BK短編集




「その言葉、忘れるなよ」

最近のケビンはよく俺に言う。
まだボケる歳でもないというのに、いちいち『忘れるな』と釘を刺す。
今夜も先刻そう言われ、続いて文句を垂れられた。

「だからどうしていつもオレからだけなんだ」
ベッドでやることをヤッた後、毛布を被ったケビンがぼやいた。
「なんのことだ?」

ケビンが突拍子ない言葉を吐くのはいつものことで、俺はその度に聞かねばならない。

「愛だ、愛。あんたは全然足りない」
「愛?」
「そうそうそんな感じでいつもオウム返しだ。どうして自分からは言わないのかな…あんたオレを本気で愛しているのか?」

ケビンは珍しく真顔だった。

「…よくわからん理屈はやめてくれ。そんなこといちいち言わなくとも判ってくれているのではないか?おまえ自分でそう言っただろう?」

『オレは愛されて幸せだ』
いつもケビンはそう言ってはにかむ。
言葉にしなくても伝わっていると思っていた。

「それとも顔を見る度や会話する度に言わねばならないのか?」
「別に四六時中言えとはいわない。だが、たまには聞かれて返すのではなく、自分から言おうと思わないのか」
「愛している、と?おまえに、俺から?」
「そうだ。たまにでもいい、言ってくれよな。オレを本気で想っているなら」
「あ、ああ…分かった。善処する」
「その言葉、ほんともういい加減に忘れないでくれよな…おやすみ」

再度言い、ケビンは裸のまま俺に抱き付き、やがて静かな寝息をたてはじめた。


一部始終、なにも忘れてはいない(たかだか30分前のやりとりでも)。
ケビンのことは、愛しいと思っている。
今では唯一無二の大切な存在だ。


「ケビン、おい!起きろ」

眠っているケビンの頬を軽く叩き、その双瞼が薄く開くや否や、愛している、と小声で告げた。
これで今夜は満足してくれるだろう。

「…ブロ…あんたなぁ…早速実行するのはいいが、時と場合とムードを考えてくれないか。オレは寝ていたんだぜ?そんなことを言う為に起こさないでくれ」

せっかく言ってやったのにかなり迷惑そうだ。
しかも『そんなこと』だと?!

「いや、忘れてないという証拠にだな…」
「30分や1時間で忘れたらあんた何かの病気だぞ。それにちっとも感情こもっていないし、いま言うならキスで目覚めさせてからとかだろう?」

ああ…そうだった、俺は頬を軽くビンタして起こしたんだった。

「とにかくあんたから、きちんと愛していると聞けない限り、今回は帰らないからな」
「しかしおまえ、日本に行くと…」
「適当な試合を探しに行こうと思っていただけで別にどうでもいい。…もう寝るからな、あんたは一人でよく考えとけ」

そうケビンは言うと、今度は背中を向けて毛布を頭から被ってしまった。
今更だがつくづく面倒くさい奴だ。

なんとなく天井を見つめ、次はどうすべきかを薄ぼんやりと考えた。

俺の普段を思えば、『愛している』という台詞を吐くのにはおよそ似つかわしくない日常だ。
性格的にも無理がありすぎる。
今更それらを変えろと言われたわけではないが、タイミングを見計らってまで愛を言葉にするのはなかなか難しい。
逆も然りで、自然に、そう、まるで息を吐くように言えるわけがない。

そんなことをつらつらと思案しているうちに強烈な眠気に襲われた。



………一旦END………

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