BK短編集


<1>


ジムからの帰り道。
ケビンマスクは最近新しくオープンしたと聞いた店先をひやかしていた。
いかにもガラクタ屋という感じで、店の表にはCD、プラモデル、テレビ、扇風機、更に上から派手なアロハシャツやジーンズなどが吊り下げられている。
中を覗けば細長く薄暗い店内にもところ狭しと妙な組合せで品物が詰まっていた。
興味本位で一歩店内に踏み入れれば、足元に壺なのか花瓶なのかわからない陶器の数々。
それらを避けて、そろそろと歩きつつ左右の棚を眺めていると。

「いらっしゃい」

奥から店主らしき初老の男が姿を現しケビンに声をかけた。

「中古品も新品も、なかなかお値打ちものだよ。何かお探しかい?」

人の良さそうな丸い顔が笑顔で気さくに話しかけてくる。
ケビンはつられて少し笑みを作り、

「いや…なんとなく、暇つぶしだな」

と正直に答えた。

「そうかい、ならゆっくりと見てってくれよ」

商売根性を全く感じさせない穏やかな雰囲気を残し、男は奥で段ボールを空け始めた。
そして中から次々とビニールや箱に入った小物を取り出していく。
仕入れたばかりの品物だろうか。
ケビンはさして気にもせず店内を一巡し、やがて店を出るべく細く狭い通路を出口へと歩いた。

「ああ、お客さん!」

いきなり呼び止められ振り向くと、奥で店主が手を降って招いている。
ケビンは何事かと再び中へと戻った。

すると。

膨らんだビニール袋に入った物をみせられた。
「あんた外人さんだろ?これなんかどうだろう?非売品で未使用だよ。プレゼントにもいいよ」

取り出された中身はペアものだろうか、ピンクとブルーのふかふかとした長方形の…
「…枕かクッションか?こんなものなら…」
間に合っている、とケビンは店主に告げた。

「ただの枕じゃないよ、お客さん。これは日本の人気テレビ番組が、出場者や視聴者にプレゼントしていてね。ほら、ここに英語で文字があるだろう?それぞれ裏と表に逆の言葉がプリントされていて…」

英字だから外人向けという発想は今時全く意味を持たないというのに。
哀れ現代しかも平和な日本の歴史に疎いケビンは、その枕の話を長々と聞き…
やがて店主のある一言がきっかけで、それを買ってしまったのだった。


<2>


1ヶ月ぶりに恋人に逢う場所は、今回ケビンの…日本は都内某所にあるマンションだった。
いつもはケビンが恋人・ブロッケンジュニアに逢いに、遥かドイツへ行くのだが、今回は日本に来て欲しいと懇願した。
もちろん魂胆あってのことで。
それを知らずともブロッケンジュニアは日本行きを渋った。

日本は超人委員会の主催する大きな試合が度々あったり、なぜか昔から悪行らが暗躍する拠点の地でもあり…
正義超人であるジュニアは、その仲間達と若い頃から数々の戦いで日本に来ていた。
新世代超人の為に復活したオリンピックで、ジェイドの師匠かつセコンドとして来日したのも記憶に新しい。
そしてその大会で優勝したのは、他でもないケビンマスク。

ドイツ郊外のブロッケン邸とは違い、ケビンの住処は日本の都心にあるマンション…面が割れすぎている超人が、二人きりで過ごすには息がつまる環境だ。
と、いうのがジュニアからの拒否理由。
それでも粘り強くケビンが口説き、3日限定という条件付きでジュニアは渋々重い腰を上げた。


何度か訪れたことのある部屋、幾ら気乗りしていないジュニアでも、既に居心地の良い場所を見つけいる。
到着した晩の就寝前のひとときも、当たり前のようにそこに陣取っていた。

「涼しいよな、その場所」

バスルームから出てきたケビンは、上半身裸のまま首にタオルをかけてジュニアの背後へと言葉を投げた。

「高層マンションの最上階。風は心地好いし見張らしもいい。今夜の夜景なんかも抜群だろう?」

「そうだな」

ベランダにいたジュニアは静かに頷いて、元より見ていた眼下に広がる夜景に見入った。

以前ここにジュニアが来た日はいずれも雨か曇りかで、ベランダに出られなかったり、景色もぼやけていたりした。
今回暫くは晴天が続く。
まずはいいムードじゃないか、と、ケビンはこのマンションを贈答してくれた委員会の、あのやたら濃い顔をした男に初めて感謝する。

「なぁ、こんなところにいつまでもいたら身体を冷やすぞ。中で…その、もう休まないか?」

ケビンの言葉に、ジュニアは、「ああ」と笑いかけた。
そして促されつつリビングに入ると、

「もうこのまま寝室に行こう。長旅で疲れてるだろう?」

などと強引に腕を取られ、ジュニアは嘆息しつつも黙って部屋の主に従った。
確かに疲れは感じていたし、今夜は早く休むのが得策と思えた。



<3>


ケビンが先立って開けた寝室のドア、一歩中に入ったジュニアは…それまでのリラックスモードを即解除し、すぐ前方の光景に目を見張…ケビンを訝しげに見つめ、

「…なんだ、あのファンシーな物は」

と、指差した。

寝室の、そのキングサイズのベッドにはピンクと水色の枕が、可愛らしく2つ並べられていた。
ジュニアが指すのは勿論それ。

「ああ、これはだな…ジャパンで人気あるバラエティ番組の、スペシャルアイテムなんだ」

「テレビ?おまえは格闘技とニュースと音楽番組しか観ない、と言ってなかったか?」

「え?いや、たまには息抜きに…、、、とかそんなことはどうでもいい。今夜のために枕もシーツも新しく用意したんだ。さあ、早くベッドへ」

ジュニアは嫌そうに枕を見比べて壁に近い側に回った。
「ピンクはさすがに気色悪い。ブルーにする」

「ああ、どっちだっていいぜ、色は」

色は、にケビンは力をこめた。
そう、色はどうでもいい。

「しかし固い枕だな…日本のものは昔からどうも合わんから、あまり使いたくないんだが…」

ぶつぶつ言いながらジュニアはそれをポンポンと叩き、ふと裏返しにして置いた…いや、置こうとした。
すると。
「ちょっと待て!!」

ケビンが素っ頓狂な声で叫びベッドにダイブしてきた。

「なんだ騒々しい。おまえもブルーがいいのか」

「いや…それは裏、だから、正しい使い方をして欲しい」

「正しい?どっちも中央にプリントがついているし、感触も同じだ。表も裏も正誤もないだろう?」

「そっちは文字がノーだから!ほら、こっちはイエス!裏返してみろよ」

「…ああ、これか。イエスだノーだと何か意味があるのか?」

ジュニアは枕の表裏を繰返しもてあそびながらケビンを見つめた。

「つまりこれは…その、両方イエスでないとセックス出来ない…というか…ノーは拒否だから」

「おまえ…またくだらないことをしようとしていたのか?!初めから説明しろ!この馬鹿者が!」

ブルーのノーを顔面に押しつけられながら、ケビンは説明を…この枕を買った店での話の内容を打ち明けた。
何故これを購入したのかも。


<4>



ケビンが全て話し終えると…
ジュニアは枕でケビンの脇腹あたりを横殴りし、疲れ呆れた声で力なく言葉を発した。

「本当に馬鹿な奴だよな、おまえは…。何がイエス・ノー枕だ、ふざけるのも大概にしろ」

「…今夜はオーケーかノーサンキューか、無言で伝わるグッドなアイテムじゃないか。無口で照れ屋のあんたにはいいと思って…」

「照れもクソもあるか!…常にイエス状態なのはおまえだけだろうが!」

「あたりまえだろう。俺は夜といわず、いつでもオッケィだぞ」

「よく聞け。俺が意味を知ってイエスにすると思うか?口にするよりいやらしいと思わんのか」

「…口に、って、あんた何も言わないじゃないか。欲しい欲しい言うのは俺ばかりで、言わなければ一人で寝ちまうし」

ケビンはこの際、一気に不満をぶちまけようと決心した。

「あいにく俺は、年中盛ってるおまえとは違うんでな」

こんなことを平気で言う恋人に、前から突きつけたい一言があったのだ。

「それなら…たまにはあんたから誘ってくれ。セックスに至るまでのムード作りを…あんたのやり方で、1から10まで」

「あのな…ケビン…俺だってしたけりゃ誘う。そう思う前におまえが先に群がってくるんじゃないか」

「…今は?」

まだキスも何もしていないし、と、ケビンが顔を近付ける。
が、ジュニアはその鼻面を押して遠ざけた。

「疲れている上にこの馬鹿騒ぎだ。そんな気分には到底なれん」

「いつならなるんだ?」

「知るか!いつだろうがその時にならねばわからん。とりあえず今夜この枕を使う気はない。更におまえと狭いベッドで寝る気も失せた。客用の布団を借りるぞ、俺は畳の部屋で寝る」

「なんでだよ?!枕は変えるから!一緒に寝るくらいいいだろ?」

「既に枕は関係ない。俺は一人でゆっくり寝たいだけだ」

ベッドを降り離れていくジュニアに、ケビンは待って待ってと袖を引いてひき止める。

「わかったから!もう何もおかしな真似はしない、考えもしない。だから明日の夜…あんたから誘ってくれよ、な?」

「まぁ、もし俺がその気になっていたらな。おやすみ」

頭の後ろで左手をひらひらと降ってジュニアは寝室を出ていった。

ワンルームマンションならば他の部屋などないものを、ジュニアには幸いにケビンには不幸なことに、ここの間取りは4LDKであった。

寝室である洋間に一人残されたケビンは、枕を恨めしげに見つめ…それから2つとも部屋の隅へと思い切り蹴り飛ばした。



…END…
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