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#帝國図書館文豪百物語

三.
『見える』


第一会派は、堀、坂口、森、坪内の編成である。
次の潜書の準備のため、堀は坂口と共に戦闘時の段取りを話しながら森と坪内がいるであろう談話室へ向かっていた。


最近、よくない噂を耳にする。

女の幽霊が出たとか、何かに化かされたとか、いるはずのないモノがいるとか。

こうして隣で話をしている坂口も、ついこの間、真夜中にナニかを見て倒れた、と聞いている。

どうか、自分は遭遇しませんように。

そんなことを頭の片隅で思いながら廊下の角を折れたところで、堀は誰かにぶつかった。

「わっ!す、すみませひぇっ...」
謝ろうと顔を上げると、堀は固まってしまった。
「おっと、すまない。...大丈夫か?」
相手は森であった。坪内も共にいる。

が、二人だけではなかった。

森の肩に腕を回して抱きついている髪の長い女、坪内に纏わりつくようにうじゃうじゃと蠢く子どものようなナニか。それらが何か言葉を発している。

どうした?と森が怪訝な顔をした。
堀の肩に坂口が手を置いて、固まった堀の代わりに答えた。
「ちょうどよかった!次の潜書の予定なんすけど、急遽中止になったんで二人に伝えようと思ってたところだったんですよ!」
中止の予定などない。が、「なっ?」と同意を求める坂口の顔がひきつっていたことと、肩に置かれた手にグッと力がこもったことで、堀もコクコクと頷いた。
「む、そうなのか」
「教えてくれてありがとう、助かるよ」
坪内がニコニコしながら礼を述べた。
いえいえ、と坂口が明るく答える。

"女"と"子どものようなナニか"の声が頭に響き渡り、森たちが何を話しているのか堀にはまったくわからなかった。

それじゃあ私たちは司書さんに用事があるから、と何事もないように二人は去っていった。
去り際に、具合が悪いようなら後で薬を処方しよう、と森が言っていたが、堀は青褪めた顔のまま何も答えられなかった。

二人が去ると、堀はへにゃへにゃと座り込んでしまった。
「あ、あの、坂口さん...あれ、は...」
坂口は堀に向かい合い、肩をつかんで真面目な顔をして言った。

「いいか、堀さん。俺たちは"何も見ていない"し、"何も聞いていない"。森さんと坪内さんしかいなかったし、"他には何もいなかった"!」

坂口の真剣な表情に、堀は黙って頷くしかなかった。


力が抜けた体を坂口に支えてもらって立ちあがり、二人は再び談話室へ向かう。少し休みたい。
後で芥川に相談してみようなどと堀が考えていると、坂口が思い出したように堀に尋ねた。
「そういや、堀さん。あんた、太宰を見なかったか?一昨日の夜に俺が倒れただろ?その後から姿が見えなくてさ。またいつもの失踪かとも思ったんだが、見かけたら教えてくれよ」
堀はきょとんとした顔をして坂口に言った。

「え、何を言っているんですか?太宰さんなら、」

言いながら堀の顔がどんどん青褪めてゆく。

「太宰さんなら、さっきからずっと、坂口、さん、の、隣...に...」



「え」

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