フェアンヴェー
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「エレミートさん、俺と付き合ってください!」
その場に居合わせてしまったのは偶然である。宿舎で空き時間を過ごそうとドアが開いた時、エレミートが花束と共に告白されているシーンを目撃してしまった。幸いなのは宿舎の入口と彼らのいた場所が離れていて、完全に空気を壊す事がなかった事だろう。
あのエレミートが告白されている事に少なからず驚きながらもベースラインはそろそろと室内へと足を踏み入れ、宿舎内のインテリアに身を隠す。身を隠す必要はないはずなのだが、こんな場に居合わせてしまった以上最低限の気遣いだろう。
それにしても、どう返すのだろうか?了承するのかと思えば、エレミートは首を横に振る。そして申し訳なさそうに、それでもはっきりとした口調で答えた。
「私には既に特別な方がいますから、その方を超えるくらい親密になればあるいは……でも、まだあなたの事を恋愛の対象として見られそうにありません」
「そう、ですか」
「すみません。お花を贈ってくださったのはあなたが初めてです。大事にしますね」
オペレーターの背中を見送るエレミートの手には確かに花束が抱えられていた。今まで日陰者として過ごしてきた彼女にそんな事があるのだろうか?いや、みすぼらしい身なりで影のように生きていたあの頃から比べると随分と見違えた。見世物として庶民よりも古めかしいお仕着せを着ていた頃とは違い、今は双搭宮廷儀礼補佐官として身なりを整えている。元々優しげな顔立ちであるし、礼装によっておっとりとして品の良い淑女に映るのかもしれない。
それ以上にロドスに来てからというものの、彼女自身の意志もあって人との出会いを通した交友関係は自然と広まっているはずだ。
一人きりだった時間が長かったせいか、エレミートは人との触れ合いを好む傾向にあると気付いたのはロドスに来てからだった。集まりがあればふらふらと寄っていって混ぜてもらうのが恒例となっている。
本でも読んで待っていようとすると楽しくなった彼女がやってきて引きずり込まれる事もあるくらいだ。自ずとエレミート自身に好意を寄せる人物が現れてもおかしくはない。ただ、それがベースラインの想定よりもやや早かっただけの事だ。
「あら、ベースラインさん」
こちらに気付いたエレミートに対してどう声をかけたものか迷い、普通に声をかけるつもりだったが自然と出てきたのは「エレミートさんが花を貰ってる……?」という疑問形だった。女性に対して失礼な物言いとなったが、エレミートは気にした風もなく、逆に感じ入るように頷く。
「分かりますよ。こんな事ってあるんですね?ああ、花瓶も必要になりますねぇ」
「言ってる場合ですか。で、どうしたんです?」
「どうした、って?」
「こんな花束を相手が気まぐれであげるわけないでしょう。ちゃんと答えたんですか?」
「ええ。特別な方がいるのであなたとの事はまだ考えられません、それはそれとしてお花は大事にしますと」
「そんな人いたんですか?いつの間に……」
「ベースラインさんですよ。ほら、リターニアから連れ出してくれましたし、名を考えてくれる約束もしたじゃないですか」
当然のように言うものだから目眩がするかと思った。相手と付き合う気がないとしても、完全に誤解を受けているだろう。そっと花束をテーブルに置きながら言ったエレミートにそうではないだろうと突っ込まざるを得ない。特別な相手が誰なのか広まってしまうと今後のロドスでの交流に支障が出るのではないか?そう思いながら彼は口を開いた。
「エレミートさん、きっと相手に誤解されてますよ。訂正しておくのをお勧めします」
「訂正するも何も、そのままの意味ですから」
「僕をお断りのダシに使わないでください」
「まさか。本当に特別な人だと思っていますよ?」
年上ゆえか、ベースラインが食い下がってもエレミートの余裕は崩れない。むしろ言い募る彼に目を細めているものだから、ますます意図が分からなくなる。
そんなベースラインを前にして「そういえば」とエレミートは話題を変えた。
「告白といえば、ベースラインさんは好きな人とかいないんですか?オペレーターの方から尋ねられたのだけれど」
「なんで僕自身じゃなくてエレミートさんに……」
「警戒心が滲み出ているからでしょう。ほら、耳もピンと立てていて。少しはリラックスしないとロドスの皆さんも気を使うのでは?」
「僕の耳はこれが普通です」
「たまには揉まないと血流が悪くなるそうですよ。頭皮も凝るのだから耳だって同じことが言えるでしょう」と言いながらベースラインの耳を根元から揉む。適度な力加減で優しくゆったりとした手つきだが、他人に耳を揉まれるのはこそばゆいような、なんとも言い難い心地がする。
だが、やめて欲しいとは思わない。止める理由もないのでそのままでいいか、と放置していると「どうぞ?」と椅子を勧められた。言われるがまま座ると今度は頭皮マッサージが始まる。側頭部からじわじわと圧をかけてマッサージされるのは存外気持ちのいいもので、日頃書類を見ていることが多いベースラインにはよく効いているようだった。
白い手が首を触った時、「あらあら」と感嘆の声が聞こえてきた。視線をやれば年齢にそぐわない凝り方をしているらしい。確かに宮廷礼儀礼官としての仕事もあればチューバを抱えている機会も多いわけで、考えるまでもなく凝り固まっているだろう。
「それにしても随分詳しいですね?」
「隠者生活をしていると動かない事が多いから放っておくと錆びるばかりでしょう?どうにかしようと調べているうちに自然と詳しくなったんです」
何気ない調子で応えるエレミートにそういうものかと納得していると、「それで、誰か素敵な人はいましたか?」と改めて尋ねられた。
「宮廷儀礼官としての仕事で忙しくしているのに浮ついていられませんよ」
「ですよね。強いて言えばグリムマハト様では?と答えたんですけど、その時の方は納得いかなかったようで」
「グリムマハトへの忠誠を安っぽくしないでください」
「む、分かりやすさ重視でお答えしたんですよ?ベースラインさんにとって、きっとグリムマハト様を超える方は今後現れないでしょう?」
「……じゃあ今度からエレミートさんって答えておいてくださいよ」
――それはある意味意趣返しに近い感情だった。
彼女がどのような反応をするのか気になったというのもある。当の本人は優しげに垂れた目を丸くしていた。
「私なんかでいいんですか?」
「今の交友関係の中でそうなりそうなのはあなたくらいなので。それにあなたも僕をダシに使ったでしょう」
「……決してダシに使ったわけではないのに……」
警戒心の強いベースラインはむやみやたらに触られるのを好まない。しかし、エレミートのマッサージは黙って受けていて、不快感も抵抗も感じない。その事自体が答えと言ってもいいだろう。心地よい指圧に身を委ねながらベースラインははあ、とため息をつく。
「そもそもリターニアを出る時に可愛い恋人ができたと茶化していたのはあなたです」
「それは、そうですけど」
「なので、今は対外的にはそうしておいてほしいって話です。現状、音楽団やサッカーに誘われるのは嬉しいですがそれ以上の新たな関係を築く時間もないので」
「……本当にそれだけですか?」
じっと見つめられてベースラインは言葉を失う。あの時、夕焼けに染まった庵の中で彼女を連れ出した時の情景が思い浮かぶ。年上ながら不安と期待に揺れる双眸を見つめ、意志を持って彼女の手を取った。その本質はまだ分からないが、放っておけない、彼女も共に新たな景色を見るべきだと感じたあの時の心情は確かだ。
いつも庵の窓から外界の人々の営みを憧憬の眼差しで見つめていただけのエレミートを連れ出したのは彼自身である。その理由もなんとなくではあるが察しがついている以上、無下に扱うつもりはないが――。
と、回想を遮るように電子アラーム音が鳴り響いた。
「あ、サッカーの時間なので僕は行きますね」
さっさと立ち上がるベースラインに対し、自分の手からするりと抜け出た彼に泡を食っているのは予想外にもエレミートだった。
「ミヒャさんっ?あの、結構大事なお話をしていたんですけど」
呼び方もロドスではなく二人きり限定のものに戻っている。ちょうど二人きりだったからいいものを、次は気をつけてもらいたいものだ。
「そうやって言わせようとするのは悪い癖ですよ」
「だって、言ってもらいたいものでしょう」と追いすがるような言葉を背に受けながら部屋を出る。
そうだとしても今はまだその時じゃないのだから、少しくらい焦らしても構わないだろう。
その場に居合わせてしまったのは偶然である。宿舎で空き時間を過ごそうとドアが開いた時、エレミートが花束と共に告白されているシーンを目撃してしまった。幸いなのは宿舎の入口と彼らのいた場所が離れていて、完全に空気を壊す事がなかった事だろう。
あのエレミートが告白されている事に少なからず驚きながらもベースラインはそろそろと室内へと足を踏み入れ、宿舎内のインテリアに身を隠す。身を隠す必要はないはずなのだが、こんな場に居合わせてしまった以上最低限の気遣いだろう。
それにしても、どう返すのだろうか?了承するのかと思えば、エレミートは首を横に振る。そして申し訳なさそうに、それでもはっきりとした口調で答えた。
「私には既に特別な方がいますから、その方を超えるくらい親密になればあるいは……でも、まだあなたの事を恋愛の対象として見られそうにありません」
「そう、ですか」
「すみません。お花を贈ってくださったのはあなたが初めてです。大事にしますね」
オペレーターの背中を見送るエレミートの手には確かに花束が抱えられていた。今まで日陰者として過ごしてきた彼女にそんな事があるのだろうか?いや、みすぼらしい身なりで影のように生きていたあの頃から比べると随分と見違えた。見世物として庶民よりも古めかしいお仕着せを着ていた頃とは違い、今は双搭宮廷儀礼補佐官として身なりを整えている。元々優しげな顔立ちであるし、礼装によっておっとりとして品の良い淑女に映るのかもしれない。
それ以上にロドスに来てからというものの、彼女自身の意志もあって人との出会いを通した交友関係は自然と広まっているはずだ。
一人きりだった時間が長かったせいか、エレミートは人との触れ合いを好む傾向にあると気付いたのはロドスに来てからだった。集まりがあればふらふらと寄っていって混ぜてもらうのが恒例となっている。
本でも読んで待っていようとすると楽しくなった彼女がやってきて引きずり込まれる事もあるくらいだ。自ずとエレミート自身に好意を寄せる人物が現れてもおかしくはない。ただ、それがベースラインの想定よりもやや早かっただけの事だ。
「あら、ベースラインさん」
こちらに気付いたエレミートに対してどう声をかけたものか迷い、普通に声をかけるつもりだったが自然と出てきたのは「エレミートさんが花を貰ってる……?」という疑問形だった。女性に対して失礼な物言いとなったが、エレミートは気にした風もなく、逆に感じ入るように頷く。
「分かりますよ。こんな事ってあるんですね?ああ、花瓶も必要になりますねぇ」
「言ってる場合ですか。で、どうしたんです?」
「どうした、って?」
「こんな花束を相手が気まぐれであげるわけないでしょう。ちゃんと答えたんですか?」
「ええ。特別な方がいるのであなたとの事はまだ考えられません、それはそれとしてお花は大事にしますと」
「そんな人いたんですか?いつの間に……」
「ベースラインさんですよ。ほら、リターニアから連れ出してくれましたし、名を考えてくれる約束もしたじゃないですか」
当然のように言うものだから目眩がするかと思った。相手と付き合う気がないとしても、完全に誤解を受けているだろう。そっと花束をテーブルに置きながら言ったエレミートにそうではないだろうと突っ込まざるを得ない。特別な相手が誰なのか広まってしまうと今後のロドスでの交流に支障が出るのではないか?そう思いながら彼は口を開いた。
「エレミートさん、きっと相手に誤解されてますよ。訂正しておくのをお勧めします」
「訂正するも何も、そのままの意味ですから」
「僕をお断りのダシに使わないでください」
「まさか。本当に特別な人だと思っていますよ?」
年上ゆえか、ベースラインが食い下がってもエレミートの余裕は崩れない。むしろ言い募る彼に目を細めているものだから、ますます意図が分からなくなる。
そんなベースラインを前にして「そういえば」とエレミートは話題を変えた。
「告白といえば、ベースラインさんは好きな人とかいないんですか?オペレーターの方から尋ねられたのだけれど」
「なんで僕自身じゃなくてエレミートさんに……」
「警戒心が滲み出ているからでしょう。ほら、耳もピンと立てていて。少しはリラックスしないとロドスの皆さんも気を使うのでは?」
「僕の耳はこれが普通です」
「たまには揉まないと血流が悪くなるそうですよ。頭皮も凝るのだから耳だって同じことが言えるでしょう」と言いながらベースラインの耳を根元から揉む。適度な力加減で優しくゆったりとした手つきだが、他人に耳を揉まれるのはこそばゆいような、なんとも言い難い心地がする。
だが、やめて欲しいとは思わない。止める理由もないのでそのままでいいか、と放置していると「どうぞ?」と椅子を勧められた。言われるがまま座ると今度は頭皮マッサージが始まる。側頭部からじわじわと圧をかけてマッサージされるのは存外気持ちのいいもので、日頃書類を見ていることが多いベースラインにはよく効いているようだった。
白い手が首を触った時、「あらあら」と感嘆の声が聞こえてきた。視線をやれば年齢にそぐわない凝り方をしているらしい。確かに宮廷礼儀礼官としての仕事もあればチューバを抱えている機会も多いわけで、考えるまでもなく凝り固まっているだろう。
「それにしても随分詳しいですね?」
「隠者生活をしていると動かない事が多いから放っておくと錆びるばかりでしょう?どうにかしようと調べているうちに自然と詳しくなったんです」
何気ない調子で応えるエレミートにそういうものかと納得していると、「それで、誰か素敵な人はいましたか?」と改めて尋ねられた。
「宮廷儀礼官としての仕事で忙しくしているのに浮ついていられませんよ」
「ですよね。強いて言えばグリムマハト様では?と答えたんですけど、その時の方は納得いかなかったようで」
「グリムマハトへの忠誠を安っぽくしないでください」
「む、分かりやすさ重視でお答えしたんですよ?ベースラインさんにとって、きっとグリムマハト様を超える方は今後現れないでしょう?」
「……じゃあ今度からエレミートさんって答えておいてくださいよ」
――それはある意味意趣返しに近い感情だった。
彼女がどのような反応をするのか気になったというのもある。当の本人は優しげに垂れた目を丸くしていた。
「私なんかでいいんですか?」
「今の交友関係の中でそうなりそうなのはあなたくらいなので。それにあなたも僕をダシに使ったでしょう」
「……決してダシに使ったわけではないのに……」
警戒心の強いベースラインはむやみやたらに触られるのを好まない。しかし、エレミートのマッサージは黙って受けていて、不快感も抵抗も感じない。その事自体が答えと言ってもいいだろう。心地よい指圧に身を委ねながらベースラインははあ、とため息をつく。
「そもそもリターニアを出る時に可愛い恋人ができたと茶化していたのはあなたです」
「それは、そうですけど」
「なので、今は対外的にはそうしておいてほしいって話です。現状、音楽団やサッカーに誘われるのは嬉しいですがそれ以上の新たな関係を築く時間もないので」
「……本当にそれだけですか?」
じっと見つめられてベースラインは言葉を失う。あの時、夕焼けに染まった庵の中で彼女を連れ出した時の情景が思い浮かぶ。年上ながら不安と期待に揺れる双眸を見つめ、意志を持って彼女の手を取った。その本質はまだ分からないが、放っておけない、彼女も共に新たな景色を見るべきだと感じたあの時の心情は確かだ。
いつも庵の窓から外界の人々の営みを憧憬の眼差しで見つめていただけのエレミートを連れ出したのは彼自身である。その理由もなんとなくではあるが察しがついている以上、無下に扱うつもりはないが――。
と、回想を遮るように電子アラーム音が鳴り響いた。
「あ、サッカーの時間なので僕は行きますね」
さっさと立ち上がるベースラインに対し、自分の手からするりと抜け出た彼に泡を食っているのは予想外にもエレミートだった。
「ミヒャさんっ?あの、結構大事なお話をしていたんですけど」
呼び方もロドスではなく二人きり限定のものに戻っている。ちょうど二人きりだったからいいものを、次は気をつけてもらいたいものだ。
「そうやって言わせようとするのは悪い癖ですよ」
「だって、言ってもらいたいものでしょう」と追いすがるような言葉を背に受けながら部屋を出る。
そうだとしても今はまだその時じゃないのだから、少しくらい焦らしても構わないだろう。