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「なんか、付き合ってるって実感が欲しい」
プライベートタイムを満喫していたところへ唐突にぶつけられた要望。
ソファーの肘掛けへもたれながら雑誌に目を通していたエイダは身を起こしたものの、その意図を汲みかねて首を傾げた。
二人の交際は付き合い始めた頃の実感が伴わないふわふわとした時期や実感が伴ってからの浮き足立った時期を抜け、少しずつ日常として馴染みつつある。
フェイスはこれまでの女性遍歴からエイダとの付き合い方について一時期悩んでいたようだが、話し合いの末自分達のペースで歩むという結論に落ち着いたはずだ。
外では必要以上に親密に見えないよう気を使っているものの、共有スペースや自室では相手にもたれたり、時には手を握りながら映画や音楽を楽しんだりと関係は順調なように思う。
愛情表現はきちんとしているし、付き合っている実感が欲しいと言われるほど淡白な付き合いをしているつもりはなかったのだが……。
——まだ足りないという事だろうか?
おいでと両手を広げると隣から「そうじゃなくて」と不服そうな声が返ってくるが、その先には続かない。
一体何がここまでフェイスの口を重くしているのか。
向こうが切り出すのを待っていると、少ししてから渋々といった様子で口を開いた。
「エイダを自分のものって見せつけたくなるというか、さ」
躊躇いがちに告げられた言葉にエイダは蜂蜜色の目を丸くした。
「それってもしかして、」
望めばあらゆるものが手に入る環境で育ったフェイスは物欲や執着心が薄い。
それは対人関係においても同様で、特定の個人に固執するような面はこれまで見られなかった。それどころか彼女達の独占欲や承認欲求に煩わしい思いをしてきた側なのだ。
そのフェイスが恋人を自分のものだとアピールしたくなるなんて一体何が起きたのだろうか?
居心地悪そうにしている彼を半ば信じられない思いで見てしまうエイダ。
恋人への反応としては酷いようにも見えるが、フェイス・ビームスという人物をよく知っているからこその反応でもある。
エイダは驚きを隠しきれぬままゆっくりと両腕を上げ、胸の前でクロスさせた。
「さすがにそれはダメ!ノー匂わせ行為!」
「分かってるって。俺だって散々面倒な目に遭ってきた側だから」
フェイスも却下されるのを想定していたようで、言うなり重々しいため息をついた。
初めての感情を持て余している姿はどこにでもいる悩める青年のもので、微笑ましさや愛おしさを感じる反面どうしたものかとエイダは天を仰いだ。
ヒーローとファンの関係は様々だ。アイドルに対してのように恋愛感情を抱きつつ応援するファンもいれば、贔屓のヒーローとして応援するものの恋愛感情が介在するとは限らないファンもいる。
前者は現在のHELIOSで最もガチ恋勢や熱心なファンを抱えるフェイスで、後者は親しみやすさから男女ともに広く支持されるエイダだ。
多くのファンを擁する者同士の交際は悟られないよう普通のカップルよりも気を使わなければならない。フェイスとエイダもSNSを日常的に活用しているからこそ交際を仄めかす要素には充分注意を払っているのだが……。
匂わせたがる彼女の厄介さは身に染みているはずのフェイスにも恋人を自分のものだとアピールしたくなる独占欲はあったらしい。
「まさかこんな心境になる時が来るとは思わなかったな……」
「そうだねー。あのフェイスにも独占欲がねぇ」
「エイダ?」
独り言のような自嘲に腕組みをしながら頷くと、甘い声音に刺々しいものを感じ取った。
ちらり、と隣を窺うとふてくされた表情のフェイスがいる。
「……ま、そうだろうね。彼女達を蔑ろにしてきた俺が今更こんな事で悩むなんて思わないし」
「ごめんって」
「お前が言えた義理じゃないって言いたいんでしょ」
「そんな事言ってー!確かにそれもなくはないけど、それ以上に嬉しいんだからね?」
「なくはないって、あるんじゃん」
拗ねるフェイスの肩を抱きながら機嫌を取る。
好きな男性からそこまで想われて否定的な感情を持つ女性はそうそういないだろう。
エイダもその一人で、状況さえ許せば要望を聞いてあげたいと思うくらいには愛しさがこみ上げている。今回は要望が問題なのでおいそれと頷けはしないのだが。
「でもさ、今の時期はフェイスにとって大事な時期だし誤解を招くような真似は避けたいんだよ。市民の人達からも見直されてきて、フェイスも自分なりのヒーロー像が見えてきたところなんだから。今はまだその時じゃない」
彼が生活態度を改めようと思うようになったきっかけは13期生やメンターとの交流を通して自分自身と向き合えたからだ。
エイダも先輩として、友人として見守っていたとはいえその影響なんて微々たるもの。今のフェイスを形作るのは本人の意思と努力、そして周囲と築いてきた信頼関係があるからに他ならない。
心を入れ替えて以降の態度が評価され始めているからこそ、交際バレで「結局は本命の女ができたからか」と新たな色眼鏡で見られ、失望されるような事態は避けたい。
そう思っていたエイダは公表するにしてもファン達の誘いや熱が落ち着いてからと考えていた。
噛んで含めるように言い聞かせると癖のある黒髪が甘えるように寄りかかってきた。
「——うん、分かってる。言ってみただけだからそんな顔しないで」
フェイスは基本的に道理を弁えた青年だ。会話に出た内容はエイダが言うまでもなく理解しているはずで、今の発言も却下されるのを見越して言ったわがままなのだろう。
叶うわけがないというのは誰よりも本人が理解している。エイダにはそれがなんだか寂しいように思えて、少しでも満たされる方向の解決を考えたくなってしまった。
「そうだ!なんか贈り合ってみる?」
「なんかって、例えば?」
「今まではあえて消耗品にしているところもあったし、せっかくなら手元に残るものがいいな。あからさまなペアアイテムはハードル高いしバレやすいから……お互いに似合いそうなものを選ぶとか?」
これならペアアイテムより抵抗感も少なく、なおかつお互いにとって意味があるものになるので案外悪くないような気がする。我ながらいい発想だと自画自賛していたエイダだが、当のフェイスは思案顔で懸念を口にした。
「悪くないけどファンの子って想像以上にプライベート情報を仕入れていたりするから、そこだけはリスクあるかも」
「あー……、私達の場合はビリーがいるしね」
二人分の嘆息が重なる。
周囲の協力もあって、現状で交際している事を知るのはウエストセクター内と深い関わりのある人物のみ。打ち明ける相手を極力最小限に留めていようと、タワー内でもプライベートな空間以外では気を抜けない事が多い。
中でも一番油断できないのが共通の友人、ビリー・ワイズその人である。
プライベートで依頼した経験もある二人は彼が友人である以前に情報屋である事をよく知っている。そして義理や見返りもないのに友人のプライベートだからと隠し通したり、ましてや眼前の商機を逃すほどお人好しでもない。
その手腕は「公表するまで見逃してくれないかな……」とついうっかり本音を漏らしてしまうほどの精度なので余計にタチが悪い。
「新しいものが増えていたら当然気付くよね」
「なんなら新たな愛用品情報として拡散されるよ。ファンにはかなり需要あるらしいし、企業にとってもヒーロー御用達って肩書きはおいしいから」
「だよねぇ」
親しくしているだけあって身につけているものや愛用品は既に把握されているし、なんなら愛用品の特定情報がファンの間で出回っているくらいだ。使い始める時期をズラしたとしても新しく増えたら気付かれてしまうだけでなく、下手をすれば買った時のシチュエーションやエピソード付きでファンへと拡散される可能性もある。
友人同士だった頃からささやかなプレゼントを贈り合っていた事もあるので贈り物のやり取り自体はおかしくないはずだが、万が一違和感を持たれて探られでもしたら芋づる式で露見してしまいそうだ。
「お互いプライベート情報はビリーに流れがちだからね」
「今に始まった事じゃないけどさ、こういう時ちょっと困るねぇ」
今は友達の頃からしていたような軽いスキンシップも親密に見えないかと一瞬考えてしまうくらいなのでフェイスとエイダが過敏になっている可能性もある。
根拠のない自信を元に行動するほど二人は浅はかではないが、かといって他に良い案が思いつくわけもない。いずれやれたらいいねくらいのニュアンスで切り上げ、別の話題へと移行していった。
◇
数日後、のんびりと非番を過ごしていたエイダのところへ「いい事思いついた」とフェイスが持ってきたのはネイルカラーだ。ベースコート、トップコートと合わせて見せられたのはベリーカラーのネイルで、華やかだが普段使いするには派手すぎる色に眉を寄せる。
「綺麗な色だけど手に塗るのはちょっと難しいな」
「塗るのはこっち。はい、足出して」
ソファーへ腰掛けたフェイスに促され、お互いの間に据えられたクッションへ右脚を乗せた。
向かい合っているフェイスへ脚を差し出すような形だ。フェイスは慣れた手つきでベースコートを塗っていき、右足を終えると次は左……と順調に進めていく。
はみ出す事もなく塗り進める手際の良さに思わず感嘆が漏れた。
「上手いね」
「爪のケアしてるからね。使ってるのはネイルオイルだけど要領は変わらないし」
ベースコートが乾いたのを見計らって隣に置いてあるベリーカラーのボトルを手に取った。
余分な塗料を落とすと空いた片手を足に添え、ムラなく器用に塗っていく。
大抵の事は器用に為せてしまうのがフェイスという男だと知っていながらも、こういった方面にまで発揮されているのはさすがと言わざるをえない。
足以外手持ち無沙汰となっていたエイダがそんな他愛もない事を考えていると、ふと今のフェイスの体勢が見ようによっては恭しく見える事に気付いた。
子供の頃に絵本で読んだ、シンデレラが王子にガラスの靴を履かせてもらうシーンと少しだけ似ている……と。
どうしてこのタイミングで思い出してしまったのか。
そう思いながら見ている間にも刷毛を動かす度につま先がフェイスの瞳と同じ色に染まっていく。
思えばこのベリーカラーもフェイスを連想させる色で、ヒーローとしてのパーソナルカラーにも採用されている。それを独占欲の発散手段として本人に塗られているなんて。
——まるでそういう意味があるみたいじゃない?
甘ったるい発想を笑い飛ばせるような余裕はなく、むしろ初心な少女のように顔が火照ってしまった。
——いやいや、そんな、そのくらいで意識しちゃうなんて。子どもじゃないんだから、ねぇ?
行為自体に色気を感じる要素はなく、眺めているだけのはずが背中にむずむずとしたものがこみ上げてきてどうにも落ち着かない。つい足の指をもじもじ動かしてしまうと「動かないで」と注意されてしまった。
「せっかく塗ったのにヨレちゃうよ」
「ごめん」
「さっきまで大人しくしてたと思ったら……。急にどうしたの?」
上目遣いで見つめられて言葉に詰まる。大抵の事なら難なく立ち回れる自信のあるエイダがうっかり取り繕い損ねてしまうのだから美形はタチが悪い。
やけにうるさい鼓動を深呼吸で落ち着かせ、仕切り直すように先ほどから気になっていた疑問を尋ねた。
「えーと、さ。なんでフットネイル?」
「普段は素足を出す事が滅多になくて仮に見られても手より目立たない。夏はビビットカラーやネオンカラーが人気だし、フットネイルなら単色使いも不自然じゃない。それこそ匂わせめいた発信をしなければいくらでも言い逃れがきくんだよ」
「確かに足元って視線から遠くて意識しないと見たり覚えてたりしないか」
「そう。意識して見られるような場面では大抵革靴かヒーロースーツだからつま先を見られる機会自体少ないしね」
スラスラと紡がれる理由にエイダは感心するばかりだ。
日頃から幅広くアンテナを張り、ファッションやトレンドに精通しているだけあって説得力がある。例え誰かに勘繰られたとしても、根拠となるのがネイルの色だけではあくまで憶測の域を出ない。周囲から不自然に思われないような手段を探してきたフェイスの手腕に惚れ直してしまいそうになる。
「あとプライベートでだけ見えるのがイイなって」
「……なんかやらしいニュアンス感じるような?」
「気のせい、気のせい。ほら、できたよ」
話している間にトップコートを塗り終えたつま先はつるんとした光沢と彩りを宿している。
ベリーカラーというはっきりとした色合いながらも主張が激しく見えることはない。むしろ肌のトーンが明るく、より健康的に見えるから不思議だ。
「俺は満足できてバレにくくてエイダもそんなに困らない。なかなかいいでしょ」
「確かに」
「今はこれで我慢してあげる」
言い聞かせるような声音で囁いたかと思えば、リップ音とともにフェイスの唇がつま先に触れた。
途端、「うひゃああっ!」と慌てふためく女の情けない悲鳴が上がった。どのくらいうろたえていたかというと、先ほどの悲鳴が自分から出たものだと一瞬分からなかったくらいだ。
思いきりのけぞった拍子に向かい合って座っていたフェイスへと足を大きく振り上げてしまったが、「おっと、」と軽い調子で受け止められた。脚をソファーへ下ろすと彼は間にあったクッションを退け、狙いを定めた猫のように少しずつ迫ってくる。
「どっ、どどどうしたの!?なにしてんの!?」
「なに驚いてるんだか。忘れたの?俺はフェイス・ビームス。女の子相手ならこのくらい普通にやってのける男だよ」
「いや、でも!今までしなかったじゃん!?」
「エイダは素の俺を受け入れてくれているから必要なかったしね。でも、たまにはこういうのも刺激的でいいでしょ」
フェイスはいいかもしれないが、ドラマか映画かと見紛うくらいロマンチックな演出に慣れていないエイダとしては困る。
これが友達の頃にされていた悪ノリやじゃれあいの延長だとしても、あの頃のように「イケメンはやる事が違うわー」なんて呑気に構えていられそうになかった。
動揺を残しつつも思ったままにそう告げると、彼は可笑しそうに笑いながら「ハグやキスは平気なんだからそのうち慣れるよ」とこともなげに言ってのける。スキンシップや愛情表現とこの演出を一緒くたにされてはたまったものではない。
「大丈夫。いつもはしないから」
「たまにでも急にきたら心臓に悪いってば!」
よしよし、驚いたね、とまるで子どもかペットに接するかのような口ぶりで抱きしめられる。おかげさまで少し落ち着いてきたが、いまだに心臓は騒がしい。
「ところでキスする場所に意味があるって知ってる?」
「初めて聞いた」
「つま先へのキスは崇拝なんだって」
「崇拝ぃ?」
また大きく出たものだ。話のネタだとしても大袈裟すぎやしないだろうか?
そんな心理が表情に出ていたのか、苦笑しながらもフェイスが続ける。
「解釈は色々あるけど相手を敬い大切にする意味合いが強いかな」
「へぇ、そんなのあるんだ……」
「そう。俺はどちらかといえばこっちが欲しいけど」
唇に触れながらねだられては仕方ない。
先ほどの仕返しも兼ねてキスを仕掛けるとフェイスはベリーのような色合いの目を細めて乗ってくる。その色につま先の色を連想したエイダはやり込められてしまったような心持ちになりながらも、心がじんわりと満たされていく感覚を享受するのだった。
20211123 write
20220907 rewrite
プライベートタイムを満喫していたところへ唐突にぶつけられた要望。
ソファーの肘掛けへもたれながら雑誌に目を通していたエイダは身を起こしたものの、その意図を汲みかねて首を傾げた。
二人の交際は付き合い始めた頃の実感が伴わないふわふわとした時期や実感が伴ってからの浮き足立った時期を抜け、少しずつ日常として馴染みつつある。
フェイスはこれまでの女性遍歴からエイダとの付き合い方について一時期悩んでいたようだが、話し合いの末自分達のペースで歩むという結論に落ち着いたはずだ。
外では必要以上に親密に見えないよう気を使っているものの、共有スペースや自室では相手にもたれたり、時には手を握りながら映画や音楽を楽しんだりと関係は順調なように思う。
愛情表現はきちんとしているし、付き合っている実感が欲しいと言われるほど淡白な付き合いをしているつもりはなかったのだが……。
——まだ足りないという事だろうか?
おいでと両手を広げると隣から「そうじゃなくて」と不服そうな声が返ってくるが、その先には続かない。
一体何がここまでフェイスの口を重くしているのか。
向こうが切り出すのを待っていると、少ししてから渋々といった様子で口を開いた。
「エイダを自分のものって見せつけたくなるというか、さ」
躊躇いがちに告げられた言葉にエイダは蜂蜜色の目を丸くした。
「それってもしかして、」
望めばあらゆるものが手に入る環境で育ったフェイスは物欲や執着心が薄い。
それは対人関係においても同様で、特定の個人に固執するような面はこれまで見られなかった。それどころか彼女達の独占欲や承認欲求に煩わしい思いをしてきた側なのだ。
そのフェイスが恋人を自分のものだとアピールしたくなるなんて一体何が起きたのだろうか?
居心地悪そうにしている彼を半ば信じられない思いで見てしまうエイダ。
恋人への反応としては酷いようにも見えるが、フェイス・ビームスという人物をよく知っているからこその反応でもある。
エイダは驚きを隠しきれぬままゆっくりと両腕を上げ、胸の前でクロスさせた。
「さすがにそれはダメ!ノー匂わせ行為!」
「分かってるって。俺だって散々面倒な目に遭ってきた側だから」
フェイスも却下されるのを想定していたようで、言うなり重々しいため息をついた。
初めての感情を持て余している姿はどこにでもいる悩める青年のもので、微笑ましさや愛おしさを感じる反面どうしたものかとエイダは天を仰いだ。
ヒーローとファンの関係は様々だ。アイドルに対してのように恋愛感情を抱きつつ応援するファンもいれば、贔屓のヒーローとして応援するものの恋愛感情が介在するとは限らないファンもいる。
前者は現在のHELIOSで最もガチ恋勢や熱心なファンを抱えるフェイスで、後者は親しみやすさから男女ともに広く支持されるエイダだ。
多くのファンを擁する者同士の交際は悟られないよう普通のカップルよりも気を使わなければならない。フェイスとエイダもSNSを日常的に活用しているからこそ交際を仄めかす要素には充分注意を払っているのだが……。
匂わせたがる彼女の厄介さは身に染みているはずのフェイスにも恋人を自分のものだとアピールしたくなる独占欲はあったらしい。
「まさかこんな心境になる時が来るとは思わなかったな……」
「そうだねー。あのフェイスにも独占欲がねぇ」
「エイダ?」
独り言のような自嘲に腕組みをしながら頷くと、甘い声音に刺々しいものを感じ取った。
ちらり、と隣を窺うとふてくされた表情のフェイスがいる。
「……ま、そうだろうね。彼女達を蔑ろにしてきた俺が今更こんな事で悩むなんて思わないし」
「ごめんって」
「お前が言えた義理じゃないって言いたいんでしょ」
「そんな事言ってー!確かにそれもなくはないけど、それ以上に嬉しいんだからね?」
「なくはないって、あるんじゃん」
拗ねるフェイスの肩を抱きながら機嫌を取る。
好きな男性からそこまで想われて否定的な感情を持つ女性はそうそういないだろう。
エイダもその一人で、状況さえ許せば要望を聞いてあげたいと思うくらいには愛しさがこみ上げている。今回は要望が問題なのでおいそれと頷けはしないのだが。
「でもさ、今の時期はフェイスにとって大事な時期だし誤解を招くような真似は避けたいんだよ。市民の人達からも見直されてきて、フェイスも自分なりのヒーロー像が見えてきたところなんだから。今はまだその時じゃない」
彼が生活態度を改めようと思うようになったきっかけは13期生やメンターとの交流を通して自分自身と向き合えたからだ。
エイダも先輩として、友人として見守っていたとはいえその影響なんて微々たるもの。今のフェイスを形作るのは本人の意思と努力、そして周囲と築いてきた信頼関係があるからに他ならない。
心を入れ替えて以降の態度が評価され始めているからこそ、交際バレで「結局は本命の女ができたからか」と新たな色眼鏡で見られ、失望されるような事態は避けたい。
そう思っていたエイダは公表するにしてもファン達の誘いや熱が落ち着いてからと考えていた。
噛んで含めるように言い聞かせると癖のある黒髪が甘えるように寄りかかってきた。
「——うん、分かってる。言ってみただけだからそんな顔しないで」
フェイスは基本的に道理を弁えた青年だ。会話に出た内容はエイダが言うまでもなく理解しているはずで、今の発言も却下されるのを見越して言ったわがままなのだろう。
叶うわけがないというのは誰よりも本人が理解している。エイダにはそれがなんだか寂しいように思えて、少しでも満たされる方向の解決を考えたくなってしまった。
「そうだ!なんか贈り合ってみる?」
「なんかって、例えば?」
「今まではあえて消耗品にしているところもあったし、せっかくなら手元に残るものがいいな。あからさまなペアアイテムはハードル高いしバレやすいから……お互いに似合いそうなものを選ぶとか?」
これならペアアイテムより抵抗感も少なく、なおかつお互いにとって意味があるものになるので案外悪くないような気がする。我ながらいい発想だと自画自賛していたエイダだが、当のフェイスは思案顔で懸念を口にした。
「悪くないけどファンの子って想像以上にプライベート情報を仕入れていたりするから、そこだけはリスクあるかも」
「あー……、私達の場合はビリーがいるしね」
二人分の嘆息が重なる。
周囲の協力もあって、現状で交際している事を知るのはウエストセクター内と深い関わりのある人物のみ。打ち明ける相手を極力最小限に留めていようと、タワー内でもプライベートな空間以外では気を抜けない事が多い。
中でも一番油断できないのが共通の友人、ビリー・ワイズその人である。
プライベートで依頼した経験もある二人は彼が友人である以前に情報屋である事をよく知っている。そして義理や見返りもないのに友人のプライベートだからと隠し通したり、ましてや眼前の商機を逃すほどお人好しでもない。
その手腕は「公表するまで見逃してくれないかな……」とついうっかり本音を漏らしてしまうほどの精度なので余計にタチが悪い。
「新しいものが増えていたら当然気付くよね」
「なんなら新たな愛用品情報として拡散されるよ。ファンにはかなり需要あるらしいし、企業にとってもヒーロー御用達って肩書きはおいしいから」
「だよねぇ」
親しくしているだけあって身につけているものや愛用品は既に把握されているし、なんなら愛用品の特定情報がファンの間で出回っているくらいだ。使い始める時期をズラしたとしても新しく増えたら気付かれてしまうだけでなく、下手をすれば買った時のシチュエーションやエピソード付きでファンへと拡散される可能性もある。
友人同士だった頃からささやかなプレゼントを贈り合っていた事もあるので贈り物のやり取り自体はおかしくないはずだが、万が一違和感を持たれて探られでもしたら芋づる式で露見してしまいそうだ。
「お互いプライベート情報はビリーに流れがちだからね」
「今に始まった事じゃないけどさ、こういう時ちょっと困るねぇ」
今は友達の頃からしていたような軽いスキンシップも親密に見えないかと一瞬考えてしまうくらいなのでフェイスとエイダが過敏になっている可能性もある。
根拠のない自信を元に行動するほど二人は浅はかではないが、かといって他に良い案が思いつくわけもない。いずれやれたらいいねくらいのニュアンスで切り上げ、別の話題へと移行していった。
◇
数日後、のんびりと非番を過ごしていたエイダのところへ「いい事思いついた」とフェイスが持ってきたのはネイルカラーだ。ベースコート、トップコートと合わせて見せられたのはベリーカラーのネイルで、華やかだが普段使いするには派手すぎる色に眉を寄せる。
「綺麗な色だけど手に塗るのはちょっと難しいな」
「塗るのはこっち。はい、足出して」
ソファーへ腰掛けたフェイスに促され、お互いの間に据えられたクッションへ右脚を乗せた。
向かい合っているフェイスへ脚を差し出すような形だ。フェイスは慣れた手つきでベースコートを塗っていき、右足を終えると次は左……と順調に進めていく。
はみ出す事もなく塗り進める手際の良さに思わず感嘆が漏れた。
「上手いね」
「爪のケアしてるからね。使ってるのはネイルオイルだけど要領は変わらないし」
ベースコートが乾いたのを見計らって隣に置いてあるベリーカラーのボトルを手に取った。
余分な塗料を落とすと空いた片手を足に添え、ムラなく器用に塗っていく。
大抵の事は器用に為せてしまうのがフェイスという男だと知っていながらも、こういった方面にまで発揮されているのはさすがと言わざるをえない。
足以外手持ち無沙汰となっていたエイダがそんな他愛もない事を考えていると、ふと今のフェイスの体勢が見ようによっては恭しく見える事に気付いた。
子供の頃に絵本で読んだ、シンデレラが王子にガラスの靴を履かせてもらうシーンと少しだけ似ている……と。
どうしてこのタイミングで思い出してしまったのか。
そう思いながら見ている間にも刷毛を動かす度につま先がフェイスの瞳と同じ色に染まっていく。
思えばこのベリーカラーもフェイスを連想させる色で、ヒーローとしてのパーソナルカラーにも採用されている。それを独占欲の発散手段として本人に塗られているなんて。
——まるでそういう意味があるみたいじゃない?
甘ったるい発想を笑い飛ばせるような余裕はなく、むしろ初心な少女のように顔が火照ってしまった。
——いやいや、そんな、そのくらいで意識しちゃうなんて。子どもじゃないんだから、ねぇ?
行為自体に色気を感じる要素はなく、眺めているだけのはずが背中にむずむずとしたものがこみ上げてきてどうにも落ち着かない。つい足の指をもじもじ動かしてしまうと「動かないで」と注意されてしまった。
「せっかく塗ったのにヨレちゃうよ」
「ごめん」
「さっきまで大人しくしてたと思ったら……。急にどうしたの?」
上目遣いで見つめられて言葉に詰まる。大抵の事なら難なく立ち回れる自信のあるエイダがうっかり取り繕い損ねてしまうのだから美形はタチが悪い。
やけにうるさい鼓動を深呼吸で落ち着かせ、仕切り直すように先ほどから気になっていた疑問を尋ねた。
「えーと、さ。なんでフットネイル?」
「普段は素足を出す事が滅多になくて仮に見られても手より目立たない。夏はビビットカラーやネオンカラーが人気だし、フットネイルなら単色使いも不自然じゃない。それこそ匂わせめいた発信をしなければいくらでも言い逃れがきくんだよ」
「確かに足元って視線から遠くて意識しないと見たり覚えてたりしないか」
「そう。意識して見られるような場面では大抵革靴かヒーロースーツだからつま先を見られる機会自体少ないしね」
スラスラと紡がれる理由にエイダは感心するばかりだ。
日頃から幅広くアンテナを張り、ファッションやトレンドに精通しているだけあって説得力がある。例え誰かに勘繰られたとしても、根拠となるのがネイルの色だけではあくまで憶測の域を出ない。周囲から不自然に思われないような手段を探してきたフェイスの手腕に惚れ直してしまいそうになる。
「あとプライベートでだけ見えるのがイイなって」
「……なんかやらしいニュアンス感じるような?」
「気のせい、気のせい。ほら、できたよ」
話している間にトップコートを塗り終えたつま先はつるんとした光沢と彩りを宿している。
ベリーカラーというはっきりとした色合いながらも主張が激しく見えることはない。むしろ肌のトーンが明るく、より健康的に見えるから不思議だ。
「俺は満足できてバレにくくてエイダもそんなに困らない。なかなかいいでしょ」
「確かに」
「今はこれで我慢してあげる」
言い聞かせるような声音で囁いたかと思えば、リップ音とともにフェイスの唇がつま先に触れた。
途端、「うひゃああっ!」と慌てふためく女の情けない悲鳴が上がった。どのくらいうろたえていたかというと、先ほどの悲鳴が自分から出たものだと一瞬分からなかったくらいだ。
思いきりのけぞった拍子に向かい合って座っていたフェイスへと足を大きく振り上げてしまったが、「おっと、」と軽い調子で受け止められた。脚をソファーへ下ろすと彼は間にあったクッションを退け、狙いを定めた猫のように少しずつ迫ってくる。
「どっ、どどどうしたの!?なにしてんの!?」
「なに驚いてるんだか。忘れたの?俺はフェイス・ビームス。女の子相手ならこのくらい普通にやってのける男だよ」
「いや、でも!今までしなかったじゃん!?」
「エイダは素の俺を受け入れてくれているから必要なかったしね。でも、たまにはこういうのも刺激的でいいでしょ」
フェイスはいいかもしれないが、ドラマか映画かと見紛うくらいロマンチックな演出に慣れていないエイダとしては困る。
これが友達の頃にされていた悪ノリやじゃれあいの延長だとしても、あの頃のように「イケメンはやる事が違うわー」なんて呑気に構えていられそうになかった。
動揺を残しつつも思ったままにそう告げると、彼は可笑しそうに笑いながら「ハグやキスは平気なんだからそのうち慣れるよ」とこともなげに言ってのける。スキンシップや愛情表現とこの演出を一緒くたにされてはたまったものではない。
「大丈夫。いつもはしないから」
「たまにでも急にきたら心臓に悪いってば!」
よしよし、驚いたね、とまるで子どもかペットに接するかのような口ぶりで抱きしめられる。おかげさまで少し落ち着いてきたが、いまだに心臓は騒がしい。
「ところでキスする場所に意味があるって知ってる?」
「初めて聞いた」
「つま先へのキスは崇拝なんだって」
「崇拝ぃ?」
また大きく出たものだ。話のネタだとしても大袈裟すぎやしないだろうか?
そんな心理が表情に出ていたのか、苦笑しながらもフェイスが続ける。
「解釈は色々あるけど相手を敬い大切にする意味合いが強いかな」
「へぇ、そんなのあるんだ……」
「そう。俺はどちらかといえばこっちが欲しいけど」
唇に触れながらねだられては仕方ない。
先ほどの仕返しも兼ねてキスを仕掛けるとフェイスはベリーのような色合いの目を細めて乗ってくる。その色につま先の色を連想したエイダはやり込められてしまったような心持ちになりながらも、心がじんわりと満たされていく感覚を享受するのだった。
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