BK短編集




「じゃ、また電話するからな」
「ああ」
いつもの別れ際の決まり文句。

今回それから約1ヶ月、ケビンマスクは確かにブロッケンジュニアに電話をした。
別れて帰ったその夜にも翌朝にも、その昼にも夜にも翌々朝…とにかくかけまくった。
何故なら彼が電話になかなか出ないからだ。
昨日もまた繋がらず今日で3日目。
その前は5日後の朝に繋がった。
トレーニングが終わり夕飯を食べながら、いささか行儀悪いと思いはしたが携帯電話のリダイアルを……約1分おきにした。
コールは20回ほどで切る。
もし間に合わなかったという場合でも、1分しないうちにまた鳴るのだ。
(それに、あの出不精が朝からずっと屋敷に居ないわけがない)、と。
今夜は出るまで電話攻撃すると決めてある。
飯を終え数分でシャワーを浴び、固定電話と携帯電話の留守録と着信を確認するも何もない。
チェックメイト、というケビン称する『アホ馬』からの着信が携帯に1件あっただけだ。

それは無視をして、恋人へのリダイアルを再び開始する。
30分、1時間、ケビンは自分がとてもしつこい奴に成り下がっている、ということに気付かない。
もしくは承知でしているのかも知れないが、最早これは『ムキになっている』という状態だ。

繰り返し繰り返し繰り返し。
20回コールして切る。1分間隔でまたかける。

切るかける切るかける切る…
もう数えきれない。

早朝からのトレーニングも影響し、疲れ果てたケビンは23時台のコールの間に寝てしまい、携帯を耳に当てたまま気付けば朝になっていた。



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何かあったのか?
体調を悪くして倒れたとか、もしや事故にでも遭い運ばれて入院?
まさか黙ってどこかに旅行を?
一人でいるのか?
まさか浮気か?それで電話が取れない…もしくは電話線ごと引っこ抜いているかも知れない。


ドイツへ飛びたくとも行けない理由がある。
明日は試合だ。
だからこそ話したくて頑張れと一言いって欲しくて。
負けるわけはなくとも気分の高揚はこんな時、大きなパワーになる。
愛する人の声、それだけでいい。
人の気も知らないで…

憐れなしつこい男、ケビンの心配と妄想と欲求は、朝っぱから果てしなく後ろ向きに発進した。


試合前日の最終調整を軽めに済ませ、ケビンは汗を拭うのもそこそこに携帯電話を確認した。
着信…10件、全てチェックメイト。
なんなんだよ…と呟き、仕方なくという風にチェックの履歴に発信した。

「おいアホ馬。何の用だ、しつこいぞ」
自分を棚上げしておきながら、他人には平気でそう言うのがケビンマスクである。
『ああケビン、やっと電話が出来ましたねぇ』
呑気な声に思わず苛立ち、ケビン持ち前のつっけんどんさに拍車がかかった。
「何の用かと聞いている」
『明日の試合、頑張ってください。わたしはテレビで応援しています』
「…それだけか」
『ええ、それだけです。他に何を?』
逆に聞かれて腹が立った。
激励への礼も言わず、あばよ、と切ろうとした時、
『昨夜ずっとお話中でしたが…ケビンが何時間も楽しく話すお相手はどなたですか?』
「おまえに関係ないだろう、それに話してなどいない。繋がらなかった」
『ではずっとかけていたんですか?一方的に』
「ああ。悪いか」
『……なんと熱心な。もしかしてお相手はケビンの恋人ですか?』
「そうだ。オレの電話にも出なけりゃ、くれもしない馬鹿で薄情な最愛の人だ」
チェックメイトはあまりのケビンの言いようにくすりと笑った。
『携帯電話の意味がありませんね、留守番機能もマナーモードにもなっていないのですか?メールはしてみましたか?』
「いや、相手は携帯を持っていない。家の、固定電話だけだ。携帯など嫌だと言い張っている……ちっ」
舌打ちしつつ何度もこの『ブロッケンジュニアに携帯を持たせる』計画が失敗していることを思い出す。
『今時珍しい…まあ確かに犬の首に鈴をつけるが如くですよね』
「犬?」
猫ではなかったか?突っ込みたかったが日本語はお互いよくわからない。
というかどうでもいい。
「すまんが帰ってまたトライするんだ。切るぞ」
『ああケビン、待って下さい、この際それを理由に……』

チェックメイトの話を半分流し聞きつつも、なるほど一理あると感じたところに反応したケビンは。
チェックメイトにアドバイスされつつ次の算段を描き始めた。


帰宅し、昨夜と同じように夕飯の合間にもシャワーの後も、ケビンは電話をかけ続けた。
今夜も駄目か。
諦めた時に受話器の向こうで呼び出しが止められた。
「もしもし!?ブロ?!」
ケビンは誰かが見たならみっともないと思う位に慌てふためき、受話器にかじりついた。
『ケビンか、どうした』
「どうしたもこうしたもねぇよ!あんた何してたんだずっと」
『留守にしていた』
「どこにだ、丸々3日だぞ、旅行か?!」
『近くの発電所で事故があってな。この3日、電気が通わなかったものだから、ベルリンのホテルにいた。いっそどこかに旅でも良かったがな』
ケビンは一気に脱力した。
(そりゃ出ないわけだ)
電話の線は繋がっていても電気がきてなければ、電話機は機能しない。
コールはかけた側にのみ聞こえる…つまりブロッケンジュニアが家に、真っ暗闇の中に在宅していたとしても、リンとも鳴らないわけだ。
『どうした?なにかあったのか』
「…あったのか、じゃねぇよ…心配した。ずっと電話していたんだ」
『すまなかったな。まぁ復旧にそう時間はかからんと聞いたから、おまえに知らせることもないかと…どうせ来やしないしな。試合だろう?明日』
「そうだ。試合だ。それなら一言あんたから激励の電話くらいくれても…」
『なぜ勝つ以外にない奴を敢えて激励する必要があるんだ。おまえより強い奴がいたか?』
「…試合、棄権して明日そっちにいくつもりだった」
今夜も繋がらなければチェックメイトがそうしろと言ったのだ。
抜けた穴は自分が埋めるからと。
あれで結構気が利く。
『馬鹿を言うな。試合や正義超人としての責務を放棄したら、二度と会わないと俺は言わなかったか?』
「あんたの心配をして何が悪い?!冷たすぎる!!」
『不可抗力の事態に冷たいも何も』
「この前も出なかった、5日も」
『おまえが朝晩何度も鳴らすから、電話機はリビングにだけ置いた。殆ど書斎にいたからタイミング悪かっただけだ』
「それが冷たいと言っているんだ。書斎や寝室にに子機を置けよ!」
『毎日毎日、朝も夜も…話すことなどないだろうに。それに国際電話は高いんだ』
「オレがかけていればオレ持ちだ、構わないだろ」
『……まぁ試合頑張れ。実は俺はもう寝るところなんだ。3日ぶりの自分の枕が恋しくてな』
「オレはもっと恋しいんだよ!」
『いつまでも馬鹿なことを言わず、もう切れ』
「……やはり携帯持ってくれ。電気がなくとも充電してりゃ使えるし、出れなくとも色々な便利機能もある」
『しつこいぞ。それは却下と以前から言っているだろう、い、や、だ』
「……頑固者」
『頑固で結構。おやすみ』
切られかけてハッとケビンは最後の、別れ際の決まり文句を滑り込ませた。
「また電話するからな!出ろよ」
『さぁな。ではな』
通話終了。



ケビンはこの時、もう全てに於いて限界だった。

たかが電話如きで彼をしつこく五月蝿い男だと言うのは、些か気の毒な気もしないでもない。
彼にとっては遠距離恋愛に大切な、重要な唯一のツールが『電話』なのだ。

この後、ケビンはチェックメイトからの入れ知恵に更に我儘を盛り込んで、ブロッケンジュニアを苛めることになる。



………END………


読みきりですが、続編として3に続きます

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