BK短編集





また喧嘩をしてしまった。

今月に入って何度目だろう?
カレンダーは3週目の月曜、少なくとも既に10回か?いや、11・・・・・・もっとか?


―――何をしているんだ、オマエは。

鏡に映る自分を睨んでも、こいつは全く懲りやしない。

―――くだらない口論などするなと何度言ったら解るんだ、恥を知れ。

自分で自分をどんな言葉で罵っても戒めても、所詮はどちらも自分であるからいけない。
終いには『あの人がオレを叱りも責めもしないから駄目なんだ』と責任転嫁してしまうのが常。

大体に於いて、口でブロに勝つことは出来るわけがない。
まず使う言葉の数が違いすぎる。歳上で人生経験も豊富、おまけに博学であるから操る語句は膨大で、無限ではないかとさえ思うときがある。そして物言いひとつ取っても比喩というか例え方がとても上手い。

先刻もそうだ。
いつもいつもいつも、言われる度に頭にきてしまう。
オレで遊んでいるとしか思えない。






部屋の明かりをつけずままベッドに寝転び、枕を抱えた格好でふてくされ・・・・肌寒さで目が覚めた。いつの間にか寝ていたらしい。
手探りで掴んだ時計は22時を過ぎている。

まだ彼は階下にいるのだろうか?
いつもならそろそろ就寝、いや、眠らずとも寝室で本を読み始めたり、共に寝るまでベッドで語らったり・・・・こんな肌寒い夜なら朝まで抱き締めていてくれるに違いない。
どうせなら主寝室にいれば良かった。
盛大な啖呵を切って客間へ逃げ込んだくせに、オレはもうそんな甘えたことを考えている。
だから言われるんだろうな―――おまえはガキだ、と。


ああ、階段を上がる靴音だ。
間もなくこの部屋の前を素通りしていく。
いま廊下へ飛び出して謝れば・・・、いや、今夜は止そう。バツが悪すぎる。

ドアの前に気配を感じ、咄嗟に毛布を被った。

―――早く行ってくれ!どうしてそんなにゆっくり歩くんだ?!




「ケビン」

名を呼ぶ声と共にドアを軽く叩く音。

「起きているのだろう?開けろ」

―――開けろと言われてもな、鍵などかけていないのだから勝手に開ければいいじゃないか。ここはあんたの屋敷で、この部屋の所有権などオレには無い・・・

寝たふりをしつつ心のなかで文句を垂れるなんて、まさに拗ねたガキだな。
子供の頃もこんなふうに、ダディを避けて閉じ籠ったり隠れたりした。そこへ毎回ではなくともマミィが来て、今のブロと同じようにドアを叩き『ケビン、開けてちょうだい』と・・・・・・今のオレはあの時のままじゃないか。
そうだ、こんなところを見られたらまた何か言われ笑われ、オレはムカついて逆らい、さっきの状況に逆戻りしてしまう。



「ケビン、そこにいるのはわかって・・・・・やっと出てきたか、意地っ張りめが」

どんな顔をすればいいのか判らずそっぽを向いて開けたドア、呆れられても仕方ない。

「まだ拗ねているのか?ガキじゃあるまいし」
「・・・・ガキで悪かったな」
「ああ、おまえが悪い。明かりもつけず何をしていた?」
「寝ていた。あんたが起こしたんだ」
「それはすまんな、では寝直せ」
「起こしておいて今度は寝ろだと?」
「帰れと言わないだけマシだろう。こんな時間に黒海を泳いで渡れとは言えんからな。寝ないなら起きていろ、ではな」

「おい!」
立ち去ろうとした腕を思わず引いてしまった。
「なんだ?」
「あんたが呼んでドアを叩いたんだろう?!オレはまだ用件を聞いていない!」
「別に用など無い。おまえの気配がこの中にあったから声をかけただけだ」
「この部屋をオレに貸したのはあんたじゃないか、居て悪いか」
「いや、単に意外だったからだが」
「・・・・意外?」
「俺の寝室にいると思って上がってきたからな。ハズレたことに少し驚いた」
「喧嘩したからだろう?!それに寝室などまだ早い時間に、その・・・・」
「そうだな、おかげで夕飯の片付けをさせられた」
「すまない・・・・放り出して」
「なんだ、さっきの勢いはもう無くしたのか?少しばかり寝て忘れたのなら、やはりガキだ」

笑われても言い返せない。寝ていたことまで何故判ってしまうのか・・・・力を失い離した腕を今度はブロに掴まれた。

「ガキの体温が高いとはいえ、そこの薄い毛布一枚では風邪をひきかねない。身体を冷やすなといつも言っているだろうが」
「・・・寒くなど、ない」
「嘘をつくな、なんだこの冷たい手は」

触れた指の暖かさを感じた次の瞬間、強く腕を引かれ、たちまち抱き締められた。
なんだ、この展開は。怒っていないのか?

ああソープの良い香りがする。
バスルームからそのまま来たんだな。
腕の中も、肌と肌が触れ合う部分も、暖かくて気持ちがいい。
立っている状態では背丈の関係でつい俯くし、自然に頬が重なったり唇が肩や首筋のあたりに落ちてしまう・・・・冷たくてイヤでないだろうか?
ブロが何も言わないからオレも口を開かない。何か話せば身体も離されてしまいそうだ。

仮面の中の薄い皮膚は幼い頃から親の温もりすら与えられた記憶がない。
もしブロに出会わなければこの温かな心地よさを知ることもなく、やがて血も通わなくなり干からびて朽ちて・・・・それだけでなく死ぬまで知らない『ごく普通の』ことが沢山あるに違いないんだ。

やはり、オレはガキだ。永遠にガキのままかも知れない。


「ケビン、そう寄りかかるな、重いぞ」
耳元で笑いながら言われ、慌てて離れようとしたがまた引き戻された。
「まだ解放するとは言っていない」
「・・・何かあるのか?」
「用件その1。今日のことは俺も悪かった。大人げなくおまえにつっかかり返してしまった」
「あんたが謝るな、悪いのはガキのオレだ」
「黙って聞け、いつまでも廊下にいたくはない。用件その2、寝るなら向こうだ、今度からキレて飛び込むのは奥にしてくれ」
「あんたの部屋じゃないか・・・」
「3つ目の前に、顔を上げろ、そしてこちらをきちんと向け。話している相手の顔くらいは見ろ」
言われてもっともだと思い、その通りにし、おそるおそる目を見・・・・・・・、え・・・顔が近い?
「ブロ、なに・・・」
「黙っていろと言わなかったか?ここまできてキスも出来ないのは勘弁だ」
言うが早いか唇を塞がれてしまった。

「用件その3にいくぞ、今月はもう喧嘩は無しだ、俺もからかったりはしないから、おまえも絡むなよ?」
僅かに離れた唇が笑った。

そうだ、今月に入って最低10回は揉め事を起こしているわけだし。

「オレだって好きでつっかかってるわけでは・・・・ない」
「ならばお互いに気を付けよう、俺たちは仲違いする為に共にいるわけではない。違うか?」
「いや、その通りだ。なのにいつもオレは・・・ガキで、」
「その話題はとりあえず出すな、また蒸し返し兼ねない。来月になってもまだ言いたければ聞いてやる」
「・・・・大人の余裕、というやつか」
「いつまでもごちゃごちゃとうるさい口だ、強制的に黙らせるしかないな」
「は・・・・?」
「壁に張り付けられるのと廊下で押し倒されるのとでは、どちらが好みだ?」
なに、言ってんだ?この人は!
「か、壁も廊下も嫌に決まってるだろ?!なんでこんな場所でそんなことをされなければならないんだ」
「嫌か。最後の用件を済ませてから寝ようと思ったんだが」
「それはどんな用件だ、壁だの廊下だの」
「なんだ、わかっていてどちらもイヤだと答えたわけではないのか」
いま何か馬鹿にされた気がした。ここで切り返さねばガキの脳ミソだ。
「一発お見舞いくれてスッキリして寝るつもりだろ?!」
ブロは、一瞬ポカンと口を開け、次には爆笑しやがった。
「やるならこのままさっさとやれ!どこからでも受けてやる」
「おまえ・・この流れで信じられないボケ方をするが何かのネタなのか?一発というなら一発でもこんな場所で俺が殴ったり技をかけたりすると思うのか?正義超人はリングの上でフェアに戦うものだろう」
「じゃあ何がしたいんだ?!」
「さっきまでの流れで察してくれ!そこまで鈍感だとは思いたくない、ガキじゃあるまいし」
「ガキがどうのは蒸し返すから止めろとオレに言って、あんたから蒸し返してどうする!」

暫しの沈黙。

もしかしたらいま、オレはブロを言い負かせたのか?それともすぐ反撃か?

「ケビン・・・なんだか呆れた。もういい。ほら、来い。追加の用件だ、奥へ連れて行く。おまえのベッドは二人で寝るには狭い」
「なんだ、一緒に寝てくれるのか?」
「嫌なら来なくていい」
「誰も嫌だとは・・・・・・・・あ・・・さっきのは、もしかして、アレか?廊下ですぐヤリたかったのか?!」
「知らん!」
あ、怒った、図星だな。
「そっちへ行く、寝るだけではないんだよな?」
「・・・おまえをベッドに誘って何もせず俺が寝ると思うか?」
「最初から言ってくれればいいものを。あんなでは勘違いして当然だ。そっちの意味でも壁に立たされたり廊下に押し倒されるのはイヤだな。選択肢にベッドを入れてくれたらわかったものを・・・・遠回しすぎだ、あんたは」
「最後に素直になられてもな。俺の方こそ無駄な時間を使わされた気分だ」
「済まない、鈍いのは元からで・・・」
「しょげるな小僧、さっさと歩け」
肩を抱いて促され、後ろ手に寒い部屋のドアを閉めてから、並んで奥の寝室へと歩いた。







寝室の続き間、ほとんどオレの為に作られたようなユニットバスで熱いシャワーに打たれながら、一人反省会という名の物思い。

『おまえはガキだ』と、事あるごとに言われ、『もうガキではない』と言い返しては口論に発展する。
文句をひとしきり並べれば、『ガキじゃあるまいし』と言われてしまう。
ガキと言われたり、ガキではいだろうと言われたり・・・・ならば一体どっちなんだとオレは腹を立て、それをみてまた『ガキ』だと言われる。
そんな押し問答の繰り返しには、正直疲れた。

オレ自身、自分がガキなのか大人なのかと聞かれたら、悔しいがどちらだとも言い張れない。
完璧すぎる大人のブロを前に、『オレは立派な大人だ』と言えるとしたら、成人しているということしか根拠はない。
成人済みでも大人になりきれていない大人はごまんといるんだ、オレも例外じゃない。
マルスも成人に達しているが、奴だってオレから見ればガキな面がそれこそ幾らでもある。
マルスから見たオレも同じくそうかも知れないが、ガキ同士でからかい合うのとブロに言われるのとでは違うんだ・・・・ブロには認めてもらいたい、という気持ちがあるからこそ。ガキと言われたくないというのに・・・・

「おい、ケビン!まだか」
「もうすぐ行く!」

待たせ過ぎたか、この期に及んで怒らせたら大変だ。

来月にもしまた『ガキ』と言われるようなことがあったら、この思いを話してみよう。


ブロに認めてもらえるような大人に早くなりたい、と。




ーENDー
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