HRH
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その日のパフォーマンスも好調だった。フロアは熱気に包まれており、観客達の楽しげな様子が会場を縦横無尽に走るライトの光に照らされる。
確かな手応えを感じながらもフェイスは同行したエイダはどうしているだろうか、とふと思う。
のんびり雰囲気を楽しみたいと言っていた彼女にはバーカウンターにいるよう伝えてある。どちらが歳上なのか分からないな、と内心苦笑してしまったが、場馴れしていないエイダが下手に動いて見失ってしまうと帰る時に困るのはフェイス自身なのだ。
フロアからバーカウンターへ視線を移すと、エイダはバーカウンターで男性客と話しているようだった。見覚えのある小綺麗な服装から彼がこの辺りでは名の知られた遊び人だと察する。フェイス目当てで集まってくる女性達を相手においしい思いをしないかと持ちかけられた事も何度かあった。
クラブは出会いや交流の場でもある。互いに干渉しすぎない友人付き合いを掲げている事もあり、意識をパフォーマンスへと戻す。顔見知りのバーテンダーもいる事だし、あっちも楽しんでるなら放っておいていいだろう。そう判断したフェイスは曲の盛り上がりに合わせてギアを上げていった。
◇
「フェイスくーん!今日も最高だった!」
「アハ、ありがと」
「この後良かったら遊びに行かない?いいスポット知ってるの」
「ちょっと、今あたしが誘うところなんだから引っ込んでよ」
フロアに降りるといつものように女性ファンが詰めかけてくる。ギラギラと輝く照明にも負けないくらいの光を目に宿し、他者を押しのけてでもフェイスの注意を引こうとする女性達へ愛想笑いを浮かべながら適当にあしらう。
怒涛の勢いで押し寄せる誘いを今日は連れがいるからと断り、肝心の同行者はどうしているのかと視線を彷徨わせた。相変わらずバーカウンターにいるようだが、先程とは変化があったようだ。
長い赤毛を背中に垂らしたエイダは男の手元を注視しているかのような姿勢をしていた。スマートフォンで動画か画像でも見せられているのだろう。賑やかな場で女性の関心を引き、咎められる事なく距離を詰めるための常套手段のひとつだ。
ナイトクラブは薄暗く、爆音で流れている音楽や歓声で周囲の音を拾いづらい。なので自然と距離を詰めやすく、それを逆手にとって意中の相手と駆け引きするのがクラブでの暗黙の了解となっている。
──あーあ、肩寄せ合っちゃって。あれじゃいいカモだろうな。
連れてきた身としては地蔵になっていたり壁の花を決め込まれるよりは楽しんでいる方がいい。しかし、エイダの対応は無防備極まりなかった。市民とも積極的に交流する人柄の良さやパーソナルスペースの狭さといった本来ならプラスな一面が今この場では裏目に出ている。なんにせよ、遊び慣れた人間が見れば場馴れしていないのは一目瞭然だ。
「じゃあ楽しんでってね」
「あっ、フェイスくーん」
追いすがる声達を振り切ってバーカウンターに向かう。成人相手、それも一期違いの年上にそこまでしてやらなくても、と思う一方でローカルルールも分からない初心者を放置して何か起きるのも寝覚めが悪い。
案の定押せばいけると踏んだ男性客がやや強引に肩を抱く。単なるスキンシップだと思ったのか、エイダは冗談めかして男性客の肩を軽く叩いているが、男が退く気配はない。
肩に回されていた手は徐々に下へと降りていく。軽く払い除けてもしつこく食い下がる手をちらちらと気にしているが、どうしたものかと対応しかねている様子だ。そろそろ助け舟を出すべきか。
慣れた様子で人混みをすり抜けたフェイスはエイダと男性客の間にするりと割って入った。
「はいはいっと〜。今日はその辺にしてくれる?」
「フェイスじゃん。同セクターとは聞いてたけど知り合いなんだ?」
「このおのぼりさん連れてきたの俺だからさ、何かあると困るんだよね」
「クラブでそんな堅い事言うなよ」
「……あのねぇ」
話の通じない男だ。いい子ちゃんと評判だった有名人を夜遊びの場で見かけてちょっかいをかけたくなる気持ちも分からなくはない。しかし相手はフェイスの連れであり、さらに付け加えるなら現役ヒーローだ。片目を眇め、横槍に不満げな様子を隠さない男の耳元へ更に忠告を重ねる。
「よく考えてみなよ。こう見えても現役ヒーロー、それもあのリリー・マックイーンに日々鍛えられていたから相当なものだよ」
「リリー・マックイーンって、あの……っ!?」
途端、青ざめていく男の表情を観察しながらさらに畳みかける。
「そう。今は善良な市民だと思ってるから大目に見られているだけ。手を引くなら今のうちだよ」
引退していようと偉大な女傑のネームバリューは効果抜群のようで、フェイスの一言に男は誤魔化し笑いを浮かべつつそそくさと席を立った。下心などなかったかのように「じゃ、お仕事頑張ってください!」などとお粗末な応援を残していく殊勝さがあるだけマシだったのかもしれない。やれやれ、と男性客の背中を見送るフェイスの耳にパチパチと拍手の音が響く。音の主は先程までナンパされていた本人からだった。感心したような顔で呑気に手を叩いている。
「さっすがイエローウエストを股にかける遊び人」
「なにそれ。今度それ言ったら助けてあげないよ?」
「ごめんなさい。もう言いません」
バーカウンターへ目をやるとほとんど飲み干したカクテルが置かれている。ロンググラスの底にわずかに残る琥珀色を見てフェイスはもしやと訝しむ。
「それ、さっきの男に勧められたの?」
「うん。アイスティーってついてるけどアイスティーを使ってない面白いカクテルなんだって」
「……相当強い度数のはずだけど大丈夫?何杯飲んだの?」
「そうなの?一杯だけだし多分ほとんど酔ってないよ」
酒に強いとはいえ、その前にも何かしら飲んでいただろうにけろりとした様子のエイダにフェイスはため息をついた。安堵なのか呆れなのか自分でもよく分からないが、レディキラーをほいほいと飲んだのだとしたら軽率が過ぎる。
「前も言ったけどさ。クラブって音楽楽しみに来てる人もいるけど、それ以上に後腐れなく遊びたいのも多いから気をつけて。ただでさえ有名人なんだから」
「そうかな」
「それ、男が女の子お持ち帰りしたい時にうってつけのカクテル。たまたま強かったからいいものの、ちょっとは警戒して。エイダみたいに愛想いいとつけ上がるのも多いから冷たいくらいで丁度いいくらいよ」
「そっか。今度から気をつける」
人がいいのは結構だが、夜遊びの場に慣れていないエイダへ言い含める度にフェイスは年下を窘めているような気分になってしまう。彼女自身が素直だからというのもあるが、擦れていないが故に危ういと感じるのは仕方のない事だ。
「……ま、元いい子ちゃん的に突き放すのは気が咎めるかもしれないけど。必要な時もあるんだからさ」
「それもあるけど、フェイスと一緒だから甘えが出たのかも。一人であしらえるよう気を引きしめる」
「甘え、って」
女の子達に甘えられる事なんて数えきれない程経験しているが、こういう形で甘えが出ていたと言われるのは不思議な感覚だった。甘えと言うより頼りに思っているの間違いではないのか?
だとすれば、男としては頼られるのも悪い気はしない。程よい距離感の友人として上手く使わせてもらっている自覚もあるのでそのくらいは、と思うところもある。
それにしても複雑な心持ちになってしまうのは何故だろうか?
「…………まあ、俺と一緒の時はいいけど。本当に気をつけてよね?」
「ありがとう。そうだ、お礼に一杯奢らせてよ!モクテルならいいでしょ?」
そう言うなり、エイダはカウンターにあったメニューを引き寄せて目を通し始める。この様子ではフェイスに奢るのは確定事項となっているだろう。
「分かったよ。奢られてあげる」
肩を竦めてみせるとそうこなくちゃ、と言わんばかりに目を細める。屈託のない魅力的な表情が薄暗い店内でも分かるほどはっきりと見て取れた。
「じゃあティラミスモクテルを一杯!」
確かな手応えを感じながらもフェイスは同行したエイダはどうしているだろうか、とふと思う。
のんびり雰囲気を楽しみたいと言っていた彼女にはバーカウンターにいるよう伝えてある。どちらが歳上なのか分からないな、と内心苦笑してしまったが、場馴れしていないエイダが下手に動いて見失ってしまうと帰る時に困るのはフェイス自身なのだ。
フロアからバーカウンターへ視線を移すと、エイダはバーカウンターで男性客と話しているようだった。見覚えのある小綺麗な服装から彼がこの辺りでは名の知られた遊び人だと察する。フェイス目当てで集まってくる女性達を相手においしい思いをしないかと持ちかけられた事も何度かあった。
クラブは出会いや交流の場でもある。互いに干渉しすぎない友人付き合いを掲げている事もあり、意識をパフォーマンスへと戻す。顔見知りのバーテンダーもいる事だし、あっちも楽しんでるなら放っておいていいだろう。そう判断したフェイスは曲の盛り上がりに合わせてギアを上げていった。
◇
「フェイスくーん!今日も最高だった!」
「アハ、ありがと」
「この後良かったら遊びに行かない?いいスポット知ってるの」
「ちょっと、今あたしが誘うところなんだから引っ込んでよ」
フロアに降りるといつものように女性ファンが詰めかけてくる。ギラギラと輝く照明にも負けないくらいの光を目に宿し、他者を押しのけてでもフェイスの注意を引こうとする女性達へ愛想笑いを浮かべながら適当にあしらう。
怒涛の勢いで押し寄せる誘いを今日は連れがいるからと断り、肝心の同行者はどうしているのかと視線を彷徨わせた。相変わらずバーカウンターにいるようだが、先程とは変化があったようだ。
長い赤毛を背中に垂らしたエイダは男の手元を注視しているかのような姿勢をしていた。スマートフォンで動画か画像でも見せられているのだろう。賑やかな場で女性の関心を引き、咎められる事なく距離を詰めるための常套手段のひとつだ。
ナイトクラブは薄暗く、爆音で流れている音楽や歓声で周囲の音を拾いづらい。なので自然と距離を詰めやすく、それを逆手にとって意中の相手と駆け引きするのがクラブでの暗黙の了解となっている。
──あーあ、肩寄せ合っちゃって。あれじゃいいカモだろうな。
連れてきた身としては地蔵になっていたり壁の花を決め込まれるよりは楽しんでいる方がいい。しかし、エイダの対応は無防備極まりなかった。市民とも積極的に交流する人柄の良さやパーソナルスペースの狭さといった本来ならプラスな一面が今この場では裏目に出ている。なんにせよ、遊び慣れた人間が見れば場馴れしていないのは一目瞭然だ。
「じゃあ楽しんでってね」
「あっ、フェイスくーん」
追いすがる声達を振り切ってバーカウンターに向かう。成人相手、それも一期違いの年上にそこまでしてやらなくても、と思う一方でローカルルールも分からない初心者を放置して何か起きるのも寝覚めが悪い。
案の定押せばいけると踏んだ男性客がやや強引に肩を抱く。単なるスキンシップだと思ったのか、エイダは冗談めかして男性客の肩を軽く叩いているが、男が退く気配はない。
肩に回されていた手は徐々に下へと降りていく。軽く払い除けてもしつこく食い下がる手をちらちらと気にしているが、どうしたものかと対応しかねている様子だ。そろそろ助け舟を出すべきか。
慣れた様子で人混みをすり抜けたフェイスはエイダと男性客の間にするりと割って入った。
「はいはいっと〜。今日はその辺にしてくれる?」
「フェイスじゃん。同セクターとは聞いてたけど知り合いなんだ?」
「このおのぼりさん連れてきたの俺だからさ、何かあると困るんだよね」
「クラブでそんな堅い事言うなよ」
「……あのねぇ」
話の通じない男だ。いい子ちゃんと評判だった有名人を夜遊びの場で見かけてちょっかいをかけたくなる気持ちも分からなくはない。しかし相手はフェイスの連れであり、さらに付け加えるなら現役ヒーローだ。片目を眇め、横槍に不満げな様子を隠さない男の耳元へ更に忠告を重ねる。
「よく考えてみなよ。こう見えても現役ヒーロー、それもあのリリー・マックイーンに日々鍛えられていたから相当なものだよ」
「リリー・マックイーンって、あの……っ!?」
途端、青ざめていく男の表情を観察しながらさらに畳みかける。
「そう。今は善良な市民だと思ってるから大目に見られているだけ。手を引くなら今のうちだよ」
引退していようと偉大な女傑のネームバリューは効果抜群のようで、フェイスの一言に男は誤魔化し笑いを浮かべつつそそくさと席を立った。下心などなかったかのように「じゃ、お仕事頑張ってください!」などとお粗末な応援を残していく殊勝さがあるだけマシだったのかもしれない。やれやれ、と男性客の背中を見送るフェイスの耳にパチパチと拍手の音が響く。音の主は先程までナンパされていた本人からだった。感心したような顔で呑気に手を叩いている。
「さっすがイエローウエストを股にかける遊び人」
「なにそれ。今度それ言ったら助けてあげないよ?」
「ごめんなさい。もう言いません」
バーカウンターへ目をやるとほとんど飲み干したカクテルが置かれている。ロンググラスの底にわずかに残る琥珀色を見てフェイスはもしやと訝しむ。
「それ、さっきの男に勧められたの?」
「うん。アイスティーってついてるけどアイスティーを使ってない面白いカクテルなんだって」
「……相当強い度数のはずだけど大丈夫?何杯飲んだの?」
「そうなの?一杯だけだし多分ほとんど酔ってないよ」
酒に強いとはいえ、その前にも何かしら飲んでいただろうにけろりとした様子のエイダにフェイスはため息をついた。安堵なのか呆れなのか自分でもよく分からないが、レディキラーをほいほいと飲んだのだとしたら軽率が過ぎる。
「前も言ったけどさ。クラブって音楽楽しみに来てる人もいるけど、それ以上に後腐れなく遊びたいのも多いから気をつけて。ただでさえ有名人なんだから」
「そうかな」
「それ、男が女の子お持ち帰りしたい時にうってつけのカクテル。たまたま強かったからいいものの、ちょっとは警戒して。エイダみたいに愛想いいとつけ上がるのも多いから冷たいくらいで丁度いいくらいよ」
「そっか。今度から気をつける」
人がいいのは結構だが、夜遊びの場に慣れていないエイダへ言い含める度にフェイスは年下を窘めているような気分になってしまう。彼女自身が素直だからというのもあるが、擦れていないが故に危ういと感じるのは仕方のない事だ。
「……ま、元いい子ちゃん的に突き放すのは気が咎めるかもしれないけど。必要な時もあるんだからさ」
「それもあるけど、フェイスと一緒だから甘えが出たのかも。一人であしらえるよう気を引きしめる」
「甘え、って」
女の子達に甘えられる事なんて数えきれない程経験しているが、こういう形で甘えが出ていたと言われるのは不思議な感覚だった。甘えと言うより頼りに思っているの間違いではないのか?
だとすれば、男としては頼られるのも悪い気はしない。程よい距離感の友人として上手く使わせてもらっている自覚もあるのでそのくらいは、と思うところもある。
それにしても複雑な心持ちになってしまうのは何故だろうか?
「…………まあ、俺と一緒の時はいいけど。本当に気をつけてよね?」
「ありがとう。そうだ、お礼に一杯奢らせてよ!モクテルならいいでしょ?」
そう言うなり、エイダはカウンターにあったメニューを引き寄せて目を通し始める。この様子ではフェイスに奢るのは確定事項となっているだろう。
「分かったよ。奢られてあげる」
肩を竦めてみせるとそうこなくちゃ、と言わんばかりに目を細める。屈託のない魅力的な表情が薄暗い店内でも分かるほどはっきりと見て取れた。
「じゃあティラミスモクテルを一杯!」
6/7ページ