトはそこで大切に育てられた花といったところか。いずれ向き合い、傷つかなくてはならないとしても、今すぐ世界を知る必要もない。彼女が家族のように思っている組織が歪な理想を掲げているかも、今は知らなくていい事だ。
彼女を慰めるように耳をパタパタさせるハロをじっと眺めていたフェルトの唇がぽつりと呟いた。
「わたしは、ここがクレインの家になったらいいなって思ってる」
「家、ねぇ」
縁のない単語に何故か笑みが零れた。
かつていた路地裏では家なんてものはなかった。それぞれに縄張りがあって、雨風を凌げる場所は毎日取り合いになる。運良く廃屋に滑り込めてもより力のある相手がやってきたら奪い取られる。
それに比べてここでは衣食住が保証されて、おまけに技師としての技術も叩き込まれるのだから文句はない。例えソレスタルビーイングが壊滅するような事態になろうと危機察知能力には自信があるし、技術さえあれば職にはありつける。
周囲から顔をしかめられようと、それがクレインの本音だった。
「イヤ?」
「嫌じゃないよ。ただオレは家なんてものなかったからそういう感覚は分かんないだろうなーって」
「そう、なんだ」
「…………悪い。今のは嫌な言い方だった。多分思いやってくれたんだよな」
またやってしまった。子どもらしからぬ擦れた感性で物を言うと気分を害した様子で立ち去る者も少なくはない。内心恐々としながらフェルトの様子を見守る。唇をきゅっと結び、大きな碧眼が揺れている。瞬きをせず見開いたままなのは涙がこぼれないよう堪えているのかもしれない。
荒廃した生活で擦り切れた感性はろくなものをもたらさない。自分も腐るし相手を不快にさせるばかりだ。
新たなやらかしに頭を抱えていると、「でも、」とか細い声が聞こえてきた。
「……私は地上を知らないから、分からないって言われたらそれまでだけど」
「うん?」
「いつかソレスタルビーイングのみんなを家族と思ってもらえるくらい好きになってくれたら嬉しい」
意外な言葉に目を丸くする。そんな風に言われるとは思わなかった。否、クレインを受け入れてくれたヴァスティ家の人々も同じ事を言ってくれたのを思い出す。それはきっと、彼らからの紛れもない善意なのだ。ああ、まいったなと内心で呟く。物心ついた頃から荒んだ環境に置かれていたクレインはこんな状況にまだ慣れていない。それでも、どうするべきなのかは自然と分かる。ただ、それを行うのにとてつもない心労を感じてしまうというだけで。逡巡によってむず痒くなるような思いを感じながら口を開く。なかなか言葉が出てこない。照れ隠しに頬を掻き、彼はぽつりと呟いた。
「そうなれるといいな」
