HRH
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「早速ですけどあなたにはフェイス君と必要以上にベタベタしないでほしいというか、端的に言うと縁を切ってもらいたいの」
ドリンクを運んできた店員が去るなり、険しい面持ちの女性はそう切り出してきた。
「縁を切る、ですか」
「そうよ」
可愛らしい印象に反して出てきた言葉は冷たかったので思わず敬語になってしまった。
エイダは手元の炭酸水を一口飲み、告げられた内容にこうして釘を刺されるのも今週に入って何回目だろうと思いを馳せる。比較的コンスタントに呼び出されているような気がするので4回目くらいだろうか。
パトロール中や仕事上がりなどに直接やってくる彼女達を宥め、話を聞いた上で大抵は穏便に帰ってもらっているというのにキリがない。
相変わらず引く手あまたのモテっぷりには思わず感心してしまうけれど、流石に多すぎやしないだろうか?
あの性格と女性関係のいざこざを理解していながらも告白するような彼女達は積極的かつ自信に溢れた女性が多い。例に漏れず目の前にいる彼女も頭からつま先まで隙のない出で立ちだ。そして自分磨きの経験に裏打ちされた自信を放っている。
自信のある人というものは魅力的に映るもので、彼女にもぜひお近付きになりたいと思う男性は多いだろう。
眉と目尻を吊り上げて拳をテーブルに叩きつけていなければ、の話だが。
「ちょっと!聞いてるの!?」
「聞いているよ。まずはあなたの思ってる事を聞かせてくれる?」
女性の主張は以下のようなものだった。
ファンや彼女達の間でフェイスと親しげな女性ヒーローがいると聞いて心がざわついたが、あたしは彼女なのだからと自分に言い聞かせて見て見ぬふりをするつもりでいた。
けれど、エリチャンの匿名アカウントにアップされていた写真に親しげな様子のものが何枚もあったので押しかけた。あれは一体どういうつもりか?
彼女だろうとそう簡単には踏み込めないプライベートな領域にも同業の友人というだけで軽々しく踏み込んでいるように見える。彼女の存在を知っているならば控えるべきではないか?
「ヒーロー同士の付き合いがあるにしても目に余るわ。メンティーでもないくせに」
「その写真見せてもらってもいい?」
「ええ、どうぞ」
彼女のスマートフォンで何枚かのスクリーンショットを見せてもらう。
写真は談話室やイエローウエストの共有スペースで撮影されたオフショットで、談笑していたり映画を見ていたりと身に覚えのある光景ばかりだ。
確かに親しげだが、他のヒーロー達も写っていて思わせぶりな様子もない日常風景の切り抜きを前にエイダは眉を寄せつつ唸る。
「ひとつ言わせてもらってもいい?これが撮られた時には他の人もいたはずだよ」
「そうだとしても日常的に親しくしているのは事実よね?これだけ一緒にいるところが写っているんだもの」
「なるほどね、だから縁を切れって話になったのか」
短絡的なものを感じなくもないが、まだ理性的に振舞おうとしている。これまでフェイスの彼女達と対峙してきた経験を踏まえると、この女性とはさほど拗れずに済みそうだ。
みんなこの位理性が残っているといいんだけど。と、これまで対峙してきた猛者達を思い出そうとして目の前の問題から逃避している場合じゃないと叱咤を入れる。
それにしても、とエイダは思考を切り替えた。
女性の主張は概ね予想通りのものだったが、彼氏の女友達というものはそんなに気になってしまうものなのだろうか?
フェイスが特殊すぎるという前提があるにせよ、本人も把握していないほど女性と関係を持つ彼氏を持つ女性達は女友達程度の立ち位置も特別な意味があるに違いないと見なしてしまうらしい。下心を隠して接しているのだろうという思い込みも含まれているのか、周囲の同性に対して警戒心が強く、余裕のないケースがほとんどだ。
どちらにせよファンや彼女同士での牽制をするりと回避して身近な存在になっているのだから彼女らにとってエイダが面白くない存在である事は確かなようでどうしたものかなぁと天を仰ぎたくなってしまう。
しかし、連携を重視するエリオスの方針もあり、メンティーや期別の違いに関わらずヒーロー同士の交流は活発に行われていて、彼女が提示してきた画像も交流のワンシーンを収めたものに過ぎない。
ヒーローを応援しているのなら女性も知っているだろうに、その点を考慮されないのはやや理不尽に感じる。
「あたしが彼と過ごすのにどれだけ大変な思いをしているか、同じヒーローというだけで甘い蜜を啜ってるような人には分からないでしょうけど!」
これ以上感情のタガが外れないよう抑えているのか、拳を震わせている女性を刺激しないよう視線を外す。
──そんな気がしていたけど、フェイスの彼女達の中で共通の敵になってるんだろうなぁ。
女性は共通の敵がいると互いに牽制し合いながらも団結する生き物だ。
異性の友人というだけでグレーな存在なのに同業というだけで彼女達の踏み込めない領域にいる自分は特等席を陣取っているように見えてしまうのは不本意ながら仕方ないのかもしれない。
「うんうん、あなたの主張は大体分かった」
とはいえ、だ。
面と向かって不満をぶちまけてくれる分にはこちらもやりようがあるので正直ありがたい。
そう思いながらエイダは何度も告げてきた台詞を繰り返した。
「まず言っておきたいんだけど私に挑発するような意図はないよ。それと、悪いけどあなたに私の交友関係をどうこう言われる筋合いはないとも思っている」
「あるわ!フェイス君の彼女なんだから彼氏の女友達に釘を刺すのは普通でしょう?」
「親しげだからという理由でいきなり縁を切れと迫るのはちょっと行き過ぎじゃない?」
人を諭せるほど恋愛経験豊富なわけではないが、彼女の主張は一般的に見たら束縛に入るのではないだろうか?
それだけでなく、あまり気は進まないものの確認しておかなければならない部分がある。
「そもそもフェイスは了承したの?彼も同意しているなら話は変わるけど」
「っ、それは……」
痛いところを突かれたと言いたげに目を伏せた。一貫して強気な態度を見せていた女性の目に弱気な色が浮かぶ。一瞬の躊躇いを見せるも、虚勢を張っても意味がない悟ったのか女性は暗い表情で口を開いた。
「そんなの、言えるわけない。……フェイス君、面倒事嫌いだしそんな事言ったら嫌われちゃう」
予想通りの返答にああ、やっぱりかと息をつく。
エイダの想像通り、今回もフェイスの個人や物事に対して淡白な面が悪い方向へ作用していたらしい。
彼女達がフェイスに直接要求しないのも、本人に言えば「じゃあめんどくさいし別れよう」で終わってしまうからだ。
そうでなくともフェイスの周囲は他の彼女や女性ファンも多い。言い争いや牽制も絶えずストレスが溜まりやすいのだろう。その矛先がより目につきやすいエイダへと向かったのかもしれない。
そう考えると、エイダへの牽制は思いつめた彼女達なりに起こせた行動なのかもしれないが、彼女の事情を知ったからといってはいそうですかと聞き入れるわけにもいかなかった。
「フェイスにも選択の権利があるはずだからあなたの一存だけでこの話は受け入れられない。来てくれたところ悪いけど、彼に話が通っていない時点で期待には添えないの」
この点だけは譲れないのではっきりとした口調で告げる。
話を聞いているうちに冷静になってきたのか、女性は気の毒になりそうなくらいうなだれつつも頷いた。これでこの話はひと段落ついた。となれば、あとはアフターケアの時間だ。
場の雰囲気を切り替えるようにエイダは真面目な表情を崩し、明るい声とともに女性へメニューを差し出した。
「とはいえ、せっかく話す機会があるわけだしお悩みくらいなら聞くよ。ディナータイムだしついでに何か頼もうか?」
「悩みって、いきなりそんな事言われても」
「市民との交流も仕事の一環だからさ。ほら、童話にも言えない事を吐き出す穴があるじゃない?あんな感じでパーッと愚痴っていきなさいって!」
◇
数時間後、どこかスッキリとした様子の女性と別れたエイダは足早にタワーへと戻った。エレベーター内で凝り固まった肩や首をぐるぐる回しながら目的のフロアへ着くのを待つ。
アフターケアなんて称しているものの、人の悩みを聞くのはなかなか大変だ。
少しでも晴れやかな気持ちで帰ってくれたのなら聞いた甲斐があるというものだが、自分のところへやってきた人の悩みを聞くだけでも大変と感じるのだから本業にはできないだろうなとも思う。カウンセラーやアドバイザー業を本業にしている人には頭が上がりそうにない。
何か飲んで一息入れようかと思いながら談話室に寄ると賑やかな声に迎えられた。
「おかえり!無事でよかったヨ〜エイダパイセン!」
「油注いで火をつけておきながらよく言うよ」
「何のコト?ボクちん分かんなーい」
「これ。ビリーでしょ」
手元のスマートフォンで女性に見せてもらったスクリーンショットと同じものを見せる。
「んんー?誰かが投稿したオフショットみたいだね」
「心当たりあるんじゃない?」
「なんのコト?」
可愛らしく小首を傾げているが、とぼけたところで素直に誤魔化されるほどお人よしでない事はお互い理解している。
にこやかな笑みを交わしつつブラウザを起動し、今度はブックマークしておいたショップを見せた。最近ブルーノースにできた、素材と製法にこだわりありと話題のタルト専門店だ。
季節のフルーツやチョコレートなど種類豊富なトッピングに、ナパージュでコーティングされてつやつやと輝くタルトの数々は目にも美しい。
「ここのミニタルト詰め合わせで手打ちにしよう?」
「ワーォ、それってネットショップも3分で完売しちゃうって話題のトコだね!」
「いっつも争奪戦で買えないんだよね。楽しみにしてるから」
一般人にとってはかなりの競争率でもニューミリオン一の情報屋ならきっと入手してくれるはずだ。
ソファに座っていたフェイスは「遅かったね」と小さな紙袋を手渡してきた。
中身を確認するといつだったか気になっていると話していたバスグッズが入っている。ギブアンドテイクに基づく今回の迷惑料というわけだ。要求するまでもなく用意済みで、勿体ぶる事もなく渡してくるのが面倒くさがりに見えて気配り上手なフェイスらしい。
細やかな気遣いをありがたく思う反面、こういうところがまた厄介なんだよなぁ……とニューミリオンの女性達を恋焦がれさせている横顔をしみじみと見つめる。
「DJの彼女達ってすぐ修羅場になるけどエイダパイセンは呼び出されても丸く収めちゃうんだよネ。彼女の方もスッキリした顔して帰っていくから不思議〜!」
「俺も前から気になってたんだ。コツでもあるの?」
「うーん」
女性は共感する生き物だという。だからコミュニケーションを通して他人からの共感を得る事でストレスを和らげようとする。
逆に言えば共感の姿勢で接するのは相手を落ち着かせる事にもつながるというわけだ。
彼女達も最初からエイダ憎しでやってくるわけではない。行動に至るまでに様々な悩みや葛藤があり、何らかのきっかけで実行に移してしまうほど許容量を超えてしまう時もあるというだけだ。
だから希望に沿えない代わりにアフターケアの時は相手を否定せず聞き手に徹する。
ヒーローとして、同じ女性として向き合う。
エイダがしているのはそれだけの事なのだが、実際説明しようとすると途端に難しくなる。
「コツっていうか心掛けかな」
「じゃあいいや」
「オイラは知りたいな!」
「手打ちにした分だけでは足りないよ」
「つれない事言わないでヨ、エイダパイセーン」
ビリーにまとわりつかれながら販売機でコーヒーのボタンを押す。すかさずコーヒーフレッシュの入ったカゴを差し出してくるあたり伊達に世渡りしていないと思わされるが、大した内容でもないし今以上に個人情報を掴まれるのも困るのでスルーしておく。
「どうやって収めてるのかはともかく、彼女達の相手めんどくさいでしょ?なんでいちいち相手してるの?」
「そうだなぁ……」
さて、なんと言ったものか。
コーヒーに映る自分を眺めつつ思考を巡らせる。
女性にはヒーローとしての職務でもあるなんて言ったが、実際のところは単なるお人好しでやっているわけでもない。
個人のスキャンダルがヒーロー全体の評判に響くのを防ぐためだとか、同性だからこそ分かち合える部分もあるからだとか、動機はいくつか出てくるしどれも間違いではない。
しかし、結局のところは。
──フェイスとの友人関係を続けていたいからなんだよなぁ。
どんなに言葉で飾ったところで本質的な話をすればエイダも彼女達と変わらないのかもしれない。ふと、よからぬものに触れてしまいそうな不穏さを感じてゆるく頭を振る。理性がこれ以上深く考えるべきではないと訴えていた。
その代わり頭に浮かんだことわざを口にしておいた。
「情けは人の為ならずかな」
「……ふぅん?」
「それって日本のことわざだよネ?つまりどういうコト……?」
「ま、そういうのもいいと思うよ。善意だけよりも人間らしいしね」
「二人だけ分かってるのはズルいよ〜!」
20211013 write
20220907 rewrite
ドリンクを運んできた店員が去るなり、険しい面持ちの女性はそう切り出してきた。
「縁を切る、ですか」
「そうよ」
可愛らしい印象に反して出てきた言葉は冷たかったので思わず敬語になってしまった。
エイダは手元の炭酸水を一口飲み、告げられた内容にこうして釘を刺されるのも今週に入って何回目だろうと思いを馳せる。比較的コンスタントに呼び出されているような気がするので4回目くらいだろうか。
パトロール中や仕事上がりなどに直接やってくる彼女達を宥め、話を聞いた上で大抵は穏便に帰ってもらっているというのにキリがない。
相変わらず引く手あまたのモテっぷりには思わず感心してしまうけれど、流石に多すぎやしないだろうか?
あの性格と女性関係のいざこざを理解していながらも告白するような彼女達は積極的かつ自信に溢れた女性が多い。例に漏れず目の前にいる彼女も頭からつま先まで隙のない出で立ちだ。そして自分磨きの経験に裏打ちされた自信を放っている。
自信のある人というものは魅力的に映るもので、彼女にもぜひお近付きになりたいと思う男性は多いだろう。
眉と目尻を吊り上げて拳をテーブルに叩きつけていなければ、の話だが。
「ちょっと!聞いてるの!?」
「聞いているよ。まずはあなたの思ってる事を聞かせてくれる?」
女性の主張は以下のようなものだった。
ファンや彼女達の間でフェイスと親しげな女性ヒーローがいると聞いて心がざわついたが、あたしは彼女なのだからと自分に言い聞かせて見て見ぬふりをするつもりでいた。
けれど、エリチャンの匿名アカウントにアップされていた写真に親しげな様子のものが何枚もあったので押しかけた。あれは一体どういうつもりか?
彼女だろうとそう簡単には踏み込めないプライベートな領域にも同業の友人というだけで軽々しく踏み込んでいるように見える。彼女の存在を知っているならば控えるべきではないか?
「ヒーロー同士の付き合いがあるにしても目に余るわ。メンティーでもないくせに」
「その写真見せてもらってもいい?」
「ええ、どうぞ」
彼女のスマートフォンで何枚かのスクリーンショットを見せてもらう。
写真は談話室やイエローウエストの共有スペースで撮影されたオフショットで、談笑していたり映画を見ていたりと身に覚えのある光景ばかりだ。
確かに親しげだが、他のヒーロー達も写っていて思わせぶりな様子もない日常風景の切り抜きを前にエイダは眉を寄せつつ唸る。
「ひとつ言わせてもらってもいい?これが撮られた時には他の人もいたはずだよ」
「そうだとしても日常的に親しくしているのは事実よね?これだけ一緒にいるところが写っているんだもの」
「なるほどね、だから縁を切れって話になったのか」
短絡的なものを感じなくもないが、まだ理性的に振舞おうとしている。これまでフェイスの彼女達と対峙してきた経験を踏まえると、この女性とはさほど拗れずに済みそうだ。
みんなこの位理性が残っているといいんだけど。と、これまで対峙してきた猛者達を思い出そうとして目の前の問題から逃避している場合じゃないと叱咤を入れる。
それにしても、とエイダは思考を切り替えた。
女性の主張は概ね予想通りのものだったが、彼氏の女友達というものはそんなに気になってしまうものなのだろうか?
フェイスが特殊すぎるという前提があるにせよ、本人も把握していないほど女性と関係を持つ彼氏を持つ女性達は女友達程度の立ち位置も特別な意味があるに違いないと見なしてしまうらしい。下心を隠して接しているのだろうという思い込みも含まれているのか、周囲の同性に対して警戒心が強く、余裕のないケースがほとんどだ。
どちらにせよファンや彼女同士での牽制をするりと回避して身近な存在になっているのだから彼女らにとってエイダが面白くない存在である事は確かなようでどうしたものかなぁと天を仰ぎたくなってしまう。
しかし、連携を重視するエリオスの方針もあり、メンティーや期別の違いに関わらずヒーロー同士の交流は活発に行われていて、彼女が提示してきた画像も交流のワンシーンを収めたものに過ぎない。
ヒーローを応援しているのなら女性も知っているだろうに、その点を考慮されないのはやや理不尽に感じる。
「あたしが彼と過ごすのにどれだけ大変な思いをしているか、同じヒーローというだけで甘い蜜を啜ってるような人には分からないでしょうけど!」
これ以上感情のタガが外れないよう抑えているのか、拳を震わせている女性を刺激しないよう視線を外す。
──そんな気がしていたけど、フェイスの彼女達の中で共通の敵になってるんだろうなぁ。
女性は共通の敵がいると互いに牽制し合いながらも団結する生き物だ。
異性の友人というだけでグレーな存在なのに同業というだけで彼女達の踏み込めない領域にいる自分は特等席を陣取っているように見えてしまうのは不本意ながら仕方ないのかもしれない。
「うんうん、あなたの主張は大体分かった」
とはいえ、だ。
面と向かって不満をぶちまけてくれる分にはこちらもやりようがあるので正直ありがたい。
そう思いながらエイダは何度も告げてきた台詞を繰り返した。
「まず言っておきたいんだけど私に挑発するような意図はないよ。それと、悪いけどあなたに私の交友関係をどうこう言われる筋合いはないとも思っている」
「あるわ!フェイス君の彼女なんだから彼氏の女友達に釘を刺すのは普通でしょう?」
「親しげだからという理由でいきなり縁を切れと迫るのはちょっと行き過ぎじゃない?」
人を諭せるほど恋愛経験豊富なわけではないが、彼女の主張は一般的に見たら束縛に入るのではないだろうか?
それだけでなく、あまり気は進まないものの確認しておかなければならない部分がある。
「そもそもフェイスは了承したの?彼も同意しているなら話は変わるけど」
「っ、それは……」
痛いところを突かれたと言いたげに目を伏せた。一貫して強気な態度を見せていた女性の目に弱気な色が浮かぶ。一瞬の躊躇いを見せるも、虚勢を張っても意味がない悟ったのか女性は暗い表情で口を開いた。
「そんなの、言えるわけない。……フェイス君、面倒事嫌いだしそんな事言ったら嫌われちゃう」
予想通りの返答にああ、やっぱりかと息をつく。
エイダの想像通り、今回もフェイスの個人や物事に対して淡白な面が悪い方向へ作用していたらしい。
彼女達がフェイスに直接要求しないのも、本人に言えば「じゃあめんどくさいし別れよう」で終わってしまうからだ。
そうでなくともフェイスの周囲は他の彼女や女性ファンも多い。言い争いや牽制も絶えずストレスが溜まりやすいのだろう。その矛先がより目につきやすいエイダへと向かったのかもしれない。
そう考えると、エイダへの牽制は思いつめた彼女達なりに起こせた行動なのかもしれないが、彼女の事情を知ったからといってはいそうですかと聞き入れるわけにもいかなかった。
「フェイスにも選択の権利があるはずだからあなたの一存だけでこの話は受け入れられない。来てくれたところ悪いけど、彼に話が通っていない時点で期待には添えないの」
この点だけは譲れないのではっきりとした口調で告げる。
話を聞いているうちに冷静になってきたのか、女性は気の毒になりそうなくらいうなだれつつも頷いた。これでこの話はひと段落ついた。となれば、あとはアフターケアの時間だ。
場の雰囲気を切り替えるようにエイダは真面目な表情を崩し、明るい声とともに女性へメニューを差し出した。
「とはいえ、せっかく話す機会があるわけだしお悩みくらいなら聞くよ。ディナータイムだしついでに何か頼もうか?」
「悩みって、いきなりそんな事言われても」
「市民との交流も仕事の一環だからさ。ほら、童話にも言えない事を吐き出す穴があるじゃない?あんな感じでパーッと愚痴っていきなさいって!」
◇
数時間後、どこかスッキリとした様子の女性と別れたエイダは足早にタワーへと戻った。エレベーター内で凝り固まった肩や首をぐるぐる回しながら目的のフロアへ着くのを待つ。
アフターケアなんて称しているものの、人の悩みを聞くのはなかなか大変だ。
少しでも晴れやかな気持ちで帰ってくれたのなら聞いた甲斐があるというものだが、自分のところへやってきた人の悩みを聞くだけでも大変と感じるのだから本業にはできないだろうなとも思う。カウンセラーやアドバイザー業を本業にしている人には頭が上がりそうにない。
何か飲んで一息入れようかと思いながら談話室に寄ると賑やかな声に迎えられた。
「おかえり!無事でよかったヨ〜エイダパイセン!」
「油注いで火をつけておきながらよく言うよ」
「何のコト?ボクちん分かんなーい」
「これ。ビリーでしょ」
手元のスマートフォンで女性に見せてもらったスクリーンショットと同じものを見せる。
「んんー?誰かが投稿したオフショットみたいだね」
「心当たりあるんじゃない?」
「なんのコト?」
可愛らしく小首を傾げているが、とぼけたところで素直に誤魔化されるほどお人よしでない事はお互い理解している。
にこやかな笑みを交わしつつブラウザを起動し、今度はブックマークしておいたショップを見せた。最近ブルーノースにできた、素材と製法にこだわりありと話題のタルト専門店だ。
季節のフルーツやチョコレートなど種類豊富なトッピングに、ナパージュでコーティングされてつやつやと輝くタルトの数々は目にも美しい。
「ここのミニタルト詰め合わせで手打ちにしよう?」
「ワーォ、それってネットショップも3分で完売しちゃうって話題のトコだね!」
「いっつも争奪戦で買えないんだよね。楽しみにしてるから」
一般人にとってはかなりの競争率でもニューミリオン一の情報屋ならきっと入手してくれるはずだ。
ソファに座っていたフェイスは「遅かったね」と小さな紙袋を手渡してきた。
中身を確認するといつだったか気になっていると話していたバスグッズが入っている。ギブアンドテイクに基づく今回の迷惑料というわけだ。要求するまでもなく用意済みで、勿体ぶる事もなく渡してくるのが面倒くさがりに見えて気配り上手なフェイスらしい。
細やかな気遣いをありがたく思う反面、こういうところがまた厄介なんだよなぁ……とニューミリオンの女性達を恋焦がれさせている横顔をしみじみと見つめる。
「DJの彼女達ってすぐ修羅場になるけどエイダパイセンは呼び出されても丸く収めちゃうんだよネ。彼女の方もスッキリした顔して帰っていくから不思議〜!」
「俺も前から気になってたんだ。コツでもあるの?」
「うーん」
女性は共感する生き物だという。だからコミュニケーションを通して他人からの共感を得る事でストレスを和らげようとする。
逆に言えば共感の姿勢で接するのは相手を落ち着かせる事にもつながるというわけだ。
彼女達も最初からエイダ憎しでやってくるわけではない。行動に至るまでに様々な悩みや葛藤があり、何らかのきっかけで実行に移してしまうほど許容量を超えてしまう時もあるというだけだ。
だから希望に沿えない代わりにアフターケアの時は相手を否定せず聞き手に徹する。
ヒーローとして、同じ女性として向き合う。
エイダがしているのはそれだけの事なのだが、実際説明しようとすると途端に難しくなる。
「コツっていうか心掛けかな」
「じゃあいいや」
「オイラは知りたいな!」
「手打ちにした分だけでは足りないよ」
「つれない事言わないでヨ、エイダパイセーン」
ビリーにまとわりつかれながら販売機でコーヒーのボタンを押す。すかさずコーヒーフレッシュの入ったカゴを差し出してくるあたり伊達に世渡りしていないと思わされるが、大した内容でもないし今以上に個人情報を掴まれるのも困るのでスルーしておく。
「どうやって収めてるのかはともかく、彼女達の相手めんどくさいでしょ?なんでいちいち相手してるの?」
「そうだなぁ……」
さて、なんと言ったものか。
コーヒーに映る自分を眺めつつ思考を巡らせる。
女性にはヒーローとしての職務でもあるなんて言ったが、実際のところは単なるお人好しでやっているわけでもない。
個人のスキャンダルがヒーロー全体の評判に響くのを防ぐためだとか、同性だからこそ分かち合える部分もあるからだとか、動機はいくつか出てくるしどれも間違いではない。
しかし、結局のところは。
──フェイスとの友人関係を続けていたいからなんだよなぁ。
どんなに言葉で飾ったところで本質的な話をすればエイダも彼女達と変わらないのかもしれない。ふと、よからぬものに触れてしまいそうな不穏さを感じてゆるく頭を振る。理性がこれ以上深く考えるべきではないと訴えていた。
その代わり頭に浮かんだことわざを口にしておいた。
「情けは人の為ならずかな」
「……ふぅん?」
「それって日本のことわざだよネ?つまりどういうコト……?」
「ま、そういうのもいいと思うよ。善意だけよりも人間らしいしね」
「二人だけ分かってるのはズルいよ〜!」
20211013 write
20220907 rewrite
2/7ページ
