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囚われたのは…
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バブル真っ盛りのギラギラした蒼天堀で
私は至って地味に生きてた
バブルなんて全く感じてない
周りが騒がしくて鬱陶しい
ここを歩くのもあまり好きでは無い
ネオンが苦手だ
滲んで見えて視界にいっぱい広がっていく
泣いているわけがない
だってそんな感情はもうどこかに行ってしまったし
それでも虚勢を張って胸を開いて前を見て歩いて行く
どんなに、どんなに泣き叫びたい程のことがあろうとももう私の目から涙のようなものは流れるわけがない
ポツポツと、鼻に冷たいものが当たる
『雨…』
生憎、雨具は持っていなかった
濡れると気持ち悪いな…
コンビニで傘を買おうか…
でも、また玄関に無用な傘が増えちゃう
何時でも綺麗に去れるように、物はあまり持ちたくない
『ま、いっか』
少し早足で人混みを縫いながら一際煌びやかな眩しいネオンを放つそこの前で立ち止まる
雨が強く肩に打ち付ける音が耳に届くと
なんだか情けなさが込み上げてきた
なんだか分からない感情が、胸の奥からせり上がってくる
視線を前に戻して
濡れることも忘れたかのようにゆっくりと歩く
ふと、腕を掴まれた衝撃で後ろに倒れそうになった
「久美ちゃん?やないか」
ドキリと心臓が一つ大きく跳ねた
ゆっくり振り向くと
忘れられずにまだ頭の中にクッキリと残っていたその人だった
『支配人…』
やっぱりここの前を通ったのは間違いだったな
「どないしたん?ずぶ濡れやで」
『あ…傘、持ってなくて』
「風邪ひいてまうで?」
『大丈夫ですよ、それくらい』
「ええから、事務所寄ってき?タオルくらいあるで?」
『本当に、大丈夫です』
掴まれた腕は、まだ離して貰えない
『支配人こそ、濡れちゃいますよ』
「せやな、じゃ早う来てくれや」
グッとさらに腕を引かれて引き摺られるように
煌びやかなネオンのそこへ吸い込まれてしまう
中に入れば懐かしい酒の匂いと音楽
今の自分には眩しすぎる照明
あの時の自分はこの中で輝いていたのかな…
事務所の扉をくぐれば
煙草の匂いと少し煙った空気
ここも懐かしく思うほどまだ時間は流れていない
「ほれ」
タオルを投げてくるのは、ここグランドの支配人
『ありがとうございます』
ポンポンと髪の毛と身体の水気を拭く
この後はどうすればいいんだろう
立ち尽くしてると
「辞めてからどないしてる?もう他の仕事しとるんか?」
支配人は、ソファにドサッと腰掛けて煙草に火をつける
その仕草もまぶたの裏で完璧に思い出せるほどだ
『はい、今は昼間の仕事ですけど』
「んなら、仕事帰りか」
『はい』
「コーヒー、飲むか?」
『あ、いえそんな』
「遠慮せんでもええで?一緒に働いた仲間やろ」
仲間…か
「雨で身体冷えたやろ?温まっていけばええ」
『でも、お店忙しそうですよね、ご迷惑かけて…』
「あ〜謝るのはナシやで」
え…
「久美ちゃん、いつもそうやったなぁ〜」
なに?
「気ぃ使いなんか?」
「そんなん疲れるやろ」
「もっと思ったこと言えばええのに」
「いつかは慣れて言ってくれるようになるかと思うとったんやけどな〜」
そんな事を言いながら、お湯を注いだインスタントコーヒーをソファの前のテーブルに置く
「ほれ、座り」
『ありがとうございます』
隣に感じる支配人の存在感
大きな手も、広い背中も、長い脚も
感じる
身体の奥でまた説明のつかない感情が胸の方から口元まで上がってくる
「久美辞めてしもうてお客さんも寂しがっとったで」
『そうなんですか…』
「なかなかの人気やったもんな〜」
『いえ、そんな全然』
「久美ちゃんの常連さんはな、みんな気のええ人が多かったわな」
『私も…楽しかったです、ここで働けて』
支配人が驚いたような顔で振り向いた
え?なんか変なこと言っちゃったかな
「そっか〜!楽しかったんか!」
『はい』
「そら良かったわ」
優しい顔で微笑む
はぁ…ズルい
「せや!この後なんか用事あるん?」
『え?』
「せっかく会えたんや、飯でも…酒でもええけど付き合ってくれや」
『そ、そんな…あの』
「なんや、なんか用事あるんか」
どうしよう
どうしよう
心の中の私は今歓喜してる
こんなチャンスもう二度とこない
だけど、表の私は…
『あ…明日も仕事なので…』
「…」
「せやな…せやったわ、昼の仕事やもんな」
あ…苦しい
胸が苦しい…
心と違う言葉を出すといつもそこが苦しくて痛くて
思わず下を向いた
「とりあえず、もう少し乾くまで居ってな」
『すいません…』
「風邪ひいてまうからな」
と言った支配人は
何故か私の少し湿った髪をかきあげて
頬を手の甲で撫でた
ビクッとして驚いて支配人の顔を見てしまった…
私の目を、眼の奥を除くようなその右目が
逸らされずに胸につかえたままの言葉を引っ張り出そうとする
『あ…』
「なんで…泣いとるん?」
自分でも気づかないくらい一瞬で涙が湧いてきた
もう…
言ってしまおうか
ここで撃沈しても
もう会わないと思うし
「久美ちゃん、泣かんといてや」
とてつもなく優しい声と
温かい指が涙を拭っていった
『私…』
「…」
言ってしまおう
言うんだ
全て
『好きでした』
言ってしまって顔も見れずまた俯く
支配人は、黙ったまま右手で私の頬を包んで親指で軽く撫でている
熱くなるそこが少しの後悔を感じてる
「久美ちゃん、こっち向いてや」
フルフルッと首を振る
見れない
「店の子ぉには、手ぇ出せんやん」
あ、やっぱり
「店の子、にはやで?」
『…』
右手にグッと力を入れて、支配人の方を向かされる
顔を見たらまた頬を涙が伝う
「ホンマは、手ぇ出したかったんやけどな〜あん時から」
『え…』
「覚えとるかな…」
まさか
「久美ちゃんが、初めての客に仰山飲まされたことあったやろ?俺がその日店に来るの遅なって、来た時にはフラフラになっとって」
あ…
「キャストにあんまり飲ませるなっていつも店長にも言うとるのに、ベロベロにされて客にそのまま連れてかれそうになっとったやん」
「覚えとるか?」
『…はい』
「んで、ここで…このソファで休ませて」
「久美ちゃん、寝てしまいよってな〜そん時、俺の事呼んだんや」
『ハッ!』
「寝言…やったんやと思うけどな、起きたんかと思うてそばに行ったんや」
「そしたら、なんやわからんけど…キスしてもうた」
…あ
「そしたらな、その次の日から気になって気になって仕方ないんやな」
『そ、そんな…』
「辞める言うた時、止めなかったやろ?」
私は頷く
そう、引き止められもしなくてもう完全に脈なんてないと思ったんだ
「せや、辞めたらキャストやないやん」
あ…
バクバク…と心臓がどんどん膨らんで
破裂しそう
「そしたら、手ぇ出してもええよな?」
『…っ』
「さっき、好きでした言うたけど…もう終わったんか?その気持ち」
『凄く…心臓が…止まってしまいそうなので、まだ終わってないんだと思います…』
支配人がフッと笑って手が肩を抱いてその体に引き寄せる
いつも少し離れていたところから感じていた
存在感と煙草の匂いが
これ以上ないくらい濃く感じられた
「好きやで、久美ちゃん」
『あ、あの…』
「ん?」
『キャストの時に…手、出してますけど…』
「あ…」
「アカン、せやった!」
『フフッ』
雨がくれた
チャンスと勇気と
隣にある温もり
この日から
雨が好きになった
「カッコつけたつもりやったんになぁ〜」
『フフッ、カッコイイですよ支配人』
「もう名前で呼んでや久美…」
『ま、まじまさ…ん』
「吾朗でも、ええで?」
『それは…まだハードルが高すぎます』
「そか?ま、ええか!ゆっくりな」
『はい』
END
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