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#帝國図書館文豪百物語

一.
『見えてはいけないもの』


坂口安吾は困惑していた。
先日、談話室で小泉八雲が何人かと怪談話をしているのを聞いてしまったからかもしれない。

何かに見られているーーー

その感覚がここ数日続いていた。

潜書続きだったせいもあるかもしれない。何度か耗弱に陥った。そういう時は普段は見えないはずのものが見えることがある。補修で治りはするが、感覚をまだ引きずっているのだ。そうに違いない。坂口はそう思うことにした。


夜中、坂口は自室で目を覚ました。
今夜は酒盛りだ!と太宰と織田と三人でどんちゃん騒ぎ、そのまま寝てしまったらしい。二人も床に転がり寝息をたてている。
少し酔いを冷まそうと、洗面所に立ち寝ぼけ眼で顔を洗う。洗いながら、やはり何かの視線を感じた。見られている気配がする。いい加減にしてくれと思いながら坂口は顔を上げた。

瞬間、息が止まる。

正面には鏡。
映っているのは自分。

他に侵蝕者か人型の何かか、そうでなくとも何か別の個体がいるならばまだよかった。いつもの見えてはいけないものが見えているのだ、で済んだはずだった。

映っているのは坂口安吾ただ一人。

その顔に、無数の目玉がついていた。
さらにはギョロギョロとあちらこちらを見ているではないか!

これは、正真正銘、"見えてはいけないもの"だ!

その時、鏡に映る己の顔の、無数の目玉が一斉にギョロリとこちらを向いた。口がニタァと笑う。
喉の奥がヒュッとひきつった音を立てた。

刹那。
ガシャーーーン!
坂口は己の拳を力まかせに鏡に叩きつけた。
破片が飛び散り、手は血だらけになったがそんなことはどうでもよかった。

「安吾?すごい音したけどどないしたん?って、何やっとるん!?」
音で目を覚ました太宰と織田がやってきて惨状に驚いている。
「ちょ、安吾血だらけじゃん!救急箱!ってか司書呼んだ方がいいかな!?」
「安吾!しっかりせぇ!何があったん!?」
二人の声が遠くに聞こえる。
「ははっ...やべぇ...まじ、見ちゃいけねぇもん見ちまったかも...」
そこで坂口の意識は途切れた。

意識を失った坂口を抱え、太宰と織田は不思議そうに顔を見合わせる。
鏡にはもう、何も映っていなかった。

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