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day by day

◆桜とともに

 雨なし、雲なし、青々とした綺麗な空。本日晴天なり。
 中庭には満開の桜が立ち並んでいる。
 花見だ!と誰かが放った一言で、急遽、花見の席を設けることとなった。
 料理を得意とする面々が腕を振るった数々のつまみやら何やらが敷物の上に並べられ、酒好きの者たちがかき集めた何本もの酒瓶が次々と空けられてゆく。普段から仲が良い者同士だけでなく、あまり交流のない者たちとも話すいい機会となったようで、皆楽しそうだ。急遽とはいえ、席を設けてよかったと賑やかな文豪たちを見ながら司書は思った。と、その中にいない人物がいることに気づく。

 賑やかな花見の席から離れた場所。一本の桜の木の下に坪内逍遥はいた。
「坪内先生」
 声を掛けられて振り向くと司書が立っていた。
「見つかってしまったか」
 坪内は苦笑する。
「探しましたよ?いいんですか?皆のところに行かなくて」
 と尋ねる司書に、いいんだ、と答える。
「少し、ゆっくり花を眺めたいと思ってね」
 そう言って桜を見上げる坪内の横顔は儚く綺麗で、司書は見惚れてしまった。
「桜が散る様は人の死にも例えられるが、なかなかどうして、美しい」
 先生も桜のように美しいです、とは言葉に出せなかった。
 とその時、一陣の風が吹き抜けた。
 桜の花びらが一斉に舞う。
 その中に佇む坪内の姿が、まるで、桜に攫われてしまいそうで。
 あっと司書は思わず坪内の着物の袖を掴む。
「どうしたんだい?」
「あ……いえ、先生が、桜に溶けて消えてしまいそうに見えて……」
「人の死に例えられると言ってしまったせいかな?消えたりなどしないよ。君が望んでくれるなら」
 泣きそうな顔でもしていたのだろうか。坪内はそっと包むように司書を抱きしめた。
「大丈夫。全てが終わるその時まで、私は君と共にいよう」
 司書は静かに目を閉じる。
 全てが終わる時までだなんて。終わったその後も、ずっと一緒にいてほしいと、そう願わずにはいられなかった。
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