しかし まわりこまれた!
NAME CHANGE
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
1:邂逅
東北上官の秘書に任命されたのはつい最近のことだった。ただの平社員にそんな辞令が下るなんて……という気持ちもあったが、やるからには精一杯がんばろうと決心した。
しかし、私はとても重大なことに気づいてしまった。
――そう、何もやることがないのだ。東北上官はとっても優秀なので、私が補佐することなんてないに等しい。
だいたい、宇都宮さんがいるんだから私の出る幕なんてないのである。というわけで、今日も今日とて私は暇を持て余しているのだった。
「あの……宇都宮さん」
「なに?」
「私って、秘書として何をすればいいんでしょう……?」
目の前の大柄な男性、笑顔を浮かべているがなんだか妙に威圧感を感じる人。宇都宮線に恐る恐る尋ねると、一瞬きょとんとして首を傾げ、こともなげに答えた。
「そんなに何かしたい?」
その言葉には色々な意味が込められている気がして、答えに詰まる。
(仕事だから何かはしないとダメなのでは!?というかあなたが居るんだから、別に秘書がいなくても業務は回るんじゃないですか!?)
心の声が漏れ出そうになったが、彼の笑顔からは「何も言うな」という圧を感じたので慌てて口を噤んだ。
無言の時間が続く。だんだん気まずくなってきたが、下手に逃げる方が厄介なことになるというのは上官と宇都宮さんのやりとりを見ていてわかっているのでじっと我慢する。
しばらくして彼が小さく笑ったので、どうやら彼の問いへの回答は沈黙で正解だったようだ。
「まあ、君らしいね。でもそんな気にすることもないと思うよ?うちの上官様は優しいから右も左も分からない君の仕事量をセーブしてるだけだと思うから」
「そう……だといいんですけど」
なんにせよ私にできることは、早く仕事に慣れてちゃんと秘書としての仕事を任せてもらえるようになることだけだ。
頑張らなきゃな、と気合を入れ直していると不意に彼が口を開いた。
「そんな君に一つ仕事を頼みたいんだけど」
……宇都宮さんに頼まれた仕事とは、大宮駅まで行って高崎さんに資料を渡して欲しいという内容だった。
お任せ下さい!と胸を叩くと彼は「そうだね、君はそういう人だよね」と笑った。その笑顔を見ると、内心まで見透かされていそうで少し恥ずかしい。
それくらいならいくらでもできますから、と念を押すように繰り返すと彼は目を細めて頷いた。手元の資料を見ると、どうやら少し急ぎの書類のようだ。
その意図を察して私は思わず笑顔になる。これはつまり、信頼されている証拠だ!と勝手に解釈してやる気に満ち溢れる私だった。
「では行ってきますね!」
そう言って敬礼をすると宇都宮さんは小さく手を振って見送ってくれた。
「そういえば高崎さんに会うの初めてだなー」
宇都宮さんと見た目がそっくりということは知っているので、一目見ればすぐわかるだろうけれど、どんな人なんだろう。
やっぱりこう……なんというか有無を言わさない迫力がある人なのかな、などと勝手にあれこれ妄想しているうちに駅へ辿り着いた。
ホームに降り、辺りを見回して彼を探す。宇都宮さんと同じくらいの背格好ということは相当背が高いはずなのですぐ見つかるだろう。
キョロキョロしながら歩いていると、ホームで泣いている女の子を見かけた。小学校に上がるかどうかくらいの年齢に見える。周りに保護者はいないようだし、泣いている子を放っておくこともできず声をかけた。
「大丈夫?どうしたの?」
彼女の目線に合わせてしゃがんで尋ねると、しばらくしゃくりあげてから途切れ途切れに話し始める
「あのね、ママとはぐれちゃったの」
そう言いながら目元を擦る小さい手。心細いのかよく見ると震えているようだ。流石にこの子をこのままホームに置いておくわけにはいかないので、駅員室まで連れていくことにした。
「歩ける?おんぶしようか?」
「うん……」
素直に私の背中に体を預ける彼女をよしよしとあやしながら、駅員室へ向かうと母親らしき人が駆け寄ってくるのが見えた。
どうやら母親も女の子を探していたようで、無事再会できたことにほっとする。
「本当にありがとうございました!なんとお礼を言っていいやら」
「いえ、無事に再開できてよかったです」
何度も頭を下げるお母さんに首を振りながら返す。
「おねえちゃん、ばいばい!」
女の子はお母さんの手を握り、私に向かって手を振ってくれたので、私も手を振り返して親子を見送った。
「ふぅ、よかったよかった……」
すぐに再開できてよかったな、と胸を撫で下ろしていると不意に背後から声をかけられた。
「あ、あの……!」
振り返るとそこにいたのは、宇都宮さんより少し吊り目で真面目そうな男性だった。彼は緊張した面持ちで私を見つめている。
「えっと……もしかして、あなたが高崎線……ですか?」
私が尋ねると彼は目を泳がせながらもこくりと頷いた。
それにしてもなんだろう、ものすごいガン見されている気がする。なんかしましたかね私、初対面のはずなんですが。
困惑している私に気づいたのか、彼は慌てて視線を逸らすと咳払いをした。
「初めまして、高崎線です。宇都宮のやつにいじめられたりしてませんか?」
「東雲千種です。とんでもないです!宇都宮さんにはとってもお世話になっていますよ」
そう答えると彼は安堵したような表情を浮かべた。なるほど、彼が宇都宮さんが言ってた高崎さんらしい。
「これ、宇都宮さんからです。急ぎの書類らしいのでご確認ください」
そう言って彼に封筒を渡す。
「あ、ああ……ありがとう」
彼はそれを受け取りながら少し戸惑ったような表情を浮かべた。
……あれ、私何か変なこと言ったかな。と一瞬不安になったが、特に心当たりはない。
「あの……どうかしましたか?」
慌てて尋ねると彼は慌てた様子で首を振った。
「え!いや別になんでもねぇ……いや、ないです」
なんだかもごもごと歯切れが悪い。何かを言い淀んでいるようだ。言いたいことがあるのなら遠慮無く言って欲しいのだけれど。
「あの、敬語じゃなくていいんですよ?高崎さんは私より先輩なわけですし」
私の言葉に少し躊躇った様子を見せたあと、彼はこくりと頷いた。
「わ、わかりまし……じゃなくてわかった。じゃあ、その……よろしく」
そう言って手を差し出されたので握り返すと、ぎゅっと力を込められた。にぎにぎと確かめるように握られて少し気恥しい気持ちになるが、まあ握手なんてそんなものだろう。
……ちょっと力が強いような気はするけど。
「では私はこれで失礼しますね」
頼まれた仕事も無事終わったので、そろそろ帰らないと。そう思い会釈しながら告げると高崎さんが驚いたように口を開いた。
「え?もう帰るのか?」
「一応仕事中なので……」
会えてよかったです、また何かあったらよろしくお願いしますと頭を下げ、その場を去ろうとしたのだが高崎さんに腕を掴まれた。
「あ、あのさ!」
振り返ると、彼は何か言いたげに口をぱくぱくさせていたが、やがて意を決したように呟いた。
「よかったら……その……お茶でもどうだ?せっかくだし……。宇都宮には俺から連絡しとくからさ」
高崎さんから宇都宮さんに連絡してくれるならそれに越したことはない。それに、せっかく出会ったのだからいろいろな話を聞いてみたい気持ちも少なからずあったので、了承することにした。
「はい!私でよければぜひ!」
嬉しそうに微笑む彼につられ、私も自然と笑顔になっていた。
そのまま駅構内のカフェに入ると私はイチゴパフェを注文した。どうやら高崎さんはコーヒーを頼むようだ。しばらく他愛もない話をしていると不意に彼が口を開く。
「あのさ……東雲って宇都宮と仲良いのか?」
唐突な質問に面食らったが、特に隠すことでもないので素直に答えることにした。
「そうですね、東北上官の秘書としてまだ至らない私にもいつも良くしていただいています」
それを聞いた高崎さんの表情が一瞬陰ったような気がして首を傾げるが、すぐにいつも通りの表情に戻ったので特に気にせず会話を続ける。
そして再びパフェにスプーンを差し込もうとした時、不意に名前を呼ばれた。顔を上げると真剣な眼差しをした高崎さんと目が合ったので思わず手を止めた。
その言葉の先を待って固まってしまったが、彼は続きを口にせず黙り込んだままだった。
「はい……?」
沈黙に耐えられず思わず聞き返すと彼は慌てたように首を振った。
「い、いや!なんでもない!忘れてくれ!」
そう言って彼はコーヒーを一気に飲み干す。……そしてものすごい勢いで咽せた。
「えぇ!?大丈夫ですか?」
慌てて背中をさすると彼は涙目になりながらもこくこくと首を縦に振った。
「だ、大丈夫……」
どう見ても大丈夫ではない気がするけど、本当に大丈夫なのだろうか。しばらく彼の背中をさすったり、拭くものを渡している間にとりあえずは落ち着いたようだ。
「あの……何か気になることがあるのでしたら遠慮なく聞いてくださいね?」
「いや大丈夫だ!それよりもそのパフェは美味いか?」
私の言葉を遮るように高崎さんが食い気味に尋ねてくる。別に何を聞かれても困ることはないのだけれど、本人がいいと言っているのでそれ以上追及するのはやめておくことにした。
「はい!とっても美味しいですよ!」
彼の問いかけに答えてからまた一口パフェを食べ進める。うん、やっぱり苺の酸味とクリームの甘さがよく合っていておいしい。
「あ、そうだ」
高崎さんが何か思い出したように呟いたのでそちらを向くと、彼はポケットから一枚の紙を取り出した。
「これ、俺の連絡先」
渡されたメモ用紙には11桁の数字が書かれていた。……これは一体どういう意味だろう。私が困惑していると彼は慌てて説明し始めた。
「いや、別に変な意味じゃなくて!その……せっかく知り合ったんだし……その……また会いたいなって……」
最後の方は恥ずかしそうに俯いていたが耳まで赤くなっているのが見えたのでそれが本音であることは明白だった。
確かに私もまた会いたい、彼のことをもっと知りたいと思っていた。
「ありがとうございます。ぜひ」
彼は私の言葉にほっとしたような表情を浮かべた。そしてそのまま二人で談笑しながら穏やかな時間を過ごすことができたのだった。
その後、高崎さんはわざわざ見送ってくれるようで、改札口まで着いて来てくれた。別れ際まで律儀に手を振ってくれる高崎さんに私も振り返す。
「またな!」
そう言って笑う彼の笑顔は優しかった。
「ただいま戻りました!」
宇都宮さんがこちらに向かって歩いてくるのが見えたので声をかける。名前を呼びながら駆け寄るとすぐに私に気づいてくれたようだ。
「お帰り。どうだった?高崎は」
「はい、とっても優しい方でした!書類もきちんとお渡ししました」
「それはよかった。ところで……高崎に何もされなかった?」
「へ!?されるわけないじゃないですか!」
宇都宮さんってたまに(いや……わりといつも?)突拍子もないこと言うなぁ……と思いつつ答えると彼はいつもの笑顔を浮かべた。か、感情が読めない。
「あ……でも」
ふと思い出してポツリと呟く。それを聞き逃さなかった宇都宮さんが首を傾げたので慌ててなんでもないと言い直そうとしたが、じっと見つめられたので諦めて続けることにした。
「連絡先を交換しましたよ」
そう言うと宇都宮さんの顔色が一瞬変わったような気がした。どうかしたのかな、と思いつつ彼の顔を覗き込んでみるものの特に変わった様子はない。ただ一つ言えるならとても機嫌が良さそうに見える。理由はよくわからないけれど、宇都宮さんの機嫌がいいのは私としても嬉しいことだ。
「そうかそうか、高崎のやつ案外上手くやってそうだね」
宇都宮さんはそう言って笑った。その言葉の意味と笑顔がどこか意味ありげに見えたのは私の気のせいだろうか。
でもまぁ、高崎さんと仲良くなれてよかったなぁとしみじみ思った1日だった。
東北上官の秘書に任命されたのはつい最近のことだった。ただの平社員にそんな辞令が下るなんて……という気持ちもあったが、やるからには精一杯がんばろうと決心した。
しかし、私はとても重大なことに気づいてしまった。
――そう、何もやることがないのだ。東北上官はとっても優秀なので、私が補佐することなんてないに等しい。
だいたい、宇都宮さんがいるんだから私の出る幕なんてないのである。というわけで、今日も今日とて私は暇を持て余しているのだった。
「あの……宇都宮さん」
「なに?」
「私って、秘書として何をすればいいんでしょう……?」
目の前の大柄な男性、笑顔を浮かべているがなんだか妙に威圧感を感じる人。宇都宮線に恐る恐る尋ねると、一瞬きょとんとして首を傾げ、こともなげに答えた。
「そんなに何かしたい?」
その言葉には色々な意味が込められている気がして、答えに詰まる。
(仕事だから何かはしないとダメなのでは!?というかあなたが居るんだから、別に秘書がいなくても業務は回るんじゃないですか!?)
心の声が漏れ出そうになったが、彼の笑顔からは「何も言うな」という圧を感じたので慌てて口を噤んだ。
無言の時間が続く。だんだん気まずくなってきたが、下手に逃げる方が厄介なことになるというのは上官と宇都宮さんのやりとりを見ていてわかっているのでじっと我慢する。
しばらくして彼が小さく笑ったので、どうやら彼の問いへの回答は沈黙で正解だったようだ。
「まあ、君らしいね。でもそんな気にすることもないと思うよ?うちの上官様は優しいから右も左も分からない君の仕事量をセーブしてるだけだと思うから」
「そう……だといいんですけど」
なんにせよ私にできることは、早く仕事に慣れてちゃんと秘書としての仕事を任せてもらえるようになることだけだ。
頑張らなきゃな、と気合を入れ直していると不意に彼が口を開いた。
「そんな君に一つ仕事を頼みたいんだけど」
……宇都宮さんに頼まれた仕事とは、大宮駅まで行って高崎さんに資料を渡して欲しいという内容だった。
お任せ下さい!と胸を叩くと彼は「そうだね、君はそういう人だよね」と笑った。その笑顔を見ると、内心まで見透かされていそうで少し恥ずかしい。
それくらいならいくらでもできますから、と念を押すように繰り返すと彼は目を細めて頷いた。手元の資料を見ると、どうやら少し急ぎの書類のようだ。
その意図を察して私は思わず笑顔になる。これはつまり、信頼されている証拠だ!と勝手に解釈してやる気に満ち溢れる私だった。
「では行ってきますね!」
そう言って敬礼をすると宇都宮さんは小さく手を振って見送ってくれた。
「そういえば高崎さんに会うの初めてだなー」
宇都宮さんと見た目がそっくりということは知っているので、一目見ればすぐわかるだろうけれど、どんな人なんだろう。
やっぱりこう……なんというか有無を言わさない迫力がある人なのかな、などと勝手にあれこれ妄想しているうちに駅へ辿り着いた。
ホームに降り、辺りを見回して彼を探す。宇都宮さんと同じくらいの背格好ということは相当背が高いはずなのですぐ見つかるだろう。
キョロキョロしながら歩いていると、ホームで泣いている女の子を見かけた。小学校に上がるかどうかくらいの年齢に見える。周りに保護者はいないようだし、泣いている子を放っておくこともできず声をかけた。
「大丈夫?どうしたの?」
彼女の目線に合わせてしゃがんで尋ねると、しばらくしゃくりあげてから途切れ途切れに話し始める
「あのね、ママとはぐれちゃったの」
そう言いながら目元を擦る小さい手。心細いのかよく見ると震えているようだ。流石にこの子をこのままホームに置いておくわけにはいかないので、駅員室まで連れていくことにした。
「歩ける?おんぶしようか?」
「うん……」
素直に私の背中に体を預ける彼女をよしよしとあやしながら、駅員室へ向かうと母親らしき人が駆け寄ってくるのが見えた。
どうやら母親も女の子を探していたようで、無事再会できたことにほっとする。
「本当にありがとうございました!なんとお礼を言っていいやら」
「いえ、無事に再開できてよかったです」
何度も頭を下げるお母さんに首を振りながら返す。
「おねえちゃん、ばいばい!」
女の子はお母さんの手を握り、私に向かって手を振ってくれたので、私も手を振り返して親子を見送った。
「ふぅ、よかったよかった……」
すぐに再開できてよかったな、と胸を撫で下ろしていると不意に背後から声をかけられた。
「あ、あの……!」
振り返るとそこにいたのは、宇都宮さんより少し吊り目で真面目そうな男性だった。彼は緊張した面持ちで私を見つめている。
「えっと……もしかして、あなたが高崎線……ですか?」
私が尋ねると彼は目を泳がせながらもこくりと頷いた。
それにしてもなんだろう、ものすごいガン見されている気がする。なんかしましたかね私、初対面のはずなんですが。
困惑している私に気づいたのか、彼は慌てて視線を逸らすと咳払いをした。
「初めまして、高崎線です。宇都宮のやつにいじめられたりしてませんか?」
「東雲千種です。とんでもないです!宇都宮さんにはとってもお世話になっていますよ」
そう答えると彼は安堵したような表情を浮かべた。なるほど、彼が宇都宮さんが言ってた高崎さんらしい。
「これ、宇都宮さんからです。急ぎの書類らしいのでご確認ください」
そう言って彼に封筒を渡す。
「あ、ああ……ありがとう」
彼はそれを受け取りながら少し戸惑ったような表情を浮かべた。
……あれ、私何か変なこと言ったかな。と一瞬不安になったが、特に心当たりはない。
「あの……どうかしましたか?」
慌てて尋ねると彼は慌てた様子で首を振った。
「え!いや別になんでもねぇ……いや、ないです」
なんだかもごもごと歯切れが悪い。何かを言い淀んでいるようだ。言いたいことがあるのなら遠慮無く言って欲しいのだけれど。
「あの、敬語じゃなくていいんですよ?高崎さんは私より先輩なわけですし」
私の言葉に少し躊躇った様子を見せたあと、彼はこくりと頷いた。
「わ、わかりまし……じゃなくてわかった。じゃあ、その……よろしく」
そう言って手を差し出されたので握り返すと、ぎゅっと力を込められた。にぎにぎと確かめるように握られて少し気恥しい気持ちになるが、まあ握手なんてそんなものだろう。
……ちょっと力が強いような気はするけど。
「では私はこれで失礼しますね」
頼まれた仕事も無事終わったので、そろそろ帰らないと。そう思い会釈しながら告げると高崎さんが驚いたように口を開いた。
「え?もう帰るのか?」
「一応仕事中なので……」
会えてよかったです、また何かあったらよろしくお願いしますと頭を下げ、その場を去ろうとしたのだが高崎さんに腕を掴まれた。
「あ、あのさ!」
振り返ると、彼は何か言いたげに口をぱくぱくさせていたが、やがて意を決したように呟いた。
「よかったら……その……お茶でもどうだ?せっかくだし……。宇都宮には俺から連絡しとくからさ」
高崎さんから宇都宮さんに連絡してくれるならそれに越したことはない。それに、せっかく出会ったのだからいろいろな話を聞いてみたい気持ちも少なからずあったので、了承することにした。
「はい!私でよければぜひ!」
嬉しそうに微笑む彼につられ、私も自然と笑顔になっていた。
そのまま駅構内のカフェに入ると私はイチゴパフェを注文した。どうやら高崎さんはコーヒーを頼むようだ。しばらく他愛もない話をしていると不意に彼が口を開く。
「あのさ……東雲って宇都宮と仲良いのか?」
唐突な質問に面食らったが、特に隠すことでもないので素直に答えることにした。
「そうですね、東北上官の秘書としてまだ至らない私にもいつも良くしていただいています」
それを聞いた高崎さんの表情が一瞬陰ったような気がして首を傾げるが、すぐにいつも通りの表情に戻ったので特に気にせず会話を続ける。
そして再びパフェにスプーンを差し込もうとした時、不意に名前を呼ばれた。顔を上げると真剣な眼差しをした高崎さんと目が合ったので思わず手を止めた。
その言葉の先を待って固まってしまったが、彼は続きを口にせず黙り込んだままだった。
「はい……?」
沈黙に耐えられず思わず聞き返すと彼は慌てたように首を振った。
「い、いや!なんでもない!忘れてくれ!」
そう言って彼はコーヒーを一気に飲み干す。……そしてものすごい勢いで咽せた。
「えぇ!?大丈夫ですか?」
慌てて背中をさすると彼は涙目になりながらもこくこくと首を縦に振った。
「だ、大丈夫……」
どう見ても大丈夫ではない気がするけど、本当に大丈夫なのだろうか。しばらく彼の背中をさすったり、拭くものを渡している間にとりあえずは落ち着いたようだ。
「あの……何か気になることがあるのでしたら遠慮なく聞いてくださいね?」
「いや大丈夫だ!それよりもそのパフェは美味いか?」
私の言葉を遮るように高崎さんが食い気味に尋ねてくる。別に何を聞かれても困ることはないのだけれど、本人がいいと言っているのでそれ以上追及するのはやめておくことにした。
「はい!とっても美味しいですよ!」
彼の問いかけに答えてからまた一口パフェを食べ進める。うん、やっぱり苺の酸味とクリームの甘さがよく合っていておいしい。
「あ、そうだ」
高崎さんが何か思い出したように呟いたのでそちらを向くと、彼はポケットから一枚の紙を取り出した。
「これ、俺の連絡先」
渡されたメモ用紙には11桁の数字が書かれていた。……これは一体どういう意味だろう。私が困惑していると彼は慌てて説明し始めた。
「いや、別に変な意味じゃなくて!その……せっかく知り合ったんだし……その……また会いたいなって……」
最後の方は恥ずかしそうに俯いていたが耳まで赤くなっているのが見えたのでそれが本音であることは明白だった。
確かに私もまた会いたい、彼のことをもっと知りたいと思っていた。
「ありがとうございます。ぜひ」
彼は私の言葉にほっとしたような表情を浮かべた。そしてそのまま二人で談笑しながら穏やかな時間を過ごすことができたのだった。
その後、高崎さんはわざわざ見送ってくれるようで、改札口まで着いて来てくれた。別れ際まで律儀に手を振ってくれる高崎さんに私も振り返す。
「またな!」
そう言って笑う彼の笑顔は優しかった。
「ただいま戻りました!」
宇都宮さんがこちらに向かって歩いてくるのが見えたので声をかける。名前を呼びながら駆け寄るとすぐに私に気づいてくれたようだ。
「お帰り。どうだった?高崎は」
「はい、とっても優しい方でした!書類もきちんとお渡ししました」
「それはよかった。ところで……高崎に何もされなかった?」
「へ!?されるわけないじゃないですか!」
宇都宮さんってたまに(いや……わりといつも?)突拍子もないこと言うなぁ……と思いつつ答えると彼はいつもの笑顔を浮かべた。か、感情が読めない。
「あ……でも」
ふと思い出してポツリと呟く。それを聞き逃さなかった宇都宮さんが首を傾げたので慌ててなんでもないと言い直そうとしたが、じっと見つめられたので諦めて続けることにした。
「連絡先を交換しましたよ」
そう言うと宇都宮さんの顔色が一瞬変わったような気がした。どうかしたのかな、と思いつつ彼の顔を覗き込んでみるものの特に変わった様子はない。ただ一つ言えるならとても機嫌が良さそうに見える。理由はよくわからないけれど、宇都宮さんの機嫌がいいのは私としても嬉しいことだ。
「そうかそうか、高崎のやつ案外上手くやってそうだね」
宇都宮さんはそう言って笑った。その言葉の意味と笑顔がどこか意味ありげに見えたのは私の気のせいだろうか。
でもまぁ、高崎さんと仲良くなれてよかったなぁとしみじみ思った1日だった。