BK短編集


****** *** ******



告白して半月が経つ。
オレはいま、それから初めてであり通算では二度目の、想い人…ブロッケンジュニアの邸に来ている。

招かれたわけではなく、オレが勝手に来た。
超人で男同士で、更に年の差はかなりあるが、そんなものは関係なく、
『恋愛をしたい』
という意味で好きだということは、前回伝わったはずだ。

国が違うから毎日訪れるわけにもいかず、かといって押し掛けて住み込むなどという関係でもなく。
最初も今回も、オレなりに耐えたのだ。
会いたいという気持ちがはちきれる寸前まで。


またもやアポなしでドアを叩いたオレを、ブロッケンジュニアは嫌な顔ひとつ見せずに迎えてくれた。
2週間前のように、何の用だ?とも聞かず、当然のようにドアを開き、先に邸の中へと戻って行った。
歓迎されているのかいないのかわからないが、少なくとも拒まれてはいないだろう、と思いたい。




****** *** ******


開いたドアから遠慮がちに一歩入ると、どこか奥から柔らかな風が滞ることなく吹き抜けてきた。
そしてオレを通り越して外へと流れ出てゆく。
ドアを閉めればそれはオレを包むように纏いつき、まるでそよ風に導かれるようにふわふわと邸内へと進んだ、というのは気分的に間違ってはいないと思う。

窓という窓が開け放たれた広いリビングに辿り着き、風はここから流れていたのだと知った。

キッチンの方角から、
『適当に座れ』
と言われたものの、前回初めて来た時と少し違う椅子やソファの配置に、オレは少し戸惑った。
主がどの席に着くのかさえ、これでは全く想像がつかない…そして間隔が広いがゆえに更に迷ってしまう。
出来ればすぐ近くに陣取りたいが…。


「なにをしているんだ?好きな場所に座ればいいだろう」

ふたつのマグカップを手にした、ブロッケンジュニアがいつの間にか背後にいた。

「え!?…お、驚かすなよっ!」

「危機感なさすぎだな、ケビンマスクという奴は。背後にいるのが敵だったらどうするんだ。ボケッと突っ立っていないで座れ」

笑いながら彼は立ち尽くすオレの横をすり抜け、窓に近い横長のソファに腰かけた。
そこだけはほぼ変わっていない。

「模様替え、したのか?半月前と少し違うよな」

差し出されたマグカップを受けとる…それは彼に接近する今日最初のチャンス。
オレはブロッケンジュニアの近くに寄り、その足元の床に直に座り込んだ。
三人掛け位のソファの中央に彼が陣取ったのだから、まさか隣に…なんて図々しいことは…したくてもさすがに躊躇いがある。
かといって近くに椅子を引いてくるのも面倒だという、単純な発想からの床着席だった。

「うん?まぁ、少し配置がえをしただけだ。それよりケビン…床になど座らなくとも他に椅子はあるだろう?おかしな奴だな、相変わらず」

呆れたようにオレを見つめながら、何を思ったのか…ブロッケンジュニアは身を前へと屈め、いきなり顔を近寄せてきた。
予期せぬアプローチに驚いたオレは、反射的に少し身を引いてしまった。

「な、なんだ?!どこかになにか付いているのか?」

慌てたオレの様子が可笑しかったのか、彼は『別に何も』と笑った。

「どうでもいいが、カップ落とすなよ?掃除は暫くしたくない」

「あ、」

言われて、持ち手ごと傾けていたマグカップに気付き、中身を溢すのは危うくセーフだったことに胸を撫で下ろす。
ブロッケンジュニアは、というと。
そんなオレにまだ顔を近付けたまま、ただ微笑を浮かべている。

この状況はなんなんだ?

まさか、もうオレに惚れてくれたのか?
この距離なら然り気無く頬に触れたり、キスも容易く出来るのでは…などとドギマギするも束の間。
彼はソファから立ち上がり、それを見上げるオレの仮面をコツンと拳で叩いた。

「ほら、向こうに行くぞ。客を床に座らせたままでは俺が居心地悪いからな」

「向こう…?」

「このリビングの続き間を片付けた。狭いんだが悪くはない部屋だ」

指し示された方向は、そういえば飾り棚か何かがあって…あと何かが…部屋なんかあったのか?
いや、そんなことは今どうでもいい。
オレは殆ど口を付けていなかったカップを手に、ゆったりと歩いていく彼の背中を追った。
あんな好機を逃した自分を、心底情けなく思いつつ…




****** *** ******

後に続いて入ったそこは、なるほど小さな部屋だが邸の景観からは考えられない、材木だけで作られたような一室だった。
ぐるりと見渡せば、四方を囲むのは木目の揃った幾枚もの板。
低い小さな円卓と本が詰まった棚も木製。
椅子は無く、四角く平たいシートクッションのようなものが床に四枚ほど散らばっている。
そのひとつにブロッケンジュニアは腰を下ろし、ここでも立ち尽くしているオレを見上げていた。

「またか、いつまで突っ立ってる気だ。おまえは床に座りたいんだろう?ここなら全て床だぞ。ほら、尻が痛くなるからこれを使え」

と、隣のシートクッションをオレに勧めながら、彼は胡座に足を組むと壁に背持たれた。
すぐ横を示されたことをオレは素直に喜び、同じようにクッションに座ってから再び小さな木の空間を見渡した。

「なんだか少し違和感がある…異国だなまるで」

「変か?日本を真似て内装したんだがな」

「内装?ここ、あんたが作った部屋なのか?」

今日、オレは驚いてばかりいないか?
いや、よく考えれば当然なのだ。
オレはまだこの邸の玄関からリビングまでしか知らない。
もっと言えば、好きな相手だというのにその全てをも知り得ていない。

「俺がおまえ位の歳の頃、日本に滞在するのが何かと多かったせいか…こういう木造の部屋に寝泊まりすることがよくあってな。キン肉マンの住処もこんな感じだった。あれが妙に落ち着く気がしてな。何度目かに帰国した時、日本の職人を呼んで造らせた。だから正確には俺が造ったわけではないんだ。多少設計に口出しした程度さ」

30年以上前のジャパン、オレは残念ながら生まれていない。
オレが知っているジャパンの部屋は、コンクリート造りのホテルやマンションの洋間だけ。
それでも少し記憶の中を探ってみたら、ひとつだけ出てきた。

「日本で、確かスウェット・バス…どこだか忘れたがこんな感じだったような記憶が」

「サウナ風呂か、言われてみればそうだな。だが…」
サウナにタタミはないだろう?と、彼は笑った。
フローリングだと思っていたが、実はタタミの上に木目調のシートカーペットを敷いただけだと言う。
縁を捲ってみたら本当にタタミがあった。

「つまり、ここはあんたのお気に入りなのか?」

確かに悪くはないが。

ブロッケンジュニアは少し考えるような仕草の後、
「好んで造らせはしたものの、実は数回入っただけなんだ。飲んだくれてた頃は酒蔵代わりにしていたし、ジェイドが来てからは物置だった。何年もドアを閉めたまま棚やソファで塞いで…」

ブロッケンジュニアの眼差しに一瞬陰がさした。
それを見逃すオレではない。ずっと見つめていたのだから。
彼に過去を思い起こさせるような会話になったことに、今更だが後悔しながらも、
「全然普通に使えてるじゃないか、どこも傷んでなさそうだし」
と、背後の壁を悪戯に叩けば、コンコンという軽快な良い音が響いた。

ひとつしかない小さな窓からは控えめな風がそよそよと入ってくる。
ここで昼寝をしたら気持ち良さそうだ、と、ふと思った。
それとほぼ同時に。
ブロッケンジュニアは凭れていた壁伝いにずるずると身を下げ、クッションシートをひとつ折り曲げ枕にしながら寝転んだ。

「この前おまえが帰った後、思うところがあって片付けたんだが…すぐにまた用途が変わってしまった」
ただの昼寝部屋にな、と、ぽそりと続け、ブロッケンジュニアは仰向けに天井を見つめた。

「何かに使う予定だったのか?」

「うん?まあな…隠し場所にしようかと。おまえの、あれを」

「あれ…?ああ、もしかしてオレの、アレか?」

2週間前、告白と一緒に捧げた超人ナンバーワンの証のことか?
敢えて口には出さず、オレは彼の言葉を待った。

「ここなら人が来ても見つからないだろうと考えついたんだが…思っていたより湿気があったんだ。こう、窓やドアを開け放っていれば快適なんだが…」
日本とは風土が違うから仕方ないな、とブロッケンジュニアは口元でだけ笑みを作った。
『あれ』は『それ』に間違いないとわかり、オレはこの話の先に興味を覚えた。

「隠し場所には適していなかったと?」

「ああ。ここはこうして開放的に使う方がいい。それに誰も入らない場所がもうひとつあった」

「それはどこなんだ?」

この広い屋敷ならば部屋は幾つあっても不思議ではない。
オレはまだこのフロア(1階)の一部分しか知らないが、外観から少なくとも3階か4階まではあるだろう。
ブロッケンジュニアは即答せず、ちらと興味津々なオレに視線を寄越してから、また天井を見つめる。

「なあ、教えろよ。オレになら構わないだろう?」

「…俺の寝室だ。ケースを買って、入れて置いてある」

その答えにオレは今度は驚くより先に歓喜した。
毎日否応なしにあれを目にしてくれていると知れば、嬉しくて当たり前。
見ればオレを思い起こさずにいられない筈だ。

本音を言えばあんなカップではなく、オレ自身を毎日毎晩見て欲しいが…
ついでに優勝した時の写真でも付けておけばよかっただろうか?

黙りこくったオレが気にかかったのか、彼はこちらを向いて苦笑いをみせた。
この沈黙をどう捉えられたのかわからないが、オレが仮面の中でニヤケていることは、もちろん知られる由はない。



「理由なんだが…ここを元の状態にしてから気付いたんだ。長いこと酒蔵や物置に使っていたような場所にあれを置くなど、あまりにも失礼だろう?それに傷んでも盗まれてもマズイからな。寝室というのも適切ではないだろうが、少なくとも朝晩は俺の目が届く。本当はもっと…」
「いや待て!いいんだ、そこで!」

「ケビン?」

思わず興奮してしまったオレに、彼はいかにも怪訝そうな顔をした。

「あ…その、つまり、寝室はいいアイデアだなと」

「嫌がるかと思って言いにくかったんだが?」

「まさか。あれはあんたに贈ったモノなんだぜ?それに、そんなに大事にしてくれていたとは…」

「まあ、それなりには、な」

少し照れたような声音と笑顔にオレも気恥ずかしくなり、隣に寝転んで天井を見た。
なるほど床は固いが、身体を伸ばせばなかなかに快適だ。

「ケビン」

「うん?」

ブロッケンジュニアはオレをちらりと見て、自分の頭を指差した。

「暑くないか?」

ああ…仮面のことか。

そういえば、先刻まで爽快だった風は弱く温くなっていた。
窓から入る光は直射ではないが、時間的に一番気温が上がる頃か。

「俺はもうおまえの顔を見ているからな、別に我慢や無理はしなくていいと思うぞ?」

オレは頷いて寝転んだまま仮面を外し、無造作に床に転がした。

「オレ、あんたの家に来た時はマスク外していてもいいか?」

「ああ、そうしろ。俺はケビンマスクではなく、ただのケビンと話がしたいからな。それに…」

「…なんだ?」

ブロッケンジュニアは微笑みながらオレの髪に手を伸ばし、片手で少し束ね…軽く引っ張った。
引き寄せられるようにオレは少しだけ距離を詰めるべく身体をずらす。
自分から、さっきよりも近くへと。

「おまえは素顔の方が、ずっといい」

「え……」

いきなり全身がかあっと熱くなった。
オレはいま、多分みっともないくらい赤面しているに違いない。

「ほらな、そういう表情は仮面の下では見えないだろう?普段格好つけてばかりで疲れないか?」

「か、格好つけてなど…オレは、一匹狼の超人で最強の男で、あのクソ野郎の息子に生まれたせいで、こんな……いや、だから、その」

何を言っているんだかわからなくなり、あからさまなパニック状態を晒し続けるオレを見て、ブロッケンジュニアがさも可笑しそうに笑った。

「では聞くが、その一匹狼が何故ここに自ら来るんだ?」

「そんなの、あんたを好きだから会いに来るに決まっているだろ」

「そんなに好きか?」

「ああ、何度でも言うさ。オレはあんたを愛している。出来ればずっと一緒にいた…い、と思って…って、あ…?」

咄嗟に口を閉ざしてももう遅い。おかしな聞かれ方をしたせいで矛盾に気付けず墓穴を掘った…

「わかったか、馬鹿者。番いたい相手がいる時点で、もうそれは一匹とは言えんぞ」

「え…」

つがいたい、って際どくないか?
番うって、イキモノで言えばつまり、その…あれなわけで。
ああ、でも。その通りだ。
オレはこの人がその気になりさえすれば、喜んで何だって…シタイ。
思わずいかがわしい想像をし、また血がのぼってきてしまう。

「今、どうせおかしな妄想をしたんだろうが、あくまでも例えだからな?俺はおまえと番になる気は生憎まだない」

「わ…わかっている。だが、そんなハッキリと気がないだとか言うのは止めてもらいたい…」

近くなったかと思えば遠ざけられる現実。

言われなくても全て理解しているつもりで、それでもオレは諦められないのだから、敢えて否定されるとさすがにきつい。

「なんだよ?今度はしょぼくれやがって忙しい奴だな。俺は、まだない、と言っただけだ。おまえ、頑張るんだろう?」

「あ…ああ、当たり前だ!」

「意外とボケてるよなぁ。鈍感というのか?それにいちいち赤くなったり青くなったり、顔色を見ているだけでなかなか面白いぞ」

もしかして、からかわれているのか?このオレが?
言い返す台詞が全く浮かばない。

「そのまま暫く黙ってろ。少し眠くなった…」

「ここで寝るのか?昼寝ならベッドへ…」

「いや、最近ここが気に入りの理由は、昼寝にちょうどいい場所だからと言っただろう?そうだな…一時間経ったら起こせ」

折り曲げた薄いクッションを枕にしたまま、ブロッケンジュニアがごろりと身体ごとオレの方に向いた。

閉じた目が眩しそうに見え、オレも彼の方を向き、身幅をもって光を遮った。
が。
こんな無防備な姿を見せられては敵わない。
一時間、寝顔を堪能出来るなど…幸福すぎる。
少し行儀が悪いが、足元近くの円卓を爪先でどかし、もう少し距離をつめるべく身体をずらすと、

「…変な気をおこすなよ?なにかしたらもうドアは開けない、外でも会わないからな」

気取られたのか、釘をさされてしまった。
勿論あわよくば何かする気でいた。
何をってせめて、
「キス…したらダメか?」
その位、あっても。
「少しだけ、軽く1度でいい」

ブロッケンジュニアの瞳が薄く開きオレを射た。
そして面倒くさげな表情のまま口を開く。

「合意を求めているなら却下だ。会うたびに出来ると思われたら困る」

半月前、何度もしてくれたくせに…とオレは喉元まで抗議の言葉が出かかった。
が、彼はふたたび目を閉じ、それきり口をも閉ざしてしまった。
約30センチの場所にいるというのに…これは所謂、恋人の距離。
それは許すくせに反則だろう、というより拷問に近いと思う。
いっそ聞かずに強引に行けば良かったかも知れない…

背後からの日差しが少し和らいだ。
そろそろ夕暮れ時が近いのか…と、窓に向けた顔を戻して彼を見つめる。
耳を澄ますとすぅすぅと軽い寝息が聞こえ、どうやら本当に寝に落ちたらしい。
いいのか?オレ、何するかわからないってのに。
キスしたいとか、触れたい、抱き締めたい、それから…もっと…先の。


何を考えているんだオレは!
先の…なんて。

若いだけが取り柄の可哀想な股間辺りが気になり、引っ張り伸ばしたTシャツで隠しつつオレの妄想はとりとめなく続いた。

早くオレを好きになってくれ!
どうすればいいんだ、どうしたら早く…


そんなことを考えているうちにオレの瞼も重くなり…せめて、ともう10センチ距離を詰め、暫しまどろんだ。


****** *** ******


結果、一時間後どころではなく。

顔を鷲掴みにされて目が覚めると、とうに日が暮れていた。

「痛ぇ…ブロ…オレなにもして…」

「寝ぼけるな、バカが!一時間で起こせと言っただろうが!まったく…もう三時間経っているぞ」

「は?うそだろ…」

ブロッケンジュニアはオレの顔にめり込ませた指を離してくれたが、その手を下ろすついでとばかりに頭を叩かれた。

「もう飯時だ。外出の支度をしろ、仮面を忘れるなよ」

「え?まさかこれから空港…」
「夕飯を食いに行くだけだ。これから間に合う便などあるわけないだろう。今夜はうちに泊まれ」

「いいのか?!」

「部屋が沢山あるのにホテルに泊まれとは言えないだろう。それに俺も寝てたんだ、おまえだけ責めても仕方ない」

内心、自分も爆睡してしまったことに感謝する。
初めての泊まりがこんなに早く実現するとは。
ツイていない1日で終わると諦めていた分、これこそ青天の霹靂だ。

照明の点いた部屋の片隅、転がっていた仮面を被ってから、彼の後について木造の部屋からリビングへと移る。
二人でコートを羽織り、出掛けようとした時。

「…あの小さな部屋だが」

帽子の角度を直しながら、ブロッケンジュニアが呟くように言った。

「完成してから俺以外あそこに入った者はいない。おまえを入れたのが初めてだ」

「それは喜んでいいんだよな?」

「勝手にしろ。あと…おまえ、よく我慢出来たよな。ある意味、少しポイント高くなったぞ」

オレはいま満面の笑みを浮かべたに違いない。

「なあ、飯食って帰ったら、寝るまであの部屋で話そうぜ。オレも気にいっちまった」

「そうか、ならそうしよう」

彼も微笑みながら、さあ行くぞ、とだけ言って先に廊下へ出ていく。
オレはもう嬉しくてたまらず、玄関から大声で名を呼ばれるまで、その場で幸せを噛み締めていた。



……END……

7/13ページ