ライドカメンズ
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『絵の具がいくつか足りなくなった』
簡潔な文の後、聞いたこともないような色の名前がメッセージにずらっと並ぶ。
神威さんがこうやって私にメッセージを送ってくるときは、たいてい何かしら頼み事をしてくる時である。しかもだいたい厄介なやつ。
「はぁ……」
ため息を吐きながら、画材の買い出しに出かける準備をする。やれやれ、神威さんってば人のことを便利屋か何かだと思っているのかな?
……いや、エージェントはある意味便利屋かもなぁ。なんてことを頭の片隅で思いつつ足早にいつものお店へと向かうのだった。
画材屋への道のりもすっかり覚えてしまった。もはや目を瞑っても辿り着けるレベルかもしれない。
そして色とりどりの店内に入るなり、真っ直ぐ絵の具が陳列された場所へと向かう。どこに何があるかもバッチリわかってしまう自分が嬉しいやら悲しいやら。
「えっと……あった、これとこれ。あとこれも……」
ライダーフォンと睨めっこしながら、指定された絵の具を選んでいく。……この絵の具とこの絵の具、どう見ても同じ色にしか見えないんだけど……なんて内心愚痴をこぼしながらも頼まれたものを次々とカゴに入れる。
無心で絵の具を探している時、ふと神威さんが黒に分類される色は300以上あるという話をしていたことを思い出した。わからないと答えたら、次会った時に延々と色の違いの話をされてめんどくさ……いや、大変有意義なお話でした。
「ふう。さてと、さっさと届けないと神威さん機嫌悪くなるもんなー」
色々と思い出して少し遠い目になりつつも、頼まれたものは全て見つけたので手早く会計を済ませて、紙袋を大事に抱える。
催促される前に早く渡してしまおうと、彼らが住む工業地区の廃ホテルへとそのまま足を運んだ。
「こんにちはー、神威さん。絵の具届けに来ましたよー」
そう伝えてフロアに足を踏み入れるも、いるはずの彼の姿が見当たらず、代わりに荒鬼くんがいた。
「あれ、荒鬼くんだけ?神威さんは?」
「知らねェよナルシスト野郎のことなんか」
興味なさそうに吐き捨てると、荒鬼くんは大きく伸びをした。
うーん、神威さんのことだから新しいインスピレーションを求めてどこかに出かけてるのかな。だとしたらいつ帰ってくるのかわからないし、買ったものはとりあえずわかりやすいところに置いておこう。
荒鬼くんの邪魔にならない場所に荷物を置くと、突然頬に冷たい感覚を覚えた。
「……ひゃあ!?」
慌てて振り向く。頰に感じる冷たさの正体は……缶ジュースのようだ。
「バイトの差し入れでもらったやつ、やる」
「ありがと荒鬼くん」
彼の髪と同じ赤い色の缶ジュースを受け取る。受け取った缶のプルタブに親指をひっかけ……あ、開かない。プルタブが固くて開かない。
しばらくプルタブと格闘していると、見兼ねた荒鬼くんが私から缶ジュースを取り上げあっさりとプルタブを開けてしまった。
「ほら」
「あ、ありがと」
慌ててお礼を言ってから受け取ったジュースを飲む。炭酸が口の中に広がった。甘い炭酸の味が体に染み渡る。シュワシュワしてて美味しい。
「それにしてもナルシスト野郎のパシリか。お前も大変だな」
ジュースを飲んでいると、おもむろに荒鬼くんが話しかけてきた。いやいやパシリって。まあ実際その通りですけども。
「うーん、まあでも神威さんの絵結構好きだから」
それに人間としては少々……いやかなり破天荒な所があれど、面白い人ではあるとは思うし、ちゃんとやることをやれば褒めてくれるし。神威さんに関しての感想をそう述べると荒鬼くんはうわぁみたいな顔した。
「お前……趣味悪いな」
ドン引きされている気がする。言い返そうと思ったけど、自分でもちょっと納得してしまったのでやめた。いや、でもいい人なんだよ?ほんとだよ?そう弁解するけども、彼はさらにドン引きした顔をした。
「……なんだ。お前がいいんならいいんじゃねェの?」
そう言って彼は視線を逸らした。彼なりに納得しようとしてくれているらしい。もしくは諦められたか。どちらにせよ気を遣わせてしまったような気がする。
「うん、そうだよ。これは私がやりたいからやってることだしね。心配してくれてありがとう」
「別にそんなんじゃねェよ!ったく、お前マジでお人好しだな!」
照れ隠しなのか慌てた様子で手をパタパタさせる彼がなんだか面白くて思わず吹き出してしまった。それを見た彼もつられるように笑う。
2人でひとしきり笑った後、不意に玄関のドアが開く音がし、こちらに向かってくる足音が聞こえた。そして姿を見せたのは……待ち人である神威さんだった。
彼は私と目が合うと一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「……来てたのか?」
そう言いながら私の近くに寄ってくる神威さんを見て、荒鬼くんがすかさず口を挟む。
「来たも何も、お前がクロに頼んだんだろ。パシらせやがってよぉ」
荒鬼くんにそう指摘されても、彼は特に悪びれもせずに平然と答える。
「俺の創作の糧となるのだから有り難く思え」
その返答を聞いて荒鬼くんはチッと小さく舌打ちをし、呆れた様子で出口へ歩いていこうとする。
「あれ?どこか行くの?」
「ナルシスト野郎といるとロクなことねェからな、じゃあなクロ」
ひらひらと手を振りながら出て行く荒鬼くんを見送った。えーと……とりあえず神威さんに絵の具を渡そう。
「頼まれてたものはそこに置いておきましたから」
「ああ、ご苦労だったな」
袋の中の絵の具をざっと確認した神威さんは満足そうに言った。ご満足いただけたならなによりだ。
「じゃあ私もこの辺で」
頼まれた仕事も片付いたし、彼のことだから早速買った絵の具を使って絵を描くのだろう。邪魔するのも良くないしさっさと退散しようかな。そう思い踵を返したところで腕を掴まれる。いきなりのことだったので少しよろけそうになった。
文句のひとつでも言ってやろうと振り返ると、神威さんは思いの外真剣な表情でこちらを見ていたので面食らう。
何を言うのかと思いきや何も喋らない。無言の時間が続く。沈黙に耐えかねて声をかけようとするもそれより先に彼が口を開いた。
「お前はあの筋肉バカとはよく話すのか?」
急に何を言い出すのだろう。まぁよく市場に行くし、おすすめのお肉を教えてもらったりとかはしているけれども……なんて思いながら答える。
神威さんは、そうかと言いながら顎に手を当てた。その様子はまるで自分の中の何かを思案しているようにも見える。何か気に障るようなことでも言ってしまったのだろうか。不安になっていると、神威さんがずいっと顔を近づけてきた。
なんか前にもこんなことあったような……と思っているうちに顔がどんどん近づいてきたので慌てて後退りする。
「だから!他人の瞳に映った自分を見るのはいいですけど、いきなり近づかれたら驚くって言ってるでしょう!」
抗議するように叫ぶと、神威さんはきょとんとした顔で首を傾げた。ゔっ、その顔に弱いんだよなぁ……。とはいえここで怯んでいる場合ではないのでグッと堪える。
「今のは別にお前の瞳に映った俺を見ていたわけではないが」
わたわたしている私を尻目に、彼は至って普通という感じで話を続ける。そういう問題じゃないんですよ神威さん。心の中でツッコミを入れつつジト目で睨むも、意に介した様子もなくフッと笑うだけだ。
本当に自由すぎるというかなんというか……はあ、もういいや。これ以上追及しても無駄だということは経験上よくわかっている。
「じゃあなんなんですか一体」
訝しげな眼差しを向けると、神威さんはさも当然のように言い放つ。
「いや何、お前が筋肉バカと親しげに話しているのを見て、どうにも胸がざわついたんだが」
さらりと言われた言葉に一瞬思考が止まる。え、今なんて言いましたこの人。
動揺を隠しきれずにいる私を他所に、神威さんは淡々と語り続ける。曰く、自分と荒鬼くんが仲良く喋っている姿を見て面白くないと感じたのだと。
まさかとは思うがこの人に限ってそんなことはあり得ないだろうと思いつつ一応確認してみることにする。
「それってつまり……ヤキモチってやつだったり?」
恐る恐る尋ねると、神威さんは首を傾げ考え込んでしまった。
いやそこは肯定なり否定なりしてもらわないと反応に困るんですけど!?なんてことを考えながら固唾を呑んで見守っていると、ようやく答えが出たのかゆっくりと口を開く。どうやら考える時間が長かっただけで返事は用意していたらしい。
「何故あのバカに嫉妬しなければならないのだ」
真顔で返された言葉に、あーはいそうですよねという感想しか出てこなかった。この人が他人に嫉妬するなんて天地がひっくり返ってもありえないだろう。そもそも神威さんにとって自分はただの使い走りくらいの存在だろうし、ましてや異性として意識されてるとは思えない。
「まぁそうですよね、すいません忘れてください」
これ以上考えるのも無駄な気がしてきた。とりあえず適当に謝ってさっさと帰ろう。しかしまたしても腕を掴まれてしまう。
「もー!今度は何ですか?」
いい加減キレてもいいのではないかと思い始めた頃、神威さんは至極真面目な顔でとんでもないことを言い出した。
「もう少しこのままでいいだろうか」
「へぁ!?」
予想だにしない発言すぎて変な声が出た。そんな私を他所に、彼はは掴んでいた腕を引き寄せ、もう片方の手で腰を抱く。所謂バックハグ状態になってしまった。
近い近い近い近い近い!!!!混乱のあまり頭の中では意味のない言葉がぐるぐると渦巻いている状態だ。こちらからは神威さんの表情は見えないが、心なしか嬉しそうな雰囲気がする。いやなんで嬉しそうなんですか貴方!
「ちょちょちょちょっと待ってください!?一体何をしてるんですか!?」
「お前を抱き締めているのだが」
「そういうことじゃないんですが!?」
じたばた暴れてみるも全くびくともしない。くそう、力の差が圧倒的すぎる……!そんな状態の私に構わず神威さんは話を続けた。
「ふむ、なかなか悪くないものだな」
何が!?ねぇ、どういう感情!?最早パニックを通り越して悟りを開きかけている私のことなどお構いなしとばかりに、神威さんはひとり何かを納得していた。いやお願いだから説明して。
おおよそ1分くらい抱きしめられた後満足したらしくようやく解放してくれた。……体感時間は1時間くらいだったけど。
「やっと解放された……」
疲れ切った私とは対照的に、神威さんは大変ご機嫌なようだ。
「ふむ、気分がいい。礼を言うぞ、クロ」
「いやいやそうじゃなくて……」
聞きたいのはそこじゃなくてですね?なぜあんなことになったのか説明して欲しいんですよこっちは。それなのに当の本人ときたら一人で満足げに頷いているものだから余計に意味がわからない。
彼はというと「よし、新たな作品のイメージが湧いた」とだけ言い残しさっさとキャンバスの前へ行ってしまった。
……なんだったんだ今のは。冷静になるにつれて今更顔が赤くなる。さっきまではなんともなかったのにどうしてこうなった?神威さんが何を考えているのか全然理解できないんですけど!?いつものことだけど!
いやむしろなんで今更こんなにドキドキしてるの私!?
自問自答しても結局答えなんて出るわけもなく、この日以来神威さんと顔を合わせる度にまともに目も合わせられなくなるのだがそれはまた別のお話である。
簡潔な文の後、聞いたこともないような色の名前がメッセージにずらっと並ぶ。
神威さんがこうやって私にメッセージを送ってくるときは、たいてい何かしら頼み事をしてくる時である。しかもだいたい厄介なやつ。
「はぁ……」
ため息を吐きながら、画材の買い出しに出かける準備をする。やれやれ、神威さんってば人のことを便利屋か何かだと思っているのかな?
……いや、エージェントはある意味便利屋かもなぁ。なんてことを頭の片隅で思いつつ足早にいつものお店へと向かうのだった。
画材屋への道のりもすっかり覚えてしまった。もはや目を瞑っても辿り着けるレベルかもしれない。
そして色とりどりの店内に入るなり、真っ直ぐ絵の具が陳列された場所へと向かう。どこに何があるかもバッチリわかってしまう自分が嬉しいやら悲しいやら。
「えっと……あった、これとこれ。あとこれも……」
ライダーフォンと睨めっこしながら、指定された絵の具を選んでいく。……この絵の具とこの絵の具、どう見ても同じ色にしか見えないんだけど……なんて内心愚痴をこぼしながらも頼まれたものを次々とカゴに入れる。
無心で絵の具を探している時、ふと神威さんが黒に分類される色は300以上あるという話をしていたことを思い出した。わからないと答えたら、次会った時に延々と色の違いの話をされてめんどくさ……いや、大変有意義なお話でした。
「ふう。さてと、さっさと届けないと神威さん機嫌悪くなるもんなー」
色々と思い出して少し遠い目になりつつも、頼まれたものは全て見つけたので手早く会計を済ませて、紙袋を大事に抱える。
催促される前に早く渡してしまおうと、彼らが住む工業地区の廃ホテルへとそのまま足を運んだ。
「こんにちはー、神威さん。絵の具届けに来ましたよー」
そう伝えてフロアに足を踏み入れるも、いるはずの彼の姿が見当たらず、代わりに荒鬼くんがいた。
「あれ、荒鬼くんだけ?神威さんは?」
「知らねェよナルシスト野郎のことなんか」
興味なさそうに吐き捨てると、荒鬼くんは大きく伸びをした。
うーん、神威さんのことだから新しいインスピレーションを求めてどこかに出かけてるのかな。だとしたらいつ帰ってくるのかわからないし、買ったものはとりあえずわかりやすいところに置いておこう。
荒鬼くんの邪魔にならない場所に荷物を置くと、突然頬に冷たい感覚を覚えた。
「……ひゃあ!?」
慌てて振り向く。頰に感じる冷たさの正体は……缶ジュースのようだ。
「バイトの差し入れでもらったやつ、やる」
「ありがと荒鬼くん」
彼の髪と同じ赤い色の缶ジュースを受け取る。受け取った缶のプルタブに親指をひっかけ……あ、開かない。プルタブが固くて開かない。
しばらくプルタブと格闘していると、見兼ねた荒鬼くんが私から缶ジュースを取り上げあっさりとプルタブを開けてしまった。
「ほら」
「あ、ありがと」
慌ててお礼を言ってから受け取ったジュースを飲む。炭酸が口の中に広がった。甘い炭酸の味が体に染み渡る。シュワシュワしてて美味しい。
「それにしてもナルシスト野郎のパシリか。お前も大変だな」
ジュースを飲んでいると、おもむろに荒鬼くんが話しかけてきた。いやいやパシリって。まあ実際その通りですけども。
「うーん、まあでも神威さんの絵結構好きだから」
それに人間としては少々……いやかなり破天荒な所があれど、面白い人ではあるとは思うし、ちゃんとやることをやれば褒めてくれるし。神威さんに関しての感想をそう述べると荒鬼くんはうわぁみたいな顔した。
「お前……趣味悪いな」
ドン引きされている気がする。言い返そうと思ったけど、自分でもちょっと納得してしまったのでやめた。いや、でもいい人なんだよ?ほんとだよ?そう弁解するけども、彼はさらにドン引きした顔をした。
「……なんだ。お前がいいんならいいんじゃねェの?」
そう言って彼は視線を逸らした。彼なりに納得しようとしてくれているらしい。もしくは諦められたか。どちらにせよ気を遣わせてしまったような気がする。
「うん、そうだよ。これは私がやりたいからやってることだしね。心配してくれてありがとう」
「別にそんなんじゃねェよ!ったく、お前マジでお人好しだな!」
照れ隠しなのか慌てた様子で手をパタパタさせる彼がなんだか面白くて思わず吹き出してしまった。それを見た彼もつられるように笑う。
2人でひとしきり笑った後、不意に玄関のドアが開く音がし、こちらに向かってくる足音が聞こえた。そして姿を見せたのは……待ち人である神威さんだった。
彼は私と目が合うと一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「……来てたのか?」
そう言いながら私の近くに寄ってくる神威さんを見て、荒鬼くんがすかさず口を挟む。
「来たも何も、お前がクロに頼んだんだろ。パシらせやがってよぉ」
荒鬼くんにそう指摘されても、彼は特に悪びれもせずに平然と答える。
「俺の創作の糧となるのだから有り難く思え」
その返答を聞いて荒鬼くんはチッと小さく舌打ちをし、呆れた様子で出口へ歩いていこうとする。
「あれ?どこか行くの?」
「ナルシスト野郎といるとロクなことねェからな、じゃあなクロ」
ひらひらと手を振りながら出て行く荒鬼くんを見送った。えーと……とりあえず神威さんに絵の具を渡そう。
「頼まれてたものはそこに置いておきましたから」
「ああ、ご苦労だったな」
袋の中の絵の具をざっと確認した神威さんは満足そうに言った。ご満足いただけたならなによりだ。
「じゃあ私もこの辺で」
頼まれた仕事も片付いたし、彼のことだから早速買った絵の具を使って絵を描くのだろう。邪魔するのも良くないしさっさと退散しようかな。そう思い踵を返したところで腕を掴まれる。いきなりのことだったので少しよろけそうになった。
文句のひとつでも言ってやろうと振り返ると、神威さんは思いの外真剣な表情でこちらを見ていたので面食らう。
何を言うのかと思いきや何も喋らない。無言の時間が続く。沈黙に耐えかねて声をかけようとするもそれより先に彼が口を開いた。
「お前はあの筋肉バカとはよく話すのか?」
急に何を言い出すのだろう。まぁよく市場に行くし、おすすめのお肉を教えてもらったりとかはしているけれども……なんて思いながら答える。
神威さんは、そうかと言いながら顎に手を当てた。その様子はまるで自分の中の何かを思案しているようにも見える。何か気に障るようなことでも言ってしまったのだろうか。不安になっていると、神威さんがずいっと顔を近づけてきた。
なんか前にもこんなことあったような……と思っているうちに顔がどんどん近づいてきたので慌てて後退りする。
「だから!他人の瞳に映った自分を見るのはいいですけど、いきなり近づかれたら驚くって言ってるでしょう!」
抗議するように叫ぶと、神威さんはきょとんとした顔で首を傾げた。ゔっ、その顔に弱いんだよなぁ……。とはいえここで怯んでいる場合ではないのでグッと堪える。
「今のは別にお前の瞳に映った俺を見ていたわけではないが」
わたわたしている私を尻目に、彼は至って普通という感じで話を続ける。そういう問題じゃないんですよ神威さん。心の中でツッコミを入れつつジト目で睨むも、意に介した様子もなくフッと笑うだけだ。
本当に自由すぎるというかなんというか……はあ、もういいや。これ以上追及しても無駄だということは経験上よくわかっている。
「じゃあなんなんですか一体」
訝しげな眼差しを向けると、神威さんはさも当然のように言い放つ。
「いや何、お前が筋肉バカと親しげに話しているのを見て、どうにも胸がざわついたんだが」
さらりと言われた言葉に一瞬思考が止まる。え、今なんて言いましたこの人。
動揺を隠しきれずにいる私を他所に、神威さんは淡々と語り続ける。曰く、自分と荒鬼くんが仲良く喋っている姿を見て面白くないと感じたのだと。
まさかとは思うがこの人に限ってそんなことはあり得ないだろうと思いつつ一応確認してみることにする。
「それってつまり……ヤキモチってやつだったり?」
恐る恐る尋ねると、神威さんは首を傾げ考え込んでしまった。
いやそこは肯定なり否定なりしてもらわないと反応に困るんですけど!?なんてことを考えながら固唾を呑んで見守っていると、ようやく答えが出たのかゆっくりと口を開く。どうやら考える時間が長かっただけで返事は用意していたらしい。
「何故あのバカに嫉妬しなければならないのだ」
真顔で返された言葉に、あーはいそうですよねという感想しか出てこなかった。この人が他人に嫉妬するなんて天地がひっくり返ってもありえないだろう。そもそも神威さんにとって自分はただの使い走りくらいの存在だろうし、ましてや異性として意識されてるとは思えない。
「まぁそうですよね、すいません忘れてください」
これ以上考えるのも無駄な気がしてきた。とりあえず適当に謝ってさっさと帰ろう。しかしまたしても腕を掴まれてしまう。
「もー!今度は何ですか?」
いい加減キレてもいいのではないかと思い始めた頃、神威さんは至極真面目な顔でとんでもないことを言い出した。
「もう少しこのままでいいだろうか」
「へぁ!?」
予想だにしない発言すぎて変な声が出た。そんな私を他所に、彼はは掴んでいた腕を引き寄せ、もう片方の手で腰を抱く。所謂バックハグ状態になってしまった。
近い近い近い近い近い!!!!混乱のあまり頭の中では意味のない言葉がぐるぐると渦巻いている状態だ。こちらからは神威さんの表情は見えないが、心なしか嬉しそうな雰囲気がする。いやなんで嬉しそうなんですか貴方!
「ちょちょちょちょっと待ってください!?一体何をしてるんですか!?」
「お前を抱き締めているのだが」
「そういうことじゃないんですが!?」
じたばた暴れてみるも全くびくともしない。くそう、力の差が圧倒的すぎる……!そんな状態の私に構わず神威さんは話を続けた。
「ふむ、なかなか悪くないものだな」
何が!?ねぇ、どういう感情!?最早パニックを通り越して悟りを開きかけている私のことなどお構いなしとばかりに、神威さんはひとり何かを納得していた。いやお願いだから説明して。
おおよそ1分くらい抱きしめられた後満足したらしくようやく解放してくれた。……体感時間は1時間くらいだったけど。
「やっと解放された……」
疲れ切った私とは対照的に、神威さんは大変ご機嫌なようだ。
「ふむ、気分がいい。礼を言うぞ、クロ」
「いやいやそうじゃなくて……」
聞きたいのはそこじゃなくてですね?なぜあんなことになったのか説明して欲しいんですよこっちは。それなのに当の本人ときたら一人で満足げに頷いているものだから余計に意味がわからない。
彼はというと「よし、新たな作品のイメージが湧いた」とだけ言い残しさっさとキャンバスの前へ行ってしまった。
……なんだったんだ今のは。冷静になるにつれて今更顔が赤くなる。さっきまではなんともなかったのにどうしてこうなった?神威さんが何を考えているのか全然理解できないんですけど!?いつものことだけど!
いやむしろなんで今更こんなにドキドキしてるの私!?
自問自答しても結局答えなんて出るわけもなく、この日以来神威さんと顔を合わせる度にまともに目も合わせられなくなるのだがそれはまた別のお話である。