BK短編集




ブロッケンジュニアは静かに苛立っていた。

ここは、とある携帯電話ショップの一角、体験コーナーという、実機を見て触って選べる場所。
ケビンマスクは店員と何やら話をしている。
「オレは機種変更、連れは新規だ。あ…いや、オレの名義で2台持てるか?」
「ええ、大丈夫でございます」
「ならそっちもオレが契約…」

「ケビン!」

会話を遮るようにブロッケンジュニアが手招いた。
「では機種を選んでくる」
店員にそう言いおいてケビンはジュニアの側に寄った。

「なんだ、いいのが見つかったか?」
「いいもクソもあるか!何故携帯電話を買うのにわざわざ日本に来なきゃならんのだ」
「オレが今の携帯を日本で契約と購入をしたからだ」
「だからと言ってだな…」
「いいじゃないか。さあ早く決めろ。これなんかどうだ?最新機種と書いてあるぞ」
「…………」

ジュニアはいきなりの長旅で疲れきっているが、ケビンは逆に嬉々としている。
「ケビン、どうしても携帯を持たなくては駄目か?家の電話を最新式のに買い換える。子機も増やす。それでどうだ?勿論しつこくなければ電話には出る」
「メールが出来ないだろう」
「メールまでするのか?!」
「携帯だ、当たり前だろう。Pなんとかではしなかったのか?」
「あの頃は電子メール機能など……少なくとも俺のPHSには無かったと思う。まだファックスが出回り始めた時代だ」
「ファックスか、あんたは筆まめだろう?紙にペンで字を書くより携帯で打つ方が楽だぞ。オレなどは字が汚いから打てば活字になるメールはありがたい」
「…俺は電子メールなんか要らん、したくもない」
「たまにでいい、やり方は教える。簡単だぞ。お、これはどうだ?ガラケーの最新型だ」
「柄系って何だ?日本語か?これは無地じゃないか」
「柄物ではない。ガラパゴスケータイの略だ。スマートフォン…あんたの言う平べったいやつに今は進化しているが、これもまだ使える」
ジュニアは混乱した頭でガラパゴス諸島を浮かべた。
そこへ進化といえばダーウィンの「種の起源」が思い当たる。あれはなかなか興味深い本だった……
「いや、そうではなく!ダーウィンが何故ケータイを」
「ダーウィン?なんだそれは」
「だからガラパゴス…」
「ダーウィンなんて携帯会社は知らんぞ。急におかしなこと言うな」
ケビンは意味も知らないでガラパゴスケータイ…ガラケーと称していたが、ジュニアの理論は正しい。
進化したケータイの始祖、つまり種の起源としてガラパゴスケータイが存在している。
近くの若者達の殆どはスマートフォンを見ている。そしてたまに「ガラケー」と口にするが、意外とケビンと同じで深い意味を知らずに言葉を発しているだけなのかも知れなかった。

それはさておき、ケビンにどちらにするか二者択一を迫られたジュニアは、たまたま手に取って玩んでいたひとつを面倒くさげに見せた。

「お、それが気に入ったか?ガラケーの新型だな。こっちに他のもあるが…こいつの方がスタイリッシュかもな。よし、これにしよう。色はどうする?」
「色?」
見れば色見本が壁にあった。
虹ではないが七色あり、ジュニアは暫しそれらを見つめた。

「オレは黒かな…あんたも同じのでいいか?」
「色まで揃いは気持ちが悪い。俺は別の色にする」
「残念だ。…よし、カウンターへ行くか」
先にずんずんと歩いて行くケビンの背を見て、ジュニアは深い溜め息をついた。
これでもう強制的に繋がれてしまった…と。



「青か赤しかないのか」
「ええ、こちらは人気でして。お待ち頂ければ取り寄せ致しますが…」
「…ブロ、どうする」
「赤は嫌だ。青」
「オレも青でいいか?赤はさすがに目立つ…」
「…機種を選び直すのも面倒だ、仕方ない」
この時、ケビンは心の中でガッツポーズをした。お揃いだ!と。

手続きはすぐに進み、ジュニアはただ横に腰かけて、ケビンが書類にサインしたり店員と話すのを黙って見ていたが、ふと気になった。
「なあ、俺のなんだろう?何故おまえが支払いの書類まで自分の名前や口座を書いているんだ?」
「請求はオレ宛だからだ。契約は全てオレ名義、機種はキャッシュで買うし毎月の支払いはオレの口座から引き落とさせる」
「自分の維持費くらい俺が払う!」
「あんたのことだ、支払いせず意図的に回線止めたり、勝手に解約しかねない。オレが契約すればオレのものだからな」
「なにもそこまで……」

ジュニアはますます憂鬱になった。
近い将来、黙って解約しようと思ったのは確かで。

「ああ、そういえば」
ケビンがカウンターに身を乗り出し、
「すまん、こっちの携帯を…」
店員に何やらわけのわからない用語混じりで頼みごとをし始めた。
ジュニアは全くと言って、通話以外のことは知らないが、購入した携帯電話には様々な機能があるらしい。
日本ではなくともテレビが観られるのか、が少し気になった。
画面は小さいが寝室でニュースを観ることが出来たなら便利だ、などと。
海外向け仕様でもあるようだから、もしかしたら使えるかも知れない、等々考えていると。
いつの間にか全ての手続きを終えたケビンが手提げ袋を2つ持ち、帰ろう、と促してきた。
ついに手続きが全て終わってしまったのだ。


その日は都内にホテルを取り、携帯電話を付き合わせながらジュニアはケビンに使い方を叩き込まれた。
ガラパゴスに例えられた携帯電話でも機能は充実しており、初めてのジュニアにとっては戸惑いだらけだった。
カメラの使い方、テレビの観方、メールの仕方、その他、内蔵されている日常で使える機能の説明。
夜更けまでに及ぶ長丁場、ジュニアは付き合わされた。

「なぁ…ケビン」
疲れた目と指から携帯を離して、ジュニアはベッドに寝転んだ。
「なんだ?質問か?」
「いや、これが便利なのはよくわかったが、俺が持たされる理由は通話の為だろう?」
「まぁな。でもメールもしたい。電話が無理な時はメールだろう」
「そこまで縛らないと気がすまないか」
「縛る?」
「これでは囚人と変わらんような気がしてな。常に監視されている気分になる」
「そんなことはない。風呂やトイレにまで持ち込めとは言っていないだろう?」
「そういう意味ではなくてだな…ああ、もういい。少し寝ないか?夜が明けてしまう」
言うより早く目を閉じているジュニアを見つめ、ケビンは笑った。
「じゃあ起きたらまたな。それから最終テスト」
ジュニアは頷いて布団を被った。


夢にまで携帯電話が出てきた。
それは何故かテルテルボーイの姿になり、霊界の父から訳の分からない電話が来たり、カメラがプリクランになり写真の中に閉じ込められり……ジュニアは散々うなされた。




「忘れるなよ、1を押せばオレの番号が出る」
「ああ……」
朝起きるなり昨晩の復習とテスト。
「で、通話ボタンだろ」
「ああ……」
「ほらかかってきた、オレの着信音はあんたからのだけ「愛の一発KO!」にしている。いい曲だろう?」
不気味な音楽が流れ、ケビンはご満悦で目の前で自分の携帯を耳にあて、
「もしもし、オレだ。元気か?」
などと独りで話し始めた。
「ケビン……テストはもういいだろう?」
これで5回目なのだ。
「そうだな、じゃあラストにメールだ。オレが送るから返信してくれ」

こんな面倒なことになるのなら、数回に1度は固定電話を受けてやれば良かった、とジュニアは思ったがもう遅い。

今や一人一台ほぼ持っているくらいには普及していて、更に外でも持ち歩いて使える便利な小型アイテムとやらは、ジュニアにとって軽量どころかケビンの体重の倍、重く感じられた。


その夕刻、離れた所でテストするという名目でケビンは日本に残り、ドイツに帰ったでジュニアは一人てんてこ舞いをする羽目になるのだが……
それはまた別のお話。



………END………

次回ラストです

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