BK短編集




初冬に差し掛かった、とある午後。

前の晩に恋人…ブロッケンジュニア…の邸に泊まったオレは、つい二度寝をしてしまい朝のランニングを怠ってしまった。
ここに来ても日々の鍛錬は怠けない、それがいつの間にかオレのポリシーとなって久しい。
彼はさぞかし呆れているだろう……と、あえて仮面とトレーニング用の服でリビングに行くと、ブロッケンジュニアは珍しく鼻唄を歌いながら窓の外を見ていた。
日差しに透けるようなプラチナブロンドに白のシャツがよく似合い、オレはついうっとり見惚れてしまった。
やがて、オレに気付いた彼が軽く咳払いしてソファに座り、わざとらしく新聞を広げた。

「なに照れてんだよ?」

「照れてなどいない。気持ちの良い午後だなと思い外を見ていただけだ。ずっと曇りだったからな。こんな薄日でも射してくれると気分が良い。それをおまえの気持ち悪い視線でぶち壊された」

オレの恋人はオレに容赦がないあたり、さすがだと思う。
この仮面でリングに立てば睨みは勿論、威嚇など全くしなくとも、対戦相手はビビりまくるというのにな。

まぁオレはブロッケンジュニアの前では、イイコちゃんだから仕方ないか。
無理してイイコしているわけじゃあない。
これがオレの素なんだ。誰も信じないだろうがな。

「なあ、それなら少し散歩しないか?」

「散歩?トレーニングに行くのではないのか?」

新聞の上から顔を出し、オレの頭から爪先まで見渡して、ブロッケンジュニアが首を傾げた。

「あとでにする。折角晴れ間が出ているんだ、たまには二人で外に出るのもいいだろ?」

ブロッケンジュニアは少し考えるような仕草の後、わかった、と呟いた。

「だが、街まで行くのは億劫だな」

「近場でいいさ。上の森林まで歩いて…公園で少し休憩して帰る。どうだ?」

「その位ならいいだろう。だが行きも帰りも坂しかないぞ?」

「それがいいんだ、この前歩いてきたとき太陽の照り返しが暖かで気持ち良かったぜ。足腰の強化には緩いが散歩デートにちょうどいい」

なら行くか、と切り替えの良さを見せたブロッケンジュニアは、さっさと外へ向かっていく。
施錠もしないで不用心だとその背中に問えば振り向きもせず、大丈夫だと言わんばかりに手をひらひら振って見せ、気付けばもう門から出ていて…
「待てよ!おい!」
オレは慌てて追いかけた。


陽射しは坂道に注がれ、俺達は久しぶりに肩を並べて、雲の隙間から覗く程度とはいえ、太陽の光りの下を歩いている。
これで手を繋げたらどんなに幸せだろう?

「なあ、手、繋がないか?」
おそるおそる聞いてみる。どうせ答えはわかっているが。

「はぁ?ここいらは俺の近所、当然俺は顔が知れてるし、マスクをしてりゃおまえも有名人だ。無理に決まっているだろ」

予想通りの回答を受けて、それならばともう一案。
「じゃあ、歌を歌わないか?」

「歌?」

「ああ。さっきあんた鼻唄うたってたし…オレもいま気分は最高にウキウキしている。風は少し冷たいが気持ち良いし、陽射し自体は春のようだし」

「ハイキングの児童ではあるまいし歌など…何より俺は流行りの曲は全くわからん」

「あんたの知ってる歌でいいぜ?さっきのは何て曲だ?」

「世代がかなり違うから昔の歌など知らんだろう?それに恥ずかしいことばかり要求するなよ。普通に散歩だけで勘弁してくれ」

口調は冷めていたが表情は穏やかだ。

「ならドイツの歌、教えてくれよ」

「うーん…古いものしか知らんが、沢山あるぞ。おまえうろ覚えでも何か知っているのはあるか?」

「野ばら、かっこう、山の音楽家…ローレライとか?」

「野ばらは少し悲しい。かっこうは春の歌だ。ローレライは本来は言い伝えに曲をつけたもので…どれも日本語歌詞が有名だがな。まぁその中なら山の音楽家が面白いか、これから上へ行くのだからな」

「何語で歌う?」

「ドイツ語に決まっているだろうが」

「じゃあ聞いている。音楽家の楽器の部分だけ英語か日本語で頼む」

「まったくおまえは…」

ぼやきながらも、ええと一番はなんだったかなと歌詞を(何の音楽家か?を)思い出している表情は、いつもと違って…こんなことを口に出したらUターンされそうで言えないが、
『ハイキングの児童よりもあどけない』ものだった。

彼が、思い出した、と言い笑いかけてきた。
『最強に可愛かった』言えば無抵抗のまま殺されるだろうな。

ブロッケンジュニアの語るような調べの「山の音楽家」が始まった。
ああその楽器の擬音はオレもわかる。
きっと一緒に歌える歌を選んでくれた…そうに違いなかった。



どこまでも
どこまでも
ふたりで

いつまでも
いつまでも
ふたりで

この陽の当たる坂のような明るみを、歌いながら、笑いながら、永遠に、歩みたい。



………END………



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