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勝負の日ー短編ー
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私には憧れてる人がいる
恋愛的になのか人間的になのか今はまだわからない
だって喋ったこともない
当たり前だが、相手は私の事なんて知らないと思う
私の働く小さなラーメン屋
その店の窓の外にたまに横切るあの人が見れる
たったそれだけ
遠い遠い存在
アイドルに憧れるよりも遠い存在
もしかしたらまともに正面から見たこともないのかも
なぜそんな人に憧れたのか
そんなこと言葉で説明なんてできない
たまたま暇で自動ドアの外をぼーっと眺めていただけだった
向かい風にジャケットをたなびかせ、大股であっという間に横切って行ったあの人に何故か釘付けになったんだ
普通の人ではない
だってたなびいたジャケットの下は裸だったし立派な彫り物も見えたから
だから余計に私には遠い存在だと感じたんだ
仕事は毎日つまらなかったのにその日から楽しみになった
単純だけど人間なんてそんなもん
よく来るお客さんに「最近ニコニコしてなんかいい事でもあった?」
なんて聞かれると別に何も現実は変わってないのにニヤけそうになる
「なーんも無いですよ、ホント全く」
そう、現実はドラマや漫画のようにはいかないのだ
アレからずーっと私はあの人を見ているだけ
こんなラーメン屋に入ってくるわけもなく、この町を歩いてみてもバッタリ会うなんてこともなく
それでも、何もなかった毎日よりも色付いた日々に気が付いていた
私もあんなふうになりたい…
ずっと周りから浮かないように生きて、空気読んで、嫌われないように生きて
一体それが何を生んだんだろう
つまらないつまらないと愚痴を吐くことでまるで全て周りのせいだとでも言うように
ただ真っ直ぐに前を向いて向かい風に向かって歩くあの人を見ただけで私の心が動かされた
自分から動かなきゃ何も始まらないし終わらない
時間は確実に進んでる
それから私はラーメン屋を辞めて同じ町の喫茶店で働いた
少しは身なりに気を使い積極的に人に話しかけるようにした
同僚やお客さんにも私は元々明るい子だと思われてた
喫茶店に務め始めて3カ月
ドアの開く音
「いらっしゃいませ」
ラーメン屋の時では考えられない程の笑顔で振り返ると
「親父、あそこでいいですか?」
「あ〜、外見えるほうがええな」
「すいません、窓際良いですか?」
指を指していた席はさっき帰った客のドリンクがまだ片付けられていなかった
「あ、すいません!今片付けます」
私はもうドキドキだった
そこには憧れていたあの人がいたから
怖い…私なんかが行っても良いのか
わけのわからない感情の中、片付けをするためにトレーとダスターを持って席に行く
ドカっと座った3人さんは「スマンね〜」とか「ありがとうございます」とか言ってた気がする
あの人は何も言わなかったと思う
片付けテーブルを拭くと
「姉ちゃん、コーヒー3つや」
始めて話しかけられた!
と言っても注文されただけだけど天にも昇る気持ちだった
「はい!かしこまりました!」
ちょっとテンションおかしくて元気すぎる返事をしてしまった
「あれ?最近入った子?」
横に座る普通っぽい人に聞かれる
「えっと、3カ月になります」
「へぇ~たまたま会わなかっただけかね」
「あ…そうですかね、ヘヘ…」
その会話にあの人は聞いてるのか聞いてないのかわからない顔をしていたけどあんまり見るのも変だなと思ってサッサとその場を離れた
「お待たせしました」
震えそうな手をなんとか抑え親父と呼ばれていたその人からコーヒーを置いていく
多分…親父って事は目上なんだよな…
「おおきに」
目が合った
背がそんなに大きくない私は、背の大きなその人と目線がそんなには変わらない
ギュっと胸が締め付けられた
片方しか見えない瞳がとってもキレイだった
他の二人にも配膳して「ごゆっくりどうぞ」
と言うのが精一杯でキチンと言えてたのかどうかもわからない
他の卓を片付けたり配膳したりしながら
この同じ空間にあの人がいると言うことが信じられない気持ちとやっぱり遠い存在だなと思い知った気持ちがゴチャゴチャで
だけどまた一つ私の中で新しい扉が開く音も聞こえた
「ごちそーさん」
普通っぽい人がレジに向かいその時はたまたまレジにいた他の子が会計をしていた
あ、チクショウ
と少し思った
テーブルを片付けようとあの人とすれ違う時に「ありがとうございました」
とせめて笑顔で!と頑張ったんだ
「ごっそさん、美味いコーヒーやったで」
そう言ってニヤリと笑ったあの人が
「せや!姉ちゃんあそこのラーメン屋に居った子やろ?」
私の心臓が破裂したんじゃないかと思うほど飛び跳ねた
「え…あ、はい」
「せやろ〜ここ何年か入った事なかったんやけどな〜」
「え…」
「ほな、また来るわ〜」
なんと、また一つ扉が開く音が聞こえた
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