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#帝國図書館文豪百物語

『見える眼鏡』

うだるような暑さが続く夏。
そこかしこで幽霊だ怪談だなどと盛り上がる季節になった。
この図書館も例に漏れず、小泉八雲や泉鏡花が連日怪談会を催している。

そんな最中である。ここ最近、館内で不思議な現象が起きているらしい。
子どもの声がするだとか、袖を引っ張られたが誰もいなかっただとか、黒髪の女の影を見たとか。

「そんなもの、風の音が子どもの声のように聞こえただけ、何かが袖に引っかかっただけ、黒髪の女性なんて司書さんだったかもしくはどなたかの影がそう見えただけ…だと思うんですがねぇ。皆さん騒ぎ過ぎですよ。坂口さんはどう思います?」

そう問うたのは江戸川乱歩である。
夕食の時間が終わり、閑散とした食堂で乱歩と坂口安吾は晩酌をしていた。

「ん~?まあそうかもしれねぇな。」

酒をあおり気だるげに安吾は答え---

けどな、

と続けた。

「夕方廊下でばーさんに袖引っぱられて道を聞かれたし、さっきそこの階段下で子どもが駆け回ってたぜ。ちょっと相手してやったら満足したのか帰ったみたいだけどな。」

補足しておくが、図書館は万人が利用できるものの、司書や乱歩たち文豪がいる居住区は一般人は立ち入り禁止区域であり、ましてや夕方以降は閉館しているので図書館自体に老婆や子どもなどがいるはずはない。

「あとなー、黒髪の女だっけ?今お前の隣にいる。」

安吾は至極冷静に言った。
一瞬背筋が凍る。バッと乱歩は振り返ったが、隣にも後ろにも誰もいなかった。
安吾の方に顔を戻すと、彼は眼鏡越しにニヤニヤしながらこちらを見ている。

「もう…坂口さん、お話がお上手ですね。それ冗談でしょう?」


「さぁて、どこからどこまでが冗談でしょうか?」


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