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#帝國図書館文豪百物語

二.
『聞こえる』


「声?」

夏目と正岡は森の話を聞いていた。
一週間程前から、どこからともなく"声"が聞こえるという。
「森さん、疲れているんじゃないですか?
「そうですよ!第一会派はここのところ潜書が続いてたし、その上医務室で怪我人の相手もしてるんですから!」
「それならいいのだが...」
森は渋い顔をして黙ってしまう。
「ところで、どんな声なんです?」
正岡が問うた。

「女だ」

"女の声"

"先生、先生"と己を呼ぶ声。
今もまさに、その声が聞こえているのだという。

「こうも毎日だと気が滅入る」
「きっかけはあるのですか?」
夏目が尋ねた。
「ないわけではない」
森自身の著書「舞姫」への潜書から帰ってきてから聞こえるようになったのだ、と森は言う。
「森さんに関わる作品ですから、何か影響が起きているのかもしれませんねぇ」

「私も混ぜてもらえるかな?」
すると、話を聞いていたらしい坪内がやってきた。
「"声"が聞こえる、という話が聞こえたものでね」
「坪内殿も"女の声"を?」
「いいや、私は"子どもの声"が聞こえるんだ」

それも、何人もの。

「童話の本に潜書した時があっただろう?その後からなんだ」
気にしないようにしていたけれど、さすがに疲れてきてしまったよ。と坪内は話す。
森と坪内は同じ会派に所属している。同会派で二人も似た現象となると、さすがに薄気味悪い。
「司書に相談するのがいいんじゃないですかね」
「早く司書に対処してもらったほうがいい」と夏目も正岡も二人を促し、森と坪内は司書室へ向かうことになった。

二人をを見送り、夏目と正岡は一息つく。
「あんなことあるんだなぁ」
「早く解決するといいですねぇ」

直後。

"邪魔をしないで"

"女の声"が聞こえた。
二人は青褪めた。金縛りにあったように動くことができない。
先程まで賑やかだったはずの談話室が、二人以外誰もいなくなっていた。
「な、夏目...」
「これは...まずいかもしれませんね...」

くすくすと子どもの笑い声が響き渡る。

それから芥川が扉を開けるまで、"声"は聞こえ続けた。

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